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第5話 要注意人物

慌てた様子でコンビニに飛び込んできたのは、12、3歳くらいに見える小柄な少年だった。

隆也は無言で、まだレジの前にいた春樹と顔を見合わせる。

深夜を回ってコンビニに来る小中学生は、今時珍しくもないが、この少年は少し様子がおかしい。

入ってすぐに店の奥に回り込み、商品を探すと言うよりも、身を隠しているように見えた。


隆也は死角に入った少年を、天井の防犯ミラーでしばらく見ていたが、やはり商品棚よりも外をしきりに気にかけている。

さて、どうしたものかと思っている間に、的確に動いたのは春樹のほうだった。

「どうした? 外に何かあったの?」

春樹が少年に静かに問う。

何とも言えず安心感を与える優しい声色を出せるのは、こいつの特技だな、などと思いながら、隆也もカウンターを出て春樹と少年の側まで歩み寄った。


短髪に、まだ幼さの残る丸顔。

素朴な顔立ちで、気の弱そうな印象を受ける。

どこかで見た顔だと、隆也はチラリと頭の隅で感じたが、それもほんの一瞬で、すぐに消えてしまった。

少年は春樹の言葉に安心したのか、少しばかり表情を緩め、再び目線を外に送った。

「いえ、あの。外に、なんか変な人が居て。ちょっと、・・・怖かっただけです。すいません」

心細そうな声ではあったが、少年はしっかりとした丁寧な口調で喋った。


「変な人? どんな?」

「背が高くて、黒っぽい服の、大学生くらいの男の人。急に僕に触ろうとしてきて。・・・だから、なんだか気持ち悪くて・・・」

少年の説明を聞き終わらぬうちに隆也は走り出し、自動ドアにぶち当たらんばかりの勢いで外に飛び出した。

けれどそこにはヒンヤリとした寂しげな歩道があるだけで、人の姿は全く無い。


「塚本だよ、春樹」

ついさっき知ったばかりの男の名を、10年来の仇のような口調で隆也が口にすると、春樹は困ったように笑った。

「決め付けたら良くないよ」

「何言ってんだ。背が高くて黒ずくめで、目つきの悪い、どっかの俳優に似た20歳くらいの不気味な男だろ? 他に誰がいるんだよ!」

明らかに形容詞が増えていたが、どれも間違いではなかったらしく、少年は「そうです、その人!」と、力強く頷いた。

そして、謙虚に付け加える。

「あ、口元にホクロがありました」

「ホクロだってよ、春樹」

「ホクロまでは覚えてないけど・・・」

隆也はほとんど勝ち誇ったような気になり、少々自信なさげに表情を曇らせた春樹を見た。


同じ学部の同期を疑うのは気乗りしない春樹の気持ちも分かるが、隆也にしてみれば赤の他人であり、コンビニの客を脅かす不審者だ。


年齢を尋ねると少年は、近くの公立中学の1年だと言った。

「店のほうもなるべく注意するけど、こんな深夜には出歩かない方がいいよ。塚本に何かされたのは初めて?」

「・・・いえ」

少年は少しもじもじとしながらも、小さく答えた。

「少し前、ゲームセンターで・・・。最初は優しいお兄ちゃんだと思ったんだけど、だんだん体に触ってくるようになって、僕、逃げ出したんです。だからさっきも・・・」

「ほら見ろ春樹! 常習犯だ。余罪たっぷりだぞ。通報だ!」

「ちょっと待ってってば。本当に塚本かどうかもわかんないだろ?」

「あの! そんなに酷いことされたわけじゃないから、いいんです。僕が気にしすぎなだけで・・・」

少年は顔を赤らめながら、お騒がせしましたと、小さく頭を下げた。

「本当に?」

「はい、手を触られたくらいですから」

「そうか・・・。じゃあ、これからは注意しろよ? 夜はウロウロすんな」

隆也の言葉に、少年は素直にハイと答え、もう一つ頭を下げると、慌てるように外に飛び出していった。


「塚本。・・・要注意だな。マジで」

わざと凄みを聞かせて隆也は言ってみた。

「本当に、彼なのかな」

「そんなんだから、いつまでたってもストーカーは増長するし、性犯罪は凶暴化して、被害者は低年齢化するんだ!」

「何の話だよ」

「お前は良い子ちゃんしてないで、もう少し人を疑えってことだ!」

「・・・」


最後のが効いたのか、それとも勘に障ったのか、春樹は反論するのをやめ、「じゃぁ」と小さく言っただけで、店を出ていってしまった。

人の良すぎるところは春樹の長所でもあり、短所でもある。


身近な人間を信用したいのは勝手だが、そんなだから、いざ本当に触れてしまったときの衝撃が大きいのだ。

人間なんて、大半どこか腐ってて、狂ってるんだ。そんなことを春樹にいうのは、酷なのだろうか。


誰もいなくなった店内で隆也は一人、ため息をついた。



            ◇


翌日。

K大理学部、旧館一階のエントランスの一角で、春樹は足を止めた。

その壁際に置かれたベンチに座っている、大柄な男から目が離せなくなったのだ。

その目立つ体格や容姿のせいもあっただろう。言葉は交わしたことが無くても、学部の誰もが名を知っているほど、その存在感は大きかった。

塚本忠志。

やや大きめで、野性味を感じるその唇の、右斜め下に小さなホクロがあった。

嫌でも脳裏に昨夜の少年の一件が過ぎる。

やはり、昨日あそこに居たのは彼だったのだ。


塚本は今日もスタイリッシュな黒ずくめの服装で、ベンチに浅く腰掛け、長い足を組み、文庫本を読んでいる。

すぐ側を慌ただしく女の子達の集団が通りかかり、組んだ足を避けられても、まるで自分だけ別空間に居るように、気に止めるふうでもない。

春樹は、ただ吸い付けられるようにその男を見つめていた。


ふいに塚本の顎が上がり、いっぱいに見開かれた目が、春樹を真正面から捕らえた。

ビクリと体が無意識に跳ね上がってしまい、春樹は慌てて目を逸らした。

そのまま、小走りにエレベーターホールに向かう。挙動不審なのは、明らかに自分の方だ。

胸がざわついた。


旧式で起動が鈍く、普段あまり利用することのないエレベーターだったが、まるで「乗ってください」とばかりドアが開いていたこともあり、3階へ行こうとしていた春樹は、躊躇わずにその箱に滑り込んだ。

塚本の前を通って階段に向かう気になれなかったのが本音だった。


乗り込むと、床面がガタンと揺れる。

少しばかりの心許なさを感じながら、春樹は3階のボタンを押したが、それと同時に、スルリと滑り込む黒い影があった。

何気なく視線を送った春樹は、思わず息を呑む。

春樹の方は一切見ず、冗談のようにゆっくりと閉じていく扉の方に体を向けたまま、塚本が立っていた。


ガシャンと、映画の効果音のような重厚な金属音を響かせて、鉄の扉が閉まる。

モーターが唸りを上げて起動するまでの静寂が、春樹にはとてつもなく長く感じられた。


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