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第1話 人間語ってむずかしい

 両脇に侍る男達が私の体に触れていく。優しく、体の輪郭をなぞるように。心地良い感触にうっとり目を細めると、彼らはくすりと微笑んだ。

 彼らの程よく硬い皮膚は私の腹を撫で、胸を上り、そして――。


 「グルッ……あ、止めてください。そこ"逆鱗"なんです」


 「そ、それは大変失礼を致しました! ミスズ様!!」


 鱗をピカピカに磨いてくれていた人間の使用人二人が慌てて距離を取ったのを確認してから、スキルを使って人化する。彼らはほっと安心したように近付いて、裸の体を隠す布をくれた。

 人間の柔らかい肌や足で立つのが面白くて爪先や腹を夢中で見つめていると、私が人化したと聞いたのか、私付きの三人が入室してきた。


 「――やっぱり、ミスズの『龍化』した姿は凛々しいね」


 「私たちは勿論、今の姿の貴方の方が愛おしく思いますが」


 微笑んでやたらと頬や手に触れてくる男達。全く慣れていない人間の手は怖くて、『人化』した時にはないはずなのに、尻尾が一瞬跳ねたような気持ちになった。

 なんとかあしらって、バルコニーへ出る。日光浴がしたかった。


 「うぅ……(ただし)さん」


 "飼い主"の忠さんは、私がいなくなってどれほど心配しているだろうか。

 会社とやらで散々扱かれて帰宅してから、私に餌をやるのを何より楽しみとしていた忠さん。彼の大きな手で頭をもう一度撫でられたい。

 それに、この能力を使えばお話もできる。私はきっと忠さんのお手伝いをする為に『人化』できるようになったのに。


 「ミスズ、体が冷えてしまいますよ。それにタオル一枚でははしたない。どうしてもと言うのなら『龍化』をしなさい」


 「……」


 無言で、彼ら曰くの『龍化』をしてバルコニーから庭へ降りる。そのまま目を閉じて眠った振りをすると、漸く人間たちの気配は遠ざかっていった。

 大体あいつらは勘違いしているのだ。龍だ龍だと喧しい。一番楽な姿でいることの、何がいけないのだろうか。

 私は確かにドラゴンとやらでは無かったが、人間でもないのだ。


 私は元はただのヒョウモントカゲモドキ。忠という男の人に飼われていたただの小さなトカゲであった。






 私がただのトカゲだった頃、あまり色んなことは考えられなかった。

 ただ霧吹きの気持ちよさや水槽の水の心地よさ。忠さんがご飯を暮れる時に、頭から尻尾までをするする撫でてくれる暖かな感触は鮮明に覚えていた。


 それが一転したのはある日。私が一端のトカゲレディになった記念として、忠さんがドッグタグを水槽の外に置いてくれた日だったと思う。

 やっぱりトカゲな私は何も分からなかったが、キラキラしたそれが視界に入るのは悪くなかった。


 私は貰ったそれをじっと見ていたはずなのに、突然に空からピカリッと不思議な光が生まれたかと思うと、何処とも知れぬ中空に浮き、何故だか大きくなっていったのだ。


 脱皮をせずに大きくなるのは初めてで、ポカーンとする間に体には逞しい鱗が生えて爪も鷹みたいに鋭くなった。

 一番吃驚したのは羽が生えた時。バサバサとはためく飛膜に慌てて畳み込み、自分の手足のように自然に動いたそれにまた驚かされた。


 自分に何が起こったか分からず呆然としていると、何処からか声が聞こえてきた。


 『貴方に祝福を』


 その声を聞いたと同時に、私の頭の中には『人化』という文字――と言っても私は文字が読めないので、これは文字ではないと思う――のような、とにかく何かしらの概念が入り込んだ。


 そして次に私が瞬いた時、私は水槽とは全く違う乾燥した空気の場所で、人間の姿で立っていた。

 困惑して首を左右に振り振りしていると、人間たちが何かを言う。


 「ああ、ありがとう――本当にありがとう。龍の巫女よ、我が国を、何卒どうか、お願い致しまする」


 「……あ、ぇ……」


 口から、忠さんと同じような鳴き声が聞こえたことに驚く。何だこれ? これが日本語というやつか?


 「あれ……」


 私、言葉わかる! なんで? 分かんないけど、目の前の人間が何を言っているのか、わかる!

 それだけじゃない、何故か人間の言葉を話すことが出来る。これで、トカゲ同士じゃなくても――忠さんが相手でも話すことが出来るに違いない。


 「っあ、ドッグタグ、どこですか?」


 私は忠さんが電話に向かってしていたのと同じ話し方をして、必死で辺りを見渡す。

 ドッグタグ、と言ったのだか、あれは。忠さんが私にくれた一人前になった証。キラキラ光る素敵なもの。


 「こちらで御座いますか?」


 「はい、はい、それです!」


 見つかったのが嬉しくて、慣れない二本の鱗の無い足で駆け寄ろうとすると、左右から現れた人間に腕を掴まれて止められてしまう。


 「いや、だ。邪魔しないでください!」


 「龍の巫女よ、貴方には答えて頂かねばならない! 例え我が身がここで息絶えようとも、この国には代えられぬ! 貴方を通すわけには行かぬのだ! あれを返して欲しくばこの国を守ると誓って頂かねば!」


 国? 守る? 国って何? 群れのこと?

 そんなの自分たちでやればいい、なんで私がしないといけない? そんなことよりも、早くそれを返せ!

 腹が立ってきて、カーッと頭が熱くなる。私はぎゅっとお腹に力を込めて、『人化』するのを止めた。するとむくむく体は大きくなって、大きくて少し変な羽の生えたトカゲみたいな姿になる。


 「グルァアアアアアア!!」


 威嚇の声を上げても、人間は震えて青ざめながら、それでも退きはしない。

 なら殺すか、と思ったけど、私はミルワームとデュビアしか食べたことのない箱入りトカゲ。人間なんて食べたことはないし、これまでは忠さんが食事量を調節してくれていたから、殺した分を全員食べるのは少食な私には無理に違いない。


 殺したのに食べないのは勿体ない。他の動物に横取りされちゃうかもだし、何より人間を食べたら忠さんに怒られるかもしれない。以前マットを誤飲した時も、泣きながら忠さんは怒っていた……。


 そう思うと気持ちが萎んで、動きが止まる。大人しくもう一度『人化』して小さくなって、言葉を折角話せるようになったのだから、とお願いした。


 「それ、返してください。お願いします、何でもしますから、返してください……」


 「おお……大いなる力を持ちながらも、人を殺めぬその情けを利用する我らのことを、どうか、どうか許さないでください……。貴方は、ミスズ様、と仰るのですね」


 「な、なんで知ってるんですか?」


 「この金属板に彫られております。精巧な技術だ。貴方はきっと大切にされてきたのでしょう……その優しい心根、どうか我が国にも、ほんの僅か、向けて頂くことは出来ませぬか」


 「……嫌です」


 「……では、これをお渡しすることは出来ませぬ」


 こいつ……丸のみしちゃうぞ。一人だったら多分、今の私なら平気なんだからな。


 「戦うのは不安ですか、大丈夫です。異世界より来たりし者はここへ来る際に身体が大きく強化され、その上神より一つのスキルを授かると言います」


 なるほど、つまりそのスキルとやらが『人化』というわけ――


 「歴代の龍の巫女と同じく、貴方様も『龍化』のスキルを得られたのですね。その力はまさに一騎当千。こちらの金属板をお返しする代わりに、時折で良いのです。そのお力をどうかお貸しください」


 ――違うの? 人化じゃないの?!


 難しいことを言うのはやめて欲しい。そもそも、神ってなんなのだろう。なんで知っている前提で話が進んでいる?


 「この国の為、この国に住む者のため、私めと契約をして下さいますか?」


 「……」


 私は考えた。とってもすごく考えた。

 だけど、どうしようもない気がする。私は箱入りヒョウモントカゲモドキ。ご飯の量も自分で調節できないし、人間初心者だから、国とか神とかよくわからない。


 それにもう一度忠さんに会いたい。忠さんが悲しそうな顔をしている時に、何の幸運か得たこの声で「大丈夫ですか? 私もお手伝いしますよ」と慰めてあげたいのだ。だけど私は大きなトカゲもどきになってしまった。あのドッグタグが無ければ、忠さんは私が私だと気づくことはあるまい。


 「私がいうことを聞いたら、それを返してくれますか?」


 「もちろんで御座います。このような無礼な行いを成している身で御座いますが、貴方様からの誓いを得た暁にはその対価として、貴方様の御心の思うがまま何でも叶えるよう尽力いたしますれば、こちらをお返しするのも当然の事で御座います」


 難しいことを言わないで欲しい……。

 トカゲもどきになった際に、多分私はかなり頭が良くなった。知らない単語も不思議とわかる。だけど元は小さなレオパードゲッコーの私。人間の当たり前や、暗黙のルール、皮肉なんかは全く分からないのだ。


 彼の言葉を額面通りに受け取るしかないのが歯がゆい。私は言われるがままに、白髪の男の手に口付けて"契約"とやらをした。


 次の日からお付きの人間とやらが三人付いた。どれも男だったので、忠さんを思い出した。

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