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第8話 降り積もる不安

メールに打たれた文章は、ほんの一文だった。


《隆也、ボクの秘密、バラしちゃダメじゃんーーーヾ(`ε´) by 春樹 》

2人でその文と顔文字を見、そして同時に固まった。


「隆也」

「ばっ・・・知らねえよ! そんな訳ないだろ、俺、塚本と話したこともないし、何で俺を疑・・・」

「そうじゃなくて、すぐに電話かけて。僕の携帯に」

「あっ! そうか」

あたふたとして春樹の登録番号を押しながら、隆也はどっと発汗した。

自分が疑われたと狼狽したほんの一瞬が、死にそうに情けなかった。

気まずさを隠すように、携帯を耳に押しつけ、コールを聞く。

春樹が「僕が出る」と手を伸ばしてきたが、隆也は譲らなかった。


質の悪いイタズラをしかけてきた相手に、罵声を浴びせなければ、このやり場のない怒りが、体中の毛穴から吹き出しそうだった。

そしてもちろん、この文面も気になる。

この《秘密》というのが、本当に「あの事」を指しているのか。


相手が出るまで僅か2コールだった。

まるで待っていたかのような口振りで、相手は『初めまして』と、落ち着いた、よく通る声で喋った。


「あんた塚本だろ? いったい何のつもりなんだよ。今すぐ春樹の携帯を返せ!」

『これはまた驚いた。どうして分かったんだ? ああ、そうか。そこに天野がいるんだな。今夜もコンビニで仲良く二人でお喋りか?』

「ふざけんな! どういうつもりかって訊いてんだろ!」


「代わってよ」と、春樹が手を伸ばしてきたが、隆也はやはり譲らなかった。

「どうせ今もどっかで俺たちのこと覗いてんだろ。今すぐ携帯持ってここに来い! でなけりゃ警察に窃盗で突き出してやる!」

『あの天野の友人なのに、随分短気で血の気が多いね。隆也は』

「なんで俺だけ呼び捨てなんだよ!」


春樹が痺れを切らしたように隆也の仕事着の袖を引っ張るので、隆也はグイと、その小指を握った。

春樹が驚いて隆也の目を見てきたが、「これで伝わるだろ」と目配せして、電話を代わってやることを拒否した。

電話の向こうでは、塚本のくぐもった笑い声が聞こえる。

『だって俺、あんたの苗字知らねえもん。天野の携帯にも隆也って登録されてたし』

「穂積だ!」

『それからさ、この携帯は昼間、天野がエレベーターの中に落っことして行ったんだよ。わざわざ拾ってやったのに、その言い草は酷いな。きっとまた隆也の所に遊びに行くだろうから、まず隆也に伝えて置いてやろうって思ったんだよ。親切だろ?』

「じゃあ、あのふざけたメールは何なんだよ」

『秘密のことか? 人に知られると厄介な、天野の秘密のことか? 隆也が俺に教えてくれた、秘密のことか?』

その瞬間、春樹がスッと視線を上げ隆也を見たのが分かって、体中の毛がゾワリと逆立つ思いがした。

「っざけんな! 秘密ってなんだよ! 俺がいつ、何を喋ったよ! お前と口きくのも、これが初めてだろうが!」

『図星を突かれると、人はムキになるんだよねぇ。隆也って正直』

隆也は一瞬絶句し、春樹は身を固くした。


「訳わかんねーことほざいてないで、すぐこっち来いよ!」

『今、部屋でくつろいでたのにな。めんどくせ』

けれど最初からそのつもりだったことは明白で、塚本は結構楽しげな口調で、『あと10分でそっちに行くよ』と告げ、電話を切った。


レジカウンターの上で握りしめていた左手の拳から、春樹がグイと自分の小指を引き抜く。

かなり痛かったのだろう、赤くなった小指をさすっている。

すっかり握っていたことを忘れていた。それほど力んでいたのだ。

いったい、何がどうなっているのか。

小指からあらましを理解したらしい春樹もまた、困惑したような目を隆也に向けてきた。


「大丈夫、きっと何か別のことさ。だいたい春樹の力の事なんて、信じろって言ったって信じられるような事じゃないし、バレルなんてありえねーし・・・」

春樹は頷いたが、とても歯切れが悪く、説得力に欠ける言葉になってしまった。

いったいどんな人物で、何を考えているのか、塚本という男は。

ただの変態で、春樹にちょっかいかけて遊んでいるだけだと思ったのは、間違いだったのだろうか。


隆也はひょいと控え室を覗き込んだ。

ちょうど1時からシフトに入っている後輩アルバイト店員、三好がタイムカードを押したところだ。現在まだ0時35分。

ラッキーなことに、今夜は少し早く来てくれた。

「わるい、三好。30分ほどレジ頼むわ」と強引に仕事を押しつけ、隆也はユニフォームの上からジャケットを羽織った。


             ◇


「前にあげたお金、もう全部使っちゃったの?」


ゆっくりと歩きながら、松岡はタバコに火をつけた。

深く、音がするほど強く吸い込み、ゆっくりと吐き出す。重く湿った深夜の歩道に白い塊が筋を作り、流れてゆく。

祐一は半歩、松岡から体を離し、白煙をやり過ごしてから首を横に振った。

ウソだった。本当はもう一銭も残っていない。

「へえ。もうゲーセンで無駄使いするのやめたの? それはいい。夜遊びは良くないからね。でも、お金は返さなくていいよ。あげるから」


祐一は俯いたまま貝のように口を閉じ、男の横を歩いた。

あと5分も歩けば家に帰れる。

その5分間、この一見穏やかに見える男は、何かしかけてくるつもりだろうか。

今ここで、逃げ出した方が良いのだろうか。

祐一は、気付かれないように目線だけ松岡の横顔に向けた。


「俺さ、もうそろそろ限界なんだなぁ。あの事で頭ん中が一杯で、発狂しそう。マジで」

前を向いたまま、くわえタバコの口が、もごもご喋った。

「仕事も手に付かないし、嫁さん抱く気にもなれないし」

くいっと、松岡が首だけこちらに向けてきた。

「後生だからさ、俺の頼み聞いてくんない? そろそろ。俺もう、何するか分かんないよ? いっぺん見てみる? もう、どうなってもいいや、っていう男の腹ん中」


松岡の左手が唐突に祐一に伸びた。

ハッと身構え、祐一はその手を避けた。どうしよう。視線を彷徨わせると道の反対側の歩道に、こちらに走ってくる自転車が見えた。パトロールの警察官らしい。

そういえば最近、この地域に不審者情報が相次ぎ、パトロールが強化されているのだと、担任の教師がホームルームで言っていた。

松岡が、伸ばした手を引っ込めた。警官に気付いたのだろう。逃げるなら今しかない。

祐一は全速力で走り出した。

松岡を残し10メートルほど走ったあと、スイと脇道に飛び込んだ。

路地を曲がろうとした時、正面から歩いてくる黒いパンツに黒いジャケットを着た長身の男が視界に入ったが、祐一は咄嗟に視線をそらし、やり過ごした。

今夜は何て嫌な夜だろう。会いたくない男にばかり出会ってしまう。

コンビニの店員たちが「塚本」と呼んでいた男。

今、気付かれただろうか。また追って来られたらどうしよう。


5日前の夜、ゲームセンターで、塚本に強く触れられた左腕の感触が蘇り、ぞわりと鳥肌が立った。

やはりあの男もこの辺に住んでいるのだ。自分の家の近くに。


言われるままに、ついついふたりの男から金を受け取ってしまったことを、今更ながら後悔した。

警察に言い訳できない弱みを持っているのは、自分の方なのかも知れない。


祐一は全てを振り切るべく、自宅に向かって全力で走り出した。



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