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邂逅

 響き渡った叫声に対して、身体は意外なほど素早く反応した。

「裏門」

「ああ」

 傍らの相棒と言葉少なに情報を共有し、走り出す。そうしておいてから、咄嗟とはいえ自分の取った行動に驚いた。俺は帰り道でカツアゲされてる奴を見かけてもスルーするくらいの小市民だったはずだが。

 まあ、何のことはない。拓実と話してるうちに感化されちまったんだろう。もしくはこんな状況だからこそカッコつけたいお年頃ってやつだ。

 とりあえず武器になるものはっと……あれでいいか。グラウンドに放り出されていた金属バットを拾い上げ、駆ける。バットを持ってるとはいえ使うつもりは毛頭ない。こいつはただの脅しで、自衛の手段だ。こんなもんで殴ったら怪我じゃすまないかも知れないからな。

 ここからなら裏門は校舎の向こう側だ。こんなとこまで響くってのもよく考えればすげえ悲鳴だよな。そんなことを考えながら校舎を迂回し裏門を視界に入れると、門の手前で女子生徒が頭を抱えて蹲っていた。見れば、身体をガタガタと震わせている。そしてその数メートル先――裏門の向こうには、羊のようなモコモコとした身体をした生き物が今まさに校内へ進入しようと猛進してきているところだった。

 なんだ? あの女子は羊を見てあんなに怯えているのか。

 というか、羊? こんな砂漠にか? それにあの羊……何かがおかしい。

「うおああ!?」

 先に気付いた拓実が悲鳴をあげる。


 そいつは、確かに羊だった。人の顔をしている(・・・・・・・・)というおぞましい一点を除いては、だが。


「おいおい……!」

 そりゃ女の子もビビるわ。なんだあれは。見たことねえ……いや、ある。あるぞ。俺はあれを知っている。といってもゲームや漫画の知識だが、あれは確かトウテツとかいう妖怪だ。弱者や集団からはぐれた奴を狙って襲い掛かってくる奴らしい。違う、今はそんなことはどうでもいい。

 どうなってる。あんなもん、現実に存在してるわけないだろうが。

「恭也ぁ!」

 拓実が叫ぶ。羊――否、トウテツは既に裏門を越えて俺の目の前にまで迫ってきていた。というか、すぐにでもこちらへ飛びかかって来ようとしている。いや、それを確認した時にはもうこちらへ跳躍してきていた。

 「クッソ、が……!」

 思い切りバットを振る。相手がバケモンなら躊躇してる余裕はない。ましてや、そいつが襲いかかってきたとくれば尚更だ。

 ゴッ、と鈍い音が響く。手応えが硬くて重い。手が痺れる。しかし、空中にいるところにフルスイングしたお陰で弾き飛ばすことには成功した。なんとか初撃は防げた形。

 だが、奴は何事もなかったかのようにすっくと立ち上がり、低い唸り声を上げながらこちらを値踏みするように睨み始めた。どうやら動かない標的より先に厄介払いをしようという腹らしい。狡猾な奴だ。


 というか、全然効いてない……!?

 バットを正眼に構える。が、身体に力が入らない。

 獲物(バット)を持つ手も、地面を踏みしめる足も、情けないほどブルブルと震える。

 なんだこれは。俺は夢を見てるのか?

 あまりの現実感の無さに笑いさえこみ上げてくる。

 ヤバい。全身に嫌な汗が浮かぶ。怖え。視界が歪む。

 心臓が爆発しそうだ。敵。先手。死ぬ。

「うおおおおおあああああああああ!」

 緊張感に耐えられなかった俺は、雄叫びを上げながら闇雲に突進した。バットを振りかぶり、思い切り振り下ろす。ガツン、と地面に当たる感触。外した!

 直ぐ様横っ飛び。先ほどまで俺の頭があった場所を、トウテツが通り過ぎる。頭に喰らいつこうとしてきやがった。地面を転がり、その反動で立ち上がろうとする。しかし、足がもつれてうまくいかない。

 奴は好機と見たようだ。振り返り様、みたび飛びかかってきた。

 

 マズい、と思った瞬間。


 奴は車にでもぶつかったのかと思うくらいものすごい勢いでぶっ飛んでいき、校舎の壁にめり込んだ。

「な、なん……?」

 呂律(ろれつ)すら回らん。

「大丈夫か、恭也」

 そういやこいつがいたな。頼もしい声とともに手が差し出される。その手を払い除け、バットを支えに立ち上がる。コレ以上無様な姿を晒してたまるか。大きく深呼吸して息を整える。その間も、壁にめり込んだトウテツからは視線を外さない。

「お前今、何したんだ」

「わからん。体当りしただけなんだが」

 俺が手を跳ね除けたことを全く気にした様子もなく、首をひねる拓実。ダンプかお前は。

 ふと拓実に視線を移すと、拓実のポケットから淡い光が漏れている。

「おい、それなんだ?」

 ポケットを指さして訊ねる。

「ん? おわ、なんだこれ」

 拓実はポケットに手を突っ込むと、例のカードを取り出した。その内の一枚が淡く光っている。

「あのカード……か?」

「何か書いてある」

「なんて?」

「なんだこれ、見たことない字だ」

「どれ」

 拓実の手元を覗きこむ。確かにカードには何かの文字が書いてあり、それは未だかつて俺が見たことのない言語だった。

 だが。

「おい……これ」

「ああ。読める」

 何故だろうか。俺には、いや、俺達にはその文字が読めるらしかった。

「身体強化って書いてあるな」

「ちょっと貸してくれ」

 ほい、とカードを渡される。うん、確かに身体強化と読める。それに、真っ黒な方のカードと違ってなんというか、暖かみを感じる。


 唐突に首筋がチリチリした。

 嫌な予感。

 先ほどの壁に目を向ける。凹んだ跡はあるが、奴がいない。

「避けろ、拓実!」

 身を翻す。トウテツが飛びかかってきていた。こいつはコレしか能がないのか? 危ういところで躱す。

 拓実は奴の突進を正面に受け、角を両手でがっしと掴んで防いでいた。良い反応だぜ、全く。

「うおっ!?」

 だが、勢いを殺す事ができず地面に押し倒されてしまう。

「拓実っ! こいつ……喰らえッ!」

 間髪入れず駆け寄り、バットをゴルフのスイングのように振って拓実に馬乗りになったトウテツの横っ腹にぶち込む。手応えが軽い。奴は先の時と同じような速度でぶっ飛び、またも校舎の壁に叩きつけられてずり落ちた。そして、そのまま動かなくなる。今のは何だ? 急激に身体が軽くなり、力も強くなった感じがした。

「はー……やったか?」

「それはやってないフラグだぞ」

 溜息をついて今度は俺が手を差し出す。拓実は軽く笑いながら俺の手を取って立ち上がる。勘弁してくれ。

 しかし、拓実を引っ張り上げる時もさして負荷を感じなかったな。やはり、これは……。

「拓実。これは絶対に失くすな」

「あ、ああ」

 カードを押し付けるように返す。そのカードは既に大半の光を失っていたが、まだほんの少しだけ薄く光っており、文字はそのままだった。その時、俺のポケットからも光が漏れていることに気付いた。

「危機察知、か」

 どうやらさっきの嫌な予感はこいつのおかげか。カードのルールが幾つかわかった。


・何かしらの力を所有者に付与する。

・カードに文字が現れることでその力を発揮する。

・今のところカードの力を発揮させる条件は不明。

・個人によって浮かぶ文字――即ち、得られる効果が違う。

・カードを貸与することでその能力も貸与できる。


 ざっとこんなもんだろう。これがあってるかどうかはもっと検証を重ねないとわからないが、とりあえず今はいい。あとは貸与されたカードが真っ黒――暫定的にブランクと呼ぶことにする――の場合はどういった扱いになるのかと、個人が持てるカードに限界があるのかどうか、それと、どれだけ離れれば効力を失うかを知っておきたい。

 我ながらバカげた話だと思う。こんな訳のわからんカードの効果を確かめて信じようってんだからな。だが、同時に俺は確信していた。このカードは俺達の運命を左右するということを。

 適応力は大事だ。これは俺の持論だが、こと生存競争において「環境に適応する」ということはいの一番(・・・・)に優先すべきものだ。あんなバケモンが出てきた以上、俺達が生き残るにはああいう「敵」に対抗する手段が絶対に必要になる。ならばその助けになりそうなものは全て利用しなければならない。

 動かなくなった人面羊を見ると、奴は今にも消えようとしていた。視界から消える的な意味ではなく、文字通り消滅しようとしていたのだ。ドス黒い煙のようなものを少量吹き出し、やがて色を失い透明になっていく。

 トウテツの死骸が消えたあとには、一欠片の宝石のような物が落ちていた。大きさは小指の先くらいか。

「まるでゲームだな」

 拓実が呟く。俺も同じことを思い、その宝石を拾い上げる。ゲームなら、これもいずれ役に立つだろう。この世界では呪われるアイテムかも知らんが。


 そう、この世界。

 薄々思ってはいたが、こうなったら否が応でもわかってしまう。

 ここは俺達が暮らしていた日本じゃない。

 それどころか地球ですらない。

 隣の拓実をみると、俺と同じ結論に至ったのか、顔が青ざめていた。

 しかし。もはや俺は先ほどの恐怖など忘れていた。

 こんな異常事態だというのに、俺は興奮を抑え切れなかったのだ。


 そういえば、何故俺達の世界にある伝承だの言い伝えだのの魔物がそのままこっちに現れたんだろうか。もしかすると、その辺にこの世界の秘密があるのかもしれないな。




 未知の生物との戦いのせいですっかり忘れていたが、女子生徒はまだ蹲っていた。肩を叩いてみたところ、たいそう驚かれてしまった。一瞬だけ嫌な予感がしたが既に遅く、次の瞬間には思い切り頬を張られていた。俺の危機察知はどうやら危険度の大きさによって反応が強くなったり弱くなったりするらしい。あまり過信するのも良くないな。良い勉強になった。

 助けた女子生徒は震えながら辺りを見回していたが、もう奴はいないことに気付くとほっと胸を撫で下ろした。最初こそ俺達を怪物か何かを見るような目で見ていたが、助けられたことを理解するとすぐにありがとうと頭を下げてきた。

 彼女は高山(たかやま)(かえで)と名乗り、正門から先の砂漠を見てひとしきり驚いたあと、裏門を確認しに行ったところを化物に襲われたのだと語った。二年らしいが、関わったことはないため全く知らん。拓実とは面識があるみたいだが。

「あの……えっと、ごめんね」

「いいよ、もう。良い事もあったし」

 頬をさすりながら気にしてないと伝える。

「え……変態?」

「そういう意味じゃねーよ!」

 ドン引きされた。失礼すぎるだろ。いや、確かに俺の言葉も足りなかったかもしれないが。

「にしても、すごいビビりようだったよな」

 拓実が笑いながら話を変える。ナイスフォローというべきか、俺の追撃を阻まれたというべきか。

「だってさー、すぐ近くに化物がいたんだよ? 食べられるかと思ったもん」

「すぐ近く……?」

 俺達が駆けつけたときは校門の手前から校門より向こう……距離にして数メートルはあったはずだが。しかしまあ、たしかにあんなのが唐突に出てきてこっちに走ってきてるのを一人で目撃すれば俺も距離感なんてまともに把握している自信はない。

 が、俺の中の何かが警鐘を鳴らしている。先ほどの危機察知の感覚とは別だ。これは経験による勘というかなんというか、とにかくそんなものに近い。

「なあ、その化物ってさ」

「どんな姿してた?」

 拓実も同じ発想に至ったようだ。高山は「何言ってんだこいつ」みたいな顔をしていたが、俺達の様子を見て戸惑いながらも口を開いた。

「どんな……って、トカゲに虫の足が生えたみたいな」

 そう言いながら青い顔をしている。余程怖かったのだろう、思い出させて悪いことをした。

 が、俺達も負けず劣らず真っ青な顔をしていただろう。

「拓実、そいつ頼む!」

 それだけ言い残して振り返り、走りだす。

 俺達が倒したのはトウテツ、人面羊だ。トカゲのバケモンなんぞ見ていない。

 ヤバイ。ヤバイヤバイヤバイ。

 校内には真琴も七瀬もいる。

 早く探さないと。

 だが、どうやって。

 俺が教室から昇降口へ移動する際、ところどころ窓は開いていた。この熱気だ、無理もない。

 しかし、ということは窓から侵入している可能性もある。

 外にはいないだろう。外なら誰かが見つけて裏門付近の俺達の耳にも届くくらいの騒ぎにはなっているはずだ。

 そうだ、携帯。ポケットを探ってから、思い出す。携帯は失くしていた。

「クソッ!」

 悪態をつきながら昇降口へと戻ってくる。靴を履き替えてる暇なんてない。そのまま土足で校内へ飛び込む。何人かの生徒が驚いて振り向く。そりゃそうか。バット握りしめた奴がいきなり走り込んできたらそりゃ驚くわな。だが構ってる暇はない。走る。

 今すぐ大声で二人を呼びたいが、余計な騒ぎにしたくない。もう遅いかもしれないが、それでも叫びまわって探すのは避けたい。いらない混乱を招いてパニックになる。


 五分ほど探したところで、二人は見つかった。幸い、一階にある一年の教室だった。隅っこで縮こまっている真琴を七瀬が慰めている。そういえばこいつらは仲良いいんだったか。まあそんなことはどうでもいい。それより、二人一緒にいるのは好都合だ。

「お……ッ!」

 声をかけようとした時、気付いた。天井に何かいる……! 俺の危機察知は当然のように所有者の危険にしか反応しないようだ。もっと融通効かせろよ、くそったれ。

 そんなことを言ってる場合ではない。その天井の影はすでに天井を離れ、二人に覆い被さろうとしているところだった。二人はまだ気付いていない。

 間に合わない。バットを投げるか? 待て、二人に当たるかもしれない。二の足を踏んでいる間に、声をかけている余裕もなくなった。無駄だとわかっているが、手を伸ばす。

 待てよ。待て。

 俺の目の前で。

 大切な友達なんだぞ。

「やめろおおおおおおお!!」

 結局叫んでしまった俺を差し置いて、俺のポケットから漏れ出た眩くも不思議な暖かみを持つ光が辺りを包み込むのだった。

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