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第11話 貴方を選んだ私を選ぶ

今日は三話投稿しています。これは二話目です


 「……ふぅ」


 緊張する。深呼吸して、抱き締めていた王冠を持ち上げる。大粒の宝石がついていて美しいそれだが、壁にぶつかった拍子に一つ外れてしまっていた。


 私は龍に戻っても取れない唯一の装飾品、ピアスを外す。侍女が直前に変更したアクアマリンの綺麗な耳飾りだ。

 そのアクアマリンは冠に空いた窪みよりも大きくて、私は爪を龍に戻して、石を削って輪郭を整えた。がり、がりと音が鳴る。アルフレドはそんな間も、ぴくりともせずに頭を下げて床を見つめていた。


 削った石をぴたりと嵌めこんで、私は矯めつ眇めつステンドグラスの無くなった窓の向こうへと掲げる。日の光が宝石に反射されて、ぐちゃぐちゃになってしまった王の間を照らした。


 「アルフレド」


 「……」


 一歩近付いて、呼びかける。

 龍の巫女はこの国でとても偉い人(?)だ。多分それはトカゲであっても同じだ。


 「アルフレドは、王になるんでしょう? そして、ここをスッゲー国にするんですよね」


 「……何を、」


 「龍の巫女が任命します。アルフレド・バルリエント、貴方は七代目の国王になりなさい」


 思わず、といった風に彼が上げた頭。そこへそっと王冠を載せる。きっと国民だって、あの隅っこで震えている元国王よりも、アルフレドのことを好きになってくれるはずだ。


 「――うそ、だろ」


 「本当です」


 肩をぽんぽんと叩いて励ます。忘我の内にある彼だが、エスコートを求める手を出すと、反射的にそれを受け止めてくれた。

 玉座へと歩む私をリードするように自然に歩き、そして私がアルフレドを軽くトンと押すと、彼はされるがままに玉座に座る。陽光が彼を照らし、龍の巫女として私は微笑んだ。


 背後で付き従うアマリを玉座の左に行くよう指で示す。


 「貴方は神官になるんです。龍の神官。最初で最後の、唯一の神官として、その力を国王に尽くしなさい」


 振り返り、フィトを呼ぶと、彼はノロノロと立ち上がって這う這うの体で歩いてくる。フィトには玉座の右側を示す。


 「貴方は宰相になりなさい。元の宰相はこの場に乗じて逃げ出した逃亡犯です。この決定に逆らうことは、龍の巫女に逆らうことと知りなさい」


 そこには新しい神官の姿があった。そこには新しい宰相の姿があった。そこには新しい王の姿があった。


 私はその場に屈んで祈った。本来、元国王との儀式でする予定だった動作だった。


 私のその姿を見て、誰かが拍手をした。それを皮切りに、王の間には万雷の拍手が鳴り響いた。

 雄叫びが上がり、アルフレドの名前が呼ばれる。ほら、やっぱり。だから、アルフレドなら群れのリーダーにだってなれると思ったのだ。






 アルフレドの緊急戴冠式から数日後。彼は筋肉を緊張させて、私の前に立っていた。その事実から察するに、筋肉と同じく心も相当緊張していると思われる。


 「ミスズ、お前は……帰りたい、んだよな」


 「帰りたいです」


 即答すると、新宰相、新神官、新国王……おニュートリオは肩を落とし、呻き声をあげ、頭を掻き毟り、と三者三様に反対を主張してきた。


 「帰りたいのなら帰してやればいい。俺も付いていくつもりだ」


 とラインハルト。彼は私の髪をエルマーと一緒に弄びながら涼し気な顔で言う。

 ちょっと胸がドキドキした。ウウン、心臓に悪い。


 ラインハルトは、アルフレドによってエルマーへの心ばかりの謝罪と礼金が出されたことに、何か思う所があったらしく、王の間を破壊した主犯格にも関わらず王城に宿泊していた。


 「それは大前提だっつーの! けどな、そいつの、なんだ、その、保護者はだな、お前の想像以上の……アー、サイコ野郎なんだよ。お前が居るんならまだマシだが、それでもな……」


 「ふん、忘れているのか? 俺とてエルマー程強くはないが龍の血を引く者。並の人間程度敵いはしない。お前は身を以て知っているだろう?」


 「あ? 俺とまた戦り合おうってのか」


 「それも悪くない、な」


 サイコ野郎って何ですか、とフィトに聞くと、彼は微笑んで「知らなくていい単語です」と親指を立てた。


 知ることを諦めた私は、アルフレドとラインハルトの間にバチバチと散る火花を幻視する。ファイッ! と何故か言いたくなってしまう雰囲気に私は手に汗握った。

 彼らは何だかんだで仲が良い。ライバルと書いて友と読むってやつだろう。


 「まあ待ってよ。ミスズの意思を尊重して、ここは帰還について前向きに考えよう。だとしても、だ。ミスズを向こうの世界に送る為の魔力が足りないよ。

 初代がどんな風にこの世界に来たのかは分からないけど、呼ぶのと返すのはどちらも同じくらいの魔力を使う。初代以降は、"祝福の結晶"を捧げないと龍の巫女は現れていないんだから、どうすればいいのか分からない」


 アマリはそう言って、気まずそうにエルマーを見た。痛ましそうに細められた目は、エルマーが「ねぇ、ボクがこーしてたら、ミスズとルノーって夫婦みたいー」とはしゃいだ途端に凄い形相に変わったが。

 ルノーはラインハルトの愛称である。


 「それについても心配はないな。エルマーは生まれつき力の強い龍だ。今生きているのがその証でもある。本当は魂など割かなくても、初代と同じように祈りだけで祝福を与えられた。

 ……だがこの国にはもう祝福は必要ない。無用な争いを避ける為にも、エルマーは力を何処ぞへと捨てる予定だった。それを使えば、ミスズは帰ることが出来るだろう」


 ラインハルトはアルフレドに挑発的な視線を遣る。祝福無しでもお前ならやれるだろう、と言わんばかりの目だった。


 「しかし、突然に国力が悪化しては、王の名に詰まらん瑕がつく。お誂え向きにも、エルマーはアルフレド……お前を気に入ったようだし、龍の巫女、ならぬ龍の巫覡(ふげき)となるつもりだ。

 ミスズの為に力を使い、余った分はこの地へ使う。この地には祝福には程遠いが、小さな言祝ぎ(ことほぎ)が与えられる。それがある間に、精々上手いようにやると良い」


 肩を竦めたラインハルトは、そのまま私の肩口に顔を埋める。

 な、何だか今日はかなり、近いというか。恥ずかしい……。


 「昨日、エルマーに怒られた。『ルノーはもう、ボクの為に生きなくていーから、自分のために生きて』、だと。だから俺は、自分に正直に生きることにした。――お前の為に、生きることにした」


 本当はあの時も、お前を止めに行ってやりたかった。


 か細い声に驚く。あの時とはどの時だろう。顔を覗き込むと、やっぱり悲しそうな表情をしていたので、頭を撫でて言ってあげる。


 「私は全然気にしてませんよ」


 「……そうだな、お前はそういう奴だ。――だからこそ、好きになったのかもしれないな」






 「これより――返還の儀を行います」


 アマリが神官らしい真っ白な服を着て、厳かに告げる。私はラインハルトと手を繋いで、魔法陣の中央に立った。


 「ウウ……緊張してきました。私、ちゃんと忠さんの所に帰れるでしょうか」


 「失敗しても死にはしないだろう。俺も付いている」


 握った手を持ち上げられる。決して離さないようにきつく握ると、ラインハルトは苦笑した。


 「ラ、ラインハルトも、もっときつく握って下さい。それとも、やっぱり私と行くのは、嫌、ですか……?」


 緊張の余り、言うべきでない言葉が飛び出してしまった。慌てて手で口を抑えるも、時すでに遅し。出したものは戻せないのだ。


 「なんだ、そんなことを気にしていたのか?」


 そ、そんなこと……。

 ショックを受けていると、ラインハルトは私と向き合って、額をコツンとぶつけた。

 彼の深い藍色の瞳が光っている。


 「俺はエルマーとお前を天秤にかけるつもりはない。どちらのことも大切で、どちらのことも愛している。……だが、ここに居る。それが答えだ。

 ――ミスズが俺を選んでくれたように、俺もまたミスズを選ぼう」


 唇同士が触れ合って、柔らかい感触が頭に刻み込まれた。

 こ、これって本で習った奴だ。あれだ、キスだ! 凄い好きの証の奴だ。人間って柔らかい。トカゲには無い行為に、私は顔を真っ赤にした。ウウ、『人化』出来るようになって、本当によかった!


 照れて俯いてしまっても離れない手。それに幸せを感じてにやにやして、もう緊張もどこかへ行ってしまった。


 「……ッゲッホン。では、始めます」


 アマリが呪文を唱える。私は大きく息を吸って、アルフレド、フィト、アマリを見る。


 「アマリ、気に病んだりしないで下さいね。私は気にしてませんよ、本当に。あと、私より付き合いの長い二人なら、とっくに分かっていると思いますが、アマリはすぐに一人で考え込んでしまうので、困った時は助けてあげてくださいね」


 「フィト、色んなことを教えてくれてありがとうございました。フィトのお陰で私はとても賢くなれたと思います。宰相になって、憧れていたより辛いことも一杯あると思うんですが、実際はどうでしょう。そんな時は、お仕事を皆で分けて手伝ってもらってください」


 「アルフレド、勝手に国王にしてごめんなさい。きっとアルフレドなりの格好いいプランがあったと思うんですが、あの時はこれしかない! と思っていました。私に言われなくても分かっているでしょうが、アルフレドはスッゲー王様です。この国はとっても良い国になると思います」


 アルフレドたちは黙って私にハグをしてくれて、アマリだけは謙って手にキスをしたので、私から抱きしめた。


 一人一人、顔も見分けられないトカゲの私だけど、色んなことを言えるようになった。三人のことが好きになった。

 初めてここへ来た時の私とは全然違う私になっている。成長するってこういう事だろうか。


 魔法陣が光る。三人はちょっと潤んだ目で笑ってくれる。私も歯を見せて満面の笑みで返した。三人が目を見開いたことから、多分初めて見せた顔なんだろう。


 ラインハルトの手を強く握る。眩い光に目を閉じて、次に目を開けた時には慣れ親しんだ風景が並んでいた。


 ガラス越しの世界、フローリングと電源のついていない黒いテレビ。

 慣れた空気を吸い込む。私はやっと――帰ってくることが出来たのだ。


 斯くしてトカゲの異世界冒険記は終わり、素敵な番いと優しい飼い主。宝物を二つ持ったトカゲの日本ほのぼの日記が始まるのであった。


 どっとはらい。


完!

次は後書きとちょっとした小話。忠さん目線の後日談の話です。というか補足?

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