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第10話 罪には罰を

今日は三話投稿しています。これは一話目です



 「――だ……。――しかし――か――だろ――」


 自分の名前を呼ばれた気がして、意識が浮上する。ふわふわとした浮遊感と、時折足が揺れる感触がするのが不思議だった。自分は空に浮いているのだろうか? 薄っすらと目を開くとそこにはラインハルトが居て、弟トカゲの頭を口端を上げながら撫でていた。


 「……らいん、はると……」


 「ミスズ、目が覚めたか!?」


 目を開けた拍子に、瞳に残っていた涙が頬を伝って落ちて行く。頭はすっかり元通りで、私はすっきりした気持ちで辺りを見渡す。どうやら私はアマリに抱えられていたらしい。

 彼にお礼を言って、折角下ろしてもらったのに、ラインハルトは私の両脇に手を入れてまた持ち上げてしまった。


 「お前は相変わらずだな……裸足じゃないか。よ、っと」


 そしてまた抱きかかえられる。私はぬいぐるみではないと抗議したかったが、ちょっと気だるかったので丁度良かった。


 「ラインハルト、何で居るんですか……。うう、つかれた……」


 頭をスリスリと擦り付けて目を閉じる。まだ眠いし、本当に疲れていた。本格的に眠ろうとするそんな私の頬を、誰かがべろんと舐め上げた。


 「お、弟さん……」


 「グワァー」


 「弟の名前はエルマーと言う。もう素性を暴かれる心配はしなくて良くなったことだし、家名でも名乗ろうか」


 ラインハルトは冗談めかしてそう言って王の間を見渡した。壁は抉れ、地面は陥没し、ステンドグラスで足元は針山の如く。惨憺たる有様である。

 結構暴れてしまった私はしょんぼりするが、エルマーが頬をべろりとまた舐めてきたのでそれも有耶無耶になった。


 「気の抜けた顔をして……。まだ終わってはいないぞ、お前の呪いを解いて貰わねば」


 呪いとは何だとぼんやりした私に、侍女さんが靴を持ってくる。ほやほやに力の入らない体でなんとかその靴を履くと、ラインハルトは私に腕を差し出してエスコートを申し出た。

 ウウン、何かをしないといけないらしい。頭を何度か振って意識を切り替え、促されるままに歩いていく。ステンドグラスの欠片が靴の下で砕ける。


 呪い、呪い。魔法みたいなものだろうか。魔法についてはフィトから少し教わった。超能力みたいなやつだ。

 遠くの方に何かが転がっているのが見える。ふと思い立ったままについ、と指を指して招く。来い、と念じると、壁際に転がっていたものは空を浮きながら此方へとやってきた。

 突然に始まった一連の流れを見たラインハルトはポカンとしていたが、飛んで来たものを私が抱き留めると納得したような顔で歩き出す。

 光る祝福の水面を避けて、ラインハルトは少し迂回して玉座へ近づく。どうやら、彼は水が苦手なのではなくて、自分が祝福に触れるのを避けたいようだ。どうやら、あの湖も祝福の一つだったらしいと推測できる。衝撃の事実だった。


 向かう先の玉座には剣が刺さった跡があった。ボロボロになったそれに肩を寄せ、凭れ掛かるようにアルフレドは背を預けている。


 「……とっとと解け」


 意気消沈したような声で、彼は国王の背を押した。彼が私の足元へずりずり近づいてくると、ラインハルトは私からそっと離れた。


 「どうかお許しください……お許しくださいぃ……」


 国王はすんすん鼻を啜っている。何だこれ。泣いているのだろうか?


 「……ちょっと怒ってます。早く呪いを解いてください」


 眉根を顰めて怒りをアピールすると、国王はひぃひぃ言いながら解呪の呪文を唱えた。


 「"汝、見えぬ者、聞こえぬ者、触れ得ぬ者。何者にも干渉されること無し"」


 耳元でまたあのリィンという音が聞こえたが、今回は痛みも無く、フィトが確認した限り元通りになったらしい。


 フィトは私の呪いをチェックした後は徐に、少し俯きながら玉座に近寄ろうとしだした。が、アマリがそれを妨げ「お前は関係ないだろ?」と言って突き飛ばしてしまった。え、何故そんなことを?!


 「フィト、大丈夫ですか?」


 「――え。ミスズ、どうして……」


 「ほらね、ミスズはお前には怒ってない。そういうことだよ」


 フィトは半ば茫然とした様子で手を中空に伸ばす。アマリはフィトを助け起こす私を通り過ぎて、アルフレドのすぐ横に並んだ。

 そしてアルフレドは私に傅く。アマリはそれより後ろに傅く。


 何だこれ……?


 余りに私が混乱しているのが見えたようで、ラインハルトは苦笑しながら耳打ちしてくれた。


 「王子はお前に謝って頭から食われるため。エストラーダの倅は龍の巫女の真実を黙っていたことについての謝罪だろう」


 「っえ?」


 「どうする? 彼らは、いっそ殺されても構わない。そんな気持ちでそこに居るようだ」


 っくっく、と控えめな笑いが耳元で聞こえる。そりゃあ他人事なら笑えるだろう。だって私は一切怒っていないのだから。

 しかしそれをどう伝えたものか。アルフレドなんて、王子なのにあそこまで覚悟を決めてくれたのだ。ただ許すと伝えるだけでは面子が潰れてしまうかも……。アマリだって、フィトのことを逃して、それでも自分はここに並んでいるのだ。その思いの尊さに、私は龍の巫女らしく応えないといけない。


 私がワタワタしている間に、アマリは声を上げる。待ってくれと叫びそうになった。


 「畏れながら申し上げます。私めが秘していた真実、知っていたのは宰相と国王、そして私のみ。決して王子、ひいてはフィト・グラセスは知り得ておりませんでした。彼らが知るのは先刻私が話したが故で御座います。よってこの罪で裁かれるべきは、私だけで御座います」


 国王と向き合った時のように一歩退きそうになる。ラインハルトが隣に居なければ、きっとそうしていただろう。それくらい気圧されてしまった。


 彼は何だか自虐的で、周囲を倦厭していた節があったが、それでもアルフレドとフィトには、何かしらの思いを抱いていたのだと思う。だからこうして、庇うような真似をするのだ。アルフレドはぴくりと指を動かしたが、頭を伏せたまま、何も言わなかった。


 私は必死で頭を回す。悪い事をしたと彼は言う。私は許してあげたいが、彼を許せばこれから先同じことをした人も許されてしまう。フィトに法律と犯罪について学んでいた私にはその点の死角は無い。しかし現状を何とかする秘策も無い。

 罪にはそれに対する罰を。けれど、彼に罰はあまり与えたくない。ええと、そう。言うなれば減刑をしたい。減刑をするケースは……確か、勤勉に励んだ場合と、情状酌量の余地がある場合の二つを学んだ。

 そ、そうだ、勤勉に励ませよう! ついでに被害者――つまり私だ――への同情が集まらないように、いい感じに犯行の結果も隠蔽してしまえばいいのだ!


 「では、貴方へ罰を与えましょう。貴方はこの国に仕えなさい。二度と同じ罪が犯されぬよう、この王城の祝福をエルマーに返還し、祝福の代替として国王に仕えるのです」


 「はい」


 アマリは一瞬の躊躇いもなく頷き、手を構えた。困難な術だろうが、彼なら出来るはずだ。何となく分かる。彼は恐らく、その卓越した呪術の腕前によって(宰相の番いに好かれていることも多分にあるだろうが)、宰相から殺されずに済んでいるのだ。


 「"その身ここに在るべからず。その力ここに在らざるものなり。在るべき身に在り、在るべき力に在る物なり"」


 祝福に波紋が広がり、それは歓喜しながら蠢く。エルマーはそれに近付いて、光の沼のようなそこに鼻面を突っ込んで、ごくりと飲み干した。


 「グゥウウワアアアアアアアアン」


 明らかな歓声が上がる。心底嬉しそうな声が響き、彼はばさりと翼を広げ――その影が段々小さくなる。


 ラインハルトはそれにマントを被せる。人間の五歳児ぐらいの姿になったエルマーはにこにこ笑って、「うれ、しー。ミスズ、ありがと!」と言った。


 「双子だったんだがな……エルマーは、龍の血が濃く出すぎた」


 ちょっぴり悲しそうなラインハルトは私から離れてしまう。アマリを罰した後となれば、残るはアルフレド――王子のみだからだろう。王族には複雑な思いがあるようだ。

 私に言われた罰に従事する為に早速白髪の国王の元へ行こうとするアマリの腕を掴み、私の後ろに立つよう促した。何やら「っへ?」という戸惑いの声が聞こえたが、構わずぐいと引っ張り続けると、諦めたように立ち止まった。


 ――私の、龍の巫女としての初めてのお仕事を見守って欲しいのだ。


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