表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現世と幽世をつなぐ物語  作者: 魔弾の射手
第一章 ~貴方にとっての常識は、必ずしも誰かにとっての常識ではない~
5/9

第四話 ~破壊の話~

 はい、これで戦闘回は終わりです。自分としてはかなりあっさりしていたように感じましたが、いかがだったでしょうか?次回作である神々の黄昏では大幅に戦闘シーンが増えるので、そのための試作として戦闘回を書いたりしていく予定ですので、そのたびにご意見などを頂けると幸いです。

――貴方にとっての常識は

 必ずしも誰かにとっての常識ではない――








 燃えている。燃料用地下タンクにあるガソリンをスタンド中にぶちまけ、レギュラーもハイオクも軽油も灯油も混ぜたそれをその上に更にぶちまけて銃の引き金を引いたのだ。当然の帰結と言える。

 気を抜くな。確実に死体を見るまで気を抜いてはいけない。骨の髄にまでしみ込んだ行動はこの状況下でも常に警鐘けいしょうを鳴らしている。気を抜けばその瞬間に死ぬと。


 圧倒的熱量。普通の人間・・・・・ならば骨すら残さずに燃え尽きてしまうだろうが、けれど女には確信があった。この程度では死なないと。この程度で死ぬような輩ではないと、これまでの戦闘から漠然と理解していた。

 ベレッタとデザートイーグルを構えて炎の中を見据える。キャンプファイヤーなどよりも壮大で圧倒的な炎は途轍もない光量を伴って天を焼いて空をこの大地のように赤く染め上げている。さながら天を焦がすように。

 ゆらりと、炎の中に一筋の影が出来たのが見えた。それはゆらゆらと緩慢な動作で動くと、炎を割って・・・出てくる。


 フィールドグレーの野戦服はところどころ焦げ、白糸のような髪はすすが被ってまだらになっている。力なくだらりと下げられた腕に俯いて見えない顔。その中で赤い瞳が存在を主張するように光って見えていた。

 一見して満身創痍まんしんそうい。戦う力など残されていないように見えるが違う。それまで体に張り巡らされ力を抑えていた糸が弾け飛び、久々の解放感と湧きあがる力に体を慣らしているのだ。

 端的に言って、男はキレていた。けれどそれと同時に深い喜びと期待感を持っていた。これほどまでにやるなら、こちらも全力・・でいけると。


「ハッ――ハハハハッ、ハッハハハハハハ、アッハハハハハハ!手前人間のくせによくやるじゃねぇか!ああ見直したぜぇ全力出さずに死なすのが惜しいくらいだ!」


 哄笑こうしょう嘲笑ちょうしょう。男は全力を持って女のその愚かしくも人間味がありそして大胆な策を笑い飛ばしていた。こんな物では俺は死なないと。この程度では死ねないと。

 ここまでやれるならなにも憂いはない。真綿で絞め殺すような極度に抜かれた力で相対する必要も、わざわざ人間・・のふりをするまでもない。こいつは真の意味で同類だ、力を抜くなどそれこそ女に対する非礼に値する。勿論そんな非礼、男の許すところではないし、そもそもする気もない。


 炎の海から体を引きぬき、燃える深紅の瞳で女を射抜いた。


「手前、名乗れよ。聞いてやる。いや、こういう時は俺が先に言うのが礼儀だな」


 男が軽く息を吐いて、そして吸った。腐ったどぶ川や底なし沼よりも醗酵しきって饐えた匂い。周りの空気が腐って溶けて行くような気すらしていく。

 体が竦むような感覚に陥る。まるで先程までとは別人。先程までのを猛犬とするなら、こちらは怪獣だ。それも特大の、ゴジラなんかの比ではない。この存在はそれすらも凌辱して溶かし切ってしまう。

 真正の化け物だなんて何と生ぬるいことか。これは化け物なんて人知の及ぶ範囲などとうの昔に逸脱している。このような存在は、怪物と呼ぶしかないだろう。


「国家社会主義ドイツ労働者党所属、Hauptハウプトsturmシュトルムhrerヒューラー――日本語風に言うなら武装親衛隊大尉、アルフレート・K・フォン・シュマイザー。Letztレッツト Bataillon・バタリオン所属の錬金術師だ。さぁ、手前も名乗れよ」

「――元傭兵の黒崎真白よ」


 最後の大隊。存在の立証すらされていない、恐らく存在しないだろうと呼ばれる集団。賢者の石とやらを発見したと言う文書と、最後の大隊を組織したと言う文書が存在するだけの、ヒトラーの誇大妄想が生んだ架空の組織……だった筈の何か。

 まさしく亡霊。ナチス・ドイツ第三帝国の狂気と空想オカルトによってその生を形作られた生ける死霊しりょう

 本気でそんな物を信じている。それは確かに存在すると、自分はそれを使えるのだと。

 既に滅びた国か、それか身を寄せる組織のためか、はたまた自分のためにか、その力を誇示し所有している。

 これぞまさしく誇大妄想狂。第三帝国の忘れ形見が今吠えようとしている。


「それより、錬金術師?なら金の一つでも錬成してみれば良いじゃない。それだけでナチ残党の人たちがどれだけ救われるか」

「あんな自決も出来ねぇで世界から逃げ回っているような敗北主義者どもに、何で俺らの金を渡さなきゃならねぇ?あまり勘違いするなよ、俺達の錬金術ってのはただ金を作ったりするちゃちなもんじゃねぇ」


 炎をかき分けて進むその姿はまさしく鬼。まるで炎すらこの鬼を恐れているかのように道を開けて行く。

 錬金術師だなんて嘘だ。こいつはただの殺戮さつりく者で、そして人の魂をすすって生きる吸魂鬼という名の怪物だ。

 その怪物が今、狩りのために全力を出すと言っている。


「今から、その力の一端って奴を見せてやるからよ、簡単に死ぬんじゃねぇぞ」


『私が過ごした歳月は、既に数えることは叶わない

Die Zeit, die hier ich weil',ich kann sie nicht ermessen: -

日の巡りは無くなり夜が我が身を包み込んだ

Tage, Monde - gibt's für mich nicht mehr,』


 悪寒が女の背筋を這いずり回った。まるではんぺんか蒟蒻こんにゃくで背筋をなぞられるかのような不快感。前後不覚に陥りそうなほどの濃密な腐臭。ホームレスの体臭などとは比べるべくもない。

 詠唱だ。それも世界を呪うタイプの祝詞のりと。私には何も残っていないとでも言うかのような、悲しい呪いの祝詞。


『私を照らす太陽も、瞬き喘ぐ星空も、何一つこの目には映ることはない

denn nicht mehr sehe ich die Sonne,nicht mehr des Himmels freundliche Gestirne; -

深緑の木々はモノクロに色褪せ、草花は萎びて死を待つのみとなった

den Halm seh' ich nicht mehr, der frisch ergrünendden neuen Sommer bringt; - die Nachtigall』


 悪意を持って霊を呼び出すかのような、さながら暗黒のように仄暗い言霊が魔力となって男の身体を覆い尽くしていく。

 空気が腐る。水が腐り、炎が、人類の叡智が腐りきって崩れ落ちて行く。まるで海辺に作った砂の城のように。


 夢中で両手の拳銃を撃つ。ベレッタもデザートイーグルも、普通の人間に向けて撃ったならタダでは済まないそれを、男は弾丸全てを手でつかんで溶かした・・・・。まるで高温の窯に投げ込んだかのようにジュウジュウと言う鉄の溶けて焼ける音が男の手の先から聞こえてきて、それが恐怖を誘う。


『季節は流れど私がそれを知ることは無い

nicht hör' ich mehr, die mir den Lenz verkünde: -

我が身は二度と受け取ることはできない

hör'ich sie nie, seh' ich sie niemals mehr?』


 悲しい。そして辛い。聞くことすら辛い。こんな感じの歌劇オペラを一度オーストリアで聞いたことがある。何と言う名前だったか思い出せない。


 ベレッタとデザートイーグルの弾倉を交換してもう一度撃ち続ける。無駄と分かっていても効いてくれることを信じて撃つしかない。どの道バレットもこの状況下ではお荷物だ。


『――錬成ケセド

 ――Chesed


 そして最大級の悪寒が彼女を襲う。

 手段を選んではいられない。これ以上の詠唱を許せばこちらが殺される。ゆえ、殺される前に自身の最大火力で奴を潰せ。

 拳銃を背中にまわしていたホルスターに戻し、背負っていたバレットM82a1を構えて撃った。

 撃つ、撃つ、撃ち続ける。コンクリート壁など易々と撃ち破る巨大な弾が目の前の敵を殺さんと牙をむく。彗星の如き速さでその肌を食い破り、骨を食み、全てを壊さんとその尖塔を輝かせる。

 ……が、それは男の野戦服に取り付いた途端に溶かされ気化して何処かに消え去った。

 勝てない。こんなでたらめ、勝てるはずがない。弾倉を取り換えながら、けれど女は必死に悲鳴を上げずにいた。動揺を悟られてたまるか。これ以上奴の思い通りの反応をしてたまるか。その自尊心と意地が何とか彼女を繋ぎ止めていた。最早勝てないと知りながら。

 そして最終節を男が唱えた瞬間、男の周りを取り巻く全てが一瞬にして崩れ去った。


『 タンホイザーの罪過』

Ausführungアウスヒュールング von・フォン Tannhauser・タンホイザー


 そうだ、タンホイザーだ。

 タンホイザーの第一幕、その台詞が、この男の詠唱だった。まるで全て腐って消え去ってほしいと言うかのような呪いの祝詞。そうか、この男の力は――


「よそ見は禁物だって――学校で習わなかったかぁァァ!」

「―――――グッ……うぅ!」


 女はとっさに右に避けたが、先程まで自分が立っていた場所に開いたクレーターは何だ?まるで小さな隕石が落ちてきたかのように抉れた大地がアスファルトやコンクリートを巻き込んで跳ね上がる。

 アスファルトの下の土がクレーターから零れ落ち、アスファルト片と共に顔に降り注ぐのを何とか防御すると、女は取り回しに不便なバレットM82a1を背中にまわしてベレッタとデザートイーグルに持ち直す。

 そして再び、腐った彗星がその拳を振り下ろす。


 爆発。

 街路にまた穴が開く。こんなでたらめ、これが錬金術師とやらなのか。女は呆れながらもその力に感嘆していた。これほどの力があれば、もっと多くの命を救えたかもしれないのに。とっくに捨てた筈の未練と後悔がその圧倒的力を前に舞い戻ってくる。

 横に反れようとする思考を振り払って、男をその目に捉えようとするが、けれど目にもとまらない。まるで闇その物となったかのように腐臭をまき散らしながら砲弾よりも圧倒的に速いスピードで駆けてくる。こんな相手、どうやっても捉えきれるような相手ではない。まさしく怪物だ。


「どうしたどうした!?もう諦めてやがんのか手前――なら、ここで一発吸い潰してやらぁァァ!!」


 捉えたと思った傍からこれである。引き金に力を込めた瞬間に男は女の後ろを取って拳を振り下ろす。攻撃の主導権など、ずっと男に渡ったまま返ってくる様子など無かった。

 避ける。ようやっと攻撃にパターンがつかめてきた。けれど速過ぎて対応だけで既に手一杯。これ以上奴に攻撃するには決定的な隙がなければ攻撃も出来ない。たとえ攻撃できたとしても、奴が腐らせるよりも先にその体の中心に届けばの話だが。

 長く見ていれば速さに慣れると言うが、目の前の怪物はその埒外としか女には思えなかった。幾ら戦場に出慣れても銃弾を見ることが叶わないのと同じ理屈だ。

 超人的跳躍力に超人的な圧倒的膂力りょりょく。攻撃もパターンが分かるだけで完全に捉えきるなどどだい無理な話だ。この男を見切ることが出来る人間がいるなら今すぐに変ってほしかった。


 下手な鉄砲数撃てば当たる、ではないが、女は眼の先に捉えたと同時に撃ち始める。当たらずとも牽制になればいいと思っての事だが、それも意味を成しているようには思えなかった。

 圧倒的暴威。こんな存在に勝てるはずがない。そう分かっていても、それでも女は引けない。

 せめて相討ちに持っていかなくてはならない。けれどここまでの力量差ではそれすらも難しい。飛び交う砲弾の一つ一つを受け止めて大砲の筒の中に戻せと言っているような物だ。普通に考えて出来ないし野郎と思う人間もいない。けれどやるしかない。早くも女は挫折しそうだった。


 何が間違えないか。何が今度こそ守るだ。守るべきを守り、殺すべきを殺すか。

 結局それすら、自分は守ることもできないではないか。これではその命をもって助けてくれたゲルトルートに顔向けできない。こんな体たらくで、いったい何を成せると言うのか。


 受け止めれば死。避け続けようがいずれにしても死が待っている。自害など許されない。それは愛犬の死を無駄に、そして家族を危険にさらすから、だから自害などは許されない。そしてそのようなこと、してはならない。

 もうこの際、勝てる勝てないなど度外視しろ。ただ冷静に、血潮は熱く、機械的に、感情的に、そして自身の目的のためだけに殺せ。これまでもやってきたことではないか。

 血を熱く滾らせろ。熱く、熱く、吹きこぼれてもまだ沸騰させ続けろ。それ以外に生き残る道は無い。

 久々の感覚。戦場で幾度となく味わった己の身体が機械に挿げ替えられたかのような冷たい感触。今日二度目の、そして最も戦場に近い感触。

 この波に乗れ。そして目の前の障害を払え退しりぞけろ。ここで取り逃がせば己にとっての最悪の事態が待っている故に、殺せ。幾度となく続けてきたことだ、何の躊躇いがあろうか。この空気にほだされたと言うならもう一度あの血と硝煙の香りで満ちた戦場に身をおけ。死は目の前から・・・・・近付いて来ているのだ。


 一瞬だが、時間にすれば0.01秒にも満たない時間だが、男の姿が見えた。

 豊かな白髪を娼婦のように振り乱し、情欲と愛欲と劣情で歪んだ赤い瞳は光を放って一筋の線を描いている。

 白い手袋に包まれた掌底には暗黒の塊が、あれを受ければひとたまりもないだろう。だが、来る場所が分かっているなら幾らでも手の撃ちようはある。要は、こうすればいい。


 デザートイーグルの重苦しい発砲音。それは的確に男の掌底に溜まって淀んだ何かを弾きとばし、それでもなお止まらない加速と衝撃で男をのけぞらせた。


「――ヌァッ!がっ、あっっ――――あぁァ――――――手前……何しやがった……?」


 体が軽かった。先程までの重苦しい物ではない。体全体が軽くなり、全神経は研ぎ澄まされて目の前の男を確実にその視界の中に捉える事が出来ていた。

 体の奥底から力が湧きあがり、今なら誰でも倒せそうな気さえする。負ける気がしない。

 不意に、女の真後ろで雄々しくも凛々しい彼女が吠えた気がした。常に立ち上がる勇気と戦う力をくれた彼女の――


「……そっか。ルート、貴女のおかげね。――まったく、死者にまで心配をかけるなんて、傭兵失格だ」

「――何をごちゃごちゃと、わけのわからねえ戯言を!」

「貴方には分からなくても、私が分かればいい!」


 拳の振りおろしと共にデザートイーグルが弾を吐きだし、片方の拳が唸ると同時にベレッタが火を吐いた。それが腐って淀んだ塊を弾きとばしその体に傷を付けた。


 おかしい。男は動揺を表に出さないよう気をつけながら、けれどその頭の中は混乱していた。まるで濁流で押し流されるように、相対したことがない型の強者に慄きそうになる。

 既に第三の位階まで上げられたこの身がたかが通常兵器、それもアメリカ製の拳銃如きに後れを取るはずがない。もとより錬金術師となった時点より八十年、劣化ウラン弾すら通さなかったこの怪物の如き肉体が、いや肉体を覆う防護膜が無力化されている。ただの人間にできる芸当ではない。

 見えている。第一段階ですら亜音速に片足突っ込んでいると言うのに、第二段階であるこの速度に追いついているどころか確実に弾丸を当ててきている。形勢逆転とまではいかないが、よくない傾向だった。


 宙を穿ちながら拳が女のいた場所を殴って穴を開けて、けれど女は男から二十メートルも離れた地点に着地していた。

 普通ではない。普通の人間が二十メートルも一瞬で移動できるものか。そんな物認められない。認めてなるものか。


「手前、どんな手品だ?さっきまでは普通の人間の匂いがしていたってのによ、何だかこう手前からは俺らと同類か、それかもっと別の何かの匂いがしやがる。何を隠してやがる?」

「教えろと言われて教える人間がいるとでも……言うつもりかぁ!」

「ハッ、そうだなその通りだ。まあどの道俺が吸い殺すんだ、それぐらい張合いがなきゃぁつまらねぇってもんだよなぁ!」


 夜の帳が落ちた街中に残像が走り、爆発音がビリビリと建物を震わせ、破砕音が瓦礫とともに人の生活の痕跡を巻き上げた。夜の街は未だかつてない破壊という暴力のただ中にあって、その原形を何とかとどめていた。

 まるで戦争。銃撃と拳撃が大地を、外壁を、街路樹を抉って無意味な物に変える。人類の英知も、進化の歴史も悉く、この破壊の前では一銭の価値もなかった。それを払う人間もこの世から消え去っている。

 けれどその攻防にも終わりがやってくる。

 まず最初に、装弾数の少ないデザートイーグルが弾切れを起こした。スライドが上がり切ってそれ以上弾が無いことを示して――


「まずは、一つ!」


 男の拳の余波で挽き壊された。そう、一センチ以上も離れた位置を通過した男の拳の余波でだ。女は自分を棚上げにするような気がしたが、やはり怪物だと思った。この目の前の男に対して。

 コルト・ファイヤーアームズ特注のコルト・アナコンダを元に自動拳銃を組み合わせたような無骨なシルエットが特徴の、女がコンストリクターと呼ぶリボルバー拳銃を取り出して.44マグナム弾を撃ちだす。


「何丁持っていやがる糞が!」

「不測の事態には備えておくものでしょうがぁっ!」


 ベレッタとコンストリクターによる銃の乱舞。万物全てを腐らせる拳の激突。相殺するような嫌な音を立てながら戦場は次第に市街の中心部に移って行く。

 燃え盛るワゴン車に血みどろの街路。割れた窓ガラスが暴動でも起きたのかと思わせる無法地帯。ここが地獄だと暗に表現するかのようで、これを見る者全てに一定以上の不快感を与えることだろう。


 その街路を、駅に続く大通りのど真ん中を、残像を残して女と男が通り過ぎて行く。後に残るのは腐った足跡と腐った拳銃の弾だけ。

 たったの一瞬に二十回以上もの接戦が繰り広げられ、けれどどちらの攻撃が命中することもない。今この場において、女にも分からないことであったがお互いの実力は拮抗していた。

 撃っては引き、撃っては引く。その繰り返しの中で先程のデザートイーグルに続いてまた一丁の拳銃が駄目になった。

 お互いに間隔を保って立ち止まり、息を整えていた。不思議なことに、ここまでの五十キロメートルの間に一度も息を切らすことは無かったが、それでも消耗は確かにお互いの武器に、体にたまっていた。


 重い鉄細工が落下しきった音が街中に静かに響いた。

 引き切られたスライド。予備弾薬もなく、既にお荷物に代わってしまった。そして拳銃としての命も終わってしまった。

 引き切られたスライドの先に覗く銃身が、スライドの先端が、銃のあらゆる部分が溶けた痕と溶接されたような痕を残している――男の拳が掠ったのだ。その拳に、全身に塗りたくられた呪詛の毒が、万物全て溶かし切る腐敗毒が拳銃の銃身を溶かし、買われて、そしてカスタムされて使われ続けた四年間の歴史に幕を閉じた。


 左側の腰、それも背中側からもう一丁のリボルバーを取りだす。こちらも先程のリボルバーと同様自動拳銃とリボルバーが組み合わされたような形をしている。所謂ゲテモノリボルバーだった。

 コルト・アナコンダをベースに銃身はデザートイーグルの様なすらりと長い銃身。その上下にはレーザーサイトやスコープを乗せるためのレールが乗せられているトップヘビーな代物。これを女はクイーンヴァイパーと呼んでいる。

 先程片手のリボルバーが吐きだした弾を数えなければ残弾十発。予備の弾丸も六発ずつしかない。確実な一手を撃たなければその瞬間に死ぬのは明白だった。


「アメリカ製の銃ばかり使いやがって――手前には日本人としてのプライドってもんはねぇのかよ!」


 拳が空を腐らせながら街路を突き破る。街路樹の根が、埋まっていた小石などがまとめて飛び上がり飛礫つぶてとなって襲いかかる。反撃の機を窺うにしても今でさえも防戦一方。相手が確実に懐に潜り込む瞬間でもなければ確実な一撃を、それも致命傷レベルの一撃を与えるなどどだい不可能な話だった。それが出来るのも、たったの一回。その一回に致命傷を浴びせるなど、背負っている対物ライフルでなくては不可能だ。


「生憎と、そんな犬の餌にもならない物、とっくに捨ててるよ。――そう言う貴方は何?大ドイツ万歳とか総統閣下万歳ハイル・ヒトラーとでも言うつもり?……フルい・・・よ、正直言って」

「ハァ?俺が、あんなちょび髭の小男を崇拝してるってか?……ハッハハハ!傑作だなぁおい!終戦直前にもなりゃあんな誇大妄想狂の言ってること信じてる奴なんてSSのそれも将官の辺りまで行かなきゃあお目にかかれねぇよ!ハハハッ、手前冗談うめえな!」


 和やかな会話であるが、武器を取りまわす動きをした瞬間にやられる。そんな時間は無い。いや、あるにしてはあるがそれだと両手のリボルバーを棄てることになる。ただでさえ取り回しづらい対物ライフルでこれ以上の激戦を生き抜くのは不可能。一撃で決めなくてはならない。

 拳が空を切り裂き、触れた物は全て腐って溶ける。既に街はボロボロだった。世紀末の世界に来たと言われても納得がいくほどに、この破壊の嵐は留まるところを知らなかった。


「へぇ。じゃあ、何のために戦ってたのさ」

「―――――――――」

「まぁ、まともな育ちじゃなさそうだし?守りたい家族とか恋人とか――ッ!」


 濃密な殺気。先程までとは比べ物にもならない。遊びなんてかけらほども介在しない確実に殺すと言う意思が女の全身を舐めまわしている。確かに、女は男の気まぐれのおかげで生かされていたと言うのが分かった。

 そしてこのほんの少しばかりの猶予も、これで終わりなのだと直感した。


「その話……俺の前でしてんじゃねえぞこの腐れ野郎が!」

「私は野郎・・じゃなくてアマ・・だ!」


 殺す。この女、今すぐに殺す。逆鱗に触れられた竜の如く、男の中で怒りが渦巻いていた。

 少し優位に動き始めたからって調子づきやがって。これだから女は嫌いなんだ。そう、あの母親ムッターシュヴェスターもうるさかった。少しばかり地力があるからって囚人部隊の女師団長ディルレワンガーも、移動殺人部隊アインザッツグルッペン女指揮官シュトライヒもだ。

 むやみやたらと殴れねえ怒鳴れねえってのを理解してやがるからこそ強気に出やがってからに。女がしゃしゃり出て――大人しく守られてやがれっての。その為に俺達がいるって言うのを分かっていねぇんだ。

 一度立場を分からせにゃあならん。戦争なんて、女の出る幕じゃねぇって事をよ。

 そのためにもまず、目の前の女を食らい尽くしてやる!


 憎たらしい嫌な、それでいて憎めない強気な笑顔が思い起こされる。軍に志願した時も、日ごとに筋肉質になっていく己が身体を見せた時も、そしてあの運命の時も。何故大人しくしてられないのかと、なぜそうも強気でいられるのだと、男は常に思っていた。それと同じ顔を、女はしている。

 訳知り顔で、自信満々に。ムカつくのにぐうの音も出ないほどに正論だった。既に守るべき祖国も人間も、今の祖国ドイツの地にはいない。全ては遠き過去に葬り去られ、己らが選んだ彼らを糾弾し後ろ指を突き付け殺せと叫んでいる。もはやそんな物祖国ドイツとは言えなかった。自分たちが愛した祖国は既に時の彼方に消え去っている。

 これより先は聖戦だ。たった七人残った祖国の遺志を継ぐ者達。

 アメリカ企業にそれを邪魔されてたまるか。平和も何も知らないような金の亡者どもに世界を明け渡すつもりなど男には微塵もなかった。その為の第一段階として、男は目の前の女を殺そうと、その足に力を込めた。



 落ち着け、まだ殺気だ。この程度で憶するような訓練なんて受けていないだろう。まだだ、まだひきつけろ。

 確実に勝つための方程式。確実に勝つためと銘打っておきながら、0.1秒でも狂えばその方程式は砂上の楼閣が如くに崩れ去るのを女は知っていた。人生でこれまで撃った・・・ことがないほどに大博打ばくち。負けは許されない。その為にも、相手をよく見る必要があった。

 もう賭けに出るしかない。それで己の身体が滅びようとも知ったことか。平和のためなら、自分の命だってさし出してやれる。そう言う覚悟が女にもあった。今ではごくごく小規模なものだが、それでも守ると言ったその誓いを反故ほごにはしたくなかった。もうウソつき・・・・にはなりたくなかった。


 幼いころから不思議だった。何故世界と言わずこの国のなかでもずっと戦っているのか。何故馬鹿みたいな理由で平気で人を殺せるのか。ニュースの報道が、記者の一言一句が、幼い時分には酷く不思議なもので仕方なかったのだ。

 ならば義援金やら募金やらに興味があったかと言えば、それもまた違った。

 使い道など、口で言うだけならいくらでもあるだろう。けれど内輪ですらここまでまとまっていない国で、はたして本当にその通りに使われるのか酷く懐疑的だった。ペットボトルのベルマークも、ペットボトルキャップの交換も、怪しい宗教のそれにしか見えなかった。事実、エコキャップ運動とやらはまったく別の用途に金を使っていた。

 父親は言った。何が善行ぜんこうで何が悪行あくぎょうか、今の国民はそれをはき違えていると。だが、だからこそ生まれてきた物も多くあると。

 分からないなら分からないなりに、そう言う物だと漠然と受け止めていた。けれど高校生になったころ、ちょうどお隣の県で震災が起こった。勿論その被害をこの街も受けた。だが、その時女は絶望した。何故この非常事態においてすらまとまることが出来ないのかと。責任のなすりつけ合いが広がるばかりで状況は好転どころか退転している。何が正義なのか、女の中で分からなくなった。

 高校卒業を控えたある日、ふと思った。

 この国は腐っている。そして世界も腐っている。何処も彼処も腐って腐って腐りきっている。だったらその膿み一つ一つを摘出しなければいけない。世界中が平和になれば、人の心に余裕が出来ればもっと平和で良い世界が生まれるはずだ。それこそが辿り着くべき約束の地カナン

 信じて疑わずに、盲目的に飛び出して四年間も世界をさすらい、そしてまた絶望した。

 父は言った。平和というのは千差万別だと。誰の中にも各々の平和の形があって、それが今の世界を形成しているのだと。

 無駄足だった。けれど、今度は新しい誓いを得た。なら今度こそ、出戻るなどという最悪のウソつきにはならない。たとえ刺し違えてでも、この男はここで消すべきだ。




 決意を新たに、女は駆けだしてくる男を見据えながらリボルバー拳銃を放り捨てた。

 流星の様な速度で近づく男の巨体。滑り込まれる男の右手が唸りを上げて女の心臓のある場所一点を目指して進んだ。

 背負い紐を引きちぎりながら対物ライフルが脇の下に挟みこまれるように構えられ、その巨大なマズルブレーキが飛び込んできた男の胸の中心を捉えて押し返していた。




 衝撃波ソニックブームが街の中を最期の抵抗と言わんばかりに荒らして混ぜ合わせて行った。ビルは倒れ、マンションは半ばから何処かに消え去り、車や自転車などが空を待って何処かの誰かの家に突き刺さる。

 現状を保っているだけでさえ奇跡だった街が崩壊してその面影を無くした。もうこれ以上に破壊のしようがないほどに町中が荒らされていた。長い歴史は一端の終端部に差し掛かった。そしてここに至って男と女の人生も、ある種の終端部に差し掛かった。


 黙々と硝煙の香りを漂わせながら男の胸を突き破る対物ライフルのマズルブレーキ。女の胸を突き破って、その先の地面にまで腕を呑みこませた男の拳。決着はついていた。


「――相討ち……ね」

「ハッ……白々しい――狙ってたんだろうが。一番近付く瞬間をよ」


 血が止まるまでの数秒、男と女は語らっている。憎まれ口と減らず口の、子供同士の言い合いだった。


「それの、何が……悪いのよ」

「悪かねぇけどよォ――ああ、やっぱり手前は気にくわねぇ。一緒に死ぬのが惜しいくれぇだ」


 目の前なんて見えていない。けれど音で分かる。息遣いで分かる。そう言う意味では、お互いはお互いを観察し尽くしていた。お互いを殺すためとはいえ、そこに誰がいて、どんな顔をしているのか容易にお見浮かぶ程度には、もうお互いを知り尽くしてしまった。

 嫌みな顔で、女が笑っている。娼婦のような笑顔で、男が毒づいている。結局こんな終わりだったかと、嗤うしかない。この数奇な運命を。


「あら、奇遇じゃない――私も同じよ、この腐れ吸魂鬼」

「口の減らねぇ…………もしも地獄で会うことがあったなら、覚えてやがれ。今度こそ――この俺が……吸い殺してやる」

「私の台詞よ……それは」


 お互いが言い切るのと同時、女も男も光の粒となって街から跡形も残さずに消えた。崩壊してしまった街を残して。


 太陽のように明るい光と、月のように穏やかな光が天に昇る。まるで何かに導かれるかのように、ゆったりと。光の消え去った後には、まるで深淵を覗きこむかのような暗い暗黒のような色の石がひとつ、転がっていた。


 翌日、大量失踪と、謎の大破壊として世界中でこの神成市は大きな注目を浴びることになるのだが、消えてしまった彼女らには関係ない話だった。そして、最後の大隊レッツト・バタリオンの陰謀も、まだ動きだしたわけではなかった。



 この後、また再び相見えるとは男も女も思っていなかった。





――アナタが正しいことを行うほど

 アナタは別の誰かに不実を重ねて行く――





 ええと、主人公とアルフレートの情報でもまとめた方がいいかなと思案中です。まとめてほしいという方がいらっしゃれば感想欄でお願いします。錬金術師や賢者の石は、主人公とアルフレートの情報回を書くことになったらそちらの方に掲載する予定です。

 詠唱は日本語の方を主に読み、最後の技名の方はドイツ語の方を読みます。所謂Dies irae方式です。

 詠唱は規則性があり、詠唱の内容その物が錬金術師勢の渇望に繋がっています。まぁ、読めば大体どんな感じのものを渇望しているかわかります。

 誤字や脱字、当作品へのご意見ご感想などをお待ちしております。

 次回以降より、主人公はケモ耳装備となります。自動拳銃は永久離脱してしまったのでリボルバーと対物ライフルのみで出陣となります。アルフレートもスパロボで良くある味方に編入した途端に弱くなる敵キャラを踏襲して少し弱体化して次回以降の話に食いこませる予定です。乞うご期待。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ