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第十二話「愛はリトルレインなのだ」後半

 第十二話「愛はリトルレインなのだ」後半

 黄昏どき、激しい雨はもう柔らかな雨にかわっている。

 市役所前の大通りの行き交う車も、スモールランプを灯

しだした。

 裕子は朝のコーヒーショップに足を進めていた。孝夫か

ら待ち合わせの場所として昼ごろに連絡が来ていたのだ。

午後七時に会おうと。

(デートに女の子が先に着いていいのかな。ちょっぴり待

たせて慌てさせたほうが良いかも)

 久しぶりのデートに胸がときめくのを覚えた。

(ダメダメ、落ち着かないと。お互いにいい歳なんだから。

でもやっぱり待たせるべきね)

 そのまま本屋に入って、コーヒーショップには七時五

分に着いた。

 彼はもう来ていて、店の前に立っている。

「心配したよ。来ないかと思った」

「ごめんね。仕事の整理がつかなかったの」

「まずは仕事を済ませないとね。仕事が第一。ところで

「竜縁」っていう中華料理屋に予約したんだけど。そこ

は大衆的なものから高級なものまでいろいろあるから、

僕をケチと思うなよ」

(相変わらずの中華好きね。出来たらフランス料理店か

なにかを期待してたのに。まぁ私も好きだし)

「ええ」

 裕子は気楽に答えた。

 二人は駅前のタクシー乗り場まで無言で歩いたが、

ときおり裕子に向けられる彼の視線に気づいていた。

(きっと昔より大きくなった胸元を気にしているんだわ。

少しくらい我慢してね。はずしやすいブラだから)

 竜縁はタクシーで十分くらいのところにあり、裕子も

何回か前を通ったことがある。店からすぐのところにタ

クシーの待機場所があった。

 タクシーを降りると彼は竜縁のドアを開けて、ドアマ

ンのように裕子を店に導いた。

 にぎやかな声が聞こえる。ウエイトレスが出てきて、

予約席は二階でございますと二人の前を階段を上がって

いく。

 二階は一階のにぎやかさと違って、静かだった。四人

くらいが腰掛けられるテーブルが八席ある。上がり口付

近のテーブルに一組の男女がいるだけだ。

 裕子たちは一番奥の席に座った。


「あいつらさぁ、二万円コースだよ」

 竜縁の二階の上がり口付近にいた一組の男女のうち裕

子たちを背中に見ている男のほうが言った。

「人は人でしょ。メタボンはすぐに値段のことを言うん

だから。さっきも私がフカヒレ姿煮ラーメンを注文した

ら、大声で四千円もするのかよって言ったね。誰もいな

かったからよかったけど、この前は回転寿司屋で私が「

トロ」を食べようとしたら、何円だって言って、あー六

百五十円か、ならいいなってわめいたでしょ。情けない

ことしたらだめよ。こんど大声で値段のこと言い出した

ら、レバー打ちをするからね。わかった」

 裕子たちを見渡せる席に座っているのは桃ちゃんであ

る。

「見てメタボン。ちゃんと男の人が女の人のパーカーを

壁にかけてやってるよ。男の人もコートを脱いでかけて

る」

 俺はチラっと振り向いてその動作を確認した。

 そういえば桃ちゃんはキツネの毛皮の襟巻きや高そう

なブルゾンを自分で空いている席にきれいにたたんでお

いてたな。俺はユニクロのウインドベレーカーをそのま

ま着て食事をしている。

「ごめん。俺も桃ちゃんの壁にかけようか。俺も脱ぐわ」

「もういいの。せっかくの食事会なんだから、普段通り

リラックスしてね。ただ今後のために言ったの。紳士に

なりなさい。向こうの席の人の背広、オーダーメイドよ。

はぁ、メタボンと比べたら」

「あのね桃ちゃん、人は外見ではないんだよ。人は心な

んだから」

「でも外見も心もしようもなかったら・・・・・・」

 桃ちゃんはそれ以上は言わなかったが、別にいっても

俺は傷つかないが、少しくらいは・・・・・・。桃ちゃ

んの配慮に感謝しよう。

 桃ちゃんは大の酢豚好きで、我が町のあらゆる中華料

理屋にいったが、ここ竜縁のが一番うまいということで、

今日の食事会の場所になった。カラッとした食感があり、

俺も他の店よりうまいと思った。今日、注文したのはま

ず酢豚。次に蟹玉とさっきのフカヒレ姿煮ラーメン、そ

して最後に杏仁豆腐とエスプレッソ。いつも一人前しか

とらず二人で半分分けをする。もちろんエスプレッソだ

けは二人前。大体、食事会はいつも二時間くらいだ。食

事をする時間より、「だべる」時間の方が長い。

「今日さ、チーム青森が決勝トーナメントに進出したん

だよ。準決勝まで行ってるんだ。すごいよね」

「フェーッ」

 桃ちゃんは連れない返事をする。

「メタボン、そういえば昔、チーム青森の缶バッジをみ

せたよね。あんなおはじきの化け物みたいなゲームのど

こが面白いの。メタボンは眼があまりよくないから、あ

のでっかい輪っかを見せ続けるテレビが好きなんだろう

ね」

 確かに俺は眼があまりよくなく、ゴルフなどを見ると、

小さな玉をテレビの画面からみつけるのはかなりの努力

を要する。サッカーならいつボールがゴールにはいった

かなど、いまだに分からない。見えないのだ。

「さすが、桃ちゃん。そうかも知れない」

「でもシムソンズっていうDVDを貸してくれたよね。

あれは面白かった」

「良かった。カーリングってちょっと慣れたらドキドキ

ハラハラなんだけどね。それに解説の小林さんが面白い

し。すごく熱い解説なんだ」

「フェーン」

 桃ちゃんは相変わらず連れない返事をする。

「メタボン、自分の趣味を人に押し付けたらダメよ」

 そういいながら、笑顔になると力いっぱい俺の足を踏

んづけた。

「桃ちゃんは俺の足に押し付けているよ」

「私はいいの。それより」

 桃ちゃんの声が小さくなった。

「向こうのカップル、手を重ねあってる。足もくっつけ

あってる。二人とも胸がキュンとなってるだろうね」

 俺が振り向くと、デザートを食べてる姿しか見えない。

「もうデザートかよ。えらい食べるのが速いな」

「私たちが遅いのよ。女の人の顔が見えるけど、じっと

男の人を見てる。きっと男の人も。見詰め合ってるんだ。

ロマンチック」

「食事をするときは食事に集中だ。見詰めあう暇なんか

あるか」

 そう言うと、桃ちゃんの眼がいたずら小僧のようになっ

たので、また足を踏まれるかと思ってビビッていると、

突然背後で携帯電話が鳴り出した。

 また振り向くと、男が立ち上がってジャケットの内ポ

ケットから携帯を取り出し切っていた。

「最低。マナーモードくらいにしないと。メタボンみた

いに誰からもかかってこないなら仕方ないけど、普通な

ら。恋人のエ・チ・ケッ・ト。雰囲気壊れなかったらよ

いけど」

「それくらいで、壊れるなら、それくらいの愛だろ」

「メタボンは私以外とつきあったことがないから、わか

んないだろうけど、女は雰囲気なの。勉強になったかな、

君」

「はい、先生」

 俺が合わせると、桃ちゃんはちょっぴりアゴを上げて

うれしそうに笑った。足は踏まれなかった。

 それからしばらくして、ラブラブの二人は、俺たちの

横を通って、階段を下りていった。

「メタボン、あの二人の後をつけて」

「えっ」

「急いで。近くのタクシー乗り場くらいまでで良いから」

「でも」

「偵察はじめー」

 桃ちゃんの号令の下、俺は階段を下りていった。


 戻ってくると、桃ちゃんはポツリポツリと窓にあたっ

ている雨を見ていた。

 窓に映る桃ちゃんの表情は美しかった。

「どうだった」

 俺は座ると報告した。

「男の人だけタクシーに乗って、男の人は名刺みたいな

のを渡してた。それをもらうと女の人は歩いてどこかに

行ったよ」

「あとは」

「女の人、「裕子のバカ野郎」ってつぶやいていた」

「やっぱりね」

「やっぱりねって、タクシー乗り場で別れると思ってた

の」

「ううん。そこまでは。でも今日は二人きりになる気分

になれなかったのよ。あの女の人」

「何で」

 桃ちゃんは頬杖をつきながら、

「実はねさっき、女の人を先に行かせて降りたんだけど、

その時に男の人、携帯のメールをちらっとだけど確認し

てたの。女の人はその姿を見てたの」

 とくちびるを震わせながら悔しそうに言った。

「メール見るくらい良いだろ」

「もうメタボンはそれだから、もてないのよ。この人、

私の愛や体以上にどんな気がかりがあるのって思ったの

よ。あなたに私をさしだそうとしているのに、それより

大切などんなことがあるのと。私とのセックスより大切

なメールって何なのって」

「考えすぎ」

「そうよ考えすぎかもしれないから、メタボンに確認さ

せたのよ」

「何で当たったの」

「女にもプライドはあるの。女にとってのセックスは誇

りを持たないと出来ない。男みたいに人生のほんのわず

かの時間のことではないの。人生の大切な部分なの」

 俺は桃ちゃんに遠く及びいたってはいないと痛感した。

ただ疑問が残った。

「裕子のバカ野郎は」

「自分のプライドが愛の機会を奪わしたから。きっと裕

子さんて方なんでしょうね。男の人のこと好きだったん

だよ。自分で自分を責めてたの」

「また会うと思う」

「きっとね。女の人から電話するよ。今夜はしなくても」

 俺は感心して桃ちゃんの顔を見つめていた。

「メタボン、男女の愛って激しい雨の中をくぐり抜ける

ような厳しいものと思わないでね。今、外で降っている

雨のように繊細で優しい心と心の通い合いなの」


 俺は、桃ちゃんの話を聞きながら、ランディ・クロフォ

ードという女性シンガーの「リトルレイン」という歌を思

い出していた。


 時には悲しみの歌を聞くし

 時には夜明けを待ち続ける

 みんなみんな そぼふる小雨が必要なの

 みんなみんな そぼふる小雨の中を歩きたいの


                    第十二話終了


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