老人…
俺達は何事もなく森の中を進むことができている。
未だ泥たちが襲ってくることもなかった。
ただ、ひとつ懸念があるとするならば、奏が体力的にきつくなってきていることだ。
「大丈夫、奏?」
「うん、平気だよ。
茜ちゃんは、心配しすぎなんだから」
二人の会話を俺は遠目に見ていた。
奏は傍から見てもわかるほどに疲弊していた。
なので、俺は奏の分の荷物も持って進んでいる。
「優斗君もごめんね」
「いや、全然問題ないから。
きつくなったら休憩するから、すぐ言えよ」
奏の謝罪に、俺は何でもない風に、笑ってそう答えた
「それにしても、公民館ってこんなに遠かったっけ?」
俺は話題を変えるため、今考え付いたことをそのまま口にした。
「う~ん、もうすぐだと思うんだけど…」
茜がそう答えてくれた。
「確かに、もう少しだった気がするよ。
だって、この辺の木見覚えがあるもん」
笑って言った奏は、公民館であったことも一緒に思い出したのか、少し顔を曇らせた。
失敗したな…
だね…
俺の思考に相づちを打ってくれた蒼に、俺は質問をする。
敵は近くにいないんだよな…
うん、今のところ問題ないよ…
思考だけで会話ができるのは、こういうとき有難い。
まぁ、ちょいちょい不便なことが多いけど。
「やっぱり少し休もうよ」
「だ、大丈夫だよ」
奏は強情で、茜がいくら言っても、いっこうに休もうとしない。
見かねて、俺が声をかけようとしたとき、木々の隙間から何かが近づいてきた。
ガサガサッ!
「……ッ!二人とも、俺の後ろにッ!!」
くそッ!警戒していたはずなのに…!!
前を歩いていた二人が、駆け寄ってくる。
「…ん、きゃっ!」
奏が足をもつれさせ、転んでしまった。
「奏っ!」
「クッ!行くぞ、蒼ッ!!」
転んだ奏の方へ駆け出しながら、蒼を呼ぶ!
奏を…
護る…!!
「そう…」
俺が蒼の真名を叫ぼうと瞬間、木々の向こうから声がした。
「おやおや、驚かせてしまったかね」
そこにいたのは、老人だった。
「大丈夫かね、お嬢さんや」
「……えっと、はい」
呆気に取られていた奏は、思い出したように返事を返す。
「驚かせてしまったお詫びに、村まで案内しようか」
「……ッ!村の人ですかッ!?
今、村はどうなっているんですか!?」
俺は矢継ぎ早に質問を投げ掛ける。
「落ち着きなされ、少年」
そう言って老人は、俺に落ち着くよう促す。
「公民館にいた者たちは、残念じゃったが、ワシのように避難に遅れた者や、山へ出ていた者は無事じゃったよ」
俺の疑問に答えた老人は、ゆっくりとした動きで、俺達を誘ってきた。
「ほれ、早ようついてきなさい。
家でお茶でも出そうじゃないか」
老人の誘いに俺はどうすべきか迷っていた。
蒼、あの人は“人”か…?
一応…、“人”だと思う…
何故か、蒼の言葉は歯切れが悪い。
何で一応なんだ…?
私がわかるのは、化け物かどうかだから…
なるほど…
蒼の言葉で納得はできたが、どうすべきかはわからなくなった。
「行こうよ、優斗君」
俺が迷っていると奏が行く事を推してくれた。
「そうね、どの道公民館へは行くんだし…」
奏が行こうと言った理由を、茜が付けたしてくれた。
迷っていても仕方ないか…
うん…
蒼も否定はしてこないので、俺もとりあえず行く事に決めた。
「そうだな、行こう。
お願いします」
前半は奏と茜に、後半は老人に向けての言葉だ。
「そんなにかからんから、心配はいらんよ」
老人はそう言って歩き出す。
俺達はその後をついていった。
「それにしても、君たちはどこから来たのかね?」
「隣の街の県立病院です」
老人の問いに、奏が答えてくれた。
「ほう、あんな遠くから…。
それはご苦労なことじゃ」
しみじみと呟き、何事か思案した後、さらに問いかけてきた。
「何故こんなところまでおいでになったのかな?
ん、もしや公民館と何か関係があるのか、君たち?」
問いかける途中で自ら答えに気づいたらしい老人は、鋭い目付きで俺達を視界に入れていた。
言葉も怒気を帯びている。
だが、意外にも奏は、老人の目に尻込みせずに言葉を発した。
「私達は彼処で何があったのか、調べるために来たんです」
奏の声はとても凛々しく澄んでいた。
短くない時間、俺達ち老人は睨みあっていた。
しかし、老人は呆れたような顔をして言う。
「物好きじゃのぉ」
そう言って笑っていた。
俺達は顔を見合せて安堵した 。
その後は、特に会話もなく村まで歩いていった。
時間はそんなにかからず、奏の体調にも変化はなく、俺はほっとしていた。
村は意外にも無事だった。
泥が通った後もなく、民家が荒らされているということもなかった。
俺は安堵よりも違和感を感じた。
「公民館の事があってから、何かがここを襲ったりということはありましたか?」
心当りがないのか、俺の疑問に目をまるくして答えた。
「何かが襲う?はて、何のことじゃろうか?」
老人が嘘を言ってるようにも見えない。
本当に、ここを通っていないのか…?
あり得るのか、そんなこと…?
わかりません…
蒼に聞いても、俺の違和感は拭えずにいた。
だが、今度は茜がフォローしてくれた。
「気にしないで下さい。
公民館であんなことがありましたから、また何かがあっても可笑しくないのではと考えていただけですので。
無事で何よりです」
茜が敬語を使って話すと、まるでお嬢様のようであった。
言葉の最後に出した笑顔なんて、花のようなという言葉がとてもあっている。
思わずドキッとしてしまった。
てか、誰だよ…!!
完全に別人だろ…!!
じゃぁ、今の言葉、後で茜に伝えておくね…
ついでに茜見てドキッとしてたのも…
ごめんなさい、本当にすみません…
許して下さい、蒼さん…
とても白い目で蒼が俺を見ていた。
うん、今後は余計なことを考えるのはやめようと決めたら、蒼がそのままの目でにやりとした。
蒼さん、マジすげぇっす…
ありがとう…
俺達のそれまくった思考を知らぬまま、茜の言葉を聞いた老人は納得していた。
「ほっほっほっ、心配してもらえて嬉しいのう」
老人は先程の鋭い目など全くない、朗らかな笑いをあげていた。
「こんなところで留まっていてもなんじゃ、早よう家行くかね」
笑い続ける老人は再び歩き始め、俺達はそれに続いた。
(優斗!あんた、疑り深いにもほどがあるわよ)
(ご、ごめん)
俺に近寄り耳打ちしてきた茜に、俺は素直に謝罪した。
それをニヤニヤ眺めているやつを無視しながら。
老人の家に着いた俺達は、茶の間にあがった。
丸いちゃぶ台の前に、左から奏、茜、俺の順に座っている。
二人は若干様子がおかしい。
(……どうしたんだよ?)
俺の問いに、二人は顔を見合せている。
やがて、観念した茜は、小声で白状した。
(………ここ前に私達が泊まって、色々頂いたとこ…)
「なッ…!」
ガタッ!
「どうしたんじゃ、なんか出たかのぅ?」
お湯を沸かす老人が、何事かと尋ねてきた。
「いえ、きゅ、蜘蛛がいて…」
老人に対しての俺の答えは最低だった。
超嘘っぽい笑みと棒読みに、舌を噛むという失態だ。
しかし、老人が疑って来ることはなかった。
「なんじゃい、蜘蛛ごときで。
そんなもん、そこいらにいくらでもおるだろうに」
「す、すみません」
すぐに老人はお湯を沸かしている台所に戻っていった。
(((ふ~)))
三人のため息がハモった。
(優斗!
あんた、いい加減にしてよね!)
(す、すみません)
茜に頭を下げていると、あれ、さっきも同じ事言った気がするとか思った。
俺が冷や汗をかいている間、ずっと笑い転げてるやつがいるが、ムカつくので無視する。
(やっぱり、ちゃんと謝った方がいいかな…?)
(いや、気づかれてる様子はないし、黙っていた方がいいよ。
それに緊急自体だったわけだし…)
(そうね。優斗なんかに同意するのは癪だけど…)
奏の真っ直ぐな意見に、俺と茜が異を唱えた。
茜さんは俺に対して、少しキツい態度だけど、これはツンデレって奴だとか考えてると、蒼はさらに大爆笑し、茜は俺を睨みつけてきた。
(あんた…、今変なこと考えてるでしょ…)
うん、茜さん、マジ恐っす…
優斗さん、マジおもれっす…
蒼は腹を抱えてヒィヒィ言ってる。
このままではまずい…
そう考えた俺は煩悩を絶ち、完璧な笑顔を創る!!
(そんなわけないじゃないか)
キリッ!
完璧だ…
俺はこれなら行けると確信していた。
それを見た茜の反応は…
(嘘ね…)
(嘘だね…)
茜だけでなく、あの純粋(?)な奏にまで否定された。
だが、諦めない俺は、さらに演技を披露する。
(ハハハ、俺が嘘なんてつくわけないじゃないか、キラッ)
((うっわ…))
あ、うん、産まれてきてすみませんでした。
そんな思いが俺の全身を駆け巡った。
(優斗君、そろそろ自覚した方がいいよ。
嘘つくの下手だって…)
(下手って言うか、嘘つくこと自体できてないって言う方があってるかも。
効果音までつけてるし…)
こんな会話で、俺達は老人が来るまでの時間を過ごした。
もちろん俺はさんざん言われ続けた。
「またせたのう」
老人はお茶とお菓子をもって来た。
老人が座り落ち着いた後、俺達は色々と質問を始めた。
「今、公民館の中ってどうなってますか?」
「ふむ、亡くなったもんを埋めてやろうかとも考えたんじゃが、いかんせん、残ったのは老体ばっかりでのう…。
今は、隣の街へ人をやって、人手を借りようと待っとるところじゃ。
それ故に、公民館はあの日のまんま…。
仏さんには、ほんに申し訳ないがのう…」
俺の問いに答えてくれた老人の目は、少しだけ濡れていた。
「歳をとると、涙脆くなっていかんのぅ」
ズズズッっと鼻をすすった老人に、奏が優しく声をかけた。
「人が亡くなった時に、悲しみを感じるのはとても自然な事だと思います。
それに、おじいさんはとても優しい方ですから…」
良いことを言っているはずなのに、途中から恥ずかしさに負けて、最後の方はほとんど聞き取れない声量だった。
今も顔を赤く染めて俯いている。
「ほほほっ、ほんに優しい子じゃな…」
老人はそう呟きながら、奏の頭を撫でている。
奏はとても嬉しそうな笑みをこぼしていた。
「生き残った人達って、どれくらいなんですか?」
奏を撫でるのを止めた老人に、茜が質問した。
「………5人じゃ」
老人は小さな声で答えてくれた。
「そのうちの一人は、今街へ向かっとるから、ここにおるのは4人じゃがな…」
老人はとても辛そうな顔をしていた。
さんざん傷口に塩を塗るような質問をしてしまったが、いまさらその事に気づいた俺は、申し訳なさから、もうここを出ようと二人へ合図しようとした。
だが、老人は何かを思い出し、憤りを 露にした。
「そういえば、家から色々と盗ってった不届きもんがおったんじゃ!
公民館を見たせいで忘れておったが。
盗人を見つけたら、ふん締めてやらんとなぁ」
うん、まずい…
三人とも完全に作り笑顔になっているが、老人が気づいた様子は全くない。
これならバレない気はするが、何がきっかけでバレるとも限らない。
さっきとは別な理由で俺達は、ここを出なければならなくなった。
老人に見送られた俺達は、公民館へ向かう事にした。
このとき、俺達はまだ知らなかったんだ…。
この後、公民館で知る事実を…。
それが、何を意味しているのかを…。
どうも道楽者です。
まずは、かなりの時間があいてしまったことへの謝罪を致します。
大変申し訳ありません。
物語を途中でやめる気はないので、読者の皆様には寛大なお心でお付き合い頂きたいと思っています。
改めて、よろしくお願い致します。
誤字・脱字報告よろしくお願いします。
では、また。




