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目覚め

 予想外の出来事というものは、人の本質を丸裸にする。取り乱してパニックを起こす奴、周囲に当り散らす奴、冷静に状況の把握に努める奴……その姿は多種多様だ。 俺? 校門を出たところで無様に転がって唖然としてたよ。

 何せすっ転がった俺の視界には、日光を受けてアホかと思うほど眩く輝く砂漠が広がっていたからな。



 後ろを振り返れば今しがたくぐった校門があり、グラウンドがあり、見慣れた我が学び舎がある。先ほど昇降口まで降りる際に窓からチラリと覗いた限りでは、若干狭めな校庭も適度に荒れたテニスコートもそのままだったはず。

 だが、校門から外へ出た先は砂、砂、砂。見渡す限りに砂の海が続いている。この分じゃ裏門から先も砂漠だろうな。なんだこりゃあ。言っておくが、俺達はどこぞの砂丘のど真ん中に適当に建てましたみたいな学校に通ってたわけじゃないぞ。

 しかしまあ、なんというか現実感がまるで無く、意識がふわふわして頭が全く回らない。

 どれくらいの間そうしていたかはわからないが、呆けた顔で座ったままぼんやりと地平線を眺めていると、やがて砂に付いた手がジリジリと焼ける感覚に見舞われた。

「熱ッ!」

 慌てて飛び上がって手と尻についた砂を払う。辺りを見回すと、俺と同じように制服についた砂を払っている奴や、既に校舎の中に日陰を求めて退避している奴もいた。

「ねえ、何これ」

 そんな風にして突っ立っていると、背後から唐突に声をかけられびくりと肩を震わせてしまった。聞き慣れた声であるはずなのにも関わらずこのザマだ。どうやら俺は自分で思っている以上に小心者らしかった。

「いや……俺に訊くなよ」

 とにかく平静を装い、声の主の方へと視線を投げる。その先には、この日中の砂漠に佇んでいてもまるで暑さを感じさせない氷像のような女が立っていた。肩まで伸ばした髪を涼しげに揺らし、射抜くような視線を俺に向けている。汗を垂らすどころか、普段耳にする冷たい声色ひとつ変わっていない。この視線もいつものことだ。

 こいつの名は七瀬(ななせ)(あおい)。なんてこと無いただのクラスメイトである。わざわざ俺に話しかけてきたのも、とある共通の趣味がきっかけでちょくちょく話すようになり、今はそれなりに懇意な仲を築いているからである。とは言ってみたものの、向こうは別段なんとも思っていなさそうで、ただたまたまそこに居たから話しかけたくらいのものなのかもしれない。

「そう」

 その証拠に、非常に短い相槌だけを返してさっさと校舎へ入っていってしまった。少しばかり物寂しい気持ちになりはしたが、あいつのおかげで頭も少々冷えた。物理的な意味では今にも茹で上がりそうだったが。

ともあれ、こんなところに突っ立っていても仕方がない。多少なりとも現状を確認しておかなければ。



「というわけだ」

「うん?」

「RPGの基本は情報収集だと思ってな」

「えっと、言ってる意味がわかんないけど……」

「忘れてくれ。それより、ちょっといいか?」

 思い立ったが吉日とばかりにさっさと校舎へ向かおうとしたところ、グラウンドで所在なさ気に立っている何人かの内に見知った顔を見つけたのでこれ幸いとばかりに声をかけてみた。

 こいつは設楽(しだら)真琴(まこと)。所謂お隣さんというやつで、小中高と同じ学校に通ってきた一つ年下の幼馴染だ。小動物系というかなんというか、嗜虐心と庇護欲を絶妙にくすぐるタイプだな。

「今? うん、大丈夫だよ」

 快い返事をくれ、にこりと笑う真琴。この人当たりの良さも柔らかい笑顔も見慣れた光景だ。妙に安心するのは何故だろうか。ちなみに真琴は今、学校指定のジャージを着ている。上下とも長いやつな。今日は午前で学校は終わりだというのに、これからその格好で部活か。大変だな。暑くないのかと訊ねたところ、こういう格好でする練習の予定だったから、とのことだ。それならいいけど、体調崩さないようにしろよな。

 話が逸れた。

「とりあえず聞くけどさ、この謎の状況について何か思い当たることっつーか、気付いたことってあるか?」

「うーん」

 唸り声というにはあまりに可愛らしい声を一つあげ、口元に手を当てて考え込む。こいつはこう見えて視野が広く洞察力も高いため、いざという時に頼りになる。いざも何も、こんな体験は初めてなのでどうしようもないかもしれないが。

「ごめん、何もわかんない。こんなこと初めてだし……」

 あらら、不発か。まあ仕方ない。

「あ、でもね」

「ん?」

 ごそごそとジャージのポケットをまさぐる真琴。ややもせず引きぬかれた手には、五枚のカードが握られていた。

「こんなのがポケットに入ってたんだ」

「なんだそりゃ」

 はい、とカードを渡される。そのカード達には模様も何もなく、裏も表も真っ黒だ。透かしてみても角度を変えてみても何も変わりゃしない。手触りも妙に硬く、どこか冷たい。

「真琴の持ち物じゃないんだよな?」

「うん」

「ふーむ」

 誰かの悪戯かとも思ったが、こんな状況でそんな意味不明なことをやるやつはいないだろう。そもそも用途不明のカードをポケットに押し込むなんて、どんな悪戯だよ。……待てよ。

「……やっぱりか」

 まさかと思って自分のズボンのポケットをひっくり返すと、あって当然とばかりにそれ(・・)はひらひらと降りてきた。真琴と同じ裏表真っ黒のカードが、ぴったり五枚。

「気味が悪いな」

 真琴のカードを返して自分のポケットから出てきたカードを拾い上げ、そのまま()めつ(すが)めつ眺めてみる。が、結果は先ほどと同じ。

「うん……でも、持っておいたほうがいいような気がする」

「そうか」

 お前がそういうなら、とカードをポケットへしまう。別段持ってても不都合はなさそうだし、忘れない程度に気に留めておこう。問題がありそうなら破り捨てればいい話だしな。



「ざっけんなよオラァ!」

 ひとつ収穫もあったことだし、真琴とはいったん別れて次は誰に話を聞こうかと思った矢先に、その怒声は響き渡った。どうやら揉め事らしく、その騒ぎの元凶を中心に早くもちょっとした人垣ができつつある。こんな時でも野次馬根性とは恐れ入る。とか言いつつ、俺も遠巻きにその騒ぎを眺めることにした。情報は集めといて損はないからな。あ、真琴はビビって校舎のほうへ走り去ってしまいました。

 人垣とはいえ隙間はいくらでもあったのでちょこちょこ動いて確認してみたところ、どうやら二人の男子生徒がいがみ合っているようだ。その片方、先ほど怒声を発した方は中塚(なかつか)玲二(れいじ)。あまり話をしたことがないため詳しくは知らないが、普段から言動が荒く悪目立ちするタイプであり、関わったことのない奴でも大体名前を知っているある意味人気者の同級生である。ガタイがいいのもその辺に拍車をかけていそうだ。

「……知らない……」

 もう一人の方は痩身で中性的な顔立ちをした男子だ。名前は……思い出せない。そもそも顔も見たことない気がする。まあ、うちの学校は二年だけでも八クラスあるからな。一クラスにつき四十人弱で男子はその半分としても計百六十人弱。一年と三年を合わせればその数約五百。こうなれば最早クラスメイトか普段から関わる奴か、もしくはそこで吼えてる奴のように目立つタイプでないと記憶に残らないのも仕方ないといえるだろう。決して俺の記憶力がしょぼいわけではないはずだ。決して。

 まあとにかく揉めてる奴らはわかったし、次は原因の確認だな。

「あー、やっぱり居たな。なあ、何であの二人は揉めてるんだ?」

「んお? ああ、恭也か。なんか携帯盗んだだの盗んでないだのって話らしいぜ」

 少しずつ増えてきた人混みを縫って歩き、ある程度話の流れを見ていたであろう一人の男子生徒に声をかける。こいつも真琴と同じく小中高と同じ学校に進学してきた奴であり、名前は天里(あまさと)拓実(たくみ)という。もっとも、こいつは幼馴染というより腐れ縁と呼ぶほうが的確だが。

「お前は相変わらず野次馬根性丸出しだな」

「まあな。って、うるせーっての」

 こいつに声をかけた理由は、ひとえにこいつがこういう奴だからである。どこからともなく事件を嗅ぎ付けては、いつの間にやらその場にいやがるのだ。その上、気付けばコトのあらましや背後関係まで調べ上げてしまっている。その嗅覚と情報収集能力は某少年名探偵もかくや、というレベルである。

 そんなわけで、こいつに弱みを握られている奴らも多分にいるらしい。ただ、本人に悪意はないのが幸いといえば幸いか。知り得た情報を人にみだりに話すことも無く、またそれを楯にしてどうこうという話も聞いたことが無い。それどころか、解決や仲介に手を貸す慈善事業をよくやっているため、弱みを握られている奴よりもこいつに感謝している奴のほうがよっぽど多い。

 なぜそんなことまで知ってるかって? それはこのお人よしが俺まで巻き込んで暴走するからだよ。なぜ断らないかって? 俺も多分にいる奴らの中の一人だからだよ。

「で、また人助けをやるつもりか?」

「そうだなー……」

 おや、珍しい。お人よし以外の何者でもない天里拓実ともあろうお方が、あんな一方的に始まってそのまま終わりそうな諍いを見て言葉を濁すとは。

「茶化すなよ。あの中塚じゃない方……あんな奴、うちの学校にいたか?」

「お前がどんだけ覚えてるか知らねえけど、顔と名前が一致しない奴くらいいるだろ」

「いや、俺が顔を覚えてない奴なんて居ないはずだ」

 いつも思うけど、お前のその謎の自信はなんなんだ。

「まあいいか、とりあえず止めよう。あのままじゃ殴りあいになる」

「おう、行って来い」

 殴りあいではなく、一方的なサンドバッグだと思うが。

「恭也もくるんだよ」

「えぇ……」

 露骨に嫌な顔をしてしまった。そりゃそうだろう、何で顔も覚えてない奴を助けるために不良君に突っかかっていかなきゃならんのだ。それでなくても今置かれている状況は超がつくほど異常だってのに。

「これでも頼りにしてるんだぜ」

「はぁ、わかったよ」

 ま、どうせ問答したって無駄なんだけどな。すぐに諦めた俺は溜息混じりに返事をし、原因の二人に目を向ける。その先では、不良君こと中塚が今にも名も知らぬ男子生徒に掴みかかろうとしているところだった。



「はいストーップ」

「あァ?」

 暢気な声で制止を呼びかけながら二人の間に割って入る拓実。当然それが気に食わない中塚は拓実をギロリと睨みつける。うおー怖え。

「原因は聞いたよ。携帯がなくなってんだろ? でもまあ、こいつの仕業と決まったわけじゃないんだしさ」

 その視線を受けてもそこは流石というべきか、怯むことなく言葉を紡ぐ拓実。

「邪魔すんじゃねえ。俺ァこいつが俺の鞄の近くでコソコソ何かやってたのを見てんだよ」

 今度は怒りの対象が変わったのか、拓実の胸倉を掴みあげる中塚。喧嘩はさっぱり得意じゃないが、早くも俺の出番か?

 一歩踏み出して拳を握る俺を見て、しかし拓実は目だけで俺を制する。あ、まだでしたか。

「落ち着けって。そっちのほうは俺が調べとくから、今はゴタゴタはナシ。現状の確認を優先しようぜ」

「……チッ。おいテメェ、覚えとけよ。」

 あくまで冷静に対応する拓実に毒気を抜かれたのか、それとも拓実の色んな意味での手腕を知っているのかは知らないが、乱暴とはいえあっさりと手を離す中塚。名も知らぬ男子生徒を恫喝してからさっさと踵を返してしまった。その時、中塚のポケットから例のカードが三枚落ちたのを俺は見逃さない。

「おい、落し物してんぞ」

「はァ? んなもん知るかよ」

 それを拾い上げた俺は親切にも声をかけてカードをひらひらと振って見せたが、野郎はこちらをチラリと見ただけで校舎の方へ歩いていってしまった。まあ、これは俺が預かっておこう。というか俺の出番なんてないじゃねえか。殴りあいなんて御免だから良いんだけどさ。

 拓実はというと、へたり込んでしまった男子生徒を介抱していた。こういう場面で自然と気を遣えるのがこいつの良いところなんだろうな。

「怪我は……なさそうだな。立てるか?」

「あ……はい」

 拓実の手を借りてふらふらと立ち上がる名無し君。いや、名前がないわけじゃないだろうけど便宜上な。

「あんた、名前は?」

「………………」

 俺が名前を聞くと黙りこんでしまった。名前を名乗ることに何か不都合があるのだろうか。

「おい、聞いt」

「まあまあ。なあ、中塚の携帯を盗ったってのはマジなのか?」

 問い質そうとする俺を遮って拓実が訊ねる。こいつはいつだって単刀直入である。よしんば犯人だとしても、はい盗りましたという間抜けな奴はいないだろうにどうする気だよ。

「盗ってない……」

 ほらきた。

「じゃあ中塚が見たって言ってたのは何してた時なんだよ」

「………………」

 俺が聞いたことに対してはまたしてもだんまりである。何なの? 無視なの? 言っとくけど俺はそんなにメンタル強くねーぞ。

「あんたさ、言いたくないならそれでいいけど、黙ったまんまじゃ疑われっぱなしだしこいつも迷惑するしで良い事なんて一つもねえぞ」

 思わず拓実を指差しながら強い口調で言ってしまった。我ながら短気で口が悪いとは思うんだが、こればっかりはどうにもなあ……。

「お前も落ち着けよ、恭也」

「お前は人が良すぎなんだよ」

 お互いに睨み合って相手に物申す。何、これもいつものことだ。別に険悪な雰囲気になることもない。とかなんとかやっている間に、名無し君はふらふらと歩いて校舎へ戻っていってしまった。中塚と鉢合わせするんじゃないのか、あれ。

「どうするんだ、拓実」

「携帯か? だったらあいつは犯人じゃないよ。何人かと話してわかったんだけど、結構な人数が失くしてる。多分みんな失くなってるんじゃないか」

「マジで?」

 そういえばさっきポケットひっくり返した時、携帯は出てこなかったな……。ポケットをもう一度探ってみても、やはり何処にもみつからなかった。というかこいつ、いつの間にそんなに話聞いて回ったんだ。

「なるほどな。全員じゃなかったとしても規模的に一人では無理だし、肌身離さず持ってる奴からどうやって盗ったかもわからん」

「そういうこと。この超常現象と何か関係があるのかもな」

「手段は置いとくとしても、複数犯って可能性は?」

「ああいうタイプが人とつるんで悪さするとは思えない」

「確かに。じゃあ他の何人かと一緒に誰かにやらされてたってのは?」

「一年や三年も失くしてるからな、うちの学校にそこまで上下に幅利かせてる奴っているか?」

 そう言って話を切り、砂漠の向こうに視線をやる拓実。いい加減暑くてだるくなってきたんだが、こいつは平気なのか。

「そういえば超常現象というと、このカードも謎だよな」

 拓実は額に浮かべた汗を拭いながら例のカードを取り出した。拓実のカードも俺達と同じ、真っ黒だ。拓実の顔に視線を戻すと、心なしか目がキラキラしている。こいつは不思議な話や物に目がないからな……。

「お前も持ってたっつーことは、これは携帯と逆で全員持ってるもんなのかね」

「どうやらそうらしいな」

 カードの方も既に聞いていたらしい。流石の行動力である。にしても、冷静なやつがわりと多くて驚いた。俺だけがカッコつけるわけにはいかなかったか。チッ。

「まあ、とりあえず校舎に入ろうぜ。暑い」

「ん、そうだな」

 お互いに頷きあって校舎へ歩き出す。


 その時。


 耳を劈くような強烈な悲鳴が聞こえた。

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