ぷろろーぐ
「ふう、アルミナ村ってどこなんだよ」
ゴツゴツとした岩ばかりの地で僕はため息をつく。
育った地を離れてもう三ヶ月になるが、未だに目的の土地につかない。
きっともらった地図がミスだらけだったんだ。うん。そうに違いない。
僕が方向音痴なわけはない。
「見栄はったらこのざまかよ」
じっと前を見てみるが、目的地であるアルミナ村は見えない。
せめて蜃気楼でもいいから見えないだろうか。ぬか喜びも喜びのうちだしね。
あいつは今何やっているのだろうか。少なくともこんな過酷なことはしていないかな?いや、国家代行者になるって言ってたからどうなんだろう?
そう思いながら気持ち悪い汗を吸った冒険者用の服をぱたぱたあおぐ。
頭の中で様々な考えを行ったり来たりさせているうちに体力もほとんどなくなってきたし、今日は休まないと。
うーん、錬金術をしっかりやっておくべきだったな。草さえあれば食べ物だもんな。
まあ、こんな土地じゃ草すら見つからないんだけどね。
かばんから干し肉を取り出してかじる。
ここ一ヶ月ほど干し肉続きだ。
昔、今で言う魔法がエネルギー操作、錬金術と呼ばれていたころのことである。
国王により独裁体制が敷かれたグラペイン国という国があった。
そこにはアナトリア人と呼ばれる原住民が住んでいた。
彼らはグラペインとの戦争で負け、劣悪な環境での生活を強いられていた。
今の王であるペイン・レガリアに王位継承されるまではそこまで厳しい支配体制ではなかったが今は彼らにとっては耐え難いものになっていた。
彼らは何度も王に対して政治の改善を求めた。
しかし思いは届かず求めた者たちは反逆者として処分された。
重税や過酷な労働、要望を聞き届けてもらえないこと耐えかね彼らが一斉蜂起する。
これがのちに反逆戦争と呼ばれる。
国家代理人や国家錬金術師などの上等兵士から騎士や剣士などの下等兵士などの秩序を維持する人間が大量に死に、取り締まるものがいなくなったことに便乗して犯罪に走る人間もいたため王都以外の都市は荒廃寸前だった。
また地方都市などからも兵士として人が駆り出されたため地方の荒廃は加速していった。
王都は荒廃とまではいかないが荒れていた。
その為国中が人々の叫び、嘆き、悲しみで溢れた。
それはその国の国王以外の人間ならだれでも例外ではなかった。
王子であった僕も。
僕はその時10歳だった。妹は3歳でまだ複雑なことは理解できない年だった。
もちろん僕だって深く理解していた訳ではない。
王城は王都を見回せるよう高い丘の上に立っていた。
だから自室の窓を望遠鏡でのぞけば人々の戦争という営みが間近にあると実感出来た。
深く理解できないということはそんなことではなかった。
僕はいつも通り白の下を眺めていた。
なんてことのないいつも通りの人々の殺しあうさまを観察していた。
そんなことをしながらボーっとしているとドアが開く重い音が響く。
万が一敵襲だったりしたら僕には成す術もないのだがびくっと振り返る。
その点僕もその辺の人と同じだなと思う。死を恐れて竦むか激昂するしかないという点で。
昔より臆病になった自分を諌める。
入ってきた相手は万が一の者では無く、この国の情勢でも崩れない白を基調としたドレスを身にまとったお母様だった。
気が立っているなと思いながら
「どうしたのですか?お母様?」
望遠鏡をサッと後ろに隠して尋ねる。
お母様は窓の外をちらりと見ていつもより険のある声で言った。
「どこを見ているの?」
ああ、この声は外を見るんじゃありませんっていう戒めの意があるのか。
僕はなんてつまらないんだと思いながら、表向きは従順に
「はい、分かりました」
と心で抗議しながら言った。
そんな僕を気にもかけずにお母様はカーテンを閉じるよう使用人たちに目配せをする。
カーテンを閉じに来る使用人たちを一瞥してから尋ねる。
「お母様? なぜ突然ここへ来たのですか」
来るなというニュアンスになってしまったのだろうか
「あら? まるで来ないでほしかったみたいな言い方ね」
と微笑みながら答える。
実際外の状況を眺めていたのを邪魔されたのは不愉快だったが言うほどでもない。
しかし血の赤はカーテンに遮られ見えなくなってしまった。
僕は実際に血の、流血するめなどにあったことがない。
故に戦争などが起こっても死を真剣には考えられなかった。
先ほどお母様が入ってきた際も意外に冷静に考える余裕があったということがその例だろう。
と、子供が考えなさそうなことを黙々と考えていると
「は! そろそろ時間です」
と使用人の一人が時計を見て告げる。
「あら、もうそんな時間なのね。さっき貴方がなんでここに来たのと聞いてきたけどこの為よ」
一枚の紙を僕によこして言う。
『第二王子 ペイン・メタリクルは国王の命令により特殊児童収容所に収容』
「だからここを出る準備をしなさい」
お母様はキッとした目をして言う。
「漢字よめな、じゃなくてどういうことですか!聞いてません」
少しふざけてみるが僕はその施設や、命令について今まで知らされていなかったためかなり混乱していた。
「不満なのは分かりますがこれは国王命令です。王子であるメタリクル様でも撤回はできません。しかし、王族のまだ名や存在を公開していない方たちは皆このような命令を受けております。ですから……」
使用人の長らしき人が僕を説得しにくる。
待てよ、他の王族もだと?
「妹も同じなのですか?」
「さようでございます」
そうなのか……
「これからは王宮にも進軍してくる可能性も否めなくなってきたから少しでも国王の子孫を残しておきたいそうよ。後継者がいなくてはこの国はアナトリア人に乗っ取られてしまうから。大丈夫。戦争が終わったら必ず迎えに行くわ」
お母様は早口でまくし立てた。
僕はただうなずくことしか出来なかった。なぜならここまで緊迫した表情を見せるお母様を見たことが無かったからだ。
そしてそのお母様の最後の言葉には戦争が終わること以外にも条件があったことにかつての僕は気づいていなかった。
私達と貴方達が生きていたらね。という小さな声は届かなかったのだ。
使用人たちがかなりボロボロのもはや服としての機能がほとんどない布を渡してきた。
僕は一応王族なのにこんな庶民でも着なさそうなものを着ろというわけではないな?
着ろという意味だったらしく仕方無しに腕を通す。
くさっ。
しばらく待っていてくださいと使用人が出ていってから2分くらいで同じような服を着た、兵士たちが来た。
兵士たちは重いドアをおす。
「久々の外だなぁ」
僕は思わず呟く。現実逃避っぽい気もするが、そうでもしなければ割り切れないこともあるのだ。
待ってましたとばかりに馬車が来る。
ちょっと待ってくれ。こりゃ奴隷搬送用の馬車じゃないの?
いや、そんなはずはないな。
兵士に促され乗るが、予想通り奴隷搬送用の馬車でした。はあ。
とはいえ普段は体験できない事がたくさんあったので興奮していた。
椅子が固くて痔になりそうだけど、そんなことを気にするほど冷静ではなかった。
すごい勢いで坂を降りていくのでガタガタ揺れる。尻もガタガタ。
しばらくするとガタガタは収まった。城下町に着いたのだろうか?
危うく痔になるところだった。
何か戦争について目にすることが出来るかと期待していたのだが、窓はもちろんなかったため想像していたような音は聞こえてきたが死を見ることはなかった。
戦争の理由。アナトリア人の反逆だけではないだろう。あの王はひとりでもそのようなものがいたら種族ごと抹殺という男だからだ。
ではアナトリア人の死とはなんなのだろう。
僕の人生を大きく変えることになる疑問を10歳のあの日抱いたのだった。