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第7話 琥珀色の返礼

皆さん誰派でしょうか。私は何となくフィトが書きやすくて気に入ってます


 この世界に来た時と比べると、私は格段に早く着替え終わることが出来た。ふふん、どうだ。私は進化するトカゲなのだ!


 一人達成感に浸った後、立ち上がろうとしたタイミングでノックの音が聞こえた。

 反射的にドアに近付こうとするが、はたと思いなおす。

 今のノックは、果たしてドアの方から聞こえただろうか?


 「ミスズ、こっちこっち」


 「……? 入り口は此方ですよ」


 アマリは何故かバルコニーに立っており、こんこんとガラス窓をノックしている。彼の手には食事の乗ったプレートがホカホカと湯気をたてていた。


 「知ってるよ。でも俺がここに来たってバレたら問題なんだ」


 普段は彼の声から感情を判断することは困難なのだが、今はなんとなく分かる。彼は今苦笑しているに違いない。


 「何故なんですか? アマリも私のお付きの人ですよね?」


 言いながら鍵を開けると、アマリは食事のトレーを先に渡してくれた。私はそれを受け取って小さな机に置いてから奥に引っ込み、アマリの分の椅子を出した。


 「ああ……俺、あの二人からは信頼されてないから。見られちゃったら、すぐに衛兵がこの部屋に雪崩込んじゃうのさ」


 「信頼されてないんですか? 同じ役職に就いたのに、何が違うんでしょう。……あれ、アマリはもう食べたんですか?」


 自分の分しかない食事に首を傾げると、アマリは事も無げに手を横に振った。


 「いや。だけど大丈夫だ。何日も食べないこともあるしね」


 そうなのか、と納得しかけて、ッハと気づく。私は三日に一度の食事が当たり前だが、彼はトカゲではなく人間……これはきっと良くないことだ。忠さんも毎日二回朝晩食べていた。休みの日は三回食べていたし、人間はコストパフォーマンスが悪いに違いない。


 「じゃあ私のをあげます」


 「いい、ミスズが食べなよ」


 にべもなく断られる。全く悩む様子も見せない辺り、決意は固そうだ。


 「……ううん、どうしたら食べてくれますか? ッア、そうだ。半分こでどうでしょう」


 「気にせず食べてよ。……あ、毒を疑ってる? 参ったなぁ、毒見係りが居ないからか。オッケー、じゃあ俺も一口ずつ食べるよ」


 「別に疑ってませんが……」


 ひょいぱく、ひょいぱく、と軽快に料理を一口ずつ食べると、アマリは両手を料理に向けて広げて、どうぞと指し示した。

 仕方無く着席して食器に手をつける。アマリは何故か立ったままだ。


 「あの、座らないんですか?」


 「……あ、これ俺の椅子なの?」


 漸く向かい合って座る。暖かな料理は作りたてで、如何にも美味しそうだ。

 メインディッシュのハンバーグを半分に切り、それをまた四等分して一口食べる。美味しい。取り分けるためか小皿まで用意されている。そこに残った綺麗なままの半分を入れた。

 半分のハンバーグをアマリの方に差出し、私はサラダを少しだけ食んだ。幾らかをフォークで取り分け、ハンバーグとは離して小皿に盛る。

 私は添えられたパンも半分に千切って、手元に残した分を一口大にして食べた。そしてナプキンを折りたたんだ上に、手付かずの方の半分を乗せてアマリに渡す。


 「あー……ミスズ?」


 「はい」


 「これ……何?」


 「アマリの分です。私も一口ずつ食べましたよ」


 「あ、そう……」


 アマリはいっそ茫然とした顔で、手元に出来たプチディナーを見ていた。私がオードブル用のフォークを差し出して、「本当はちゃんと使わないといけないとアルフレドに教わったんですが、今回は特別です」と言うと、のろのろとフォークで食べ始める。

 人間はご飯を毎日沢山食べなければいけない、とちゃんと知っている私はそれに満足して、自分の分を食べ進めた。




 「それで、お礼と言うのは何なんですか?」


 「あ……お礼、お礼ね。そうだった」


 アマリは自分の空になった皿をじっと見ていたが、私が顔を覗きこむと無事に再起動した。


 「もう気づいているだろうけど、国王は君を手放す気なんて無い。毎日俺が君に付けてるピアスで動向を伺って、城にいる間は俺たち三人を使って君を懐柔させて。何としてもここへ縛り付ける気なんだ」


 「かいじゅう……」


 「そう、ミスズを俺たちに惚れさせるのが国王の目的だ」


 懐柔とは惚れさせるという意味らしい。私はまた一つ賢くなった。


 「まあこれは、正直親切心みたいな所もあるのかもね。せめて見目の良い奴らを宛がってやるっていう……はは、言葉を間違えた。これは親切心なんてものじゃないか」


 「アマリは何で教えてくれるんですか? アマリはそうじゃないんですか?」


 「俺? ……一番性質が悪いよ。俺は君の監視役。俺は養子で、死んでも誰も困らないんだ。そのお陰で、今や誰もに忌み嫌われる汚れ役さ。俺は三人の中で最も君の篭絡を期待され、そして優れた監視役として他二人の中に紛れ込まされたって訳だ」


 期待されているということは、アマリはそういうことが得意な人間なのだろう。確かに身振り手振りで感情を読ませないのは、コミュニケーションの際には優位に立てる。フィトにも視線誘導などの軽いテクニックについては教えてもらった事があった。

 ならば監視役というのにも頷ける。近頃私の側に付いていたのは監視の為だったのだろう。脱走なんかしないのに。


 「君は今、きっと勘違いしてる。俺が最近君に近付いていたのが監視の為だと思ってるだろう」


 エエッ、違うのか。では何故だ。私はじぃっとアマリの顔を見る。人間の表情は未だ読み解けないが、輪郭の動きである程度は掴めるようになってきたのだ。

 アマリの頬の辺りがぐっと釣り上がる。彼は恐らく笑っていた。


 「さっきの続きだ。君の懐柔を任されたアルフレドとフィト。だけど彼らは、それ所か君に本気で入れ込んでしまった。一方で、君は二人に対して特別な感情は一切抱かなかった。

 このままではいつか君が、国王を殺してでも去ってしまうかもしれない。彼らはそこで最っ高に笑えることに、俺を頼ったんだ」


 何が笑えるのか今の流れでは一切わからなかった。私はムムム、と考える。会話の中に洒落なんてあっただろうか。


 「意味が分からないって顔してるね。あいつらは俺に命令したんだ。ミスズを篭絡しろ、と。君に愛されるのが自分じゃないのは腹が立つが、手の届かない所に行くよりマシだ、だって。

 俺も君のことは嫌いじゃない。寧ろ面白いからそこそこ頑張ったよ。……まあ、結果はこうだけど」


 アマリは私の首筋に手を伸ばす。だからそこはやめろと言うに。生き物の急所だぞ。許さん。

 顔を軽く顰めると、アマリはまた笑ったようだった。


 「俺は正直、何がどう転んだっていい。君が逃げ出しても、国王が死んでも――国が滅んでも。

 あの黒い男、君がどう知り合ったのかは知らないけど、凄い縁を結んだね。吃驚したよ。本当に面白いなぁ、ミスズは」


 歌うように言いながら、アマリはくるくると踊って私のベッドにどすん、と倒れ込んだ。

 そしてうっとりと目を細めて言った。


 「ねぇミスズ……こっちに来てよ」


 私は言われるがままに近づく。何でアマリは私のベッドに寝転がったのだろうかと考えながら。


 「いい子だ……ふふ。俺と寝てみる?」


 「え? 嫌です」


 ベッドでは一人で寝たい。忠さんは多頭飼いはしないタイプの飼い主だったので、私は共寝を経験したことのないトカゲなのだ。


 「っぶ、くふふ……あーはっははははは!! ホント最高! 全く興味なし! 笑っちゃうよ!!」


 「え、何で笑ってるんですか?」


 「俺さぁ、ミスズ相手なら結構頑張れるよ、だって面白いもん。でも頑張っても頑張ってもぜーんぜんオチてくれない! 宰相の妻も一目惚れされた面の皮が、君には全然効かないんだ!」


 くすくすと笑いながらアマリは笑いすぎて出た涙を拭った。話を聞くに、宰相の養子になったのは、宰相の番いに惚れられたからという理由らしい。宰相と彼は仲が悪いに違いない。一匹の雌を巡って雄は争う運命なのである。

 しかし、アマリの声には宰相の番いへの愛を感じられない。どちらかというと嫌悪に溢れている。彼は狙ってもいない雌のために雄と戦っているのかと思うと、少々可哀想に思えた。


 そっと頭を撫でてみる。トカゲな私はこうされるととても気持ちよくて落ち着くのだ。忠さんに限るが。アマリも少しは嬉しいだろうか。私は忠さんに限るが。


 「……なにこれ? 慰めてくれてるの?」


 「はい。アマリは色んなことを教えてくれましたし、何だか大変そうなので」


 「んはは、そっか。……そっか、ありがとう。……はは、良い匂い。石鹸の匂いだ」


 私の手を掴んで、アマリは自分から頬ずりをした。

 心地良さそうに見えるし、声は夢見心地だ。どうやら喜んでくれているらしい。


 「君が……本気で帰る気なら、あの黒い男と……。ああ、でも、言いたくない、なぁ。君のこと……ほんとうに、好きになっちゃった……みたい、だ……」


 ベッドに腰掛けた私の耳に、アマリは眠そうに手を伸ばす。彼の手は、忠さんから貰ったドッグタグに伸びていた。

 それに彼の指が触れる直前、私は思わず身を引いた。アマリの手は空を切った。そして、ぽとりと虚しく落ちる自身の指を見た彼の輪郭はまた歪んだ。


 「あは……惜しかった、のにな……」


 指先には少し光が集まっており、何かの術を使おうとしていたようだった。


 アマリはそれきり目を閉じて眠ってしまい、私を大いに困らせることとなる。

 結局その日は、眠るアマリを力技で右端に寄せ、私が左端に眠る形で妥協した。アマリは、翌朝私が起きた時には居なくなっていた。


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