第12話 約束
「なんで塚本さん、あの人のこと知ってるんですか」
祐一は怯えているような、それでいて憤慨しているような、険しい表情で塚本を睨んできた。
「でかい声出すなって。別に俺はお前をストーカーしてるわけでもないし、あの松岡とかいうおっさんとグルでもないよ。6日前、ゲーセンでお前と初めて会った時さ、あのおっさん、ずっとお前のことを見てたんだ。知ってた?」
「そんな・・・知らなかった」
「ちょっとあの時のおっさん、異様だったよ。真っ青な顔してさ。そうだな・・・まるで幽霊でも見るような顔つきだった」
「そんな事、あの夜聞いてませんけど」
「いちいち教えてやることでも無かったからな。世の中にはちょっとイカレタおっさん、掃いて捨てるほどいるし。それにお前、弟が行方不明になって凹んでたろ。だから余計なこと言うのも可哀想に思ってさ」
「・・・でも、変です。6日前は、まだ松岡さんとは知り合いじゃなかったのに。松岡さんが僕に声を掛けてきたのは4日前だもん。弟が死んだって知らされて、家中みんながパニックになってて・・・。僕は、ぜんぶ自分のせいのような気がして、気が変になりそうで。だから、また夜中にゲーセンに行ったら、松岡さんに声掛けられたんです。すごくすごく優しくしてくれたから、何時間も遊んで・・・。でも、6日前は、僕らは知り合いじゃないです。向こうも、以前から僕を知ってる風じゃなかったし」
「やっぱり・・・」
塚本は眼球をぐるりと巡らし、自分の考察を改めて吟味した。
「6日前の深夜、お前と松岡は面識も接点も無かった。そうなんだな?」
「はい」
「でもあの男は、お前のことを、まるで幽霊でも見るような目で見て、言ったんだ。『何で、ここに・・・』って」
塚本の言葉が理解できないのか、祐一は目を丸くしてじっと見つめて来た。そして小さく首を横に振る。
「聞き間違いじゃないの? だって僕、会ったこと無いし。それに、あんなうるさいゲーセンで、声なんか聞こえるわけないよ」
「聞き間違いなんてのは、ないんだよ。俺は耳で聞く訳じゃない。目で読むんだ」
「目で?」
祐一は更に目を見開き、塚本を食い入るように見つめてくる。理解できないものを理解しようとする、必死な目だ。
どこにでもいる素朴な顔立ちの普通の少年だが、そう言う表情をされると妙にかまいたくなる。
自分の中に、女などよりも少年により一層の興味が湧いてしまう兆候があるのは認めていた。
だが、今回のはそんな性癖とは関係ない。
真実の扉の鍵を持ってしまった人間が取る、当然の行為なのだ。
塚本は内緒話をするように、祐一に顔を近づけた。
少年の髪から再び微かに線香の匂いがただよい、この子を取り巻く家庭の悲しみがリアルに胸に染みた。
「例えば、こういうのはどうだ? あの松岡って男は、その日どこかで、お前にそっくりな少年と出会った。そしてその時点でその少年が、生きてこの場にいるわけがないと、知っていた・・・とか」
「どういうこと?」
「分からないか? 6日前の夜、発見はされていないが、もう弟の弘喜は殺されてたんだぞ」
あまりにむき出しの表現になってしまったな、と思いつつも、塚本は真っ直ぐ自分の推理を祐一にぶつけてみた。
祐一は、塚本の言わんとしていることを理解したみたいだったが、やはり首を横に振る。
「そんなの、有り得ないよ。だってあの人は・・・」
「あの人は優しかったか? 金とか、くれるほどに?」
祐一の表情が、何かを見抜かれた時のそれに変わり、見上げてきた眼球が街灯を受けてギラリと光った。
「よく思い出せ。松岡は、お前に兄弟がいるかとか、訊いてきたか?」
「・・・うん、そんな話もした。あの日はあまり弟の話はしたくなかったけど」
「なるほどね。近づいてきた。偶然出会うって確率は別として、全く有り得ない話でもないと思うけどな。1日目の少年で果たせなかった愉悦を、同じ顔を持つ双子の片割れで、もういっぺん試そうとする律儀な大人がいたって、不思議は無いと思うよ? 俺は」
「・・・試すって」
「じゃあ聞くが。どこの世界に、深夜いきなり出会った子供にホイホイと金を恵んでやる親切な人がいるよ。下心があるとか普通思わないか? 現に今日だって付きまとわれてたんだろ。なんて言われたんだ。遊びに行こうとかか? もっと卑猥なこと言ってきたんじゃないのか?」
「それは・・・でも。ちゃんと断ったし、お金を返せば大丈夫だと思ったし。だけどそのことと、弘喜の事が関係あるなんて・・・」
「馬鹿馬鹿しいと思うか? まあ、俺の発想や妄想はいつだって突拍子もないけどさ。でも、もし万が一そうだったらどうする? 6日前の松岡の行動、言葉、どう説明する? 危機管理ゼロで無鉄砲な行動取って、悲しい末路むかえるよりは、石橋たたいて見る方が良いんじゃないか?」
祐一は凍りついた表情のまま、黙って塚本を見ていたが、やがて低い声でポツリと言った。
「それは弘喜のことを言ってるんですか?」
自分の口から放った言葉は後悔しない塚本だったが、今のは軽率だったと、少しばかり反省した。
「とにかく、あの松岡は異常だ。一昨日もコンビニの外からお前のことじっと見てたの、知らないだろ?」
「・・・おとといも?」
再び祐一は怯えた目を向けてきた。
「お前、弟の死は自分にも責任があるとか思ってるのかも知んないけど、それで家に居づらくてぷらぷら出歩いてんのなら、すぐやめろ。深夜のゲーセンも、意味のないコンビニ通いも。万が一俺が言ったことが事実だったら、お前、対処できるか?」
「・・・」
「そうだろ? 不用意に出歩くのはやめろ。お前が今しなきゃなんないのは、弟のことを悲しんで、親のために家に居てやることだ」
塚本は不要のレシートにボールペンで自分の携帯番号を書き込むと、祐一の手に握らせた。
「何かあったらすぐ電話してこい。もしも金のことで松岡に呼び出されたなら、俺も一緒に行ってやる。絶対にひとりで行くんじゃないぞ。約束を守れたら、お前の借金4000円はチャラにしてやるよ」
祐一はじっと手のひらの中の紙切れ一枚を見つめたあと、ゆっくり顔を上げた。
「なんでそんなにしてくれるの?」
「青少年を守るのは大人の義務。さあ、もう風呂入って、大人しく寝ろ」
呼びつけた癖に、追い払うような口調で言うと、祐一はただ小さく頷いて、玄関ドアの中に静かに消えていった。
とても大人しく寝られるような精神状態ではないだろうがな。塚本は思った。
さて。お膳立てはできた。
『なんで、そんなにしてくれるの?』
事件の核心に迫って行く実感と流れが、堪らなく刺激的だからさ。
そう言ったら少年は激怒するだろうか。
塚本の親切ごかしの言葉の裏側を、祐一が見たら何と言うだろうか。
死んでしまった少年は本当に哀れであり、まだ平然としている犯人には心底怒りを覚える。それは嘘のない正直な感情だ。
けれど、その犯罪を暴く鍵を自分が掴んでいるかもしれないという予感は、その悲劇と不釣り合いに塚本を興奮させた。
ミステリーオタクの性だろうか。しかし、あながち不謹慎とも言えない感情ではないか。
犯人がご丁寧に証拠を残しておかなければ動けない無能な警察。
一般市民の目撃情報を待つしかない現実。
そこに光の矢を放つ方法を自分が知っているのだとしたら、その瞬間に心揺さぶられるのは、悪い感情ではないはずだ。
踵を返し、塚本はひっそりした住宅地に足音を響かせて帰路についた。
ジーンズのポケットに入れた端末のバイブが唸ったのは、アパートの手前まで戻った時だった。
コンクリートの階段を登りながら、メールの発信者と文面を確認した塚本の目が、思わず細められた。
《 天野です。塚本と話がしたい。今日の午前中、都合が良ければ会えないだろうか 場所は--- 》
完璧だ。
このかわいこちゃんを手に入れれば、計画は実行に移せる。思い通りに駒が揃った。
興奮してちびりそう。俺の方こそ、今夜はもう眠れそうにないな。
塚本は薄い唇を、舌でちろりと舐めた。




