決心
続きです
「アキラ、ごはんよ」
「わかった」
母が用意してくれたご飯を食べる。コメと、肉、そして山菜。出来立てであったかい。
「お父さん、帰ってこないわねえ」
「……そうだね」
「いい年して、迷子かしら」
「……そうかもね」
母は、狂ってしまった。
無理もないだろう。集落の人はみんな殺され、捕まった女たちはヒューマンの兵士に犯されたのだから。その中で、俺と母だけが生きていた。母も生きていたことは奇跡だと思ったものだ。だから、それでいい。
「ごちそうさま」
「はい、おそまつさま」
にっこり笑う母の目に、以前の輝きはない。
○ ○
「……いるか?」
「……はい」
森の中、俺と母の住む家から少し離れた一軒家の扉を叩き、声をかける。
扉がぎこちなく開く。
出てきたのは、薄い茶髪の少し年上のヒューマンである。
「どうぞ」
家の中に招かれる。
この少女との邂逅は、あの戦いの後にまでさかのぼる。
○ ○
「フーッ、フーッ」
気炎を吐く。おさまらない体内の炎が、肺を登って口から外に出ようとする。それに逆らわない。落ち着く気がするのだ。まだまだ暴れたい、暴れたりないと言っている窯が、収まる気がする。
がさり。
瞬間、音がしたほうを振り返る。そこには、少女がいた。薄めの茶色の短髪、小柄だが女性らしい体。気づいたら、襲い掛かっていた。
押し倒し、馬乗りになって両手を拘束する。
はっ、と我に返る瞬間、少女が口を開いた。
「“治癒”」
「――っ」
攻撃されたと思い、警戒して離れる。少女の手から生まれた淡く青い光は俺の胸に吸い込まれ、窯に水をかけたように鎮めた。
少女と目を合わせる。琥珀色の瞳。また、口を開く。
「……オーガ?」
「!!」
そうだ、敵だ。俺たちの集落に襲撃してきたヒューマンの兵士と同じ紋章をしている。
体中の闘気を高める。赤い蒸気が立ち昇る。
「ま、まって! 話し合いましょう!」
「話し合い?」
「そうです。見たところ、お互い、やりたくてやったことではないのではないですか?」
そうだ。殺したくて殺しまくる奴なんか、いるのがおかしい。だが、戦争をやっている国もあると聞く。おそらく今回の襲撃もその一環なのだろう。俺は頭よくないからわからないが。そんなことを言って俺を討ち取ろうとしているのか?
わからない。わからないのなら、聞けばいい。
「騙し討とうとしてる?」
「いいえ、純粋に、生き残ろうとしています」
「?? どういうこと?」
「……私にも、事情があるんです」
彼女は話し始めた。とある遠い村から徴兵されたということ。珍しい魔法が使えるということから、ど
んな任務にもできる限り出るようになっているということ。彼女の国は様々な国と戦争をしていてで、今は停戦中だが、その分国内の異民族狩りや反乱鎮圧などに力を入れていること。などなど、多くのことを知ることができた。
「――それで、その異種族狩りの一つとして」
「ここが狙われた、ってことだな」
「はい。……ほかに、聞きたい事はありますか?」
「うん。その、珍しい魔法って何?」
「これです。“治癒”」
手のひらから青い光が飛び、俺の右手を包む。すると、敵の大将を殴って血が滲んでいた右の拳が、じ
わじわと、ゆっくり、きれいになった。
「……治った」
「はい。生きていれば、正常な状態に戻す魔法です」
魔法。ほとんどすべての種族が使えるとされる法術。自身の魔力を使い、世界に変化をもたらすもの。基本的な属性魔法は得手不得手があるものの、すべて使える者が多い。
「凄いな」
「……そうでもありません」
「……そうか」
気が付けば日が沈んできており、憂いた表情の彼女に日があたり、それがとても綺麗で、見とれてしまう。落ち着いた体に冷たい風が当たり、心地よかった。
そのせいか、自然と彼女に尋ねていた。
「俺、アキラ。きみは?」
彼女は呆けたような表情で、
「……レイン」
○ ○
その後、レインに見守ってもらいながら、集落の人たちの供養をした。一番広い、祭りをする広場まで遺体を持っていき、家族、友人は近くなるよう、埋めた。
その途中、母さんの息があるのを確認して、レインに“治癒”してもらった。
そして今に至る。
「お母さん、どう?」
「変わらず、あの日はなかったことになってる」
「……そう」
レインは名前を交換し合ってから少し砕けて話すようになった。そして、今日は相談しに来たのだ。
「レイン。俺は、母さんを殺そうと思ってる」
「え?」
「あの姿のまま、生かしておくわけにはいかない。それに」
殺して、もう殺して、と、寝言で漏らすことがあるのだ。今も母さんは苦しんでいる。
「解放させてあげたいんだ」
「……アキラが精いっぱい考えて、それで出した結論なら、いいと思うよ。私には、何も言う権利はない」
頭を下げる。決心を手伝ってくれた、お礼の印として。そしてもう一つの議題を提示する。
「それで、レイン。旅に出ないか?」
「……なんで?」
「レインの事情は、推測でしかないが、わかってるつもりだ。俺も一人になった。なら、一緒に、どこか、俺たちを排除しないところに行こう」
「……」
レインの村は、おそらくもうない。レインの表情を見ればわかる。村のことを話すときは、いつも泣きそうだ。家を訪ねると、いつも疲れていやになっている。そんな顔をしている。
「……いいよ」
「本当か……!?」
「うん」
よかった。拒まれたら、どうしようかと思っていた。この森に第二陣が来ないとは限らないから、安心した。そして誓う。
「俺は君を守るよ。なにがなんでも」
「じゃあ私は、傷ついたら治してあげる。暴走しても、大丈夫だから」
微笑みながら言う彼女は、とても愛らしかった。
○ ○
レインと別れ、家に帰る。最後に、やらなきゃいけないことがある。そうしたら、旅に出るんだ。
「……あらアキラ、お帰り。ご飯はもうちょっと待ってね」
母さんは縫物をしていた。後ろから忍び寄る。手には刀。窯は、熱くなってない。
「母さん」
「なーに、アキラ」
「ちょっと、来てほしいんだ」
「どうしたの、突然」
「いいから」
少し強く急かしてしまう。母さんはぶつぶつ文句を言いながらも、支度をして、ついてきてくれた。
ついた場所は、みんなの墓地。
「アキラ? 何の用なの? こんなところに」
「母さん」
きょろきょろしている母さんに向け刀を持ち上げ、振り下ろす。
「ありがとう」
「アキ――」
鮮血が噴き出る。地面に膝をつく母。横に一閃。首を断ち切る。
「――ラ……?」
視界が真っ赤に染まる。いや、俺自身も。
暖かいよ、母さん。母さんのおかげで、凍えることはなかった。時に父さんに嫉妬すくらい、暖かい家庭だった。
ありがとう母さん。
○ ○
ぼうっとしていると、レインがやってきていた。
「大丈夫?」
「大丈夫」
「……手伝おうか?」
「いや、自分でやる」
手で穴を掘る。体全部が入るくらい大きな穴を、父さんの、隣に。
そして埋める。初めて持ち上げた母さんは、驚くほど軽く、衰弱しきっていたことを思わせた。
手を合わせる。
ごめんなさい。今までありがとう。父さんによろしく。
「……父さんに怒られそうだな」
「……私も」
「……」
これから守っていく人を見る。
「行こうか」
「うん」
夜の森を抜け、受け入れてくれる地を目指して。
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