名前…/自分…
俺達三人は病院を出発し、二人が話していた公民館へ行くことにした。
「本当に二人はついてきてよかったの?
俺と一緒にいたら、もっと危ない目に遭うよ」
俺はさっきまで話し合っていた(二人を説得していた)事を、もう一度だけ口にしてみる。
「いいんだよ。
私達がついていくって決めたんだから、坂倉は何も気にしなくていいの」
「お邪魔じゃなければ…。
それとも、優斗君は私達が一緒でご迷惑でしたか?」
ずるい…
さっきもそうだが、俺は奏のこの捨てられた仔犬のような目にやられてしまった。
これをやられては、何も返せない。
本人に自覚はないようで、だからこそ効果は抜群だ。
そんな言い返せなくなっている俺に、小林と蒼華はニヤリと勝ち誇っていた。
く、くそ…
このアウェイはどうしたことか、完全に多数決の原理でやられている。
いや、俺は男だ…!
ここは危険なんだから、ビシッと言ってやる…!
そう考えて、向き直った俺は言ってやった。
「いや、邪魔なんかじゃないよ。
むしろ、嬉しいくらいだよ」
はい、私はへたれです。
後ろでニヤニヤしてる二人の目が鬱陶しい。
そして、声をかけられた本人は、とても嬉しそうにしている。
「ありがとう」
くッ、笑顔が眩しい…
そんな俺達を見て、二人は白けた視線を送ってきた。
「はい、ピンクの異空間作ってないで、先行くよ…」
チッ、リア充爆発しろ…!
何故、蒼(小林が命名、曰く呼びにくい)がそんな言葉を知っているかはおいといて、俺と奏は全力で否定する。
「そんなの作ってない!」 「そんなの作ってないよ!」
「「あっ」」
うん、見事にあっまでハモった。
余計に白けた目で二人が見てくるが、気まずさのあまり互いにそっぽを向く。
呆れた小林が、ため息をついて歩き出す。
「置いてくよ」
「ま、待って、茜ちゃん」
慌てた奏が小林を追いかける。
そんな二人の後を、俺と蒼が続く。
なかなかにおモテになりますね、旦那…
うっせ…
ニヤニヤとちゃかしてくる蒼に悪態をついて、前の二人へ歩み寄る。
日がくれて、歩くのは危険と判断した俺達は、川沿いで二つのワンタッチテントを張ることにした。
公民館への道は、そこまで遠くない。
だが、泥の襲撃を警戒している俺達は、川沿いに進んでいるため、どうしても回り道になる。
公民館へたどり着くまでの日数は、最短で三日といったところだろう。
これは余談だが、夜は蒼が見張ってくれている。
通常、蒼は睡眠が必要ないらしく、泥が近づいてくるのを感じとれるため、役割としてはうってつけだそうだ。
ただ、俺が蒼を起動すると、大量のエネルギーを消費するため、少しの休眠が必要になるそうだ。
この辺りのメカニズムはよくわからないが、化け物に襲われた後は、見張りを女子二人に任せざるを負えないようだ。
話がそれたが、とりあえず、公民館まで時間がかかるということだ。
今は食事をとりながら、雑談していた。
「前回、公民館から病院にたどり着くまで、まるまる1週間かかったよね」
「うん、あのときは本当に疲れたし、怖かった」
小林の言葉に、奏が同意する。
「俺は川に流されて、1日でついたけどな。
にしても、あのときはよく生きてたよな、俺」
あ、それ助けたの私…
「………ッ!」
今更知った真実に、俺は驚愕する。
やり方はいろいろあるんだよ、いろいろ、フフフ…
うん、命の恩人 (?)はめっちゃ悪どい顔で笑ってる。
「蒼ちゃんは凄いね」
いえいえ、それほどでもあるよ…
奏の称賛に嬉しそうにしている。
「まぁ、なんにせよ、助けてくれてありがとな」
どういたしまして…
蒼は俺の謝辞を素直に受け取った。
「そういえば、坂倉って、なんで私は苗字で、奏は名前呼びなの?」
小林の唐突な切り出しに、俺は言葉を詰まらせる。
私も聞きたいなぁ…♪
ニヤニヤしながら蒼が煽ってきた。
若干むかつく。
「そ、それは、なんとなくだよ、なんとなく」
苦しい…
俺の思考が読める蒼はますますニヤニヤを増していく。
「ふーん、なんとなくねぇ」
小林がちらっと奏の方を見た。
それにつられて俺も目線が動く。
そこには耳まで真っ赤になってる女の子がいた。
やっちまった…
見なきゃよかったと後悔する俺に、小林は命令してきた。
「じゃぁ、私のことも名前で呼んで、こっちも名前で呼ぶから」
その命令に俺は逆らうことができず、素直に承諾する。
「改めてよろしく、茜、奏、蒼」
「こっちもね、優斗」
「私もよろしくお願いします、優斗君」
うん、よろしく~…♪
改めて挨拶をした俺達は、食事も終えて、その日は休む事にした。
因みに、テントは男女別々となり、必然的に一人になった俺は、若干寂しさを感じながら眠りについた。
寝る間際に、
大丈夫、優斗には私がついてるよ、フフフ…
という声が聞こえた気がしたが、俺は無視するように意識をたった。
▼▼▼
私は激しく動揺していた。
何故自分はあんなことを言い出したんだろう。
それが自分でもわからずにいるのだ。
「あぁもう、なんなのよ…」
私は今、川辺にいる。
奏を起こさないように、こっそりテントから抜け出してきた。
それは、先程の会話のせいで眠れなくなってしまったからである。
茜っち…
不意に、名前を呼ばれて、慌てて振り返る。
そこにいたのは、やはり蒼だった。
「蒼…」
声をかけると、蒼は私の鼻先に飛んできた。
みんなから離れると危ないよ…
「あ…」
蒼は、自分を心配して来てくれたのだ。
「ごめん」
素直に謝ると、いえいえと返してくれた。
こんなところで何してたの…?
「ちょっと眠れなくて…」
そうですか…
私たち二人の間には、沈黙が訪れた。
静かな夜、虫の鳴き声すら聞こえず、月明かりに照らされた蒼は幻想的に思えた。
そんなにじっと見られると、恥ずかしいな…
「あ、ご、ごめん」
あやまってばっかだね~…
フフフと、二人で笑った。
少し間をおいて、蒼がもう一度尋ねてきた。
本当に、こんなところで何してたの…?
私はなんと答えようか、少し考える。
だが、私が答える前に、蒼が言葉を発した。
優斗のこと…?
びくりっと自分の体が震えるのがわかった。
「私の心を読んだの…?」
私は少し蒼に対して、恐怖心が芽生えそうになっていた。
しかし、蒼は首を横に振って、答えた。
私は心を読めるんじゃない…
私と深く繋がっている優斗の声が聞こえてくるだけ…
「なるほど」
私は自分の中で納得したことで、蒼への恐怖心は霧散した。
「じゃぁ、なんで私が優斗のことを考えてると思ったの?」
今度は、私が問う。
蒼はすぐに答えてくれた。
優斗は優しいからね…
その言葉で、半分わかった気がしたが、半分はわからなかった。
「なんで、優斗が優しいと私が優斗のことを考えてると思うの?」
それは、蒼の言葉をほとんど肯定しているのだと、自分でもわかっていた。
だが、私はそれを聞かずにはいられなかった。
茜は優斗のこと気になってるでしょ…?
じゃなきゃ、名前で呼んでなんて言わないもん…
蒼は優しい顔でそう答えてくれた。
「……だめなんだよ」
………?
私の呟きは、蒼に伝わらなかったようだ。
私は蒼にもわかるように、言葉を付け足す。
「優斗には、奏がいる。
奏にも、優斗がいる。
私は、二人の邪魔をしちゃいけない。
私は、奏が大切だから…」
私の声はだんだんと小さくなっていくのが自分でもわかった。
蒼は、私の周りを飛び回り、笑いながらこう言った。
考えすぎだよ…
私にはわかる…
優斗は確かに奏を大切に思ってる…
でも、茜のこともちゃんと護ろうとしてる…
どっちも同じくらい大切に…
だから、茜は自分に正直にしていればいいんだよ…
今日の夕飯のときみたいにね…
そう言った蒼は、いたずらっぽくウインクをした。
私は、ぽかんとしたまま、数瞬、固まってしまった。
「………ぷっ、あははははは」
私は、思いっきり笑ってしまった。
今度は、蒼が呆然としている。
「…ふぅ」
しばらく、笑った後、一息ついた私は、蒼に向き直った。
「蒼も優しいね。
でも、多分、蒼が思ってるのとは少し違うよ。
私はね、優斗に、ううん、奏に憧れてるだけだと思う。
だって、二人は、まるで物語りに出てくる勇者とお姫様みたいなんだもん。
そんな二人に、ただいいなぁと思ってるだけなんだと思う」
私は、自分の気持ちを語り終えると、とてもすっきりした気分になれた。
うん、間違ってない。これが私の気持ちだ…
何も言わずに聞いていた蒼は、静かに口を開いた。
茜がそう言うなら、私はそれでもいいけど…
もし、本当に優斗を好きになって、奏に譲ったりしたら、それはむしろ、二人に失礼だからね…
ちゃんと気持ちを伝えて、向き合わなきゃだめだよ…
「蒼はお姉さんだね」
私の返しに、蒼が笑顔でそうなのですと答えた。
蒼と話すことができてよかった…
そう思った私は、蒼に向き直りお礼を述べる。
「ありがとう」
フフフ、どういたしまして…
言葉を交わした私たちは、顔を見合わせて笑った後、テントへと戻る。
うん、私はちゃんと私のままでいられる…
こう思えることを、私の前を照らしながら飛んでいる蒼に、こっそりと感謝した…。




