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暗室…/日記…

「人が家に入ったわ」


薄暗い部屋の中で、女性の声が響く。

丸いテーブルと二つの椅子。

それ以外何もない部屋。

あるとすれば、小さな小窓くらいだろう。

そんな部屋の中で、一組の男女が密談をしている。


「久賀君か?康介か?」


仏頂面の男性の問いに、女性は肩をすくめる。


「わかっているでしょ?

あの子よ」


女性は愛おしそうに微笑む。

その微笑みを見て、男性は少しだけ顔を伏せた。


「…そうか」


それを見た女性は悲しさとも申し訳なさともとれる顔をする。


「許してくれるかしらね…?

それとも呆れるかしら…?」


女性の問いに男性は黙ったまま目を閉じる。

沈黙。

それが男性の答えだった。


「そうよね。

あの子が、自分自身で決める事よね?

……優斗」


女性はその名前を、とても愛おしく呼ぶ。

最愛の息子の名前を…。






「ここが親父の書斎だ」


玄関から一番奥にある部屋だ。

なぜ、ここに来ているのかというと、親父が手がかりを残しているとすれば、この部屋だろうと当たりをつけたのだ。

それは、親父たちがいなくなる直前のこと――


“今回は中々戻ることができない。その間に大学の人間が訪ねて来ることもあるだろうから、お前に書斎の鍵を預ける。くれぐれも悪戯をしないようにな”


親父はこう言い残したのを思い出したのだ。

普段は絶対に近寄ることを許さないにもかかわらず、世の中がめちゃめちゃになる直前に許可を出したのだ。

ここと当たりをつけてもおかしくはないだろう。

こんなことを考えていると、中を見た奏と茜が苦い顔をしながら感想を言う。


「なんか、いろいろ凄いね」


「これなんか夢に出そうで怖いんですけど…」


奏、茜のコメントはもっともだと思う。


「俺も一度しか入ったことがないんだけど。

やっぱり、変わってるよな」


前回入ったときは、一つ一つちゃんと見る機会がなかったため、じっくりと見物するのはこれが初めてだ。


赤い着物を着た人形(髪の毛が伸びそうなやつ)

俺よりも横も縦も大きいトーテムポール(人面、鳥面、?面のやつ)

スフィンクスのジオラマ(何故か雪で覆われてる)

危ない宗教で使われていそうな錫杖(小さい骸骨が上からいくつもぶら下がっている)


ほかにも多種多様なオカルトグッズ(?)が棚やショーケースに所狭しと並べられている。

やっぱり、親父の趣味は変だ。


「これずっと直視してると呪われそうだから、さっさと探しちゃおうぜ」


俺の言葉にびくっと体を振るわせた二人が、せっせと資料漁りを始めた。


「でも、何か悪いことしてるみたいで気が引けるね」


「いや、これも何も話さないで消えた親父が悪い。

だから、何も気にしなくていいよ、奏」


奏の言葉を茜も同じように感じていたらしい。

二人は顔を合わせて苦笑している。


昨日俺たちはこの家にやってきた。

一弥が言い残した―


“優斗、お前の家(・・・・)に行けばわかる。

だから、自分の目で見てこいよ”


という言葉を確かめに来たのだ。

ただ、奏と茜の疲れを心配した俺は、二人を休ませるため、一日休日としたのだ。

かく言う俺も、正直かなり疲れていたので、休日としたのは正解だったと思う。

みんなでトランプをしたり、U(ピー)O(国民的人気を誇るトランプの仲間)をしたり、

P(ピー)3でレースゲームのテストド○○(ピーピー)ブをやった(レースゲームは茜がぶっちぎりのトップですべての記録を塗り替えられた)。

とても楽しくて、とてもとても幸せな時間だった。

これで、何があってもがんばれると心の底から思った。


そんなこんなで、今現在、当初の目的である手がかりを探すため、親父の部屋で資料を漁っているわけである。

それにしても―


「多すぎだろ、これ」


親父のデスクワークの上、机の中、さらに本棚の上にまで資料がどっさりとのっかている。


「優斗君のお父さんって、すごいんだね。

何が書いてあるか全然わからないよ」


問題がこれ。

資料の内容が難しすぎて、何が書かれているのか少しずつ拾える程度にしかわからない。


「クッソッーーー!

ぜんッ、ぜんッ、わかんねーーー!」


昨日固めた決意も(むな)しく、俺は手に持っていた資料を机の上に放り出して、天井に顔を向ける。


「あ、せっかく読み終わったやつと混ざっちゃう!」


「優斗っ!

邪魔するなら、あっち行ってて!」


「うッ、ご、ごめんなさい」


二人にしかられた俺は、もう一度資料を手に取る。


「どうせ残すならもっとわかりやすい資料残せよな、親父…」


今手にしている資料の題名は『猫とミイラ』だが、題名と内容がまったくかみ合っていないように思える。


「一弥、よくこんなの理解できたよなー…。

ん?」


今、何かがひっかかった。


どうしたの、優斗…?


蒼の質問にも答えないまま、俺は感じたひっかかりの正体を考える。

そして、俺は自分がとんでもない思い違いをしていたことに気づいた。


「……そうだよ…」


俺のつぶやきに、今度は奏と茜も手を止めてこちらを見てきた。


「優斗君…?」


俺は三人に向き直り、自分の思い違いを説明する。


「ここに、手がかりになるような資料はないんだよ!」


俺の言葉にみんな目を丸くしている。


「…ごめん、優斗。

唐突過ぎて、話がつかめないんだけど」


茜の言葉に、俺は少し気持ちを落ち着けて、順に説明していく。


「ごめん。

それじゃぁ、一つ一つ説明していくな。

ここに手がかりがあるのは、昨日話したとおり、親父の行動から見て、まず間違えないと思う」


「でも、今、ここには手がかりになるような資料はないって」


「うん、手がかりになるような資料(・・)はないと思う」


「だったら…」


資料(・・)じゃないんだよ」


俺は茜の言葉を遮って、答えを言う。


「資料なんて、難しいものなはずがないんだ。

なぜなら―」


ごくりと、息を呑む音が響いた。

俺は静寂を破るように、理由を答える。



「あの一弥(・・)がそんな難しいもん理解できるはずがないんだから!!」


茜だけでなく、奏までも唖然としている。


「そう、一弥はこんなもん読めない。

なぜなら、一弥は馬鹿だからだ!

一年の中間、初めも初めのテストで赤点を取ってしまうほどに!!」


意気揚々と力説する俺の前で、いまだに二人がフリーズしている。


「えっと…、二人とも…?」


少しの間、二人は固まったままであったが、蒼が俺の側に寄ってくるのを見て、ようやくフリーズから立ち直る。


「うん、大体はわかったけど…」


「じゃぁ、肝心の手がかりはどこにあるの?」


茜の疑問に、俺は蒼をチラッと盗み見てから自分の考えを話す。


「多分だけど、場所は蒼がわかると思うんだ」


………私…?


突然指名された蒼が、首をかしげて俺を見ていた。

ただ、次の瞬間には、俺の思考を読み取って理解したようだ。


なるほどね…


うん、確かに感じるよ…


「やっぱりな」


ニヤリと口の端を吊り上げ、俺は自分の考えがあっていた事を確信した。


「全然わかんないんですけど…」


茜が白い目で俺を見て、不満を漏らす。


「あぁ、悪い。

今、説明するから」


オホンと、咳払いをして、改めて二人に説明する。


「この家に来たとき、蒼が壁みたいなのが張ってあるって言ってたのを覚えてるか?」


茜が奏の方を見て、互いに頷き確認しあう。


「うん、覚えてるよ。

蒼ちゃんが家と優斗君を護るためにあるんだって言ってた」


奏の答えに俺は頷いて是を返す。


「そう、ここには蒼みたいな不思議な力が使われてる。

だったら、その力の発生源を辿れば、そこに手がかりがあると思わないか?」


奏と茜が一斉に感嘆の声を漏らす。


「で、その発生源はこの部屋から近いところにあると踏んだんだけど…、どうだ、蒼?」


俺は顔を横に向けて、自分の出した答えの正否を訪ねた。


そうだね、ここにあるよ…


蒼が指さした先は――


「地下?」


茜が驚きを隠せず、唖然とした顔を晒している。


「茜ちゃん、口開きっぱなし…」


「う゛っ」


奏の指摘に、慌てて手で口を隠す茜。

それを見なかった事にして、俺は続きを話す。


「蒼。

入口というか、この部屋で力が発生している場所はわかるか?」


ちょっと待ってね…


蒼が目を閉じて、その場に静止する。

数瞬の静寂が訪れ、俺達は固唾を飲んで蒼を見守る。


あった…!


それの下…


蒼がふたたび指を指して、場所を示す。

それは―


「トーテムポール…」


俺はそれに近づいて、出し抜けに持ち上げてみる。


「……ッ、…重ッ!!」


ぜーはーと、息を切らしながら、俺は床に手をついた。


「情けないわね」


茜に詰られるも、反論する余力がない。


くそッ、こんなに体力が落ちているだと…!?


学校での体力測定などでは、常に中の上程度に入っていたため、内心かなりの焦りを感じた。


優斗の体力の無さには正直引いたけど、今はそれは置いといて…


多分、それには仕掛けがあると思うよ…


蒼にバッサリと切り捨てられ、俺は床に突っ伏した。


「仕掛けかぁ。

やっぱり、久賀でもわかるようなやつなのかな?」


「でも、その時は優斗君のお父さんと先生も一緒だったんだよね?」


「そっかぁ。

じゃぁ、直接久賀がこれをいじったわけじゃないってことだよね。

そうなると、少し難しい仕掛けかもしれないね」


そうだね…


でも、三人でならきっと考え付くよ…!


完全に俺を無視して、謎解きに夢中になってやがる三人。

蒼にいたっては、三人って言い切っちゃってるし。


「俺も一緒に考える」


「やっぱり、この人でも鳥でもないやつが怪しいと思うんだよね?」


「うん、私もそう思う」


なにか、スイッチみたいなわかりやすいのついてないかな…


うん、すがすがしいまでのスルーっぷりですね。

床に突っ伏したままの俺は、だんだんイライラが溜まってきた。


「うがぁーーーー、俺も一緒に考えるーーー!!」


「優斗、うるさい!」


「大丈夫だから、一緒に考えよう」


何だろう、扱いが小さい子に対してみたいなんだが…。


優斗、早くこっち来て…


「はい…」


俺は一息だけため息をつき、言われるがままに立ち上がって、トーテムポールの前へと移動する。


「………」


「どう、なんかわかりそう?」


何も答えず、俺はただその置物を見続けた。

そして、一つの疑問を口にする。


「一番下のこれって本当に顔か?」


「えっ?」


小さく声をあげた奏が、もう一度覗き込んでいる。


「一応口とか目みたいなやつとかあるよ?

位置は全部バラバラだけど…」


奏の意見を聞いて、俺は1つの可能性に至る。


「もしかして、これってさ…」


不意に俺は一番下のバラバラ顔を上に持ち上げる。

だが、顔は1㎜たりとも動かなかった。


「駄目か…」


「何でそれが動くと思ったの?」


奏の問いに、間違っていた自分の考えを話す。


「この一番下のやつって、泥の怪物じゃないかと思ったんだよ。

それで、あの怪物って動物や人を喰らうだろ?

だから、これかなぁと…」


俺の考えを聞いて、二人とも黙ったまま考え込んでいる。

的はずれな考え(実践にて証明済み)を聞いて、笑うかと思ったんだが、真剣に受けとめてくれたようだ。

ふと、奏が顔をあげた。


「逆なんじゃないかな?」


「逆って?」


奏は、俺の問いに答えずトーテムポールへと手を伸ばす。

そして――


ガコンッ


「あっ」


人と鳥の顔が動き、泥の顔(?)に覆い被さる。

そして、腰より少し高いくらいまでが、扉のように開く。

中は空洞になっており、あるべき地面のところには梯子が設置されている。


「多分この人の顔って、優斗君じゃないかなぁ」


「俺?」


どこぞの民族の民のような顔に似ていると言われてもあまり嬉しくない。


「この人と鳥の顔って、人と動物ってことじゃないかな?

それが怪物を倒すって、メッセージなんじゃないかって思ったんだけど…」


奏が恥ずかしそうに、自身の推測を話す。


だから、この顔は優斗なんだ…


うん、似てるんじゃない…ぷふっ!


「ふふふ、確かに似てるわね…ふふ」


完全に馬鹿にされているが、ここはスルーしよう。

さっき、無視された仕返しだ。


「じゃぁ、俺から下に降りるから。

何があるかわからないし、俺が呼ぶまでみんなはここで待ってて」


二人の笑いを聞こえてないことにして、俺の声が聞こえてたかもわからないまま、空洞へ入り込み梯子を降りていく。

体が地下へと潜り、残すは頭だけとなった、次の瞬間――



「「あははははは」」


大爆笑された。

訳がわからずにいると、茜がお腹を抱えながら理由を教えてくれた。


「ははっ、トーテムポールに、ぷふふ、優斗の顔が、くくっ、一体化して、あーおっかしいーーー」


笑いが混じりすぎて、すっごい聞き取りにくかったが、なんとか把握した。

もう突っ込む気もうせたので、俺は三人を残して地下へ進む事にした。



真っ暗な中、慎重に降りていき、ようやく地面についた瞬間、灯りがついた。

眩しさに目を閉じる。

そして、少しずつ目を開けていき、そこにあったのは──


「化物の…模型…?」


リアルに作られてはいるが、ニスで回りがテカテカしているため、本物ではないことがわかった。

地下室は壁際にいくつかの模型が置かれていて、その回りをショーケースのようにアクリルガラスで囲ってある。

部屋の中央には、一冊の本が置かれている。


「これ、日記か?」


手に取った日記を開き、目を通していく。


“○×年7月8日 康介との食事の帰り、不思議な衣装を着た女性と出会う。女性は混乱しているようで、ここではない時代からやって来たと言う。衰弱していたため、実家で看病することにした。


○×年7月10日 私は彼女の話が真実かを確かめるため発掘へと出る。彼女もついてくるということである。今回の発掘はかなり大規模なものになることが予想される。康介には、彼女の世話役を頼むことになるだろう。


○×年8月26日 彼女の言葉は真実だった。遺跡からは蒼い珠と未知の生物の死骸が残されていた。だが、私はまだ彼女の事が信用できない。なぜなら、時を越える事など、人間には不可能なのだから。”


「時を…越える?」


日記に記されている言葉を、無意識のうちに呟いていた。

これを書いたのが親父なら、実際に女性の言葉を聞いたのも親父だろう。


「確かに信じらんねぇよな。

でも…」


今読んだ文章の中に、俺自身が見たものも含まれている。


「蒼い珠と未知の生物…。

俺が産まれる前から発見されてたのか」


俺は好奇心を押さえられず、日記を読み進めていく。


“○×年9月3日 康介へ未知の生物の解剖を依頼する。面倒なことを持ち込みやがってと、口では悪態をついていたが、新しい玩具でも見たかのように嬉しそうであった。”


「ふッ、康介おじさんらしいや」


“○×年12月15日 康介から未知の生物の解剖結果を聞く。二つの事柄が判明した。1つはこの生物が人を材料にして作られたものだということ”


「……ッ」


俺は公民館での事を思い出す。


“材料を取りに来たのさ…”


黒いやつが言っていた言葉だ。

やはり、人があの泥の怪物の材料となっている事は事実だった。

俺はやりきれない想いを押し殺しながら、日記の続きを読む。


“もう1つわかった事は、あの泥が現代の技術では作り得ないということだ。あんなものを作り出した太古の技術力には驚きを隠せない。私は引き続き調査を行うことで、製造法の解明に近づきたいと思う。それと同時に、陽子さんの手助けができたらと思う。”


「陽子さんって、母さんの事だよな。

この女性って、母さんの事だったのか?

じゃぁ、俺は…」


時を渡って来たという女性の子供ってことになる。

それは、衝撃的な事実なのだろうが、はっきり言ってまったく実感がわかない。


「どんだけSFなことになってるんだよ」


でも、これで今世界で起きていることが自分と無関係ではないということがわかった。

俺は、苦い想いを抱きながら、さらに日記をめくっていく。


“○▲年3月17日 陽子さん協力を得て、蒼い珠の非生物への干渉実験を行う。結果は彼女が話していた通り、物質の共鳴反応が引き起こされた。それにより、物質の変形が見られた。金属、非金属問わず、様々なもので繰り返したが、どのような物質でも形を変えることができた。さらに、陽子さん以外の人間で実験を行ったが、誰一人として反応を起こすことはなかった。


○▲年4月25日 再び蒼い珠の干渉実験を行う。前回の実験で珠を使うことができるのは、陽子さんだけであることがわかった。今回の実験では、生物(マウス)への干渉実験だ。正直、今回の実験は気が引ける想いだ。陽子さんも顔が強張っているのがわかった。結果は予想された通り。一時的な行動の制御と反発、それによるマウスの死亡(・・)だ。今回のことで、本当にこの珠が人間に悪影響を及ぼさないのか検討する必要があることがわかった。”


「なんだよ…それ…」


生物を使った実験でそのモルモットの死亡。

それは、俺の中で時を渡ることよりも驚愕の事実であった。

背中に冷や汗が伝っているのがわかる。

俺は今まであの珠の力を使って戦ってきた。

母さんしか使えるはずがないと記されているのにもかかわらず、俺には使えている。

そして、その力を使って、奏を治している。

もし、もしもあの珠が人に害をなすものだったら…。

俺は混乱のあまり吐き気を感じた。

それでも、親父の残したこの日記(てがかり)を手放すことができず、先へと読み進めていく。


“○▲年6月7日 様々な実験で、一先ずは人体への影響がないことがわかった。だが、人以外の動物とは相容れることができないようだ。必ず、反発を起こし、動物の死亡が確認された。その度に、陽子さんの辛そうな顔を見ることがとても心苦しく思う。なぜかわからないが、最近では、陽子さんを見るたびに鼓動が高鳴る。もしかしたら、長期に渡った干渉で、人も蒼い珠による影響が出るのかもしれない。”


「人体には影響なし…ふぅ」


とりあえず、人体への影響がでないことがわかり安心できた。


「というか、この“陽子さんを見るたびに鼓動が高鳴る。”って親父が恋したってことだよな…」


親父の鈍感ぶりに息子の俺でも呆れてしまう。

それも、蒼い珠の影響とか的外れにもほどがある。


“○▲年8月30日 康介やほかの教授たちと合同で、蒼い珠の複製を企画する。これが成功すれば、古代の技術を再現できるかも知れない。そうすれば、文明の更なる発展へと導くことができる。そのことに、私を含め、みなが心躍らせている。だが、陽子さんだけは浮かない顔をしている。そんな彼女を見ていると、不思議と私まで悲しくなる。彼女にはそういう力でもあるのだろうか?”


いい加減、親父の鈍感さに苛立ちを覚える人もいるだろう。

あの親父らしいといえばらしいのだが。


「珠の複製か…」


あの珠の力は強力だ。

それは実際に使っている自分が一番わかっている。

それを作りだすことができれば、確かに様々な面で有効だと思う。

だが、それとは別に危険なのではないのかという疑問も浮かぶ。

おそらく、母さんはそれを危惧したのだろう。


“○■年10月18日 ついに珠の複製が完成した。オリジナルとは違い、この珠は紅い色をしている。陽子さんに実際使ってもらったが、問題はないようだ。さらにほかの人間でも試したところ、なんと陽子さん以外の人間でも使うことができた。これで紅い珠の精製が実用化できれば、かなりの発展を見ることができるだろう。”


「複製、成功したんだな」


親父の文章からはわかりにくいが、相当嬉しかったのだと思った。

だが、対照的に不安に顔を曇らせる母さんの姿が思い浮かぶ。

そして、それは次の文章で確信を得た。


“○■年11月5日 紅い珠を作ったのは失敗だった。みんなおかしくなってしまっている。そう感じた理由は、みながあの遺跡にいた生物を作りだそうと言い出したからだ。人間が材料になっているようなおぞましいものを、なぜ作ろうというのか?だが、私と陽子さん以外は誰もそのことに気づいていない。明らかに、何かに操られている。おそらく、それがあの紅い珠なのだろう。私はこの企画を無理矢理にでも潰し、永久凍結するつもりだ。”


「……ッ」


再び身震いを起こす。

やはり、珠の複製は危険なものであった。

珠そのものに意思があるのか、それとも誰かがそうなるように仕組んでいるのかはわからないが、人を狂わせる力を持っているらしい。

もしそれが本当なら、オリジナルである蒼い珠にも同じ力があるのではないか?

それが、本当に怖いと思う。


その後の日記は実験や珠についてはまったく書かれていなかった。

おそらく、さっきの文章に書かれていた通り、親父が紅い珠の製造計画を永久凍結したからだろう。

日記には、母さんとのデートやプロポーズの言葉など恥ずかしい記憶が綴られていた。

そして――


“○#年9月14日 息子が産まれた。私たちの初めての子供。名前は前から考えている。優斗だ。他人に優しくなれる人になってほしいという願いをこめてそう名づけた。この手で抱かせてもらったが、本当に小さくて、少しでも力を入れれば壊れてしまいそうだ。だが、この小さな子供を抱いたとき、本当に幸せであった。こんな幸せをくれた陽子さんと優斗に心から感謝したい”


「親父…」


不覚にも泣きそうになってしまった。

あの親父が、こんな風に思っていたなんて。

そして、それから数年後の文章に親父の警鐘を見つけた。


“○◆年1月1日 康介から例の計画の再発足を聞かされる。それに伴い、私と陽子さんにも協力してもらえないかと頭を下げられた。私は断固として、その要請を拒否した。陽子さんも私の意見に賛成してくれている。康介にもあまり深入りしないように忠告した。あいつの事だから、危険がわかれば手を引くと思うが。”


「また、紅い珠の精製を始めちゃったのかよ。

康介おじさん…」


あの優しいおじさんを思い浮かべて、俺は心が痛んだ。

そして、更なる事実が俺を襲う。


“○◆年11月26日 あの実験で事故が起こった。人が亡くなったらしい。だが、私は事故ではないと考える。恐らく、紅い珠の力に負けたのだ。康介は無念だと言っていたが、どこか様子がおかしい。計画の中止を提案してみるが、もう駄目かもしれない。”


「人が…死んだ…」


それはこんな状態になっている今でも、心に重いものをもたらす。


“○◆年12月25日 世間ではクリスマスだ。我が家でも人並みのお祝いをした。優斗が康介からもらったプレゼントで嬉しそうに遊んでいる。優斗は康介に懐いている。二人を見ていると、こんな光景がずっと続けばいいと願わずにはいられない。そのためにもなんとかして康介を止めようと思う。”


「康介おじさん…親父…」


この日のことは(かす)かだが自分でも覚えている。

康介おじさんが赤い車のラジコンをくれたのだ。

おじさんは動かすのが上手くて、それを見て俺も何度となく練習した。


「親父は諦めてなかったんだな」


不器用だけど、親友のために何度でも説得を試みた親父に、俺は尊敬の念を(いだ)いた。


「俺も、一弥と何度でも話し合いたい。

必ず届くよな。

そうだろ、親父」


俺は日記を(かか)えて、自分の中で改めて決意する。

一弥と何度でも会って、何度でも話すと。

例え喧嘩になったとしても。

そこで、ふと疑問が湧いた。


「何で一弥は蒼を世界を壊す道具なんて言ったんだ?」


確かに日記には珠が危険であるということが書かれているが、この日記を読んでも世界を壊せる力を持っているとは思えない。


「この先に書かれているのか?」


俺は次のようなページをめくり、驚愕する。


「ページが…、ない…」


何度めくっても、ここから先にあったであろうページが、ごっそり切り取られている。


「誰がこんな…」


そう呟きながら、俺はある人物が頭に浮かんだ。


「康介…おじさん……」


ここに出入りができる可能性がある人物。

それは康介おじさんだ。

だけど、親父はそれを考えて、こんな地下室にこれを隠したはずだ。

それも結界というおまけ付きで。


「誰だ…、誰にこんな事が出来た…?」


答えのでない問いに思考をさいていると、後ろから声がかかる。


優斗、優斗ってばっ…!


振り向いた瞬間、額に蒼が蹴りをいれてきた。


「あだッ!」


きついデコピン並みの威力に頭が仰け反った。


「何すんだよッ!」


痛みが残る額を片手で押さえながら抗議する。


何度呼んでも気が付かない優斗が悪い…


蒼は腕を組んで、顔を膨らませている。


「俺、そんなに夢中になってた?」


回りの音が聞こえなくなるほど集中してたなんて、一弥と格ゲーで遊んでた時以来だ。

蒼が膨れっ面のまま頷く。


「わ、悪い」


俺は素直に謝る。


ホントだよ…


呼ぶまで待ってろなんて言って、いつまで経っても上がって来ないんだもん…


もう夕方だよ…


蒼の言葉に、更に焦りを覚える。


「俺、そんな長い時間ここにいたのか?」


そうだよ…


奏と茜だって心配してるよ…


「本当にごめん」


俺は頭の上がらない想いで、もう一度謝る。


まったく…


これで何も見つけていなかったら、呆れてるところだけど…


蒼は膨れっ面のままこちらをちら見して言う。


それが力の元になってるね…


「これが…、さっき言ってた壁の源か…」


大事に抱えたままの日記を覗きこむ。


「母さんがやってくれたんだな…」


俺はここに居ない両親の顔を思い浮かべて、心がほのかに暖まったのを感じた。


陽子に護られてるんだね…


蒼の発言に、俺は目をはためかせる。


「母さんを知ってるのか?」


俺の質問に蒼は首を振る。

縦にではなく、横に。


前にも言ったけど、私が意識(・・)を持ったのは、優斗と会ってから…


それまでの記憶はない…


蒼は少しだけ寂しそうに言う。


「そっか、じゃぁ、さっき母さんの名前を呼んだのは…」


うん、優斗の思考が伝わってきたから…


とっても温かい気持ちと一緒にね…


蒼の優しい顔に、俺は涙が出そうになる。


「ありがとうな、蒼」


何でお礼なんか言ってるの…?


変な優斗、ふふふ…


早く行こう、奏と茜が待ってるよ…


「そうだな」


俺達は笑いあって、その場を後にする。

俺が見つけたものを、上で待っている二人に知らせるために…。


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