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第五話「二十一世紀最大の発明」

   第五話「二十一世紀最大の発明」


 二十一世紀最大の発明は、不死身の体を作る薬であった。それ

は、如何なる細胞をも再生させる万能細胞を、破壊された体内の

細胞組織を再生させる技術から作り、その万能細胞を零下百度に

凍らせ、次に細かく破砕した上で、某県の湖の湖底からしかとれ

ないイイカゲーンという酵素と掛け合わせて、粉末状の薬にした

ものである。普通、万能細胞は全ての人間に完璧に対応できるは

ずはなく、試験者の体内での拒否反応や言語を絶するような副作

用があるはずなのなだが、イイカゲーンは薬を飲んだ者の、遺伝

子情報を即座に感知し対応してゆくため、拒否反応も副作用もな

いのである。

 まさに夢の発明、発見であり、ある地方某県の私立大学でスポ

ーツ医学を教えている、東方博士 (ひがしかた ひろし)という

男、一人の手によるものであった。

 少子化の影響で地方の私立大学など学生も集まらず、暇つぶし

に湖で釣りをしていて、イイカゲーンを発見し、そのイイカゲー

ンを骨の再生の研究に応用しているときに、偶然、不死身の薬を

発見したのである。

 東方博士はこれをフジミタンと名づけたのだが、しかしその効

力については何の記録もない。それは東方博士が、三つの理由か

らその発見に恐れを抱き、公表をためらったからである。

 一つ目は、もし自分の研究がインターネットなどで流されたら、

あまりにもその再生技術が容易なため、非人間的な何者かに何ら

かの形で悪用されるのではないかと、考えたからである。

 二つ目は、日本国政府への不信感であった。もし公表したなら

ば、政府にその技術を管理してもらうしかないと考えたが、連日

のニュースで聞かされる、官僚の腐敗は許しがたいもので、この

ような人々を高い税金で養っている国自体が信用できなくなって

いたのだ。もし、自分の技術が、人口十億前後の国や道徳的に劣

る国に流出したら、個人的悪用どころか国家規模のプロジェクト

になり、人口大爆発は眼に見えている。最高の発明が、地球に食

糧危機を招いては何の意味もない。特に日本は、食糧自給率の低

い国であり、食糧問題の荒波の直撃を受けるかもしれない。そう

なることは、愛国者、東方博士には耐え難いことであった。

 三つ目は、もし公表したなら、自分もフジミタンを飲みたくな

るかもしれない。しかし、果たして、不死身となって生きていく

ほど、この人生に、この日本で生きることに価値があるのかどう

かに、はっきりした確信が持てなかったのだ。また永遠に生きる

事に、人間的価値はあるのかということにも疑念があった。

 以上のことから、東方博士は公表の決心がつかず、製造したフ

ジミタンの粉末剤を一人用だけ残し、あとは、飼い猫のマオに猫

用スープと一緒に飲ませた。

 それから、二十年、マオは当然だが、東方博士も元気であった。

 しかし、七十歳を迎えたとき、彼は突如意識を失い、病院に担

ぎ込まれた。眼がさめると、医師から末期がんで余命三ヶ月と宣

告された。

 生存本能のおもむくままに、東方博士は残していたフジミタン

を服用した。

 効果は抜群であり、医師から一週間後、「再検査したらがんが、

消えていた。奇跡としかいいようがない」と、自分のレントゲン

写真を見せられながら言われた。

 それから四年後、東方博士は末期がんをまたも宣告され、宣告

後二週間で死んだ。

 イイカゲーンは服用者の遺伝子情報を感知し即座に対応させる

ものだが、がん発症の遺伝子情報もしっかりと読み込み、四年後

に確実にがんを発症させたのである。


「あんたって、本当にひまだね」

 桃ちゃんが言った。

「こういうのをショートショートっていうんだよ。ちょっと書い

てみたんだ。どうだった」

 俺が感想を求めると、

「これって、この前、ノーベル賞級の発明って言われてたニュー

スをヒントに作っただけでしょ」

 と見事に喝破された。

 そうなのだ、不死身になれる薬や医科学技術といった話は、二

十世紀ならばSFのショートショートとなりえても、二十一世紀

には、現実の話なのだ。


 一九九六年七月にイギリスのスコットランドのエディンバラ市

近郊にあるロスリン研究所で「ドリー」と名付けられたクローン

羊が誕生した。1997年2 月23日にそのドリーの誕生が発表される

と、世界中が大騒ぎになった。

 クローンという言葉の語源は、ギリシャ語で「K l on =小枝」

だが、現在で は「遺伝的に同一である個体や細胞(の集合)」

を指す生物学の用語として使わ れている。クローン羊とは、お互

いに全く同じ遺伝子組成を持 った複数の羊なのだ。言い換えれば、

全く同一の羊のコピー、複製が製造されたわけである。

 成熟した羊などの体細胞からクローン(体細胞ク ローン)を生

み出すことができることが証明されたことで、同じ哺乳類である

人にクローン 技術を適用できる可能性が出てきのだが、それは、

男女の関わりのないもので、生殖における両性 の存在意義、人間

の尊厳、家族観への影響等の生命倫理上の問題を提起するこ とに

なり、クローン技術の人への適用は、医学 や生物学の側面からだ

けでなく、倫理・哲学・宗教・文化・法律等の観点から否定され

ている。

 問題のクローン羊「ドリー」は、二〇〇三年二月に死んだが、

クローンヒツジを作出したロスリン研究所のイアン・ウイルムッ

トやキース・キャンベルなどはさらに胚性幹(ES)細胞といわれ

る様々な細胞に分化できる万能細胞の開発に邁進した。もしその

開発に成功すれば、人間の細胞や臓器の再生が可能になり、多く

の難病を地球上から一掃させる可能性があるのだ。

 この最先端医科学技術の開発に界ではじめて成功したと、二〇

〇四年二月に韓国の黄禹錫 (ファン・ウソク)教授が発表して、

世界中を驚かせ、韓国の人々は、国の誉れとして、学校の補助教

材に「黄禹錫伝」を作成したほどである。韓国政府は「最高科学

者」の第一号に認定。政府によって二十四時間の警護が行われ、

「黄禹錫バイオ臓器研究センター」を設立するなど支援を惜しま

なかった。民間からは大韓航空のファーストクラスに十年間乗り

放題、業績を記念して五メートルを越す巨大な黄禹錫石像が建立

され、インターネットでは数々のファン・ウソクファンクラブが

生まれた。

 ただ当時から、「ウソクさい」という冗談を言われていたのだ

が、なんと二〇〇五年末に黄博士のES細胞に対する論文が、完全

な捏造であることが確定して、本当にウソくさいものであったこ

とが判明する。

 韓国民の落胆も激しかったが世界的にも黄博士の論文を信用し

ていた研究者も多く、万能細胞の研究を取りやめたところもあっ

たのである。

 そういう世界を巻き込んだドタバタ騒動の中でも地道に万能細

胞の研究をしていた機関が世界にいくつもあった。その中の一つ、

あのドリーの生みの親で今はエディンバラ大学で万能細胞の研究

をしていたイアン・ウィルマット博士が研究を断念する方針を決

めたことが二〇〇七年十一月十七日に世界に打電された。

 ウィルマット博士の研究は卵子が必要で生命倫理上の問題がか

ねてより、指摘されていた。京都大医科学研究所の山中伸弥教授

らがマウスの皮膚細胞から新たな「万能細胞」をつくるのに世界

で初めて成功したことに博士は注目、自身の研究方法を断念した

のである。山中教授は昨夏、マウスの皮膚細胞に遺伝子操作を加

えES細胞と同じ働きをする新たな「万能細胞」をつくるのに成

功。ヒト細胞への応用も可能とみられており、同博士は山中教授

の研究の方が「社会的に受け入れられやすい」と評価している。

 ちなみに山中教授はそのあと、NHKなどに出演してインタビュ

ーに答え、己の研究のさらなるレベルアップを誓っていた。


「メタボン、私のお母さんが何で死んだか知ってるよね」

 桃ちゃんのお母さんは、重度のリューマチから様々な病気を併

発しなくなられた方である。関節が健康な状態に再生されるなら、

お母さんも死なずにすんだかもしれない。

 俺は、冒頭の掌編で生きる意味などを書いたが、実は、今すぐ

にでも、山中先生の生命医科学技術を待ち望んでいる人がいるの

だ。俺は、そこまで考えず、桃ちゃんに作品を読ませた。きっと

桃ちゃんは「何書いてんの、私の身にもなってよ」と思っていた

のだろう。桃ちゃんがお母さんの手術代や入院費用に困っていた

ことはしっていたし、俺は、励ますくらいしか出来ず、お母さん

の見舞いにも行かなかった。それでも桃ちゃんは、俺を友人とし

てつきあってくれる。

「桃ちゃん、ごめん」

 そう言うと、

「わかれば、いいの。今日は焼肉屋にいこうよ。塩タンだけメタ

ボンのおごりね」

 と微笑んだ。

 焼肉屋に着いて、テーブルに座ると、「あの羊のメリーちゃん

はどうなったの」と聞いてきた。

(メリーちゃんでは、メリーちゃんの羊、羊、羊、メリーちゃん

の羊たのしいな、って歌だろ、だいじょうぶかよ、頭は)

 内心ものすごい悪口を言いかけたが、優しい口調で「ドリーは

ね」と受け流した。

                        第五話終了


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