始まる地獄…(3)
うぎゃぁぁぁァァァ!!
こことは反対側の地下と地上の通用口から、悲鳴が鳴り響いてきた。
「もう、来やがったかッ!
ちッ!
ここからじゃシェルターの中に入るには込み合いすぎて間に合わねぇ!
上に行くぞ!!」
「は、はい!!」
俺は入り口をかけ上って行く旦那について行く。
「どこかに当てがあるんですかッ!?」
「病院の周りは泥どもに囲まれていて逃げらんねぇ!
病院の屋上に、もう1つ小型のシェルターがある!
屋上は立ち入り禁止で、誰も近づかんから、
そこなら二人分の安全くらいは確保出来んだろ!!」
なんでそんなこと知ってんだ、この人…?
俺の顔から疑問を読み取った旦那が、いつもよりも小声で答えてくれた。
「……俺はここの院長だからな」
「……ッ!」
以前から災害時ようとして、病院内の数ヶ所 にシェルターを作る計画を立てていたようだ。
まだ完成はしていないが、現段階で使えるものに一般のひとも避難ができるよう、開放したらしい。
「ほ、他の人たちは、どうするんですかッ!?」
「………俺達は自衛隊じゃねぇ。
あんな化け物どもと戦うことはできねぇ。
だから、各自勝手に生き延びてもらう。
怪我してでも命があるなら、全力で助ける。
俺達にできるのは、それだけなんだ。
だから今は、全力で逃げる…」
そう言った院長の顔は、とても…、とても悔しそうだった。
その顔は、俺もよく知っているもので、自分の無力さに怒りを感じている、そんな顔だった。
前を走る院長に、俺は何の言葉もかけることができなかった。
駆け上り、二階までたどり来た俺は、窓の外を見て愕然とする。
病院の周りには車を並べ、ビニールシートで周りを囲っているのだと院長は言っていたが、俺が見たものは病院の周りに群がる泥だけだった。
こんなにいるのかよ…
俺は、今更ながら恐怖を感じ始めていた。
屋上へたどり着いた俺達は、慌てて中に戻り扉を閉める。
泥達は壁を伝って、屋上へと上って来ていた。
「くそッ!ここは駄目だ!
間に合うかわからねぇが、隣の棟の格納庫へ行くぞ!
そこはシェルターと同じ造りだ!」
三階から渡り廊下を通って棟を移動し、
二階にある格納庫へと向かう。
「くそッ!」
院長が悪態をついて止まると、その奥に見える階段から泥が上ってくるのが見えた。
「階段はあそこしかねぇ、引き返して、…」
振り返り来た道を戻ろうとしたとき、廊下の向こうから泥が向かってくるのが見えた。
「…ッ!挟まれた!」
どうするか迷っている院長に、俺は提案を持ちかける。
「階段の方へ行きましょう!
格納庫は階段のすぐ近くなんでしょう?!
それに階段の奴はまだ俺達に気づいてない!
行くなら今しかない!!」
そう言いながら俺は院長の目を真っ直ぐに見る。
俺の目を見たまま数秒間思案した院長は、どこか諦めにも似た覚悟を決めて、行くぞと言って静かに駆け出す。
階段から上って来た泥は、まだ俺達に気づかず、辺りを見回している。
気づくなと、心の中で唱え続けながら階段へと近づいていく。
階段まで後数メートルのところで泥の動きが止まる。
次の瞬間泥の1つ目がこちらへ向く。
くッ、気づかれた…!
「突っ込めぇぇぇぇッッッ!!!」
院長はそう叫びながら、廊下の横に備え付けてあった消火器を1つ目に吹きかける。
キィぃぃァァァああア!!
泥は甲高い悲鳴をあげながら、のたうち回っている。
俺達はその脇をすり抜け階段を降っていく。
さっきの泥の悲鳴で泥達が集まって来ていた。
「急げぇッ!!」
院長の怒声に俺は、扉が開いていた格納庫へ滑り込む。
そこには、他にも逃げ込んできていた人々が何人かいた。
だが、泥達がすでに迫ってきていたため、
その人たちを気づかっている余裕はなく、
院長に向かって叫ぶ。
「院長、早く扉をしめ…」
院長の行動に、言葉が途中で止まってしまった。
「院長、何を…!?」
院長は扉を中からではなく、外から閉めていた。
「……ここはな、格納庫だから、外からしか閉めらんねぇんだ」
そう言いながらも重そうな扉を押して行く。
「だったら俺が、閉めます!」
そう言って、外へ飛び出そうとする俺を見て、
院長は手を止めて、俺を思いっきりぶん殴ってきた。
「ガハッ!!!」
思いっきりぶっ飛んだ俺は、口を切ったため流れ出た血をぬぐい、俺を殴ったおっさんを見る。
おっさんは一言だけ、俺に向けて言葉を紡いだ。
「………生きろよ」
そう言ったおっさんの顔はとても優しかった。
ガチャン……
重々しい音をあげ、扉は沈黙した。
◆◆◆
……あれから、どれだけの時が経ったのだろう
格納庫に閉じ籠った俺達は中にあった食料で食いつないでいたが、外の状況もわからず、外へ出ようにも外からしか扉は開けることができない。
幸いというべきか、シェルターと同じ造りというだけあって、通気孔がついていたため、窒息せずにはすんでいる。
……どうでもいいかそんなこと
おっさんが扉を閉めた後は、
扉叩きながらひたすら叫び倒した。
ふざけんな、まず自分が生きろって言ったくせに!
なんで俺を助けて自分が死んでんだよ!
そんな…、そんな言葉を延々と叫び続けた。
扉を叩いた手からは、血が滲み出ていた。
中にいた看護婦に手当てを受け気を抜いた瞬間、
疲れが溜まっていたためか、眠りに落ちた。
いや、現実から目を背けるために、
自ら意識を手放したのだろう。
自分だけが助かり、俺と関わった人達はみんな死んだ…。
俺なんかを助けるために、一弥も、先生も、おっさんも…。
誰も助けることができず、むしろ足を引っ張って…。
みんなの死を早めた…。
そんなぐちゃぐちゃな思考を閉じるため、
自ら意識を手放してしまった。
……どうでもいいか、そんなこと
目を覚ました時、中の人たちは今後のことを話し合っていた。
……いや、あんなものは話合いなんかではないな
……みんなもわかってるだろうに
……みんな現実を見ようとしていないんだ、当然か
その時の言葉を思いだし、心の中だけで苦笑する。
いつか誰かが助けてくれる…
髭のはえた男が言った。
きっと誰かが救ってくれる…
髪の長い女が言った。
また誰かが口を開き、同じようなことを口にする。
それは連鎖し、本当にそれが現実なるかのように、自分以外の皆が希望に満ちあふれた目をしている。
キモチワルイ
そんなことは起こらない。
すでに世界は終わったのだから…
そう、すでにこの世界は終わったんだ。
あんな化け物が現れ、すべてを呑み込んでいく。
それはまさに地獄だ。
誰も助けてくれなんかしない。
すべて終わったんだ。
……ちっくしょう




