我が家…
「ここが優斗君のお家…」
奏がぐしゃぐしゃになった家屋中で、ひとつだけ不自然に綺麗なままの俺の家を前にして、小さく呟いた。
回りはビルやマンションなどの大きな建物ですら、ボロボロに変わり果てているにもかかわらず、俺の家だけ無傷のままなのだ。
もちろん、壊れずに残っていてくれたのは素直に嬉しいが、同時に、薄気味悪さも感じてしまった。
「偶然…なわけないよな…」
俺は自嘲気味に薄笑いを浮かべながら、そう呟いた。
俺達は今、坂倉という人物の家の前に来ている。
何を隠そう私目の家でございます、はい。
ここに来る事を決めたのは、昨晩、俺が作った夕食を食べ終えた後の事であった。
自分の覚悟とその空振りに、喜ぶべきか悲しむべきかわからず、その時の事を思い出した。
◆
「一弥の言葉通りに、俺の家に行って、色々確かめたいと思う」
夕食を食べた俺達は、一息ついた後、今後の相談をしていた。
俺の提案に二人はすぐに頷く。
…と、思ったら、二人ともなぜか俯いて、顔を赤くしている。
(優斗君のお家…) (優斗の家…)
二人同時にボソっと何かを呟いた。
だが、小声過ぎて何を言ったかまでは、聞き取れなかった。
「どうしたんだ、二人とも?」
俺が問いを発した瞬間、二人はびくっと体を震わせた。(つられて俺も震えてしまった)
そして、顔を真っ赤にしながら、首を全力で横にふる。
「「な、なんでもない!!」」
「お、おう」
吃りまで完璧にハモった。
俺は驚き過ぎてしまい、それ以上何も言えなくなった。
暫しの沈黙が訪れる。
あはははは…!!
突然、蒼が腹を抱えて大笑いを始めた。
俺達は目を丸くして顔を合わせる。
少しだけ間をおいた後―
「「「ぶっ、あははは」」」
俺達は盛大に笑った。
奏が咳き込み少しだけ本気で心配した後、再び話題を戻す。
「俺の家はここからそんなにかからない。
かかっても、30分程度だから」
俺は紙に地図と道順を書いて、二人に説明する。
「へぇー、意外と絵が上手い」
「優斗君って、字も綺麗だね」
予想外の称賛に、少しだけ照れる。
「普通だろ、普通」
なんでもない風を装い、首を横に向ける。
だが、それは悪手だった。
顔を向けた先には蒼がニヤニヤと待ち構えていた。
ばっちり目があった瞬間、その小悪魔は俺を奈落へと突き落とす一言を口にする。
ふっふっふっ、お主、照れとるな…
図星をさされた俺は( 元々、心が読まれているのだから、さされて当たり前だが)狼狽を隠せずグッと、呻き声を漏らす。
目も首も動かしていないが、正面に座っている二人が声を出さずに笑っている事が、手に取るようにわかる。
「と、とにかく、一弥の言ってた事が本当かどうか確かめる。
それから、親父に会いに博物館へ行こう」
俺の言葉に沈黙が生まれた。
その理由を遅まきながら理解した。
だが、俺は自分の提案を引っ込める気はない。
そう決断した理由を、自分の中に探しているとき、茜が沈黙を破る。
「信じるの…?
その、一弥って奴の事…」
茜の言いたい事もわかる。
紅い光の力を使ったという事は、一弥は敵かもしれない。
いくら助けてくれたとはいえ、得体の知れない奴の言葉を信じるのか?
茜が、いや、茜達が言いたいのはそういうことだろう。
正直、俺自身迷っていた。
友達を、蒼を道具だって言う一弥を信じていいのか。
だけど、あいつだって俺の友達なんだ。
だから、俺は…
「信じる」
俺はまっすぐ三人を見て答えた。
三人とも目を見開いて驚いている。
ふっと、三人の肩の力が抜けた。
「それでこそ優斗君だよ」
「だね。
まぁ、馬鹿だけど」
本当に馬鹿だね~…
「ぅぐ…」
自分ではそこまで馬鹿ではないだろうと思っていたのに、茜と蒼には連呼され、奏は否定してくれないなんて…。
結構本気で凹んだ。
「ほ、褒めてるんだよ?」
何故吃りながら、疑問形なのかはわからないが、一応奏のフォローに頷いた。
「そうそう、褒めてあげてるんだから、感謝してよね」
感謝感激で泣き崩れてもいいんだよ…?
とりあえず、奏のフォローは台無しだ。
「お前らはなんでそう…。
とにかく!!
明日は俺の家へ行くってことで決まりな?」
三歩進んで二歩横にずれていく会話を強引に前へ進めた。
ふぅと溜め息をついていると、神妙な面持ちで俯いている奏が目に入った。
「何か心配か?
まぁ、こんな行き当たりばったりで、不安にならないはずがないけど」
奏は俺の言葉に対して首を横に振り、一つの懸念事項を口にした。
「…あのね、とっても言いにくいんだけど…、隣の街や、村があんなになっちゃってたよね?
もしかしたら、優斗君の家もあんな風に…」
奏の言葉はしりすぼみになって、保健室はしーんとした空気に包まれていた。
奏の言ったことは本当に有り得るというか、十中八九そうなっている可能性が高い。
自分でもそうだろうなとは思っていたが、できるだけ考えないようにしていた。
自分の帰る家がないなんて、誰も考えたくはないだろう。
だが、奏はあえて口にしてくれたのだ。
何かの手がかりがあるにしても、家が倒壊していては、探すだけで一苦労となると。
「ごめんなさい。
私…」
俺は咄嗟に手を前に出して、奏の謝罪を止めた。
「謝る必要なんかないよ。
確かに家が崩れてた時の事も考えとかないとな」
俺は自分の不安が二人に伝わらないように、無理矢理笑顔を作った。
「とりあえず、もし家が崩れていたら、手がかり探しより先に、その近くで隠れられる場所を探そう」
俺の提案に三人とも了承してくれた。
◆
「で、実際来てみれば、こうなってたわけだが…」
早朝、学校を出発して、一時間弱でついたはいいが、倒壊していると思っていた家が、まさかの無傷である。
肩透かしもいいところだ。
奏と茜も不思議そうな顔で眺めている。
「なんでここだけ無事なんだろうね?」
「本当にねー。
まぁ、無事だったんだからよかったじゃん」
奏の疑問に、茜が笑顔で答えた。
ただ、蒼だけは神妙な顔で、じっと家を見続けている。
「どうしたんだ、蒼?」
俺の問いに、奏と茜も蒼へと顔を向ける。
当の本人は微動だにしないまま、視線もそらさない。
俺達が静かに待っていると、不意に蒼が口を開いた。
ここ、壁みたいなのが張ってある…
驚いた俺達は一斉に振り向き、家を見る。
だが、蒼の言う“壁みたいなの”は見えない。
「本当にあるの?」
蒼を疑っている訳ではないが、自分達には見えないため、代表して奏が問いを投げ掛けた。
蒼はいつもと違い静かに、それでいてどこか厳かな雰囲気をただよわせながら答えた。
ある…
この壁もわたしと同じ…
想いの力でできてる…
でも、優斗が出しているものよりずっとずっと強くて…
それでいて優しい力…
なんでだろう…
懐かしい感じがする…
蒼の説明を聞き、いくつか気がかりなことがあるが、今はとりあえず、ひとつだけは聞いておかなければならない。
「この中に俺達は入れるのか?」
蒼は少しだけ考えて答えを出す。
大丈夫だと思う…
多分だけど、この壁はあの怪物達から家と優斗を護るためにあるんだと思う…
「家と…俺…?」
わからないことが増えていく一方だ。
何故、俺の家にそんなもんがあるのか?
何故、それは家だけじゃなく、俺も護ろうとするのか?
そして、それは誰が張ったのか?
「一弥の言う通りなら、少しはなんかわかるのかな…?」
ふぅと溜め息をついて俺は三人に向き直る。
「それじゃ、上がってくれ」
俺は二週間ぶりに我が家へ帰った。
「ただいまーって、言っても誰もいないか」
玄関から見える廊下には、うっすらと埃がたまっているのが見える。
「うわー、掃除してー」
愚痴を漏らしながら俺はスリッパに履き替える。
「ほら、二人とも玄関の前で止まってないで中入れよ」
そう言いながら、俺は二人のスリッパを用意する。
「ほ、ほら、奏」
「う、うん」
何故か緊張した面持ちの二人は、恐る恐る中へと進む。
「埃っぽいのは勘弁な。
誰も掃除してなかったみたいだし、外に比べたら全然マシだからな」
俺の言葉に奏が慌てて首を横に振る。
「ぜ、全然そんなの気にしないよ。
ね、茜ちゃん」
「そ、そうね。
こんなの気にするほどでもないわ」
二人とも、明らかに挙動がおかしい気がする。
もしかして、日頃の疲れが一気に来てるのか…?
あり得なくはない。
いつ襲われるかもわからない中で、ずっと休める間もなかったのだから。
そう考えた俺は二人にある提案をする。
「なぁ、今日一日はゆっくり休まないか?」
二人がキョトンとした顔でこちらを見てくる。
俺はそれに構わず、理由を説明する。
「今までゆっくりできる時間ってほとんど無かっただろ。
だからさ、一日くらい休んだってバチは当たらないだろ?」
「でも、久賀君が残した手がかりを探すんじゃ…」
「手がかりは逃げたりしないだろ。
だからさ、気にせずゆっくりしてようぜ。
むしろ、俺が休みたい!!」
奏の反論を一蹴して、強引に提案を押す。
ちょっと強引過ぎたかな…?
チラッと蒼の方を見ると、しょうがないなぁという表情で俺を見ていた。
「優斗がそんなにサボりたいんじゃ、今日無理矢理手がかり探しさせてもサボっちゃうだけだもんね。
まったく…。
いいんじゃない今日くらいゆっくりしても」
前半は俺に向けて、後半は奏に向けての茜の言葉。
凄くけなされた気がするが、ここはあえて耐える。
茜の顔が凄く嬉しそうだからだ。
観念したように奏が返事を返す。
「じゃぁ…、今日はお休みで…」
本当は奏もゆっくりできると聞いて、嬉しかったのだろう。
努めて出さないようにしているが、表情が緩んでいる。
「じゃぁ、今日は一日お休みで決定!」
「「やったー!」」
二人が嬉しそうに今日の予定を話しているのを見て、休みにしてよかったと胸を撫で下ろす。
ふと、二人の会話が止んだ。
二人ともこちらへ向いて気を付けをしている。
「優斗君、お世話になります」
奏の言葉を合図に、二人が一斉にお辞儀をした。
「や、やめろよ、仰々しいな」
「それじゃ、お邪魔するね~」
俺の狼狽をよそに、茜が何事も無かったように内に上がった。
そして、俺の横を通りすぎようとしたとき、小声で囁く。
(エロ本探しはしないから安心してね)
「なッ!!」
片目を閉じながら、舌を出した。
「どうしたの優斗君?」
不思議そうな顔で奏が尋ねてきた。
「な、何でもないから!」
慌てて首を振り、リビングへと進む。
振り向かなくても、奏と茜がそれぞれどんな顔をしてるか手にとるようにわかる。
茜め、覚えてろよ…
いつも通りな感じで始まった一日を、俺達は初めて休日として過ごす。
それはこのあと知る真実を知らない俺達にとって、
とても幸せな事だった…




