090:おてんば姫の要求
オウカ姫を探すために外に飛び出そうとする皆を見て、私は咄嗟にタケル様の服の裾を掴んだ。
不安そうに見上げると、そこには苦笑しながら困った顔をするタケル様が。
これは……
「………留守番ヨロシクっ!!!」
「がーーーーんっ!!!?」
そ、そんなーーっ!!
そのまま皆は走って外に行ってしまった。
……うぅ、ガクリ。
「……ぐすん」
私が涙目で皆を見送るの姿に、周りの人達が真っ青な顔で慌てふためく。
あっ、しまった!!
「ち、違うんですっ。仲間と一緒に姫様を探しに行けなくて少し寂しかっただけで、決して皆様方のせいでは無いです! お、お気になさらないでっ!!」
この国の王族の力関係はよく分からないけど、私を着替えさせてくれた方々が罰されるのだけは絶対に避けないと駄目だ。
「なんとお優しい……!」
「救世主様は女神様なのかもしれん……!」
「女神様……」
何だかおかしなことになってきたっ!?
この状況をどうにかしないとっ! えーっと、えーーーっと!!
「お…………お手洗いはどこですかっ!!!」
何故その選択を選んでしまったのか、自分でも分からない。
◇◇
というわけで廁にやって来た。
別に尿意があるわけではないので、来ても特にやる事は何も無いのだけど。
「でも、実際こんな着物姿でどうやって用を足せばよいのやら……」
「そんな事も知らんとは、田舎娘じゃの」
「っ!?」
個室の上の方から声が聞こえ、慌てて見上げるとそこに居たのは……
「姫……様……?」
呆れた顔のまま個室の戸の上から頭を覗かせていたのは、紛れもなく皆が探していたオウカ姫だ。
私達がこの城にやってきた時、今にも消えてしまいそうな儚げな雰囲気で私達を見つめていた印象だったが、今ここで廁を覗いている表情からはその欠片すら感じられない。
「あの、どうしてそんなところに?」
「廁に入る姿が見えて追ってみたものの物音がせぬでな。珍妙に思いよじ登った次第じゃ」
えーっと、それは一国の姫君としてどうかと。
私が怪訝な顔で見上げていると、姫様が溜め息を吐いた。
「妾を救う救世主と聞いてどんな奴かと思っておったが、まさこんな小娘とはのぉ。妾の命運もこれまでか……ヨヨヨ」
むっ。
わざとらしく泣き真似をする姫に少々苛立った私はふと思い立って、タケル様直伝の必殺技を放つことにした。
「すーぱーでこぴん!!!」
ぺちっ!
「ぎゃああああああっ!!!」
ドターンッ!!
全力で手加減したものの、それに驚いた姫様は戸の向こうに転がり落ちた。
痣も付かないくらい力抜いたんだけどなあ。
私が戸を開けると、そこには尻餅をついたまま怒りの表情でこちらを指差す姫様の姿が。
「そっ、そそそそそちっ! 無礼であるぞっ!!」
「無礼なのは姫様の方でしょう?」
私の言葉に姫様は「ぐむむ」と言いながら頬を膨らしつつも俯いた。
あら? 意外と物分かりの良い子だ。
「用を足すのを覗いたのは悪かった。だがな、どんな屈強な救世主が来るのかと思えば、そう歳も変わらぬ田舎娘。しかも用の足し方も分からんとなると、皮肉のひとつも言いたくなるのも仕方あるまい……」
姫様は、初めに見た時にも似た不安そうな顔で私を見上げてきた。
「そちは大丈夫なのか? いきなりやってくるや否や、皆から救世主などと呼ばれ困惑したであろう?」
……そうか、この子は言葉遣いは偉そうだけど、根は凄く優しい子なんだ。
「大丈夫です。私の力が姫様の命を救えるのであれば尽力する次第です」
私がそう答えると、姫様は少し黙ってから再び口を開いた。
「そちは……妾の命を救えると思うか?」
「私の力だけでそれが叶うかは……分かりません」
正直に答えると、姫様は悲しげな表情になる。
「ですが、私の仲間……いえ、私の尊敬している人は、この世界で一番強くて一番格好良いんです。だから、絶対大丈夫ですよ。心配ありません」
私が笑顔でそう伝えると、姫は泣きそうな顔から一転、恥ずかしそうに赤面した。
「なんじゃそれは……。聞いている妾の方が恥ずかしいぞ……」
◇◇
厠を出た私は、姫様に手を引かれて書斎部屋に入った。
「ここは父上の部屋でな。本当は勝手に入ったらもの凄く怒られるのじゃが、家臣達を逃れて身を隠すのに丁度良くてな」
姫様はそう言うと慣れた手つきで椅子の背を引き、ドシンと音を立てて座った。
それを見た私は、立ったまま姫様に訊ねた。
「どうして姿を隠したのですか?」
私の質問に一瞬困った顔をした姫様だったが、すぐに表情を戻すと淡々と語り始めた。
「妾は生まれた時から今年死ぬと言われ、それを救う者が現れると聞かされておる。今までこの国の多くの出来事を的中し続けてきた予言書を打ち破って妾を助けてくれる救世主……ならば、その能力を測るのも道理であろう?」
「なるほど……」
その結果、皆は走って外に出て行ってしまい、私は廁で用の足し方が分からず立ち往生。
姫様も不安がるのは当然だろう。
となると、今の私たちは信頼に値するとはとても言い難い。
さて、どうしたものか。
「そもそもお主達は何者だ? 男一人に女が七人、ついでに猫一匹。しかもエルフやダークエルフも居るではないか。大道芸人には思えぬが流浪の旅人とも思えぬ。何を目的にこの国に来た?」
姫様が怪訝な顔でたたみかけてきた。
適当にあしらうのは……無理かなぁ。
「姫様、これから私の伝える話は他言厳禁でお願いします」
「お、おおぅ……分かった!」
私は、タケル様の事とアンジュさんの事……はさすがに許可を得ずに話すのは良くないと思うので、魔王四天王が心を改め世直しの旅をしており、六十四名の人々を救うと世界樹が願いを叶えてくれるという体で説明することにした。
言い方を変えているだけで全て事実だから大丈夫……だよね?
そして、タケル様は最初から姫様の命を救う目的でこの国にやってきたという事も伝えた。
◇◇
「……というわけです」
「………」
姫様は腕を組んだまま難しい顔をしている。
「そち」
「?」
「事が終わったらこの国で創作活動をしてみぬか? 文豪としての才能がありそうじゃ」
「つっ、作り話じゃないですー!!」
私の説明が下手だったためか、全く信じてもらえなかった様子。
タケル様は難なくこなしていたけど、実は凄い事だったんだなあ。
「ならばお主、魔王?とやらの家来の中で二番目に強いと申すなら、妾の国の兵と戦ってみよ。勝てば信じてやろう」
「え、えええーっ!?」
何だか話がおかしなことになってきた。
え、これどうすれば? 私がこの国の武士と喧嘩するという事だろうか。
「支度をするからついて参れ!」
そして私は姫様に手を引かれ、武士の集まる別棟の館へ連れて行かれた。





