鬼の話
衝動に駆られたので
俺の中で一番強いのは父だった。
父は集落で開かれる武闘会でも負けるところは見たことないし、本人も「父さんは最強だぞ」と冗談交じりに言っていた。
その認識が過去のものとなったのは九つの誕生日だった。
俺の集落では誕生した日の夕方に、火をおこし、神にささげる舞を舞い、神の言葉を預かる預言者から、神の言葉を受け取る。その後夜が更けるまで飲み続ける、というのが一連の流れとして決まっている。(酒を飲むため、子供は途中で潰れるが、大人連中はいくら飲んでもケロリとしている)
あとから聞いたことなのだが、舞を舞い、神の言葉を受け取る、その最中に、倒れたそうだ。
いつも何をやったか覚えていないから、その日のいつにそれが来たかはわからない。
しかし、それは父よりも強大な、長老より偉大な、祭りの炎よりも神々しい輝きだった、それは確かだった。
そしてそれは話しかけてくるのだ。祝福を授ける、と。誰よりも強くなれ、と。
‟我は神なり。熱と輝き。我の力を授ける。我が天敵を打破せよ。我が天敵を打破せよ。打破せよ。打破せよ。打破せよ。誰よりも何よりも強くなれ。”
毎年俺の誕生日に語り掛けてくる“神”は、父も長老もその存在を知らなかった。俺にだけ語り掛ける“神”は、俺の中で一番強い存在となった。
燃え盛る炎の中で、それを思い出す。
○ ○
「放てぇ――――!!」
色とりどりの魔法の砲弾が飛んでくる。木々は倒され、鎧を着たヒューマンが槍や剣をかざし、迫ってくる。
自分を鍛えたり、のんびりしたり、各々好きに過ごしていた昼下がり、集落のど真ん中に落ちた魔法の雷が、その日の平穏を粉々に砕いた。襲撃だ。
「アキラ! 逃げろ!! くそ、なぜだヒューマン……!」
父が見たこともない恐ろしい形相で叫ぶ。その身にはすでに複数の魔法をその身に受け、口からは赤い血をこぼしている。
なぜだ、なぜだ、と鎧の大群の向こうをにらみつける。
「父さんは? 母さんも……」
「父さんたちは、あれらをぶっ倒すんだ。安心しろ。父さんは最強だからな」
父さんは最強だ、確かに、集落ではそうだ。誰よりも強い。
でも、世界は、広いんだ。父さんは、最強じゃない。
「キリオさん!! カグラさんが……! みんなも、くそ、なんでだ! 不可侵のはずだろう……!」
「落ち着けトシ。カグラがどうした」
「カグラさんが、人質になってる! 敵の大将だ。全員連れて来いと……!」
「なんだと……!?」
母さんが人質に? トシさんがもたらした情報と敵の要求に、その場の全員が驚き、次の瞬間、その場の闘気が膨れ上がる。
闘気。鬼族の使う戦うための気で、最大の武器。強化というとても単純な効果だが、熟練者の一撃は地面を大きく陥没させる。オーガでは、これが使えて一人前。
「アキラ、おまえ、いくつだ?」
「十五」
「ならいけるな」
「当たり前」
オーガは同族の絆が固いことでも知られる。それを利用した策。だが、それは俺たちの逆鱗に触れる行為である。
みんながそれぞれの得意とする武器を持つ。俺も刀を握る。
俺たちの怒りを思い知らせてやる……。
○ ○
武装した俺たちが目にしたのは、敵が俺たちの家族の遺体を踏みしめ、その大将がボロボロになった母を犯している光景だった。
父が一歩、前に出る。
「やあやあ、久しいじゃないか、異種族ども。ええ? 元気にしてたかよ」
「ああ、ひさしいな。ところで、しね」
「逸るなよ、ゴミが」
全員が前に出ようとした瞬間、敵の大将が右手を横に薙ぐ。
妙に冷静な俺の脳みそは、その大将の口が、何かをつぶやいたのを見ていた。
視界が、赤に染まる。
いったい何が起こったのか。前にいた父の頭がなくなって、首から血が地面と垂直に噴き出している。周りの大人たちも同じだ。いや、下あごまでしかない人も、胸から上がない人もいる。みんな、おんなじ高さで……。
「“神の右手”……。残ったのは君だけか。やはり、ゴミだったな」
ああ、あいつ、油断してるな。
俺の中で、何かが煮える音がする。ぐつぐつと。そしてその赤熱の窯を灼熱の炎が焼いている。この窯は俺だ。稲妻が奔る世界の中心にそびえる、赤熱の窯。
「おやおや、おびえてるのかい? 大丈夫。すぐにみんなと同じところに行けるからねえ」
もう事切れているだろう母を投げ捨て、右手を頭上に掲げる。
俺の中の窯の中の液体は、すでにこぼれていた。
「“切断せよ”」
「――っふ」
地面をける。
敵を切る。
あいつは最後だ。最後に残して、みじめに死なせてやる。
視界が赤に染まる。
「な、なんだ! 一体、何が――」
首を落とす。
「あの小僧! ふざけ――」
首を落とす。
「いったん引け! くそ、なん――」
首を落とす。
首を落とす。
首を落とす。
首を落とす。
「クソガキがぁぁ!!」
伏せる。
頭上を見えない斬撃が通り過ぎる。みえないのに、感じる。
そうしていると、すでに敵はなく、大将首が一つ、立っているだけだった。
「まさか貴様、“福音”を受けたのか!?」
耳は貸さない。ただの雑音だ。
「神がオーガにも福音を与えるとは、世紀の大発見だ! これを持ち帰れば、私はさらなる――」
自分に酔っている男に拳をふるう。ゴキリ、嫌な音を発し、森の中まで吹き飛ぶ。それを追い、頭をつかみ、地面に叩き付ける。数メートル、地面を抉りながら進み、やがて止まる。
男はもう、息をしていなかった。
○ ○
怒りに任せ、知性あるものが知性あるものを殺したとは思えないやり方をしてしまった。恥ずべきことである。
オーガには、礼儀を重視する文化がある。しかし、相手は尊重する必要もない屑だった。だからというわけじゃないし、自分を正当化するわけじゃない。一族の怒りを思い知ってもらった。そして、恥ずべき
ことだと思った。だから恥よう。反省しよう。
こうなる前に、すべて正々堂々打ち倒せるように。強くなろう。
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