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ある夏の日の縁日 終幕


 花火が終わると、俺達は人込みを掻い潜りながら集合場所である神社の鳥居の前へと向かう。

 俺からしてみれば、これはちょっとしたトレーニングだ。いかに人にぶつからず、素早く抜けていくか。体の重心移動や素早い足捌き等を実戦で鍛えることができる。

 例えば、今目の前にいる奴を右サイドステップで躱し、その後ろにいる奴を着地した右足を軸に回転して避けながら左足を前に進め、回転した勢いをそのままにもう半回転しながらサイドステップを踏んで人と人の間をすり抜ける、といった具合だ。

 え、これが何に必要なのかって? ……そりゃいざという時にキレた家猫から逃げるために決まってるだろ。未だに逃げ切れたことは無いが。


「悪い、待たせた」

「せーちゃん、何か今踊りながらこっちに向かってなかった?」

「いや、人込みを掻い潜ってただけだが?」

「……よく浴衣であんな動きできるね……」


 人込みを掻い潜りながらやってきた俺達を見て、水巻がそう口にする。

 そう呆けるなよ。そりゃあ、達人の動きはまるで演舞のような美しい動きになるが、俺の動きはまだそこまで洗練されちゃいない。

 いや、ひょっとしたら本当に踊ってたかもしれない。だって、途中からワルツのリズム刻んでた気もするし。社交ダンス部にでも入部しようかしら。

 ……ダメだ、家猫が乱入して全部ぶっ壊していく未来しか見えない。

 ふと妙な視線を感じてそちらに目をやると、水巻が怪訝な表情で俺を見ていた。


「……何考えてるの? 深刻な表情でさ」

「いや、何でもない」


 いかんいかん、我ながら全く意味のないことを考えてしまった。

 ああ、どこにでも乱入してくる家猫のことなんて全然深刻じゃないな!

 ……ごめんなさい、超深刻です。ぶっちゃけ貞操の危機に陥ったことすらあります。

 そこ、ヘタレ言うなし。お前らに将来を丸ごと奪われる恐怖が分かるか。


「ところで、水巻だけか?」

「ううん、みんなもう揃ってるよ。ただ、こーちゃんと由紀さんがちょっとあれで、みっちゃんがそれを追いかけて行った感じ」


 うわぁ、そりゃ絶対ロクなことになってねえ。

 だって天然トラブル製造機の由紀さんに、アトミックトラブルブースターの福間までいるのだ。調整役の海老津が悲惨な目に遭っているのが目に見えるというものだ。


「とりあえず、みんなのところに行こっか?」

「……まあ、そうだな」


 うん、放っておいたらいつまでも帰れないな。めっちゃ放っておきたいけど。

 そんなこんなで色々と面倒くさいことになっていそうな奴らのところに向かうと、神社の拝殿の前では予想通りの展開が待っていた。


「いやあ、災難だったね、海老津」

「うう~っ……」

「ああっ、せっかく落ち着かせたってのに!」


 俺が集合場所に着いてみると、福間の一言で由紀さんが膝を抱えていじけ、海老津が必死でそれを宥めている場面に出くわした。

 由紀さんは綺麗なクリーム色の長い髪が地面に付くのを全く気にせず、地面にのの字を書いている。どうやら、何か盛大にやらかしたようである。

 そして海老津、お前は本当に損な奴だな。由紀さんが凹むのはいつものことだから、しばらく放っておけばいいのに。再点火するための燃料を与えなければ、空転してコケることはないのだから。

 ……ということを、つい最近兄貴の嫁さんから聞いたのだ。

 実の姉からの言葉がこれとは、いくらなんでも悲しすぎるわ。


「……何があったかは聞かないが、とりあえず海老津が由紀さんに振り回されてるのはわかった」

「せ、誠司君まで……」


 おおっと、ついうっかり思ったことを口に出してしまった。

 しかしまあ、ここで慌ててフォローしたところで由紀さんは逆に沈む。

 ここは放っておくのが無難であろう。というか、念入りにトドメをさしておくのが正解だとお姉さんは言っていた。

 ……実は超がつくほどのドSなだけなんじゃなかろうか。


「ところで遠賀川。君は何でお嫁さんをおんぶしてるのかな?」

「いつもの発作だ」

「どんな発作だよ……」

「んなことは俺が聞きたい」


 こちらに気が付いたホスト風の男の質問に答えると、隣のチャラ男が呆れた表情でそう口にする。

 ちなみに、ホスト風とチャラ男の間にいる男は、一歩間違えればどこぞの番長に化ける風貌だったりする。

 まあ、実際のところは童顔だけど威圧感があって、少し背が高いだけなのだが。

 ……おい、今浴衣を着たら的屋のあんちゃんって言った奴出て来い。お互い本気でかたろうぜ、主に拳で。


「誠司分不足による発作。体温低下が主な症状」

「……だってよ」


 そんな俺の背中から、自分の病気について語ってくれるちんちくりんな家猫。

 誠司分って何だよ。いつから俺はマイナスイオン発生装置みたいな安楽器具になったんだ?

 むしろそんな成分が俺から発生しているのなら、速攻で製造会社に行って分析してもらうわ。

 いや、ダメだ。欠乏症状が出るのなら、間違いなく中毒症状が出る。くそ、誠司分を使って金儲けをする計画は早くもご破算のようだ。


「完全にただのバカップルじゃねえか! くそっ、どうしてテメェばっかり!」


 海老津は親の仇を見るような眼で俺の事を見る。

 誰がバカップルだ馬鹿。お前に彼女が居ないのは……まあ、運がなかったんだろうよ。

 しかしバカップルか……む、やはりお互いのためにも少し自重してもらわんといかんな。主に俺が警察に職務質問を受けるからという理由で。

 服装しだいじゃ番長に見える男が、中学生に間違われる女の子を連れていたらそりゃそうなる。というか、俺から見ても犯罪的だ。

 ……でも、どっちかっていうと襲われてるのは俺のほうなんだよな……あれ、なんか眼から熱いものが。


「そうは言っても海老津、君だってあんまり人のこと言えないんじゃないのかい?」

「……はぁ?」

「だって、今度赤間さんと二人で行くんでしょ? 隣町の花火大会」

「うげっ、テメェ何で知って……」


 ほう? 海老津が由紀さんと出かけるとな?

 あー、良く分かるわ。海老津と由紀さんなら多分そうなるわ。ついでに何が起きたのかも大体分かったわ。

 大方、由紀さんが財布を落とすか何かして、付き合わされた海老津が花火を見れなかったんだろう。

 で、優しい優しい海老津お兄ちゃんは名誉挽回のチャンスに隣町で花火大会があるってことを教えて、由紀さんの方から誘ったんだろう。

 何処まで損な性格をしてるんだこいつは。由紀さん共々二人まとめて兄貴の嫁に弄り倒されてしまえ。


「おや、本当に行くんだ。それは楽しみだね、海老津君?」

「あ、テメ、カマ掛けやがったな!」

「ふぉおう!? みっちゃん、ひょっとしてエスパー!?」


 いや、海老津の性格と今日何が起きたかを知ってりゃ大体分かるだろう。

 何が起きたか知らなくても、由紀さんの日頃の行いを知ってりゃ分かる。

 まあ何が言いたいかというと、お前は実に単純だということだよ、海老津君。


「ふふっ、僕は遠賀川と海老津のことなら大体のことはわかるからね」


 やだこの子気持ち悪い。意味ありげにウインクしながらこっち見んな。

 つーか、貴様はそんなに薔薇族疑惑を確定させたいのか。ほれ見ろ、海老津もこれ異常なく気持ちが悪そうじゃないか。

 とりあえず、これには物申さないと気がすまん。


「……福間。お前、その手の誤解を生むような発言と仕草をやめろって日頃言ってるよな?」

「そうだぜ、全く……ただでさえ女の子にモテねえのに、薔薇族疑惑まで上がっちまったら洒落になんねえぜ」

「それは残念。僕としては、別に君達とそういう噂になっても構わないんだけど。その方が面白いし」


 ……吐きそう。

 こいつ、何でそんなことを笑顔でさらっと言えるんだよ。

 海老津を見てみろ、顔面蒼白でお前から逃げてるじゃねえか。水巻も由紀さんもドン引きじゃねえか。


「……みっちゃん。それ、りりちゃんの前じゃ言わないでね」

「だ、ダメだよ福間君! 同性愛は日本じゃ認められないのに!」

「二人とも、後で俺と海老津の前で正座な」

「えーっ」

「ど、どうして!?」


 りりちゃんとやらの前じゃなきゃいいのかよ。同性愛が認められてる国ならいいのかよ。

 なんなの、お前ら。お前ら、ミナ×セイとか見たいとか言い出すんじゃねえだろうな?

 冗談じゃねえ、俺は、俺達はノーマルだ!


「ちぇ、残念。面白くなりそうだったのに」

「来るんじゃねえ。それ以上近づいたら、ぶっ飛ばす」


 残念そうな顔でこっちに近づこうとする福間に、俺は若干本気でそう口にする。

 それが効いたのか、今度は福間がびくりと肩を震わせた。


「……っ、この感じ、久々だね……分かったよ、そんなに本気で睨まなくたっていいじゃないか」

「……ふん」


 本気で冷や汗をかく福間は、そう言って引き下がった。

 こういうときは、自分の人相に素直に感謝できる。いや、むしろこの人相でつくづく良かったとも言える。

 薔薇族疑惑をもたれるよりは、怖がられた方がマシというものである。

 ふと時計を見ると、時刻は十時を迎えようとしていた。

 周囲を見てみると、花火が終わって客足が引き、屋台が店じまいを始めていた。


「それで、この後はもう解散なんだろ? 早く帰らねえと遅くなるぞ? ていうか、いい加減降りろ、熱い、重い」

「嫌」


 俺が振り下ろそうと体をぐるぐるとねじるも、家猫は一向に離れようとしない。

 おまけに脚まで使ってしがみつくのではなく、腕で俺の首にしっかりと抱きつきながら、振り子のように宙を舞っている。

 この野郎、完全に遊んでやがる。

 そんな舐めた真似をして本当に人の首を舐めてくるうちの猫をどうしてやろうか考えていると、フラッシュの光が俺の目に飛び込んできた。バルス!


「……おい福間。なんで今写真撮った?」

「いやあ、この肉体美あふれる姿を遠賀川に興味のありそうな女の子に送ったら面白いかと思って」

「はいはい、んなの居ねえよ。主に背中の猫のせいで」

「にゃ~」


 嫁が居なけりゃ何だかんだって言われてるんだから、前提からして興味対象から外れている。

 現に、その他称嫁が俺の背中に張り付いている写真なんて送られても、バカップルの写真にしか見えないだろう。

 その俺の背中に張り付く嫁呼ばわりされている猫をどうしたものかと考えていると、横から盛大なため息が聞こえてきた。


「遠賀川ちゃんよぉ。お前、そりゃ自分の認識が甘いんじゃね?」

「君ね、『嫁がいなけりゃ恋人にしたい男』ってことは、君は相当にモテてるってことなんだよ? 実際、この前の合コンじゃ二次会のお誘いがあったじゃないか」

「そうだよね~……実際、この前の合コンの写真でせーちゃんのこと知りたいっていう子結構居たし。それにガードが甘いから、二人の間に入り込もう、何て考える子が居ても可笑しくないよ? 大体、あの時沈んだ子の何人かは、せーちゃんが沈めてるんだし」


 そのため息の正体は、この前の合コンに参加した連中であった。

 何なの、その可哀想な人を見るような眼は。というか、見た目超イケメンの福間を差し置いて俺の方になびく奴の気が知れない。


「ほう? 俺の何処に惚れたのかぜひとも聞いてみたいもんだ」


 だからこんな質問が自然に俺の口からこぼれ出た。

 だって、正直俺は今まで自分の威圧感と家猫のおかげで男も女もあまり寄り付かなかったからな。

 要するに、俺は正真正銘のぼっちだったと言うわけだ。自分のモテる要素なんてさっぱり分からん。


「えー、だってせーちゃん背高くて結構良い体してんじゃん。顔も悪くないし、それなりに良い大学に行けるくらい頭がよくて、おまけに料理も出来るでしょ? モテない要素って、あんまりないよ? まあ、一言話すまでは怖がられるかもしれないけど、猫ちゃんとの日常を知ってるとそれも無いし」

「うんうん。誠司君、私から見てもいい線行ってると思うよ? 体が大きいから最初はちょっと怖かったけど、話してみると結構優しいし。私も美奈ちゃん居なかったら、たぶん狙ってたもん」


 かと思ったら、女性陣から放たれる衝撃の事実。

 なるほど、大きなプラス要素は無いが、それ以上にマイナスの要素が俺には無いということか。

 え、何なの、この評価。マジ、ビビるわ。てか、無いわ。

 俺、ぶっちゃけ言ってマイナスの塊だったはずなんだけどなー?


「……渡さない」


 ほらほら、うちの家猫がどんどん不機嫌になっちゃってますよ。

 あーっと、こういう時は……家猫をなだめるよりもまずは根本的な原因の解消方法を聞くべきだな、うん。


「……福間、お前ならどうすれば良いか分かるか?」

「ああ、分かるともさ。だから、これは僕からの忠告。正直なところ、今まで君は隙を見せすぎた。少なくとも、僕が見ている前では隙だらけもいいところだ。君がどういうつもりなのか知らないけれど、はっきりしておかないと、君は今の日常を送れなくなる。これだけは、覚えておいたほうが良い」


 いつも以上に真剣に俺を見つめる福間。

 どうやら、俺が思っている以上に話は深刻なことになっているようである。

 だが、どうにも要領を得ない。隙だらけとは、どういうことだろう?


「どういうことだ?」

「本当に君は鈍いなぁ。それとも、気付きたくないだけかな? いずれにしても、それについてはもう僕が言及して良いことじゃないね。口にするのは簡単だけど、多分それじゃあ君のためにならないだろうし」


 呆れ口調で福間は俺にそう言った。

 この言い回し、明らかに俺に非があるという言い方である。しかも、俺自身が気づかないと意味がないときた。

 はて、そんな深刻な事態を俺は引き起こしていたのだろうか?


 それに……俺は今、何故『気付いてはいけない』なんて思ったのだろうか?


「これはちょっとした予言だよ。遠賀川、今から君の周りは僕と似たような感じになる。今までどうしてそうならなかったのか、よく考えて欲しい」

「同感だ。こいつに関しちゃ、本当にお前の考えが甘すぎるわ。こう言っちゃなんだが、俺が福間に同意しているってことがどういうことか、ちっと考えたほうが良いぜ」


 福間と海老津から、それぞれにうんざりとした口調で言い放たれる。

 海老津が福間に同意しているということは、これは冗談抜きで深刻な話ということだ。それも、それは二人とも関係のある事柄だ。

 俺は、この二人に何をしていたのだろうか?


「分かんねえな。俺はお前らに何かしでかしたか?」

「……海老津」

「……もう良いんじゃね?」


 俺の言葉を聞くなり、二人はそう言ってため息をついた。

 その表情は、先ほどの呆れた表情ともまた違う。それは、明らかに一種の失望の表情だった。


「遠賀川。ちっと痛い目に遭ってもらうぜ。正直、俺ももう抑えきれねえんだ」

「僕達はちゃんと忠告したからね。君の行為が何を生み出したのか、身をもって知ってもらうよ」


 二人はそう口にすると、静かに俺に背を向けるのだった。



 ……今にして思えば、このときの福間や海老津の忠告をちゃんと聞いておけばと思う。

 何故なら……二人が心配していた事は、そう間違っていなかったからだ。

 不意打ち気味に更新してみました。

 こっちのほうもゆっくりですが更新していきます。

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