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現世と幽世をつなぐ物語  作者: 魔弾の射手
間章 ~LOST~
7/9

分岐 ~黄昏に続く物語~

 空想科学戦艦伊吹の第五話が予想以上に難航しているため、気分転換のためと話を早く進めるために最新話を投稿させてもらいます。

 前半部分、ヒムラーパートに入る前までの部分ですが、実は『なるたる』というアニメのOP『日曜日の太陽』とEDの『回路』を聞きながら書いていました。出来れば一緒に聞いていただけると少しはのめりこめる作品になるのではないかとww

 ~忘れ物はありますか?~









 葬式の日、意外にも多くの人が葬儀の席に集まった。

 政府の意向から、表向きは突発的な竜巻によるものだと伝えられた神成市の大災害。人知れず脅威と戦いそして道連れにした彼女の偉業を知る人間はいないながらも、同時期にいなくなったことに関与を否定する材料はどこにも存在しなかった。弔問ちょうもん客の中には私服刑事の姿もあった。


「本日はお忙しい中――」

「いえいえ――」


 お決まりのセリフ、思ってもいない言葉をすらすらと並べあげるご婦人がた。葬式が始まる前だと言うに、すでに井戸端いどばた会議の輪と死者をおもんぱからない言葉が飛び交っていた。

 まるで死者を思いやる心がない。何も知らないのをいいことに言いたいことばかり思ったことばかりを好きに言い合ってえつっている。聞く人間のことを考えずに。

 早くも彼女、黒崎真咲はこの葬式に嫌気がさしてきていた。死者をいたむ気がないなら来ないでほしい。そう簡単に済ませられるほど人間関係が甘くないというのは分かっていても、それでも葬式の場くらいは静かにしてほしかった。


 一週間前のあの日、真咲は後ろを振り向くことも忘れてただ只管ひたすらに街を走っていた。

 すでに都心から離れ少しばかり古めかしい住宅街の中に入り、そのうちでもさらに古めかしい家々が並ぶ街路を、急勾配きゅうこうばいの坂を上っているさなか、不気味なほどに静まり返った街に爆発音が響き渡った。

 都心にほど近い場所にあるセルフサービスのガソリンスタンドから火の手が上がっていた。それは街から離れ見下ろすことのできるこの場所からならば容易にその様子をうかがい知ることができた。

 十中八九、姉が戦った余波だ。姉の背にかばわれて、最後に見ることになったのは翻る黒い膝丈のロングコート、その中から出された白銀の煌めきだった。背負っていたアタッシュケースも、おそらく長物ながものが隠されていたに違いない。

 いったい街中で何が起こっているのか、いくら戦地に赴いたことのない真咲でも容易に想像がついた。

 あの異常に血生臭い臭いを発していた野戦服の男と戦闘していること、そしてガソリンスタンドを爆破しなければならないほど切羽詰まっていることだった。


 幸いなことに戦闘の余波が真咲のもとに届くことはなかったが、けれど建物が壊されていく音は言い知れぬ不安感と恐怖感を与え、それを払拭するためにも真咲は再び走り出した。

 家に近づくにつれて安心感が身を包んでいく。緊張きんちょうが段々と薄れてゆき、そしてそれに出くわした。


「――こんな夜分に、どうかされましたか?」


 長い金髪に銀色のフレームのありふれた眼鏡をかけたカソック姿の神父、それが第一印象であったが、それにしてはあまりにも不自然だった。

 ここの近辺に引っ越してきたなどと言う話は聞かないうえ、ここまで人の眼を惹く男が他の凡夫ぼんぷに紛れて生活するにしてもこの街のコミュニティは小さくない。そのうえこの街に教会は・・・存在しない・・・・

 何よりもこの男、纏う雰囲気が異常だった。あの野戦服の男とはまた別種の、けれど同種の人間の香り。姉からも微量に漂ってきた人の血のにおい、この神父はただの人ではない。


「夜遊び、といった感じではありませんね。ですが女性の夜の一人歩きはあまりほめられたものではありませんね」

「――貴方、あの男の…………」


 言い終えるかどうかのうちに男はオレンジ色の残像を残して真咲のわきにまで迫り、男に比べればあまりにも小さな肩にごつごつとした大きなてのひらをおいた。

 早いなんてものではない。まさしく閃光。瞬きのうちなどという言葉でもまだ足りない。さながらSF映画定番のワープのように一瞬で迫り真咲の首を簡単に包み込めるほど大きな手を肩に置いた。その気になれば殺せるというのに、だ。

 脅しだ。その気になればいつでも殺せるのだという脅しで、あの男以上に現実離れした存在を前にして、真咲の膝は笑っていた。

 野獣よりも危険だ。さめくじらなんかよりももっと危険だ。その男を端的に表すとするならば流星や隕石といった言葉よりも恒星こうせいと言ったほうが正しいだろうか。少なくともこの男は一人の人間の領域を逸脱しているのは確かだった。


「今日のことはお忘れなさい。そのほうが貴方にとっても都合がよいでしょう。とはいえ、言ってしまわれたところで警察も信用しないでしょうがね――それでは、気をつけてお帰りくださいね。夜は危ないですからね」


 コツコツとブーツか何かの立てる音はあの野戦服の男のブーツと同じ音で、けれどそれを考えるいとまは真咲になかった。

 息が切れる。鼓動が速くなり血流が加速度的に増して目の前がくらくらする。過呼吸気味の呼吸は未知の恐怖からの生還の喜びか、それとも恐怖を脳裏に植え付けられたが故の恐れか、少なくともまともな状態を維持していられるほど冷静ではいられなかった。

 あれは正真正銘化け物だ。あの野戦服の男などよりも断然、この男のほうが一段も二段も人間を辞めている。

 一瞬あった目を見ただけでわかる。笑顔のはずなのに何かを恨むようなあの視線。ただ普通にしゃべっていただけだというのに体中を鎖で縛られたかのような単純に逆らってはいけないと分からせる負荷プレッシャー。あんなもの、危機迫った姉はおろか野戦服の男でも出すことはなかった。それをまるでなんてことないように出せる、あの男こそ神話の怪物バジリスク。絶対的な王者だ。


 気がついた時には家の前に辿り着いていた。それまでの記憶は不思議と欠落しており、玄関に辿り着いた時には意識を繋ぎとめることもできずに意識を失い倒れこんだ。

 体中から糸が外されたかのごとき倦怠感。それに身を任せるように倒れこんだ真咲の眼には父親と母親の顔が見えていた。どたどたと大きい音を立て真咲の、ここまでの道程で5キロは痩せた軽い体重を支える父親のがっしりした胸板。それに安心した真咲はそのまま父親の胸の中で眠りに就いた。




 その翌日から学校は臨時休校となり、彼女、黒崎真咲は部屋の中に籠って過ごしていた。もしかしたら窓の外、庭先にあの金髪の神父がいるかもしれないと思うと体が震えまともに喋ることはおろか外に出ようという気力が生まれる余地もなかった。

 とはいっても、真咲が学校で出来た友達、神ヶ割かみがさき 舞華まいかや両親が心配して一日中付きそいその心の傷を埋めようとしてくれたことは、彼女の心に大きく作用した。

 姉が返ってくることはなくとも、自分の周りにいる暖かな幸せに、少しずつ体を縛っていた鎖がほどけていくような感じがしたのだ。

 そしてやってきた一週間後、葬式終わりに彼女は私服警官から事情聴取を受けていた。周りには家族や友人である神ヶ割 舞華などもおり、ほんの少しの心強さを以て、それを受けていた。


「じゃあ君は、学校帰りに銀色のアタッシュケースを背負った君のお姉さん、黒崎真白さんと一緒に下校していたんだね?」

「はい。姉がたまには姉らしい事をしたいと言って」


 四年間も家を空けていた姉が手の届くところでいろいろと話してくれていたあの瞬間、シスターコンプレックスでもないはずなのに喜んでいたのを覚えていた。幼少のころより大好きだった姉が、ようやっと手元に帰ってきてくれたかのようでうれしかったのだ。

 いなくなったことを極力思い出さないようにしていたはずが、思い出してしまったことでまた涙があふれてきた。姉が守るように立ちはだかった事、ガソリンスタンドを爆破したあの光景、そしてあの金髪の神父。

 連鎖的に思い出される恐怖的な光景が、トラウマを思い出させる。身が震えるのを隠すように、真咲は自分の体を抱いた。


「ふむ。――君はお姉さんが前にやっていた仕事を知っているかい?」

「傭兵だった、とは聞いています」

「――彼女は凄腕の傭兵と言うことでその界隈では名前が売れていたんだ。犬連れの女傭兵やらアンリミテッド・ガンバレルとか、いろいろな二つ名がついていたようだ。つい最近もISILとアメリカの戦争の休戦協定の立役者となったのも彼女だし他にも――」

「あの――」


 話を遮るように――もっとも、事情聴取とはほぼ無関係なのだが――神ヶ割 舞華が手を挙げていった。いつの間にかその陰には木刀を片手に背を向けて佇む少年、神足こうたり ゆうがいたが、保護者とまで呼ばれる彼がいるのはいつものことなので、少なくとも黒崎一家は何も言わなかった。

 その舞華の挙手と後ろで佇む悠を見て警官も一瞬息をのんだようだが、落ち着いて聞き返した。


「ん、何だね?」

「話の内容が要領を得ないのですが」

「あぁ、そうだった。こんなことを話しに来たわけじゃないんだ。――要するにこれは君のお姉さんが誰かから依頼を受けて新型爆弾の爆破実験に使われたのではないかと、警察では疑っているんだ。失踪する直前、お姉さんに変わったところとかはなかったかい?」


 変わったところなど挙げるまでもなく一週間前のあの光景、そもそも足を踏み入れた人外魔境が恐ろしすぎて体が震えることは止まらず、体を抱く腕もその役目を果たしていなかった。

 思い出すだけでも恐ろしい、神父のあのトチ狂った相貌。忘れられるわけがない。そして忘れられないからこそ恐怖からの逃避のため、あの部屋に引きこもったのだ。

 異常なほどに震える彼女に、警察も両親もどう声をかければいいか考えあぐね、そしてまた一つの影が彼女たちによってきた。


「よお山県やまがたのとっつぁん。元気そうで何よりだ」

「冬月の旦那か。そういえばお宅も娘さん殺されてやしたね。一時期は児童虐待で牢屋ぶち込もうとしてたんだが、いきなり子煩悩のオヤジになりやがってなぁ」

「よしてくれよ、昔の話なんて――」


 親しげに話す男、その姿を見たことがない者はそこにいなかった。

 冬月入間。ヤクザの元組長で、今は娘の復讐に燃える一人の父親だった。言葉尻だけは穏やかなそれであるが、けれど瞳を直視した山県警部、そして真咲にはそれがよく見えていた。穏やかにはとても見えない荒波の様なその炎が。


「それよか、真咲ちゃんをうちの娘の親友と見込んで聞きたいことがある。お姉さんの真白ちゃんをったのは、もしかして楓をった犯人と同じなんじゃないかい?」

「――――――――」

「家族を亡くした痛みはこっちもよくわかってる。そのうえで、教えてくれないかい」

「――白髪の、野戦服の男」


 同胞ということも大きかったが、けれどそれより大きかったのは親友を殺した原因であるあの男に対する敵対心だった。穏やかな声でそれをなぞられる様に言われれば答えないと言うわけにはいかなかった。

 姉を殺し、その上親友を殺した。それより何より、中心街や繁華街の人間を皆殺しにしてなお血を吸おうとしたあの白貌の吸血鬼。今も生きていると思うと吐き気がした。

 金髪の神父もあれと同類だと言うなら、それ即ち冬月入間と黒崎真咲の敵に他ならない。たとえまともな勝負にならずとも、せめて抵抗だけはしたかった。人間を無礼なめるな。

 そしてそれ故に、忘れる事無く覚えていたあの金髪の神父の事も、いつの間にか口を突いて出てしまっていた。


「それと、腰よりも長い金髪に銀色のフレームの眼鏡をした神父がいた」


 その場に緊張が走るのが分かった。息を飲む音とわけも分からずに硬直する面々がよく見えた。

 それは冬月入間にとっても山県警部にとっても鬼門だった。それだけは聞きたくなかった。冬月のシマで悪さするコスプレ馬鹿、そういう方向性で行こうと言う時にそれだけは聞きたくなかった。

 化け物どもの首領とは名ばかりに仲間からも嫌われる孤独の大隊長。シリア戦線を“熱砂戦線”と呼ばせるに至り、アメリカにその戦力の多くを割かせる原因となった個人にして戦略兵器。

 今現在もなお存命が確認されている正真正銘の化物にして現代において不老不死を体現するたった七人の武装親衛隊将校たち。彼らの名は“最後のレッツト大隊・バタリオン”――ナチスの残した生きる亡霊どもである。


「これは外秘なんだが、そいつは間違いない」

「奇遇だな、山県のとっつぁん。俺もそいつのことは耳にしてるよ」


 裏の世界で知らない者などいない。アメリカもロシアも隠し通すことすらできないと腹をくくり始めた最悪の存在。

 アメリカの最強神話を崩壊させヴェトナム民主共和国を作る手助けをした張本人であり、バルト三国をロシアから引き離した原因で、そしてクリミアやシリアが戦場となった、あらゆる事象の中心人物にして真犯人。


「――そいつはハインリヒ・ルイトポルド・ヒムラーだ。国家社会主義ドイツ労働者党SS全国指導者、つまるところ政治将校ってやつだ」

「でもその人、終戦するときに捕まったって授業で――」

「どうやっても見つけられなかったロシアとアメリカが他の国を黙らせて押しとおした嘘っぱちさ。現に今もヒムラーは生きて、この日本に、この神成市にいる。シリアを熱砂戦線なんて呼ばせたのも、クリミアで武力衝突を起こしたのも、ヴェトナム戦争も冷戦も、戦後の戦争は全てあいつら、最後のレッツト大隊・バタリオンだ」


「――レッツト……バタリオン?」

「ドイツ語で最後の大隊っていうらしくてな、奴らは錬金術師を自称して様々な戦争に茶々を入れてはかき乱すだけかき乱して消えていってやがる」

「ここ最近うちのシマを荒らしてやがったのもそのうちの一人ってことだろうな――クソッ!」


 周りが沈黙に包まれようとしている中、彼女、黒崎真咲だけはその瞳に怒りと殺意を織り交ぜた幾何学きかがく的な光を灯し、そして心の中で呟くようにそれを何度となく反芻はんすうした。

 忘れない、忘れるわけにはいかない。家族の仇であり、今は亡き最愛の友を殺した張本人なのだから。

 ゆえにこの怒りだけは、この殺意だけは何者にも否定はさせない。


 ハインリヒ・ヒムラー――最後のレッツト大隊・バタリオン――忘れない。絶対に、絶対に殺してやる







 崩壊してゆく街を見やりながら、金髪の男と金髪の女、カソックに身を包んだ男は一見の和風建築を見降ろしながら話していた。


「――まさかあなた方と利害が一致するとは思いませんでしたよ、アルバート・アルドリッジ社長専属秘書、Frauフラオセシリア・ブラッドリー」


 カソックの男、ヒムラーと呼ばれた男は柔和な笑顔を崩さないまま目の前の女に向けていった。その言葉は喜びに溢れているかのような体を成しているが、その言葉の奥底に秘められた敵意を感じ取ることは彼と同じ錬金術師(人外)にならなければ感じ取ることすら不可能だろう。

 この場を包む空気は一触即発を絵にしたかのように濃密で、けれど常人では余りの濃度に気がつくことすらできない殺気で充満していた。

 それに対し、この世のものとは思えないほど蠱惑的な肢体をスーツに収めたセシリアと呼ばれた女性はヒムラーを睨みつけながら突き放すように言った。


「勘違いしないでほしいわ。あれはあのままでは可哀想だと思っての行動。断じて貴方達(SS)と手を組んだ覚えはないわ、ハインリヒ・ルイトポルド・ヒムラーSS全国指導者さん?」

「これは手厳しい。まぁこちらとしても貴方がたアメリカ企業と手を組む気はありませんがね」


 並みの男なら一目見ただけで脳神経を侵され獣のごとき愛欲と情欲に身も心もとかされてしまう。まるで悪魔サタンいや淫魔サキュバスの具現。それを直視してなお男も、そして彼女の後ろに控える金髪の男も正気を失わずにいる。三者ともが三者ともにすでに人の領域を超えていることを言外に語っていた。

 膠着こうちゃくする。ほぼ同じ位階にいながらもヒムラーには絶対に届かないことを知っているが故に、女はもちろん金髪の男も動かなかった。


 嫌な沈黙が流れること数分、それを崩すように爆風のような衝撃波が街を蹂躙じゅうりんし破壊の渦の中に押し込んだ。

 アルフレート・K・フォン・シュマイザーSS中尉とただの民間人、いや女傭兵の戦闘が終わったことを示していたが、よくよく気配を追ってみるとどうにも毛色が違ったように感じられた。それは金髪の男も同様だったようで――


「賢者の石は十三個が全てのはずだが、複製に成功していたのか?」

貴方がたアメリカと一緒にしないでいただきたいですね。我々は個人にして軍隊。その本質は己が内に眠る渇望そのものの具現。それは貴方とて理解していることでしょう?」


 遺憾いかんと言えば遺憾だった。何度となく賢者の石を解析にかけ、それでも解析不能の文字が出てついに複製することは叶わなかった。

 賢者の石が放つその力、そのエネルギー係数、間違いなく人類の明日を照らすに相応ふさわしいエネルギーだったというのに、今は己の内で輝くに留まっている。ヒムラーの言は正しく、そしてアルバート・アルドリッジにはそれを否定することはできなかった。

 実験のためと称して盲目と足の障害を取り除くために義妹にエリクサーとなった賢者の石を飲ませたのは、他ならないアルドリッジその人だからだ。


「――ではあれはなんだというのだね?」

「さて、私にも実はそれがよく分からないのです。我々と酷似した波長をもっているのに、決定的に違う。まるで外部から力でも送られてでもいるような、そんなちぐはぐな印象ですね」


 ちぐはぐと言えば聞こえは良かったが、その不可解さを言葉に表すならば歪と言ったほうが正しい。

 人間には誰しも器がある。命の器、仁徳の器、数えればきりがないが、人間は誰しもそれぞれ同じ大きさの器をもち、それぞれが生まれたときからそれぞれの器に配分される量が決まっている。

 命の器、仁徳の器、力の器、心の器、どれかが少なければどれかが多い。杯は満たされることなく、かといって誰しも平等に注がれるわけでもなく、誰しもが埋まらない飢えを心に抱えて生まれてくる。ゆえに恋とはその埋まらない飢えを満たす行為に他ならない。

 けれどそれにしては女傭兵、黒崎真白は異常だった。

 器というものがあると仮定したなら、女は命と力が抜きん出ているだけのただの人間だった。そのはずだったが、いまでは力の器よりも圧倒的に多い力がその身に流入し際限なくその力を高めている状態だった。それにはヒムラーをして悪寒を感じさせるほど危機迫った事だった。

 アルフレート・K・フォン・シュマイザーが太陽と称したヒムラーは太陽と称されるに相応しい力を持っていた。その力の前には目の前のアルドリッジでもヒムラーを撤退させるだけが関の山という圧倒的な力の差を持っていた。けれど黒崎真白に流入するまさしく無限の力はそのヒムラーに迫るものがあった。これに恐怖するなと言うほうが無理がある。

 最後のレッツト大隊・バタリオンでも抜きん出て力も理の強制力も強かったアルフレートが負けるなど万に一つもないと思っていたが、これは負ける。そう断ずるに足る力の差が、すでに真白とアルフレートの間には存在した。


 シリアでの戦闘中、いや戦闘ともいえない虐殺のさなかに見つけた他とは毛色の違う傭兵の姿が今も目に焼き付いている。感情を亡くしたように殺して殺して殺しまくる、まるで戦闘機械のような彼女。興味がそそられて全員でついてきて、そしてその魂を仲良く分ける算段を立てていた。それがまさかとんだ穴馬アウセンザイターがいたものである。


「負けるな」

「えぇ、負けるでしょうね。そして勝者もいない」

「……こちらから日本政府には圧力をかけておこう。まだ沙汰を起こすつもりなどないだろう?」

「それは願ったり叶ったり。まだ十分に戦争(聖戦)を行えるほど、準備は整っていないものでしてね」


 慇懃に礼を言うヒムラーに、アルドリッジは眉間にしわを寄せて睨みつける。

 一挙動一挙動が胡散臭い。敬語がゆえにその言葉の裏さえも良いように隠され核心に至ることはできない。その核心に至ることさえできればこの男を御することさえも簡単な問題だというのに。

 それゆえに死に物狂いで追いついた。絶対にこの男を王国マルクトと呼ばれる位階に辿り着かせはしない。こんな男の掲げる思想が世界を覆えばそれこそ惨事だ。碌でもないことが世界中を伝播しまた狂ったように世界中が戦争に打ち込む時代が来ることだろう。それだけは避けるべきことだった。

 ――そのために世界に戦争を振りまこうとも


「――貴様だけは、王国マルクトには至らせない。王国マルクトに至るのはこの私だ。貴様が至ったところで拡がるのは腐敗した王国ディストピアだけだ」

「おや、異なことをおっしゃる。戦争狂が作る世界はそれこそ忌むべき官僚主義の世界ディストピアでしょう」


 両者の間を紫電が奔ったように感じたのはセシリアだけではないだろう。隠れ潜む武双SSはもちろんのこと、アルドリッジの本来の護衛も、一瞬二人の間に走った紫電を幻視することは容易かった。

 やがて両者は反対方向に歩きだした。ヒムラーは山の上のいまでは誰も使うことのない廃教会へと。アルドリッジはこの街では一番高級なホテルへと。その後ろにはいつの間にか各々の部下が並び立ち周囲にそれとは分からせない威圧感を振りまいていた。

 そうして夜は更けていった。後に残ったのは一夜にして起こった街の大惨事。ここ神成市が特異点だという間違えようのない証拠だった。


 それから半年後、冬の神成市で第二の、そして今世紀でも最大の街一つを犠牲にした奇跡が起こるなど、この時点では誰も知るよしもなかった。








 ~ワスレモノはありますか?~

 九月中に空想科学戦艦伊吹が書き切れればすぐに投稿しようと思っています。一応構想は全て考えてあるのですが、いかんせん自分に文章力がないため難航しております。空想科学戦艦伊吹の更新を楽しみに待っておられた方にはもう少しお待ちいただくことになります。誠に申し訳ありません。

 タイトルの『分岐』ですが、要するに主人公が異世界入りしたので次作に分岐したということです。なお、次作では真咲はただのあて馬で終わります。

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