プロローグ
夏休みを明日に控えた、うだるような暑さの最終登校日。俺こと東雲恭也は、欠伸を噛み殺しながら退屈な話を聞いていた。
そう、学生時代に誰もが経験するであろう「夏休みに向けて」と銘打たれた、校長のどうでもいい……もとい、ありがたーいお話である。周囲をチラチラと確認してみても、まともに聞いている奴はほとんどいなさそうだったが。まあ当然っちゃ当然か。
「皆さんには高校生として――」
「私などは――」
「云々――」
長え。冷房もない体育館に生徒を集めて話しているというのに、校長はいきいきとしている。余程話すのが好きなのか、でなければただの変態か。
ひたすら待つこと暫し。
「――では、以上を持ちまして終わりとします」
ようやく締めの言葉が発せられると、途端に体育館がざわめきに包まれた。教師たちは苦笑いを浮かべながら寄り道せずに帰れよ、と生徒たちを送り出す。去年と変わらない一学期の終わりだ。
部活やってる奴は夏休みの間も練習漬けなんだろうが、俺には関係ない。さっさと帰って怠惰な夏休みを満喫しますかね。といっても体育館はクラス毎に出なきゃならんから、俺だけすぐ帰るというわけにもいかないんだが。
やがて俺のクラスの番が来て、ゆっくりと移動を始める。そうして体育館を出たところで集団を抜け、教室へ戻る。ちょっとした忘れ物があったことを思い出したのだ。
「あったあった」
誰もいない教室に辿り着くと早速自分の机の中に手を突っ込み、目的のブツを引っ張り出す。別に大したものじゃないけどな。過不足は無いか何度か確認する。多少時間はかかっても、こういうことに気を抜くわけにはいかない。
さて、今度こそ帰りますか。一人呟いて踵を返す。と同時に、突然視界が真っ白になった。
周囲の音が全く入ってこなくなるほどの耳鳴りが始まり、立ちくらみにも似た感覚に襲われる。そんな状況なのに、聞いたこともない誰かの声がはっきりと聴こえる。いや、聴こえるというよりは頭の中に直接言葉が響いてきてる感じだ。しかし、何を言っているのかはさっぱりわからない。はっきり聴こえるのに何言ってるかわからないってことは、俺の知らない言語のようだ。いやいや、知らない言語のようだ、じゃねえだろ。いったい何がどうなってやがる。頭が痛え。
結局その言葉が持つ意味もわからないまま、俺は意識を手放した。
「何だったんだ……貧血か?」
気づけば俺は、教室に一人倒れていた。頭を振って立ち上がる。幸い、気を失った時にどこかを怪我した様子もない。
窓から外を見ると、太陽は相変わらずの位置から惜しげも無くその熱量を放出していた。どうやら気絶してたのは極短い時間らしい。まさか丸一日経ってるなんてこたないだろう。にしても暑いな。
そういえばさっき倒れる間際に何かを聞いた気がする。が、思い出せない。まあいいさ、思い出せないってことは思い出さなきゃならないほど大事なことでもないってことだ。
いい加減な結論を導き出し、教室を出る。昇降口までの道中で何人かにすれ違ったが、どいつもこいつもどこか慌ただしかった。特に気に留めないまま、昇降口に辿り着く。下駄箱で靴を履き替えて外へ。……やけに日差しが強い。
そして俺は思い知ることになる。
丸一日経ってた方がまだ笑い話になってたってことをな。