想い…/旅立ち…
私は、紅い泥にお腹を貫かれた。
不思議と痛みは無かった。
最初は熱さ。
貫かれたお腹が熱い。
いっぱい血があふれてる。
口からもいっぱい吐いた。
次は悲しさ。
優斗君が悲しい顔をしている。
それだけでこんなにも切なくなる。
彼には笑っていてほしい。
そして、いとおしさ。
彼の声が聞きたい。
彼の笑顔がみたい。
そう感じた私は、恥ずかしい事をいっぱい話した。
でも、だんだん力が入らなくなっていく。
最後は、真っ暗な何もない世界。
私は寒さすら感じ無かった。
光も見えない。
あぁ、これが“死”なんだ。
人が死んでいるをたくさん見た。
だけど、自分が本当に“死”を感じたのは初めてだ。
嫌だな。
もっと、茜ちゃんとお話したかったな。
もっと、優斗君と一緒にいたかったな。
でも…
優斗君が無事だったから、いっか。
うん。
優斗君が無事ならそれでいい。
私は闇に身を委ねる事にした。
世界から消える事を受け入れた。
その瞬間、1つの光が私の中に流れ込んで来た。
奏、奏って、私を呼ぶ優斗君の声が聞こえる。
優斗君、私はここだよ。
ここにいるよ。
そう叫び返しながら、私は光の方へ進んでいく。
光に近づき、手で触れた。
触れた光は私の中に溶け込む。
そこにあったのは優斗君の想いだ。
私に死なないでって。
生きていてって。
そういう想いの塊が私に溶けた。
嬉しい。
ここにいてほしいって、優斗君に想われて。
本当に嬉しい。
私は、その光を胸に抱いて眠った…。
▼▼▼
奏は病院のベッドで眠っている。
薄暗い病室の中、奏の側には、小林さんと看護婦さんが付き添っている。
泥を全て倒した後、俺は病院の空いている個室へ奏を運んだ。
医者に頼んで、奏の検査をしてもらったところ、安静にしていれば、回復するだろうとのことだ。
本当に良かった。
これで、心配の種が減る。
そう思っただけで力が抜けそうになる。
ここで倒れてはいけない。
不意に、医者が俺だけを呼び、二人に気づかれないように病室をでる。
廊下の灯りが、少し眩しく感じた。
「次は、君の番だ」
「なんのことですか?」
心当たりはありすぎるが、それを面に出すつもりはない。
「医者をなめるなよ。
顔を見れば君がどういう状態なのか、すぐわかるんだ」
言い逃れできないと感じた俺は、少しだけ本音をぶつける。
「……俺なんかを治療したら、他の人が医者への信頼を失う」
そう、俺は悪人。
みんなの家族の死の原因を作ったやつ。
そんな俺を治したら、医者の立場が危うい。
「……しは…しゃだ」
「……?」
医者の呟きは小さく、なんて言ったのかわからなかった。
「医者、今なんて?」
「私は医者だと言ったんだッ!!」
それは、初めて聞く医者の怒鳴り声だった。
「目の前に苦しんでいる人がいて、それを助けるのが私の役目だッ!!
それを、お前のような小僧に心配される覚えはないッ!!
何度でも言ってやる。
俺はお前を診る。
それだけだ」
医者はだんだん平常心を取り戻したのか、恥ずかしくなったのかわからないが、言葉に力が無くなっていく。
「……それに、化け物が襲ってきたのは君のせいではないと思っている。
遅かれ早かれ、やつらはここを襲っていた。
それが少し早まっただけだ。
むしろ君は女の子を救ったんだ。
それは私にはできないことで、とても誇れることだと思う」
医者は静かにそう付け加えて、そっぽを向く。
医者の言葉に俺は…
「……ふっ、ふはははは」
俺は涙目になりながら笑った。
いや、涙を堪えるために、涙を隠すために笑った。
「な、何が、おかしい」
少しだけ顔を赤くした医者が言った。
「す、すみません。
医者みたいな医者初めて見ました。
ホント…、本当にありがとうございます」
俺は涙をこらえながら、少ししゃがれた声でお礼を言う。
堪えていた涙が一粒だけ落ちた。
「ふん、さっさと診察室へ行くぞ」
そう言って、歩き出した医者の後を、俺はついていく。
俺はいろんな人に支えられている…
そう深く感じた…。
▼▼▼
「こ、ここは…?」
目を開けると、暗い天井が見える。
「奏っ!!」
茜ちゃんが、私の名前を呼んで、横になっている私に抱きついてくる。
「良かった。良かった。
奏が死んじゃったら、私…、私…」
泣きながら喜んでくれる茜ちゃんを、私は抱きしめ返す。
「心配かけてごめんね。
側にいてくれてありがとう」
そう言って、泣きじゃくる茜ちゃんの頭を撫でる。
ふと、私は気になった事を尋ねる。
「優斗君…、坂倉君はいないの?」
「彼なら、医者と今後の事について話してると思うわ」
私の問いに、看護婦さんが答えてくれた。
「今後って、何ですか?」
今度の質問には、看護婦さんは答えるべきか迷っているみたいだ。
代わりに茜ちゃんが答えてくれた。
「坂倉君はここを出ていくつもりだと思う…」
茜ちゃんの言葉の意味を、少しの間理解できなかった。
「……どうして?」
「あの紅い泥が言ってた言葉…。
私はあれが本当の事だとは思わないけど…。
彼は優しいから…」
今度の言葉はすぐに理解できてしまった。
同時に、私はどうすべきか解ってしまった。
本音を言えば、彼についていきたい。
けれど、自分が一緒にいても、彼の邪魔にしかならない。
それが解ってしまった。
何で、私にはなんの力もないのかな…
彼のように人を護る力があれば、彼を護ってあげられるのに。
彼は優しいから、みんなを護るためなら、自分が独りになることも辞さないだろう。
いつの間にか、私の目から涙がこぼれていた。
「奏…」
茜ちゃんが、私の名前を呼んで、私の頭を胸に優しく抱きしめる。
私は何も言う事ができず、ただ、ただ、音もなく泣き続けた。
たくさん泣いた後、気がつくと看護婦さんはいなくなっていた。
気を使って、席を外してくれたのだろう。
あの人は素敵な女性だ。
気配りができて、怪我をした人の手当てもできる。
あんな女性になれたらな…
私は優斗君についていくことができたかもしれない。
優斗君の役に立つ事ができたかもしれない。
そう思うと、また寂しさが溢れてきたので、慌てて思考をそらす。
そんな私の考えを知ってか知らずか、茜ちゃんが私の手を握った。
「茜…ちゃん?」
茜ちゃんは私の瞳を、真剣な表情で見つめてくる。
暫しの静寂の後、茜ちゃんが口を開いた。
「……彼と一緒に行こう」
「……っ!」
茜ちゃんの言葉は、私に衝撃を与えた。
茜ちゃんは私達が優斗君の邪魔にしかならない事をわかっているはずだ。
それなのに、一緒に行こうと言っているのだ。
私は唖然としたまま、何も言えないでいる。
茜ちゃんは私の言葉を待っているようで、私を見つめたままだ。
長い沈黙が、病室を支配していた。
それを破ったのは、私だった。
「……行けないよ」
「どうして…?」
茜ちゃんは辛そうな顔で理由を聞いてくる。
私は心を乱さないように、平然とした顔を保ちながら返す。
「……私達が一緒にいたら、彼の邪魔になっちゃう」
「でも…」
茜ちゃんの言葉を遮り、私は偽りを語る。
「それに、私は彼が決めた事なら、それでいいと思ってる。
私は、ここで彼が戻ってくるのを待つよ」
一息で言いきって、私は笑顔を作る。
茜ちゃんは俯いてしまった。
上手くできたかな…
私はこれで自分の心を隠せたと安堵してしまった。
そんな私を、茜ちゃんは許さなかった。
「……嘘つき」
「……っ!」
茜ちゃんの一言は、私を貫いた。
「嘘つかないでよ…。
私には嘘、つかないでよ…。
本当は一緒にいたいんでしょ…?
一緒に行きたいんでしょ…?
だって奏は…」
……ドックンッ
心臓が大きな音を鳴らす。
やめて…
その先を言わないで…
私は、それを口にしようとする彼女を止めようとした。
だが、私がそれを遮る前に、彼女から出てしまった。
「坂倉君の事、好き何でしょ?」
「あ………」
何かが崩れ落ちる音がした。
平静を取り繕っていた私の顔には、一筋の涙が流れていた。
「あれ…、おかしいな…。
あれ…。
なんで止まらないの…。
なん……」
「奏……」
私を呼んだ茜ちゃんの顔を見た瞬間、塞き止めていたものが決壊した。
「うわぁぁぁぁああああ」
私は、自分がこれるほどに叫び倒した。
夜の病院であることも忘れ、大声で泣き喚く。
「なんでこんなに苦しいの!?
なんで私は彼を好きになったの!?
なんで私はこんなに弱いの!?
なんで、どうして!?
嫌だよ!
離れたくないよ!
優斗君と一緒にいたいよ!」
私は延々と自分の気持ちを茜ちゃんにぶつけた。
子どものように泣き喚く私を、茜ちゃんは優しく抱き締め続けてくれた。
泣くことにも疲れ、静かになった私に、茜ちゃんが声をかけてくる。
「ねぇ、奏……」
私は、何も言わず茜ちゃんの胸に埋まったまま、続きを聞いた。
「奏は、優斗君の役にたてると思うよ」
ゆっくりと、言い聞かせるように続ける。
「坂倉君が言ってたよね。
蒼華ちゃんの力を使うには、意志が必要だって。
それって、今の奏の気持ちと一緒じゃないかな…?」
「………何が?」
小さく聞き返した私は、答えを待つ。
「意志は想いなんだよ。
奏の彼を想う気持ちは、絶対に彼を助ける事ができる。
今回だって、奏は彼を救ったんだよ。
彼が戦えなくなったのを、奏はその想いで支えたんだよ。
役に立たないことなんてない。
誰よりも奏は彼を助けてあげられるんだよ。
だから、奏は彼と一緒にいていいんだよ。
行こう、奏。
彼と一緒に」
茜ちゃんの言葉は、とても優しくて、とても心地よくて、私には本当に勿体なかった。
その言葉に対して、私は一言だけ呟き返した。
「……少し考えさせて」
その言葉に、茜ちゃんは優しい顔で頷き返してくれた。
私を休ませるために、茜ちゃんは病室の外へと行ってしまった。
一人になった私は、自分の気持ちと向かい合った…。
▼▼▼
翌朝、空は晴れていた。
俺は、大きなリュックサックを背負って、病院の入り口にいた。
「医者、ありがとうございました。
おっちゃんも食料ありがとう。
看護婦さん、いろいろとお世話になりました」
俺は、見送りに来てくれた三人に深々と頭を下げる。
「子どもが大人に気を使うんじゃない」
「へん、みずくせぇ。それでも足んないくらいだろ」
「私は何もしてないわよ。こちらこそ、みんなを救ってくれてありがとうね」
それぞれの返事に、俺は泣きそうになるのを堪える。
「それよりも、あの二人に言わなくてよかったの?」
「はい。俺といるよりはここにいた方がいくらか安全だと思いますから」
俺の言葉に、看護婦さんは「もう、強がり言って」と漏らしていた。
「じゃあ、行きます」
歩みだした俺に、らしくない大声で声をかけてきた。
「必ず無事に帰って来いッ!!」
驚いて振り替えると、医者が顔を赤くして噎せていた。
俺はその場で一礼して、再び歩き出す。
全部終わらせて、必ずここに戻ってくる…
うん、そうだね…♪
ずっと静かにしていた蒼華が同意してくれた。
「それにしても、一人旅ってのもいいもんだよな」
俺はこの状況を、無理矢理楽観的にとらえてみた。
一人じゃないよ…
少し怒った口調で蒼華に突っ込まれる。
「ごめん、ごめん。
二人旅だったな」
俺は謝りながら訂正するが、蒼華は否を返してきた。
二人でもないよ…♪
「………?」
疑問は解消されぬまま、歩み続ける。
ほら…♪
蒼華が指し示す方には、
朝日に照らされた二つの小柄な陰が見えた…。




