悪魔が来たりて笛を吹く(法螺貝)
(´・ω・`)なお、王石が家でヌコに、「にゃ~ん」と言っているのは事実である。
仕事は終わったハズだが、城に真直ぐ帰るのも味気ない。
せっかく異世界に来ているのだ。イロイロ見て回らなければソンである。
寄り道をすることにした。と言っても、運河で行ける場所である。
♪~音楽~♪
異世界の舷窓から、今日は帝国領の西、大湖にある、帝国造船所へ向かってみましょう。
運河を進むボートから見える風景は、牧草地や麦畑から森林が多くなってきました。
水門のアーチを抜けるとソコは大河、ここからは川縁を進みます。
自然の河川を利用した運河は、牽引路が途切れ、馬とは分かれて、縦帆と三角帆を張り、ナロウボートの誕生の地、帝国造船所へと舵をきります。
♪~音楽~♪
帝国皇帝のお召し艦として建造された、エガシラ一号は資質剛健な内装と、広いベット。
そして、バスルーム。
♪~音楽~♪
隅々まで、考えられた、快適な船旅の為の設備。まさに浮かぶ高級宿の様です。
♪~音楽~♪
ゲストルームにラウンジ、流れる景色を見る窓の外はもう既に夕方。
夕日をのぞむ船は、上流、湖の河口をめざします。
日が落ちてディナーの時間になると。高貴な方々は。ディナールームへと向かいます。
前菜の焼いた河海老と蕪のピクルス。ワイン、そして、メインの馬のロースト、皇帝陛下のリクエスト、”豆のロースト挽き割り&山羊ミルク”で乾杯です。思い思いで蜂蜜を加えお好みの味でで頂きます。
フルーツのデザートの後は。ラウンジでの、楽しいワインやお茶の一時。女の戦いが繰り広げられています。
♪~音楽~♪「くちと、うしろでは大丈夫ですにゃ…。」(ガッ)「こ~ていへいか、昨日は怖い夢をみたので、今晩は手を握って寝て下さいね。怖いですぅ。」「わ、わたしも、お、おねがいします。」「へ~か、何時でもええで~。立ったままでも。ムラッと来たら後ろからドンときて…。」
夜が明けると、森林がいきなり開け。ソコは悠然と水をたたえる、大湖が見えてきます。
♪~音楽~♪
次回は、帝国造船所ドックからお送りします。<<END>>
「おおココが造船所か。以外に良くできているな。」
森林の湖畔に平屋の建物がいくつかと桟橋。街道が近く、木材が豊富なこの場所に造船所を作ったのだ。
運河を作っても舟が無いではダメだからな。
「はい、皇帝陛下、あの大きな長い建物が組み立てドックです、台車の上で組み立てられた船体は、組み立て、コーキング防水処理、ロジン塗装の工程の順番に移動していくため、一列になっております。」
案内をするのはココを管理する年配のブタ人、ピエトレン所長と名乗った。
外見からは意外だが、元々ブタ人は手先が器用な者が多く(オーク)。
この、森と湖に住む者たちは船を作って漁をしていた。
ボートを作る技術はあったのである。
以前に4.5m幅で型深3.5m全長25mの船を作れと命令したが。”できません、作ったことありません”の返答だったのは痛い思い出である。
もう既に運河の幅の基本を幅17m深さ6mで設計した後であったのだ。
”最大でどの大きさなら作れるのか?”と聞くと”幅3m、型深2.5m全長20mなら作れるかもしれません。その大きさで以前、全長15mの物を作ったことがあります。”だった。
随分小さくなったなあ。まあ、そのうち大きな船が作れるであろう。と当時は思った物だ。
完成したので、50隻発注すると、”一隻作るのに4ヶ月以上掛ります。ドックが開かないと次の船は作れません。全部揃うまでに二十年掛ります”と言って来た。
20人の船大工が一つ一つ部品が合うように加工して製造しているらしい。
大まかな設計図は在るが、全て船大工の頭の中らしい。
結局、完成した船を全部分解して。一つ一つの部品の設計図を作成させた。
船大工本人たちも膨大な設計図の量に驚いていた。
共通に使える部品を割り出し。部品点数を減らさせ。
将来、台車に載せる場合と、クレーンで吊る事を考えて補強を入れさせた。
”紐で船を吊るんですか?”と首を傾げていた船大工の棟梁の気持ちは今では良くわかる。
あのころは、クレーンがこの世界に存在してなかったのだ。
組み立てドックの周りには、金具を作る為の鍛冶場、船体部品を作る工場、ヤニを煮詰めロジンを作る作業場。船体上部構造物を作る作業場等の建物がある。
「ドックを幅7m全長30mの船が作れるようにしろと言われた時は驚きましたが。最近はクレーンを使って船体の部品を移動できるので作業が一気にはかどりました。」
台車の上で組み立てられた船体はコーキング処理工程に運ばれる。
「かつては、船体が完成したら足場を組んでコーキング作業を行っていました。この作業場では、足場は稼動しますが船が所定の位置に来ると作業に丁度良い位置に来るようになっています。又、台車の下からも船底を触れます。非常に作業が楽になりました。」
コーキング作業が終わり、台車に乗ったままの船が屋根の下の小屋に駐車してある。
「ココはロジン塗装工程へ送る前の自然乾燥所です、ココで今の時期では、概ね20日間ほど乾燥させて、次の工程に送ります。季節や天候によって変わりますが。乾燥させすぎると木にヒビが入るため、木槌で叩いた音で判断します。」
最終工程はえらく異臭漂う状態だ。女性陣は匂いを嗅いで退散した。
「ここが最終工程のロジン塗装工程です、三台の塗装ブースが平行して在ります。熱して液体化したロジンを一回目は薄く塗布します、その次は色粉入りのロジンで厚塗りします、中央の塗装ブースで行います。この時に満載喫水線ラインと喫水線目盛りを記入します、最近は船主が色を指定してくるので、一番気を使う工程です。最後に無色のロジンを塗布して船体は完成です。」
目の前には、未だ一回目塗装の船体があり、足場の上を桶と刷毛を持ったブタ人が群がっている。鉄のハーフへルムと、胴綱を装備している。
高所作業での安全基準は守れれているようだ。
「このまま、台車に乗せられた船体は進水して分離、桟橋へと運ばれます。その先は各船主の要望に沿った内装と構造になります。以前は船体の上で工作していましたが、最近は、工場で構造物を製作して桟橋のガントリークレーンで船体に乗せ、固定するコトが多くなってきました。」
ピエトレン所長の指す指の先では進水前の最終チェック中の船体がある。さらにその先は湖に続くスロープだ。
「船は概ね2ヶ月程度で起工から艤装まで完了します。最近は工員の技術が向上したので、各工程の作業を見直すことや設計変更を行うことで部品精度を上げ工数を減らす事を考えています。近い将来はもっと早く船が出来るでしょう。細かい改良は船主に引き渡されてから、現地の船大工が行っています。」
「細かい改良とは?」
「折りたたみマストは付いていますが、帆は船主が用意します。なにせ、船の顔なので思い思いの帆を作っているようです。後は目的に合わせて船室を分けたり。キッチンをつけたり、トイレをつけたり、ベッドを良いものに変えたりしているようです。」
「今、ドック全体では10隻の船が建造中です。桟橋に艤装中の船が2隻に、引渡し待ちが1隻、船員が乗り込んで習熟訓練中が2隻です。」
「隣にあるドックは帝国以前に使われていたドックです。今は、修理ドックとして使われています。将来的には、船の再塗装時期が一斉に来るので塗装専用ドックを計画中です。」
「修理とはどんな物があるのだ?」
「ああ、一番多いのは”門扉や橋にマストやデリックをぶつけた”ですね。これは部品の注文数からの話です、人手があれば現地の大工や船員でも交換できる物なのです、ココの修理で多いのは”桟橋にぶつけた”や”船どうしぶつけた”ですね。」
「簡単に壊れるものなのか?」
「船の縁やダンパー類は強固に作ってあります、構造の関係で船腹は面での力に強いですが、点での力に弱いのです。当たり所が悪いと穴が開きます。小さい穴は木栓やパッチで現地の船大工が対応しているようですが。大きな穴だと応急処置だけしてココに来ます。」
「うむ、そうか。」
桟橋に移動する、2隻が係留できる桟橋が三本あり。岸壁にはガントリークレーンがあり、2隻が工事を行っているようだ。
「あちらの白い船がこの造船所のゼロ号機。分解して、図面を起こしましたが、又、組み立てをして。この造船所の作業船として活躍しています。向うの側にあるのが海軍に納める軍船です。」
「ほほう、よく出来ているな。」
コレを見るために、この造船所まで来たのだ。
鳥取領では帝国海軍を編成したのだ、ウシ人やブタ人に現地採用のダークエルフを会わせ諸々、大小あわせて4隻。兵力150人である。
当初は帝国軍内部で希望者を募ったが、ウシ人が泳ぎが苦手な者が多く、募集定員が埋まらずに、現地採用を開始したのだ。
船は既存のボートに双胴船改造やアウトリガーを付けて外洋船に対応している。
海軍の目下の目標は母港機能の獲得のため、防波堤と岸壁の建設である。海に造船所も欲しい。
港湾土木は講義を取っていなかった。同じ土木でも専門性が高い業界だ。
これからも試行錯誤の連続であろう。
「この、造船所でも今までも双胴船と言うものは作ったコトがありません。水密区画、密閉甲板も初めてです。船台幅5m、型深6~4m全長28mを2隻ブリッジしています。今は仮組みですが分解し、船台に乗せて運河を使って船を運ぶことになります。」
「うむ、一番近い水路のスロープから台車にのせ、陸を通って海に下ろすことになるだろう。海の港は未だ完成はしていないが。工事は進んでいる。艤装のために何人か君たちも行かなければならないだろう。」
「海ですか…。私が若いころはこの湖から一生出ることは無いだろうと思っていたんですが。昔は陸を船が走ると聞いても信じられませんでした。」
一部ではクレーンで吊り上げもしているので、宙にも浮いているんだが。
「将来的には海に造船所を作らなければ成らないと思っている、波の高い海と河では船体の形状が違う。河で船が沈んでも泳いで陸に上がれば良いが海では命取りだ。海の船は全く一から設計しなければならないだろう。その為に若い者を大量に雇ってもらったのだ。」
「若い連中は良くやってます。もう少しすれば一人前に成るでしょう。昔は船大工は船を10隻作れば一人前で、20隻作れば棟梁と言っていたんですが。ココではもう既に皆30隻以上作っています。」
「それは心強い、半数は海に行ってもらうことになるだろう。なにせ、俺は船には門外漢だ、君たちの感性と技術が必要なのだ。」
ピエトレン所長は随分と驚いている表情だ。
「あの、皇帝陛下なぜ。双胴船なのです?」
「単純に復元力が大きいからだ。単胴船で外洋に出るためには、技術的な課題が多い、もちろん強度の問題もある、外洋の浪に耐えられるような強くてしなやかな船体構造と、低い重心と復元力のあるデザインを見つけなければならない。」
「強くてしなやかですか…。」
「そうだ、外洋の浪に耐えられる様な船体が必要だ。波に乗ったら木っ端微塵では困る。」
「これ以上大きくなると難しそうですね。」
「技術的な問題だが将来的には問題をクリアできると思う、それには幾つかの技術革新が必要だ。」
「ドコまで大きくなるんですか?」
ピエトレン所長は随分と乗ってくる、技術者の性であろうか?
「我が祖国で作った船の最大は、全長460m弱、幅69m弱、型深30m弱だった。商船だがな。」
「想像できません。」
「軍用戦闘艦では、全長263m、幅39m満載72000トンで装甲は0.4mの全鋼鉄製だった。」
「このドックよりデカイ鋼鉄艦ですか?」
「ああ、さすがに、2隻しか完成しなかった。残りの1隻はエアキャリア-に改装して、残りは、建造中に廃棄した…。戦局が悪くなってな。」
ドン引きするピエトレン所長、まあ、仕方ないよな。
「どうやってそんな巨大なモノを…。どうやって動かしていたんだ…。」
「ソコまで作れとは言わないが、所長、材料はこの森から切り出しているのか?」
「はい、そうです広大な森です、切った後は牧草地になっています。」
「いかんな…。」
「え?」
「俺の居た世界の歴史では、かつての海洋大国がその地位から転げ落ちた理由が造船に適した材木の枯渇であった。」
「まさか…。この大森林が無くなると?」
「船の寿命は20年ぐらいだが。材料の木は育つのに20年では利かない。」
「そうですね、大体船体には樹齢100年以上の物を使っています。船自体はこまめに手入れをすればもっと持ちますが、そのころには船体の半分は材料が入れ替わってますね。」
「皇帝エガシラとして命ずる、船の生産を予測して植林を行え。我が祖国では。木は1本切ったら10本植えろ、と言う話がある。」
「10本ですか?」
「そうだ、植えた10本、全てが大木になるわけではない。育ちの悪い物を切り、病気になった物を切りで、100年経てば1本いきのこる。」
「なるほど…。」
「もし、この大森林が無くなってから、木を植えると成ると想像を絶する過酷な100年となるであろう。子々孫々まで森の恩恵を残さなければ成らない。」
「子々孫々まで森を残すですか…。全く考えていませんでした。」
「うむ、木はその根に大量の水を含む。」
「え?根に水?」
「そうだ、森に降った雨は木々に吸収されて、徐々に大地から染み出し湖に流れている。森が無くなれば、降った雨は地表を流れ土砂と共に湖に流れ込むであろう。湖は沼になり湿地へと変わる。」
「この湖で魚を捕って生活している者も湖の水を使って農業を行っている者も多いのです。」
「そうだ、その者達の営みを崩壊させるわけにはいかない。俺は命令を下した。確実に実行せよ!100年後の、いや、孫たちのために。」
「この、ピエトレン拝命しました!生産計画を立て、植林を行います。森を管理し恒久的に湖を維持するコトを誓います!」
ピエトレン所長は拳を突き上げ、見たこと無い敬礼で返答する。たぶん、旧魔王軍式だろう。いや、ブッチ魔王軍式の敬礼かもしれない。
「貴官の肩に帝国の未来が掛っている。最も重要なコトはえてして、だれにも感謝されず、だれにも理解されない。当たり前の仕事が確実に行われるコトなのだ!!」
ピエトレン所長の目には迷いの無い、眼光を宿している。
その目を見ただけで、ココまで来たカイが有ったのだ。
「この美しい森と湖を子々孫々まで残すのだ。」
道程の半分を過ぎたが、マダマダ安心は出来ない。
ダークエルフ領では思ったほど儲けが出なかった。
この馬車の中の荷を悪魔領まで運べばソレも取り返せる。
売り先も決まっている。ぼろ儲けだ。
ソレを元手に選挙に出るのだ、議会は解散したがほとぼりが冷めたら議会を召集することになっている。
「悪魔族の議員は金が掛るでゲス。」
もちろん実入りも良い。帝国軍が五月蝿いだろうが、議員になれば抜け道も増える。
こんなチマチマした小商いとはオサラバだ。
このまま、悪魔領に着くだけで薔薇色の未来が待っている。
しかし、ダークエルフ領からの強行軍で、山羊たちも限界だ。
「時間に余裕は無いでゲスが、無理して事故が起きればソンでゲス。」
孤独な長旅だとどうしても独り言が多くなる。商人としては失格だ。
街道に出たので、安堵により、気がゆるむ。
街道を進めば村や町に出るのは必然である。
先を急ぐべきだが山羊達の荒い呼吸にどうしても迷う。
「今夜あたりはベッドで寝ても良いかもしれないでゲス。」
しかし、身銭を切るのはもったいない。
懐には思わず手に入れた金の指輪が在る。
古物商に見せれば大銀貨程の価値も無いが。知らぬ者が見れば金貨同等の価値であろう。
決めた、田舎者なら金貨以上の価値だが、知っている者からは大銀貨程度、ならばうまくやれば、厩に山羊をつなぎたっぷりの飼葉と休憩、豪勢な食事と普通のベットで眠れる程度だ。
ソコから先は、自分の力量しだいである。
日も傾くと目の前に貧相な村が見えて来た。
宿を取るのに十分な時間だ、山羊の反応を見るにもう限界であろう。
村に入ると、すぐに自警団が来て、書類を提出する。
「本籍悪魔領、モゴルゴ、積荷は小麦、ほか香料、雑貨。入ってよし。」
帝国軍はもっと細かいところまで調べるが、ココまで田舎だとナアナアだ。
まあ、話の解かるのが居るのは大歓迎なので、笑顔で挨拶する。
「厩のある宿屋はドコでゲス?」
「ああ、宿屋は一軒しかない、村営、公定価格だ、安全基準は満たしているから安心しろ、騒ぎは起こすな。」
帝国になってから、話のわかる官吏は少なくなった。袖の下でドコまでも無理が通るコトは無い。
ただ、淡々と業務を行う奴等だけだ。偶に暇なヤツが親切なだけ。
「わかったでゲス。」
自警団に示された道を進む。広場の前なので間違えようが無い。
宿屋に入ると併設してある酒場のカウンターにウシ人の年配の男がジョッキを磨いている。
「一晩、宿を借りたいでゲス、個室と厩、飼葉はタップリでメシ付きでゲス。」
「大銀貨一枚、朝飯付なら銀貨と大銅貨。」
「コイツで払うでゲス。」
親指で指輪をはじく。カウンターの親父は片手でキャッチして一瞥の上、嫌な表情で話す。
「ウチの払いは帝国流通硬貨のみだ。現物は使えねえ。」
「ふむ~、それは、ある貴族の由緒ある指輪でゲス、思わず因果があって、我が手元に入ったでゲス。貴族にゆかりの在る者ならば、金貨5枚でも出す価値が在るでゲス。」
もちろん、売り上戸だ。こんな混ぜ物の多い指輪にそんな金を出すヤツはいない。
「残念ながら、ココにはそんな貴族はいない。ココでは精々、個室と厩、飼葉に、夕飯とエール、朝食に昼の弁当ぐらいだ。」
良い取引だ、ココラ辺なら金貨一枚の値段だ。低質金貨は価値が変動しやすい。暖かい夕飯にエールが付くなら上等だ。
「ソレで良いでゲス。飼葉はたっぷりでお願いするでゲス。」
「おめえさんも強欲だな、ソレでいいな、部屋は二階の廊下一番奥の個室だ、飯はココで食べてくれ、今日は蕪とウサギのスープに、蒸し芋のチーズ掛け。大麦パンとエールだ。」
「っほう、大好物ばかりでゲス。」
「そりゃ、良かったな。馬車は、小僧に案内させる。」
宿屋の小僧にしたがって、馬車を厩に入れる。
もはや、この時にはさっき嗅いだ、暖かいスープの香りで頭が一杯だった。
気が付かなかったのだ。宿屋の親父が、鋭い目つきで指輪を眺めていたコトを…。
今日は平常勤務なのに、日が落ちてから叩き起こされた。
寝入り端である。非常に機嫌が悪い。
要約すると。
ある村の宿屋の親父が、”手配書にそっくりの指輪を持ち込んだ宿泊客が居る。”と、自警団詰め所に報告したのだ。
自警団から伝令が我が駐屯地の営門に来た、手配書と指輪付きだ、容疑者は未だ宿屋に居るとの報告だ。
大問題だ。
手配書の特徴から現物は間違いようが無い、キンカー軍曹の指輪だ。伍長にも確認を取った。
憲兵隊は非常呼集をかけ、すぐに宿屋に向かった。
村に着いたころには、もう既に夜もふけている。
深夜に近い。
伍長以下の憲兵達は、随分と士気が高い。若いからだろう。
「村の出口は自警団が塞ぎました、宿屋の出入り口と窓は全て監視下にあります。ホシは二階のあの窓の部屋に居るそうです。」
「そうか、厩はどうだ?、逃げられはしないか?」
「現在、厩は全て外からカギが掛っています。合鍵は宿屋の店主から預かっています。二階には誰も泊まらせていないようです。」
えらく、手回しが良い。
「これで、ホシを上げればキンカー夫人に申し訳が立ちます。」
警棒を強く握る伍長の目には密かな決意があった。危険なほどだ。
「伍長、あくまで容疑者だ、確保が最優先だ。だが、あまり無茶はするな。話が出来ないと捜査ができない。」
「もちろんです、少尉どの必ずホシを確保します。」
「いや…。だから。」
まあ、ヤル気が在るのは良いことだ。
暴走しないように注意すればよいだろう。
突入班を指揮する。
灯りは付けない。夜目の効くブタ人の者が多い。
事前に同じ間取りの部屋を見ているのでドアやベッドの位置は確認済みで、寝ている容疑者を確保すれば良いだけだ。
武器や魔法を所持しているかもしれない。
音が出ないように合鍵でドアを開ける。
ドアを少し開けて中の様子を窺う。
どうやら完全に寝入っている様子だ。
目標ベッド。
ハンドサインで送ると皆が頷く。
足音をたてないようにゆっくり忍び足で部屋に入る。
「確保!!」
「「「うらー」」おとなしくせい!!」
「ななななな何でゲスか!!」
灯りをもって来たバックアップ班が室内を照らす。
モゴルゴの顔を確認する。悪魔族の様だが毛布ごとロープで捕縛したのでまるでサンドキャタピラーの様な姿だ。
いや、妙に体が長い。
「モゴルゴだな!帝国軍憲兵隊だ!!キンカー軍曹殺しで聞きたいことがある!大人しく縛に付け!!」
「な?帝国軍?知らないでゲス!!」
「よし!詳しいコトは詰め所で聞く。」
伍長が慣れた手つきで猿轡をかける。コレで魔法が使えなくなる。魔力封じ付だ。(モガモガモガ)
数人でモゴルゴを担ぎ宿屋を出る。(フガフガフガ)
流石に狭い村でこの騒ぎである、他の宿泊客や近所の者が窓やドアからコチラを窺っている。
まあ、こんな深夜に大捕り者ではな…。
詰め所の取調室で椅子に縛られるサンドキャタピ…。いや、モゴルゴ。
入り口に立つ伍長の他、突撃班。
「本籍悪魔領、商人モゴルゴ。相違ないな?」
「そうでゲス、コレは不当逮捕でゲス!謝罪と損害賠償と慰謝料を要求するでゲス!」
「そうか、この指輪に見覚えはあるか?」
「ぐっ、そ、それはもう私のモノでは無いでゲス。」
「そうだな、この指輪を代金にして、宿屋の店主に支払ったのだな?間違いないか?」
「そうでゲス。」
「正しく答えろ。」
「今晩の宿代で支払った指輪でゲス!」
「コレをドコで手に入れた?」
「う、貰ったでゲス。」
「ほう?誰に?何故?お前は商人だ、タダで物は売らないだろ?おかしいじゃないか?」
「う、」
「なんだ?言えないのか?」
「だ、ダーク…。」
「聞こえないぞ?」
「ダークエルフ領内で道を教えたニンゲン族のパーティに謝礼でもらったモノでゲス!」
「ダークエルフ領だと?随分と遠い場所だな?いつ、何しに行っていた?」
「仕事でゲス!商人として商売に行ったでゲス!!」
「で?」
「仕事が終わって悪魔領に馬車で帰る途中で、ニンゲン族の男女5人のパーティに道を聞かれて。その謝礼で受け取った金の指輪でゲス、正当な取引で手に入れたモノでゲス。」
「ほう?」
ウソは言っていない様子だが、何かオカシイ。何かを隠しているようだ。
「だから、謝礼なのでパーッと使えば良い物でゲス。相場からもそんなに外れて無い程度の買い物でゲス。」
沈黙が室内を支配したが、その静寂を破るようにドアのノック音が響いた。
伍長が対応する。
「なんだ?今取調べ中だ。」
小窓から外を覗く伍長が絶句している。そのまま二、三歩下がる伍長、異常を感じてざわめく突撃班。
ドアノブを外から斧で一撃で打ち抜かれた。
破壊したドアを開け、中にぞろぞろと屈強なウシ人ブタ人が入ってくるフル装備の帝国兵で全員武器を抜いている。
「おい、ココは帝国憲兵隊の詰め所だぞ!なんの用だ!!」
「ほー、憲兵少尉殿。我々、帝国工兵小隊は現在、警戒任務中なので気にしないで頂きたい。」
軍曹の階級章をつけたウシ人が手に持ったハンドアックスをもてあそぶ様に答えた。
「警戒任務って、そんな、村の中まで、」
ギロリと睨む工兵軍曹に黙る憲兵伍長。帝国兵達は皆、目が血走っている。完全に戦場で血に酔っている状態だ。
取調室内の憲兵はほとんど丸腰だ。もちろん捕縛用の器具と警棒は装備しているが完全装備の兵隊を相手に出来る状態ではない。
「ここに、凶悪犯が立て籠もっていると、村人から情報を得た。この建物は既に包囲した。大人しくしろ。」
「包囲って、」
壁の小窓から外を見る。松明を持った帝国兵に取り囲まれている。全員剣を抜いている。
「ソイツが凶悪犯か…。」
睨むウシ人の軍曹、鼻息が荒く、血管が浮き出ている。
「ひいい!!助けて欲しいでゲス!!」
「おめえ!!キンカー軍曹殺ったのか!!」
ハンドアックスの一撃で机が木端微塵になった。
「し!知らないでゲス!!そんな軍人は知らないでゲス!!」
「しらねえ分けネエだろ!!おめえの持ってた指輪はキンカー軍曹の物だ!!」
片手でモゴルゴの胸倉を掴み締め上げる軍曹、悪魔の足は完全に宙に浮いている。
「ぐぐぐぐ」
顔色の青くなる悪魔。
憲兵伍長がそっと報告する。
「少尉殿、もう、工兵隊に任せましょう。」
「おい、本気で?」
冗談を言う状況ではないが、憲兵伍長の目は本気だ。
「どうせ極悪人です、工兵隊なら、何とかするでしょう。」
おいおい、憲兵がソレ言ったら失格だぞ。
「恐らく、警戒任務中の帝国軍です、小隊長の姿が見えません。」
憲兵隊は士官に協力を求めることは出来るが、下士官に命令は出来ない。
未だ事件が起きていないので逮捕も出来ない。事件が起きたらもう遅い。帝国軍の歴戦の猛者たちだ、被害者は憲兵隊になってしまう。
「伍長…。小隊長の居る駐屯地まで、伝令を…。いや、止めておこう。」
ドアの外に立つ帝国兵が睨む。ダメだ、誰もこの部屋から出さないつもりだろう。
ヒソヒソ声を下げて報告する伍長。
「現在はお偉いさんの移動で、軍全体の警戒レベルが上がった状態です。小隊長レベルなら事後報告で出動し、任務区域内を捜索できる状態です、脱柵にもあたりません。」
困ったコトになった。恐らく営門兵から話を聞いた小隊長不在の軍曹が命令を出したのだろう。
小隊にしては人数が多い他の小隊も一枚噛んでいるかもしれない。
分隊レベルで他の小隊の指揮下に入るのはよく在るコトだ。そうなると軍曹の上官は黙認しているのかもしれない。
夜中に叩き起こされたハズなのに兵が皆、殺る気マンマンだ。帰れと言っても空手では帰らないだろう。血で濡れない限り。
最悪の事態にならないように。状況をコントロールしよう…。気は進まない、結局、伍長の言うとおりなのだ。
口から泡を出し始める悪魔。刺激しないよう。軍曹にささやく。
「軍曹、ソイツは未だ何かを忘れているようだ、いろいろ喋ってもらわないと困る。」
締め上げたまま、血走った目でコチラを見る軍曹、目に狂喜の色を浮かべている。喜ぶなよ。
いきなり手を離し、床に転がる悪魔。
「おい、看護兵、ヒールかけてやれ、一番弱いヤツな?」
咳き込む悪魔にブタ兵が駈け寄り、一番弱い治癒魔法をかける。ホントに最小限だな。
「おめえ!なに隠している!!話せ。」
「何も隠してないでゲス!!」
「そんなわけねーだろ!!話せ!!」
「ひえー!!」
「あ、あのー。」
場違いな控え目な声が取調室に響き、声の主の動員憲兵が破壊されたドアから顔を覗かせる。
「なんだ!!」
キレる、工兵軍曹、他の帝国兵も一発触発状態だ。
「押収した馬車からこのような物が出てきたのですか。ご検分お願いします。」
動員憲兵の持ってきた物は麦の麻袋(大)だ、ただし、持った感触がおかしいらしい。
憲兵伍長が受け取る。
伍長が封を切ると白いモノが零れ出た。
麻袋の白い粉を検分する。
「ペロッ、こりゃあ、塩だ。帝国製塩の塩ならブロックのハズだ、こんな荒い顆粒塩なんか見たことが無い。ドレだけあった?」
「麦袋(大)で28個です、全て同じ物です。それと空き袋で馬車の隙間にこんな物が。」
折りたたまれた空の麻袋だったが袋には記入があった。
---------------------------------
帝国製塩製造所謹製
食品加工用荒塩
本品は、
ダークエルフ領内での
使用のみに限定される
原材料加工用塩である。
警告!!
ダークエルフ領外に持ち出した者
又、所持する者は厳罰に処する。
帝国軍兵站部(印)
---------------------------------
どうやら、ダークエルフ領内使用限定の塩らしい。現物を見たのは初めてだ。
帝国内では塩は戦略物資で専売制である。
個人の商人は小分けされた物は小売はできるが、こんなに大量に輸送することは無い。正規の方法で手に入れることも出来ない。
「おい!!貴様!!塩の密輸を!!」
悪魔に詰め寄る伍長。
「いや!!知らないでゲス!!コレは、レモンの塩漬けでゲス!!」
麦袋をひっくり返すと中から一個だけレモンが出てきた。
「ほら、コレは加工済みレモンの塩漬けでゲス!!」
「ほうほう、ドコに何が在るんだ?」
工兵軍曹が干からびたレモンを摘むと一口で食べた。
「う~ん、コレはただの塩だ、ご禁制の商品だ、コレは重罪だな!」
「今!!証拠を隠滅したでゲス!!!」
悪魔が回りに賛同を求めるが皆目を伏せる。憲兵隊員までもが目を伏せている。
これは、問題だ…。思わず、コメカミを揉む。
「おめえ!!キンカー軍曹殺っただろ!!」
「知らないでゲス!!全部話すでゲス!!命ばかりは助けて欲しいでゲス!!」
ああ、こりゃ、仕事は終わりだな。
しかし、どうやって報告書に書けば良いんだ?
(´;ω;`)乙サンがヌコに、「にゃ~ん」言って何が悪い!!




