083:保健体育のお時間!
「そろそろ次の目的地に行こうと思うんだが!」
俺がちゃぶ台に手をバンッと置いて少し強い口調で言うと、アンジュが辛そうな顔でヨロヨロともたれ掛かってきた。
『この天国を捨てて、再び地獄に戻れと……?』
「お前、天使として人里を天国と呼ぶのは大変問題だと思うぞ」
しかし俺の皮肉を気にすることなく、このバカ天使は柱にしがみついてキッとこっちを睨んできた。
『イヤだいイヤだいっ!! 朝起きて風呂に入り、再び布団に入り、それからノソノソと起きて昼ご飯を堪能し、銀世界を堪能してからまた風呂! 惰眠と惰性を貪るこの生活に何の不満があるって言うんだよぅっ!?』
駄目だコイツ早く何とかしないと。
「予算オーバーだ」
俺の冷静な言葉にアンジュが凍り付いた。
今日で滞在3日目だが、何だかんだで俺たちが泊まっている「スズメノオヤド」はこの村で一番デカい宿なのだ。
呪いを解いた御礼でかなり安くしてもらっているものの、それでも冒険者が連泊するのは無理がありすぎる高級旅館なわけで。
「つーわけで、今晩泊まったらラストな。明日から俺たちは再び流浪の冒険者だ」
俺の滞在期間1日宣言に、シクシクと柱にさばって泣くアンジュ。
溜め息を吐いた俺を見て、ロロは楽しそうに笑った。
『それにしても、男一人に女七人を侍らせておいて何事もなく3日経過とは、そろそろタケルをヘタレ2号と呼びたくなってきたところだよ」
「うっせぇ」
コイツとは二日目の夜に二人きりで一緒に風呂に入ったり、後ろから抱きつかれたりと色々とあったものの、他の面々とはこれといったイベントもなく、普通に宿場での休息をエンジョイしていた。
『今、誰かひとり女性にカウントされてなかった気がするにゃりよ……』
だってアナタ、にゃんこですもの。
『まあ、タケルの立場的に難しいのは理解出来るけどね。どうしても我慢出来なくなったら、ボクがしっかりとサービスしてあげるから遠慮なく言ってね』
そう言いながらロロは俺の腕に抱きついてきた。
だがそんな俺たちを見て、凄く不機嫌そうな二人の姿があった。
『ロロ、その態度は魔王様に失礼だと思うぞ。それに、何だか分からないけど腹立たしい』
『ちょっと貴女、前々から思っていましたけど、どうにも魔王様に馴れ馴れし過ぎじゃありません?』
腕を組んだまま頬を膨らすエアリオと、青筋を立てながら喧嘩腰で睨んでくるメリーザに対して、ロロはあっけらかんとしている。
『いや、ここ最近ずっと他の娘とタケルの関係が進展してるのに、二人が妙に達観してるから、そろそろボクが活を入れてあげようかと。特にメリーザはチューまでしておいてそこから先が全く進展無しとか、魔王四天王の名が廃るよ?』
『余計なお世話ですわあああああああっ!!!』
死神の大鎌を構えて斬りかかるメリーザに対して、ロロはいつも通り杖でヒョイヒョイと受け流す。
「お前ら、宿の備品壊すなよー……」
と、俺が忠告した矢先、メリーザの大鎌が棚にぶつかって紙の束が落ちてきた。
「あぁもう! 言わんこっちゃないっ」
俺が慌てて二人を止めようとしていると、リーリアが落ちてきたそれを見て「あっ」と声を上げた。
「タケルさんタケルさん! これをっ!」
リーリアが紙の束からノートのようなものを手に取ると、それを俺に渡してきた。
とりあえず開いてみたけど……読めません。
毎度パターン化しているとはいえ、読めない不自由さよりも、これを見て呆れた顔をするバカ天使の方がウザい。
『タケルはそろそろ文字を勉強した方が良いんじゃない?』
「うるせー、お前らがトラブルばっか起こすからそんな時間が無いんだよ」
とは言うものの、正直やる気が無いだけです。
他の皆が代わりに読んでくれる今の状況だと勉強する気力も出ないわけで、やはり言語学習には必要性がなければならんよねぇ。
昔、興味本位でFORTRANを覚えようとしたものの結局投げ出しちゃったし。
とまあ、俺の表情から内心を察したリーリアが少し笑ってからノートをパラパラとめくった。
『どうやら宿に泊まった方の書き置き……というか旅の記帳のようですね。最初に書かれた方は女性でしょうか。内容は……ふむふむ…………その、えーっと、えーーーっと……えええぇぇ………はぅぅ』
ノートを読むリーリアの顔がみるみる赤くなっていく。
『一体何が書いてありますの? …………は、はわわっ!?』
メリーザまで顔が真っ赤になってしまった。
「おいおい! 一体これに何が書かれてるんだよっ!?」
俺の問いかけに、リーリアとメリーザは顔を赤くしたまま答えなかったが、メリーザの手からヒョイとノートを取り上げたエアリオが音読を始めた。
『神暦386年12月24日 だぁと一緒の逃避行、彼との初めての夜は怖かったけど、とても優しく……なにこれ? だぁって何だ???』
キョトンとするエアリオに、気まずそうに全員が目を背けた。
なるほど「そういう方々が泊まった時のためのノート」だから、宿の人が気を利かせて棚にしまってあったのね……。
『なあなあ、これ書いた人は何が初めてなんだ???』
子供に保健体育的な質問をされてしまった保護者の気持ちはこんな感じなのだろうか。
誰もエアリオの質問に答えられないまま、沈黙が続く。
だがそんな危機的状況の中、一人の勇者が立ち上がった。
「きっと初めての遠出で緊張していたのですよ! 冒険一日目は私もドキドキでしたからっ!!」
先方リーリア!
『でも次のページで、駆け落ちから5日目…とか書いてあったぞ?』
「ぐふっ」
早くも撃沈!!
『きっと、雪原を超えて村まで来るのに5日かかったのですわ!』
次鋒メリーザ!
『あんな寒い中で5日も野宿は無理だろっ! 死んじゃうぜっ!?』
『無念……』
メリーザ大破!
誰だっ! 次は誰が中堅に行くんだっ!?
『……なあ、こういう話題になった時いつも皆よそよそしいんだけど、何か私に隠し事してない?』
「ギクッ!!」
何かを察し始めたエアリオの言葉に全員の表情が強ばる。
もはやこれまでかっ!?
そんな大ピンチ(?)の中、突然部屋の奥が眩しく光った!
「うおっまぶしっ」
『……ダークエルフの娘、エアリオよ。お前は真実を知るときが来たのだ』
何故かアンジュが両手を広げながら棒読みでエアリオに語りかけ始めた。
しかも何故か背中の羽根が後光で輝いている。
「なんでわざわざブレッシング使ってんだよ……」
『ムードだよムード! コホンっ! えーっと……そなたはもう十分に経験を積んだ。もう真実を知っても良い頃だ』
『さっきも同じこと言いましたわよ?』
『うっさいな!!!』
コイツ、どうやら女神様の真似事をしているらしい。
『し、真実とは……?』
突っ込む俺たちとは対照的に真面目な顔で問いかけるエアリオを見て、アンジュは感動で泣きそうな顔になっている。
そして頭をブンブンと振ってから、アンジュは口を開いた。
『コウノトリを呼ぶ儀式をしていたのさ!』
………さいですか。
「な、なんでコウノトリを呼ぶだけなのに、この日記の奴らは怖がったり緊張してるんだよっ!?」
エアリオの問いに、冷や汗をダラダラと流しながら固まるアンジュ。
つーか、そんな重要なコトを考えないまま突撃したのかっ!?
泣きそうな顔でこちらに助けを求めるバカ天使に溜め息を吐きつつ、どうしたもんかなぁと思っていると……
『コウノトリが来ると言っても、それは無条件ではないにゃりよ! コウノトリの強大な魔力に耐えきれずに叫び声を上げたり、そのまま失神しちゃう人だって居るにゃりよっ!!!』
『な、なんだってーっ!?』
クローの言っているコトには嘘偽りはひとつも無いけど、オブラートに包みすぎです。
だが、その超遠回しな言い方でもエアリオ以外の女性陣は意味を察したためか、全員赤面したまま顔をそっぽ向けてしまった。
知的好奇心旺盛かつ理系なルルーさんもその手の話に免疫が無いためか、俺と目が合いそうになるや否や、唐突に鞄から魔導書を取り出して黙読してしまう始末。
『意識を失う程に負担のかかる儀式か……それなら怖がる理由も分かるな……』
腕を組んだままウムウムと頷くエアリオを見て、一同ほっと一安心。
『じゃあ、次のページに書いてある《互いに身を重ね》ってのは? コウノトリを呼ぶ時に誰と誰が重なるんだ?』
タスケテーーーーーー!!!





