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第9話 塚本

レジを不満たらたらの後輩に押しつけ、隆也は春樹と2人、店の前で塚本を待ち受けた。

塚本が現れたのは、全くぴったり「10分後」だ。


「2人とも、顔怖いんだけど。なんかおかしくない? 俺、天野が落とした携帯拾って届けに来てやっただけなんだけどな」

そう言いながら塚本は春樹の携帯を振って見せる。

隆也は低い声で「こっち来いよ」 と、悪びれない塚本を店の裏手へ呼び寄せた。


コンビニの背面と、裏の敷地のフェンスとの間に、幅1.5メートルの通路がある。

角地にあるため、専用駐車場からは丸見えだったが、ちょっとした話し合いをするには絶好の場所だ。


「リンチとか、やめてね。俺デリケートだから」

両手をホールドアップさせながら塚本が笑う。

185センチ以上のがっしりした男からそう言われると、逆に馬鹿にされているようにしか聞こえない。

もう充分頭に血が登っていた隆也は、塚本から携帯を奪い返そうと問答無用で腕を伸ばした。

「おっと。これは、あんたんじゃねえよ」

けれど子供を相手にするようにヒラリと隆也を交わし、塚本は春樹に顔を向けた。

「お前んだろ、天野」

ぐいと春樹に近づき、塚本は右手に持った携帯を春樹の手に触れんばかりに突きだした。

春樹は塚本の手から逃れるように大きく退く。それはもう悲しいほどに身に付いてしまった反射行動だった。

不意に塚本の笑いが辺りの暗闇に反響した。


「見事に避けてくれるね、天野。それって、めちゃくちゃ不自然に見えるぞ。気をつけなきゃ」

「なんのつもりだよ!」

咄嗟に胸ぐらに掴みかかった隆也を、まるでハエのごとく軽々と塚本は払いのけた。

「携帯を天野に返そうとしたしただけだよ、隆也くん」

「ふざけんな!」

「こっちのセリフだ! 拾ってやってわざわざこんな深夜に届けてやったのに、随分な扱いじゃないか。なあ、そうだろ? 天野」

塚本は春樹に、挑発するような視線を投げた。

「僕は、携帯を落としてなんかない」

「へえー。俺がスッたとでも?」

「お前だろ! だいたいお前、春樹がここに来るときいつも春樹を付けてきたろ。知らないとでも思ってんのか? 春樹になんの用だよ」

「っとにギャーギャーうるさい子ネズミだな隆也って。なあ、なんでこんなヤツのダチなんだ? 天野。友達は選ぼうよ」

「・・・んだと!?」

「あ、もしかして。天野の秘密を知ってる、唯一の人間だからか? 仕方なしにってやつ?」

塚本に掴みかからんばかりの勢だった隆也も、その言葉に虚を突かれ、動けなくなった。


蒼ざめた顔を上げた春樹の目の前に、塚本の手がゆっくり差し出された。

「ほら。俺の手を触ってみろよ天野。俺が嘘をついてるかどうか、知りたいんだろ?」


隆也も春樹も一瞬、どう反応していいか分からず、差し出された塚本の手を見つめて固まった。

〈どういう意味だよ〉と怒鳴り返すタイミングを逃してしまったのだ。

その間合いが、全てを認めたような絶望感を醸し出してしまった。

不自然な沈黙が流れたが、しかしここで諦めるわけにはいかない。

どういう訳か、全く口を閉じてしまった春樹の代わりに、隆也は応戦した。

「お前、頭おかしくね?」

「おかしいも何も」 塚本が全く動じず、楽しそうに笑う。

「全部隆也が教えてくれたのにさ。天野の秘密のこと」

「でっ・・・でたらめ言うな! お前いい加減にしねーとぶっ飛ばすぞ!」


吠えるように叫んだ声が深夜のガレージに響き渡った。

しかし、それを消し去るようにすぐさま別の見知らぬ声が横から覆い被さってきた。

「君たち、どうかしたのか?」


3人が同時に振り向くと、大通りから曲がって来たらしい警官がひとり、駐車場の端に自転車を止めてこちらに歩いて来るところだった。

隆也は咄嗟にやばいとばかり口を閉じた。何かやらかしたわけでなくとも、やはり警官は苦手だ。

塚本は何食わぬ余裕の表情で、ただ面倒くさそうに肩をすくめていたが、警官の顔がはっきり見えてくると、途端に不快そうに顔を歪めた。

「あれ? 君は確か・・・」

すぐ側まで近づいてきた若い警官は、隆也と春樹の顔をさっと確認したあと、塚本に問いかけた。


「この前はどうも。ご苦労様です」

塚本の口調は幾分ぞんざいだった。

「塚本君・・・だったね。どうした? もめ事?」

「いえ。大学の友人と楽しくお喋りしてただけです。お巡りさんも、混ざりますか?」

「遠慮しとくよ」

「パトロール中ですもんね。ほんと、ご苦労様です。そういえばさっき、中学生の坊やがウロウロしてましたよ。ああいうの注意してやった方がいいんじゃないですか? 俺らなんかより」

まるでヘタな役者の棒読みセリフのように塚本が言うと、警官は気分を害したように少しばかり睨んできたが、「深夜に大声で騒がないように」とだけ言い残し、引き返した。

ガチャガチャと不機嫌そうな音を響かせて警官の自転車が遠ざかると、隆也が質問するより早く、塚本が言葉を吐き出した。


「2日前さ、あの警官、俺のアパートに来たんだ」

少し嘲笑も混ざる。

「それも刑事連れてさ。驚くってーの」

「おまえ、何やったんだよ」

隆也が反射的に訊いた。

「殺人」 


凍りつくような、間があった。


「ヒッチハイク中の少年を襲って、首しめて、そのあと車でひき殺したんだって。俺が」


塚本は奇妙に口元を歪めたが、笑ったのかどうかは、隆也には分からなかった。



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