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第16話 本心

「あの松岡っておっさんが、祐一の弟を殺した犯人かもしれないって? あんたマジでそんなこと思ってんの?」

隆也は、長々と塚本の推測を聞いた後で言い放った。

余りに飛躍しすぎていて、笑う気にもならない。

正午を少し過ぎた心地よい5月の公園で語るには、どうにもふさわしくない内容だ。

けれど幸い、花壇の縁をベンチがわりに座って話し込む3人を、訝る通行人はいなかった。


「本気?」

少しだけ声のトーンを落とし、隆也は塚本を見た。

「だから、6日前のゲーセンでの場面から順を追って丁寧に話してやったろ? 隆也って、想像力ないの?」

「本当に松岡さんはその日ゲーセンで祐一君を見て、『何でこんな所に』って言ったのか?」

隆也が怒り出す前に春樹が訊いた

「ああ。放心したようにね」

「けど、祐一が知らなかっただけで、松岡は祐一を以前から知ってたのかもしんないだろ? 親同士が知り合いだとか。ミステリーお宅か何か知らないけど、飛躍しすぎなんだよ、あんたの思考は」


「親の関係で祐一を知ってる良識のある男が、小遣い与えて深夜のゲーセンで一緒に遊ぶのか。2日前の15日の夜も、コンビニに駆け込んだ祐一を、、ガラスに張り付いてあの男は見てたよ。きっと付け回してたんだ。そして昨日も・・・正確には今朝だが、祐一を監視し、コンビニで酔っぱらいに1万払って、送って行ったらしいじゃないか。

その後俺、追っかけたろ? 松岡は、祐一が家に逃げ込んだにもかかわらず、取り憑かれたように祐一の家を見上げてたよ。それでも松岡は、ただの優しい知り合いのおじさんだって言うんだな? 隆也は」

早口で捲し立てた塚本の気迫に負け、隆也は言葉を呑み込んだ。


「祐一君は、夜中に塚本が尋ねていったとき、怯えてた?」

「ああ、このヤバイ俺に、すがりつくほどにね」

塚本は花壇の縁に浅く腰掛けたまま、向かい側に座る春樹にクイと首を付きだして言った。


春樹はその自信ありげな長身の男の目を、じっと食い入るように見つめている。

依然見たことがある。何かを決心したときの目だ。

ヤバいな・・・と、隆也は首を横に振った。


「だからって・・・ただ祐一の事が気に入っただけかもしんないだろ」

「ああ、そうだよ。イカレるほど気に入ったんだ。だからやばいって言ってんだろ、タコ」

「タコだあーーーー?」

「確かに想像の域を出てないよ。普通なら何か起きるまで手が出せない。でもここには、本当に事件性があるのか無いのか知る手段がある。違うか? 天野」


塚本は立ち上がって春樹を見下ろした。

「何でも無かったら、土下座でも何でもするよ、天野」

塚本の作った影にすっぽりと収まった春樹は、真っ直ぐに目の前の男を見上げた。


了解の目だ。

隆也は無力感に、胃の底が冷えて行くのを感じた。

分かっていた。春樹に拒めるはずが無いこと。その力がある限り、春樹はそんな方向に吸い寄せられていく。

何より、春樹自身が知りたがっているのだから。

自分の力の意味と、自分の存在の意味と、可能性というものを。


確かに塚本の言うことは、正しいかもしれない。けれど、キリがないのだ。

どこまで行っても、果ても終わりも完結も完了も、なにもないのだ。


「いいんだな? 天野」

そう言って春樹にニンマリと笑いかけた塚本の携帯が、不意に鳴った。

画面を見た塚本の表情が、スッと変わる

視線を春樹に会わせたまま、携帯を耳に当て、慎重に話し出した。

「どうした。 祐一」


隆也と春樹は、携帯を掴む塚本を息を呑んで見た。

「大丈夫だから、落ち着いて喋ろ。何があった? 今、どこにいるんだ」

いつになく緊迫した塚本の口調が、隆也と春樹を更に緊張させる。

「分かった。そこに隠れてろよ。すぐに行くから」

電話を切るなり塚本は再び春樹に視線を向けた。

「行くぞ天野。松岡が暴れ始めた」


       ◇



「なんで隆也までついて来るんだよ。うぜぇ」

タクシーの後部座席に一緒に乗り込んできた隆也を、塚本があからさまに睨んだ。

「ここで帰れるか!」

塚本はひとつ舌打ちをしたあと運転手に行き先を告げた。


「塚本。祐一君はどこに? 何があった?」

「この先の迫田ビルにいる。ほら、建設途中のまま何年も放置されてる幽霊ビル。管理がずさんで問題になってたろ。そこで松岡と隠れんぼさ。あの馬鹿ガキ、のこのこ松岡に食われに行ったんだよ。ほんと、危機管理能力ゼロだ。少しは痛い目に遭えばいい」

いったいどちらに腹を立てているのか、塚本は語気を強め、後部座席から前方を睨みつけている。


「警察には?」

「何て通報すんだよ。大人と子供の鬼ごっこに、警察が混ざってくれんのか? あいつらは、何か事が起こらなきゃ動かない。ストーカー犯罪見ろよ。

祐一の弟の事件だってひどいもんだ。そこに死体が転がってたって、目撃者と証拠がなきゃ何の策もない。何も出来ない。役立たずなんだよ、警察なんて。

そんなもんに頼らずに、俺らであのおっさんの化けの皮、はがしてやろうぜ」


「楽しそうだね」

春樹の声は低く穏やかだったが、一瞬空気をピンと突っ張るような、冷ややかさがあった。

それは、自分の力を利用される事への憤りと言うよりは、警察に対抗しようと言う、塚本の奢りに向けての憤りなのだと、隆也は感じた。

よかった。春樹は、正気だ。塚本に丸め込まれているわけでも、踊らされているわけでもないのだと、安堵が込み上げる。

塚本は「そんなんじゃねえよ」と低く返し、そのあとはしばらく口を閉じた。


隆也は反対側に座って興奮を隠している長身の男を横目で睨んだ。

正義のヒーローにでもなった気分か。

春樹の不安と葛藤がどれほどのものなのか、爪の先ほども分かっていない。

隆也は流れる景色を見ながらそう思ったが、ふと、では果たして自分はどうなのかと、自問してみた。


そんなことに首を突っ込むなと止めるつもりだったにもかかわらず、結局成り行きを確かめるように、同行している自分の本心は、どうなのだ。


答えが過ぎった瞬間、隣に座る春樹を見るのが怖くなった。

自分も今、本当は「この先」を見たいと思っているのではないか。

春樹の力が、正義の方向に正しく使われる瞬間を、もしかしてこの目で見たいと思っているのではないか。その瞬間の春樹の苦しさを、知っているにもかかわらず。


自分自身で思い至りながら、愕然とした。塚本と、自分は同じなのかもしれない。

にわかに心臓が居心地の悪い鼓動を始める。

興奮と罪悪感と。 いったい、どれだ。

自分の右肩に触れる、春樹の体温が伝わってくる。

横で小さく吐き出した息が、辛そうに響いた。


        ◇


タクシーは間もなく繁華街を外れ、寂れた路地に面した4階建ての廃墟ビルの前に止まった。

コンクリートむき出しの壁には窓ガラスも何も入っておらず、吹きっさらしになっていた。

フェンスはただのお飾りで、その気になれば好奇心旺盛な悪ガキどもの巣窟になりそうな代物だ。

祐一から電話を貰ってから、まだ僅か十数分。

最後にタクシーから飛び降りた塚本が先頭に立ち、侵入口を探しながら、2人を促す。

「たぶんまだ祐一は2階の部屋に隠れているはずだ。行こう。松岡を取っ捕まえる」


塚本の背から聞こえてくる言葉は威圧的ではあったが、安心感もあった。

砕けたコンクリート片を踏み、朽ちたチェーンの垂れ下がった赤茶けたフェンスを難なくくぐり抜け、3人はシャッターもドアもない入り口から中に入った。

天窓からのわずかな光で、目を凝らせば何とか建物内の様子は見て取れた。

中央は、全階を貫く吹き抜けになっており、ここが商業施設になる予定だったことをうかがわせる。


建設途中だったというのは本当なのだろう。本来あるべき階段の手すりも、各階の通路部分の柵

もまだない。どういう状況で崩壊したのか、3階の通路が一部そのまま砕け落ち、1階のフロアは瓦礫と鉄筋が散乱したひどい有様だ。

歩くたびに足の下でバリバリと、コンクリート片や鉄くずが擦れる嫌な音がする。


「祐一」

3人はそれぞれに一言叫んで反応を見たが、自分たちの足音や雑音以外は何も聞こえない。

僅かな光を頼りに目を凝らし、周囲を見回し、2階へ上がる階段へ向かおうとした時だった。


誰もがそこで一様に動きを止め、床面のとある一点に視線を向けた。

せり出した各階の端、ベランダとも言える部分の真下だ。

砕けたブロックや、鉄くず、鉄パイプの散乱する床面の上に、明らかに異質な質感の黒い塊が転がっている。

ぐにゃりと奇妙な形に投げ出されているのは、どう見ても人間の体にしか見えない。


冷えたコンクリートと埃の匂いに混ざり、鼻孔に入り込んで来るのは、錆びた鉄のようでも、血のにおいのようでもあった。


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