第七話「丘の上ではヒナゲシの花なのだ」
第七話「丘の上ではヒナゲシの花なのだ」
桃ちゃんは、幼くして両親をなくしてお父さんの兄にあたる、
大谷竹次郎という人に育てられていた。十日ほど前にその竹次郎
おじさんが死んだ。
六十二歳。死因は急性心筋梗塞であった。
葬式には俺も参列したが、桃ちゃんの喪服姿に思わず欲情しか
けたが、当然口にはださず、
「桃ちゃん元気をだしてね。また電話するから」
と木で鼻をくくったようなことをいって別れた。
十日後に俺は、固定電話をかけた。
「おじさんって、昔桃ちゃんが見せてくれたお父さんに似てたね」
「えっ」
「お葬式のときの写真を見て、そう思ったんだ」
「それは兄弟だから。でもおじさんは厳しかったよ。中学校卒業
して、おじさんの家をでるまで、どれくらい叩かれたか。虐待さ
れてたね」
「こわい人だったんだ」
「うん、でも優しいところも、今考えたらあったよ。ヒナゲシの
花が好きで、全然草むしりしないで、小さなお庭がヒナゲシだら
けになったことがあって・・・・・・」
今からの話は、桃ちゃんの思い出話。
あまりにヒナゲシの花が繁殖するので、桃ちゃんの庭と接して
いる隣の家にまで、ヒナゲシが侵食して、隣家の人が怒ってある
日曜日、桃ちゃんの庭にかってにはいりこんで、ヒナゲシをどん
どん引き抜いていたそうだ。
桃ちゃんのおじさんは、急いで庭にでて、そのあとを幼い桃ち
ゃんもついていくと、おじさんは隣家の人に、
「人の庭で勝手に花を抜かないでくれませんか」
とおだやかな口調で言ったそうだ。
「えっ、どこに花があるの、ヒナゲシは野草だぜ。雑草だぜ。お
宅が野草を抜かないからうちの庭にまではびこってきて、こっち
はおお迷惑なんだよ。だからぬいてやってるの。感謝してほしい
な」
隣の人は強気でいう。
「ヒナゲシはポピーともいうけど、確かにふつう雑草といわれま
すよ。でもね、雑草と決めたのは、あんたでも、わたしでもなく、
どこのだれか知らない多くの人々の勝手な思いつきの集合で「雑
草」といわれてるんだ。あんたの家の庭に生えたヒナゲシは生え
てほしくない困ったものだから、迷惑な草で「雑草」なんだろう
が、わたしはこのヒナゲシに美しさを感じて、立派な「花」だと
思ってるんだ」
おじさんは少し語気を強めていった。
その語気に押されたのか、隣の人は、
「雑草を花というような頭のおかしい奴と話ができるか」
と自分の家に戻ったという。
まぁ、頭のおかしな人間を無視するのは一つの識見で、無用な
争いは己の人格を下げるだけだが、桃ちゃんはおじさんの、雑草
かどうかは感じる者が決める、という言葉にこどもながら、そう
かも、と思ったそうだ。
そのあと、おじさんは桃ちゃんを連れて、ファミレスに行き、
ハンバーグセットを食べさせながら、呉林(ごりん 隣のひとの
名前)みたいな何もみえないのに、見えたつもりになってるよう
なバカになるな、あんなのとつきあうと感性が鈍るだけだ、心が
穢れる、それと十四歳になる呉の息子とも口なんてきくなよ、バ
カが移るからな、といったそうだ。
桃ちゃんとの電話がおわったあと、ヒナゲシを調べたら、
「野草その中でもヒナゲシ類は丈夫で繁殖力が強く、ヨーロッパで
は小麦畑に生える野草、ないしは雑草としてコーンポピーの名が有
り、日本でもナガミヒナゲシは、いたるところに繁殖し、可愛いの
で栽培種と思ったりするが、帰化種で、実 (み)が長いのでナガミ
ヒナゲシの名が有る。虞美人草とも呼ばれ、中国の楚王であった項
羽の愛妾であり中国三大美人の一人である虞妃(虞美人)が項羽が
敗れた後自殺した時、その血の中から咲いたと言う伝説がある」
とあった。
そういわれたら、俺の家の近くの公園にもいつも初夏になると野
草が花を開いて密集して、それをみるのが毎年の楽しみの一つだ。
野草は、誰かが一生懸命に丹精こめて育てたわけでもないのに、
いつのまにか美しい花が咲き乱れる。ヒナゲシなどはその典型だろ
う。ヒナゲシを私は邪魔しないし、ヒナゲシも俺が自由にふるまう
ことをさまたげない。
野に咲く花の名前は知らない
だけども野に咲く花が好き
古本屋で立ち読みした、寺山修司という人の詩集にあった言葉だ
が、「雑草のように踏まれても踏まれても立ち上がる人間になれ」
と古来からよくいわれるが、そんな精神は単なるSM好きの人間に
任せたいし、俺は寺山さんの純粋に対象を愛でる感性、束縛されな
い知性にあこがれる。
もしヒナゲシなどの野草が、自然への抵抗力がない花ならば、ひ
とは何とかこんな美しい花をたやさないように、よく手入れをして
育てようと思っただろうが、なんせヒナゲシは、紀元前の中国の古
典にもでてくる由緒ある野蛮な花で、数千年にわたり、全世界中に
はびこっている。だからか、人は雑草は邪魔だ根絶だと、桃ちゃん
の隣の家の人のような行動をとる。
しかし、そのはびこりこそヒナゲシの持つロマンだろう。
われわれが眠っているときに、もしかすると、ヒナゲシの小さな
種は風に吹かれて、あなたやかれのかのじょの、近くの土地に降り
ていつのまにか美しい花を咲かせてくれるかもしれないのだ。
こんなことを徒然に書いていると、意外と俺も野草好きだったん
だと自覚させられた。
最後に公園で勝手に咲いてるヒナゲシなら、いくら摘んでもただ
である。いまどき、ただで美をもらい、夢を感じさせるものがある
ものか。
そんなあつかましさを許してくれるのも、ヒナゲシだ。
で、これで今回は終わりだが、ヒナゲシならレンタル屋で視聴し
た「黄金の七十年代アイドル」所収、アグネスチャンのあの唄でし
めるべきだろう。
おっかのうぅえ、ヒッナゲスィのはぁなでぇ、うっらなうのあっ
のひとっの、こぉーころー・・・・・・♪♪。
第七話終了