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ある夏の日の縁日 第二幕 その弐

「さあ!! これから思いっきりお祭りを楽しみましょう!!」


「……いや、たかが祭りにそこまで張り切らんでも……」


 こちら海老津幸介、早速前途多難な様子……

 このねーちゃん、今までの経験からして相当な地雷であると予想される。

 だって、異常な世話焼きにこれまで上手く行った試しがねーもんよ。

 こういう奴は大概、張り切りすぎて空回りするってのが眼に見えてるのだ。


「大丈夫、ここはお姉さんに任せなさい!!」


 でかい胸を張ってそう言うねーちゃん。

 いや、その台詞は大概失敗するフラグですから自重してください。

 そうこう言っている間にも、ねーちゃんは勝手に先に進み始める。


「さあ、早く行きましょう、幸介君!!」


 ……名前を早速覚えられて、少しキュンと来たのは言わない。

 うるせえ、どうせ俺はモテない男なんだ、悪いか。

 それはさておき、やはり地雷のような気がしてならないねーちゃん……赤間 由紀さんの後をついて回る。


「あ、金魚すくい!! ちょっとやってみよう!!」


 とりあえず、少し落ち着きましょうか。

 お姉さんと言っている割には、俺らよりも明らかにはしゃぎすぎだ。

 どうすんだろうと思ってみていると、由紀さんはポイを垂直に水の中に叩き込むのだった。


「あっ!?」


 そして早速ポイに大穴を空ける由紀さん。

 へったくそ、そんな風に扱えば一瞬で穴が開くのは見えている。

 それにめげず、由紀さんはもう1回挑戦することにする。

 再びポイを垂直に水の中に叩き込む由紀さん。


「ああう!?」


 当然、水の中に入れてすぐポイは破れてしまう。

 ……この人、実は滅茶苦茶不器用なんじゃないか?


「あう~……」


 そう思っていると、由紀さんは涙眼で俺の方を見てきた。

 なんだ、俺に敵をとれってか?

 しょうがねえな、1回だけやってやろう。


「おっちゃん、1回」


 俺は屋台のおっちゃんに金を払ってポイを受け取る。

 そんでもって、水槽に居る金魚をじっと眺める。

 こういうのは上のほうに居る奴を文字通りすくってやれば良いのだ。

 さてと、上のほうに居る奴を狙ってポイを滑り込ませるようにっと!!


「……あ」


 はい、今回の金魚すくいは終了しましたー、ありがとうごぜえます。

 ものの見事にポイの紙が破れて大穴が開きましたとさ。

 へいへい、どうせ俺も不器用ですよ。





「金魚すくいって何であんなに難しいの?」


「いや、それを俺に言われてもよ……」


 金魚すくいでの惨敗のあと、俺達は次の場所へ向かうことに。

 由紀さんはといえば、初対面だというのにやたらと話しかけてくる。

 理由は……まあ、分からんでもない。

 きっとこの人、人付き合いは上手くねえんだろうなぁ。

 それで居て自分がしっかりしようとするもんだから、相手を退屈させないようにと沢山話題を提供したがる。

 そんなことに必死になるもんだから、相手が話について来れなくなることが分かってねえんだ。


「ところで、この後はどうするんで?」


 ま、こういう場合はこちらから相手が分かりそうな話題を振ってやれば一発解決だ。

 すると由紀さんはしゃべるのを中断して考え始めた。


「そうだね……食べるよりは遊びたいかな?」


「よっしゃ、それじゃあヨーヨーつりで勝負しようぜ」


「ふ~ん? いいよ。お姉さんに勝てるかな?」


 由紀さんは不敵に笑って俺にそう言った。

 よし乗った。こうなりゃしばらくは俺のペースで話が出来るな。


「へっ、俺に負けても恨むなよ?」


 さて、勝負を挑んだからには勝たねえとな。



 * * *



「はい、結果はっぴょ~う。俺、0個。由紀さん、0個。よってこの勝負引き分けと相成りましたとさ」


 と言うわけで、2人揃ってまたしてもあっさりと惨敗。

 負けはしなかったが、別の意味で悲しすぎる結果になりましたっと。

 ……ちっきしょう、ちゃんと上に浮いている輪っかをねらったんだがな? 何でだ?


「あはははは……ヨーヨーつりって難しいね……」


 お情けでもらったヨーヨーで遊びながらそう言う由紀さん。

 ちなみに彼女はヨーヨーつりの針をいきなり水の中に思いっきり突っ込んで失敗していた。

 ……この人は何で確実に失敗すると分かっているようなことをすんだろうな……

 ひょっとすっと、1つのことに集中すると他のことが見えなくなるのか、この人は?


「……まあ、あんま多く取りすぎても邪魔になっし、別にいいんじゃね?」


「それもそうだね。それじゃあ、このあとどうしよっか?」


「そうだな……少し喉が渇いたなっと」


 そんな俺の目の前に飛び込んできたのは、氷水が入った水槽のある屋台。

 その屋台の看板を見てみると、ラムネの三文字。

 こりゃちょうど良い。


「なあ、ラムネ飲もうぜ」


「うん。いいよ」


 俺達は屋台に向かっておっちゃんからラムネを2本買い、人通りの少ねえところへと移動する。

 昔から長いこと変わってねえ形の瓶に入ったそいつは、氷水のおかげでめっちゃ冷えていた。

 その飲み口をふさいでいるビー玉を強く押しこむと、ぷしゅっと言う音と共にビー玉が中に落ちる。

 この瞬間がたまんねえんだ、これが。

 上手く言葉にできねえが、俺はこの瞬間が好きなのだ。

 んでもってその中身が口に入ると、ラムネ特有のあの味と炭酸の刺激が広がる。


「く~っ!! うめえ!!」


 思わず口からそんな声が出る。

 ……よく考えてみっと、今の言葉は風呂上りにビールを飲んだときの親父の台詞そのまんまじゃねえか。

 儂も歳を食ったもんじゃのう……

 などと思いながら由紀さんのほうを見ると。


「ん……ん……」


 何やらラムネを飲むのに悪戦苦闘している様子。

 瓶の傾け方が悪くて、入り口をビー玉が塞いじまっている。

 その状態で由紀さんはビー玉を舌で押し込むようにして、何とか退かしながら飲んでいる。

 ……傍から見てっと、何だか飼育かごのボトルから水を飲むハムスターみてえだな。

 つーか、飲み方知らねえのか。


「あの、もしもし?」


「はい?」


「瓶の向き変えりゃ飲みやすいぜ? この向きで飲んでみな」


 俺は由紀さんの手の中のラムネの瓶の向きを少し変えてやる。

 由紀さんは俺が持ち直させたラムネ瓶をしばらく眺めていたが、少し首をかしげると飲み始めた。


「んむっ!?」


 すると由紀さんは一気に出てきたラムネに驚いて飲むのをやめた。

 手で口を押さえ、眼を白黒させながらラムネの瓶を眺めている。


「え、え、何で!?」


「そこの瓶の窪みを下にしてやりゃ、ビー玉に邪魔されねえんだよ」


 ラムネの瓶っつーのは上手く出来てるもんで、あの形にはちゃんとした理由がある。

 真ん中がくびれているのはビー玉が落ちたときに割れにくくするためだそうだ。

 んでもって大事なのは上のほうにある小さな2つ並んだ窪み。

 こいつにビー玉を引っ掛けて、ビー玉が飲み口を塞がねえ様にするのだ。

 これ、意外と知らねえ奴多いんだよな。

 案の定知らなかったようで、由紀さんは感心した表情でこっちを見ている。


「そうなんだ……初めて知った」


「そんなこたぁ見りゃ分かる。ま、俺も爺さんから聞いて知ったときはそんな感じだったけどな」


「お爺さん? どんな人なの?」


「やたらと元気なジジイでな……」


 2人でラムネを飲みながら話をする。

 由紀さんは俺の話にがんがん食いついてきて、話を次々に広げていく。

 気がつけば家族構成やら暴君と化している我が妹のことやら、色々聞き出されていた。

 どうも、由紀さんは人のことを良く知りたがる性質のようだな。

 結局、ラムネの瓶が空になるまで俺は喋りっ放しだった。


「さてと、瓶返してくるから貸してくれ」


「え、私が行って来るよ?」


「いいから貸せって。浴衣で草履の奴よりも洋服で靴の奴の方が動きやすいだろ?」


「それはそうだけど……あっ」


「んじゃ、行ってくらぁ」


 渋る由紀さんから瓶をふんだくってラムネ屋の屋台へ向かう。

 そんなに狭くねえ通りだが、人が多すぎてかなり動きづらい。

 けどまあ、動きやすい服装ならそれほど苦労はしねえ。

 と言うわけで、あっさり屋台に着いて瓶を篭に返す。

 それ以外に用はねえし、待たせるのはあれなんでさっさと戻るとしよう。


「……あら?」


 ところがどっこい、戻ってくりゃ由紀さんは綺麗さっぱり消え失せていた。

 あんな目立つ白っぽい髪の姉ちゃんなんて目立たねえわきゃねえので、見落としているとは思えない。

 ……ん~……あの姉ちゃんの性格からすると、そう簡単に勝手な行動はしねえはずだし……どういうこった?

 まあ、戻ってこねえこたぁねえだろう。



 * * *



「……遅ぇ……」


 待ち続けて30分。

 戻ってくるだろうとは言うものの、流石に30分も戻ってこねえとなるとちっとばかり考えなきゃならねえ。

 あの姉ちゃんの性格から察するに、何か面倒なことに巻き込まれてそうな気がすんな……


「……ちっ、捜しに行くか」


 とりあえず、辺りを捜すことにした。

 とは言うものの、通りは相変わらずの人混みで捜しづれえことこの上ねえ。

 人混みを掻き分けて目的の姉ちゃんを捜すも、なかなか見つからねえ。

 髪の色を目印に捜して見ようにも、そう言う色に染めてる奴なんざ探せば割といる。

 元の場所にちょくちょく顔を出して戻っていねえかどうか確かめてもいねえし、最後の集合場所にもいねえ。


 ……うっし、こういう時はまず由紀さんの身に何が起きたか考えてみっか。

 ナンパされた可能性はあるだろうが、今日話してみる限りそんなもんについていく性格じゃねえ。

 無理やり連れて行くのはこの人混みじゃ無理だろうし……だとすっと自分で動くような何かだよな。

 30分以上もかかる様な何かねえ……さて、何だろうか。

 恐らく、自分の用事じゃねえんだろうな……人が絡む何かだろう。

 そんでもって、目に付くか耳に入るかどっちかするような出来事だよな……

 元の場所に戻って、辺りを見回してみる。

 すると眼に入るのは自分の両脇に並ぶ屋台と、沢山の人通り。

 んで、その中からあのお人好しな姉ちゃんが動きそうな出来事が起きるとすっと……


「ひょっとすっと……」


 俺は1つの可能性に思い当たって行動を始めることにした。

 向かう先は、ある一つのテント。

 でかい規模の祭りだ、運営本部のテントも当然ある。

 神社の一角にあるそのテントに行くと、捜していた姉ちゃんの姿を見つけた。


「よしよし、泣かないの。ここで待ってればちゃんとお母さんが迎えに来てくれるからね」


「ぐすっ……うん……」


 由紀さんは泣いている子供に浴衣の裾を掴まれて動けなくなっていて、宥めるのが精一杯。

 ……まあ、大方予想通りの結果だった。

 色々と言いてえ事はあるが、まずは声をかけることにしようか。


「捜したぜ。こんなとこにいたのかよ」


「あ、幸介君!? ご、ごめんなさい、ちょっとこの子のお母さんを探してて、その……」


 俺が声をかけると、異様な驚き方をしたあとでおろおろとし始めた。

 ……さては、迷子にかまけて俺のこと忘れてやがったな。


「……まあ、それはいいけどな。んで、今その親を待ってるのか?」


「う、うん、そうだよ?」


 聞いてみると、やはり予想通り。

 んじゃま、とっとと終らせるとしましょうかね。

 俺は泣いている子供の前にしゃがみこんだ。


「よお、嬢ちゃん。自分の名前言えるか?」


「……古賀……菜々美……」


 出来るだけ笑顔で声をかける。

 すると、目の前のお嬢ちゃんは自分の名前を言ってくれた。

 うっし、だいぶ落ち着いてきてるみたいだな。


「よっしゃ。んじゃ菜々美ちゃん、お母さんと一緒に来たのか?」


「……うん……」


「んじゃ、お母さんの名前は言えるか?」


「うん……古賀……真奈美……」


「よし、よく言えたな。すぐにお母さん呼んできてやっから待ってな」


「……うん」


 軽く撫でてやると、菜々美ちゃんは少しびくっとしながら返事した。

 ……いきなり触られてびっくりしたのか、それとも俺が怖かったのか……

 とにかく必要な情報は揃ったんで、運営に声をかけることにした。


「あのー、すみません!!」


「はい、何でしょうか?」


「拡声器ってありますか?」


「はい、ありますよ」


「迷子の親探しに使いたいんで貸してもらえますか?」


「はい、良いですよ」


 俺は運営のおばさんから拡声器を借りて人混みの中に戻る。

 相変わらずの人の多いが、これがあるなら声は通るだろう。


「あーあー……迷子のお呼び出しを致します!! 古賀 真奈美さん!! 菜々美ちゃんが運営のテントに来ておりますので、至急運営までご連絡ください!!」


 俺は拡声器を使ってそう叫びながら人混みの中を練り歩く。

 片っ端から叫びながら歩いているが、一向に俺に声をかけてくる様子はねえ。

 ……流石に子供を置いて帰るなんて親はいねえだろうから、直接行ったのかもしれねえな。

 と言うわけで、俺は声をかけながら運営のテントに戻ることにした。

 すると、そこには人影が増えていた。

 笑顔を浮かべる菜々美ちゃんから察するに、おそらくは親なんだろうな。


「あ、お兄ちゃんだ!!」


 菜々美ちゃんは俺を見つけると、さっきまでの泣き顔が嘘のような笑顔で俺のところにやってきた。

 その後ろからは親御さんもついてくる。


「ありがと、お兄ちゃん!!」


「どう致しまして。もうはぐれるんじゃねえぞ?」


「うん!!」


 元気に返事を返す菜々美ちゃん。

 それと同時に、親の真奈美さんが俺に頭を下げてきた。


「菜々美がお世話になりました。ありがとうございます」


「いえ、気にすることはないです」


「そう言っていただけると助かります。では、これで」


 真奈美さんはそう言うと、菜々美ちゃんの手を引いて歩いていく。

 ……綺麗な人だったな。菜々美ちゃんも将来美人になるんだろうな。

 そんなことを考えながら俺は拡声器を運営に返して、由紀さんのところへ向かう。


「お疲れ様。大変だったね」


「まあな……ひとしきり叫んだもんから、また喉が渇いちまったな」


「あはは、それじゃあ飲み物買いにいこっか」


「賛成。んじゃま、さっさと行きますかね」


 俺と由紀さんは揃って飲み物を買いに行く。

 良いことをした後なせいか、足取りは軽い。


「すみません、飲み物2つお願いします!!」


 由紀さんは屋台のおっちゃんに声をかける。

 んで俺が財布を出そうとすると、由紀さんはこんなことを言った。


「あ、ここは私が出すよ」


「え、本当にいいのん?」


「いいのいいの。頑張ったのは幸介君だし、それに迷惑かけちゃったからね」


「そう言うことならありがたくもらっとくぜ」


 俺は由紀さんの好意をありがたく受け取ることにする。

 ところが、由紀さんは巾着の中に手を突っ込んでから段々と顔が蒼褪めていった。


「あ、あれ……」


「……えっと、ひょっとしてひょっとします?」


「……うん、ひょっとする」


 呆然とした表情で俺にそう言う由紀さん。

 ……要するに、財布をどっかに落としたようである。


「ど、何処行っちゃったんだろ!? あ、あれ!?」


 大慌てで巾着の中をひっくり返し始める由紀さん。

 そんな彼女を前に、俺はまず自分の財布を取り出して飲み物を2つ買った。


「OK、まずはこれでも飲んで落ち着きな」


「う、うん」


 お茶を飲んで、由紀さんは一息つく。

 少し落ち着いたのか、由紀さんは小さく一息ついた。


「落ち着いたか?」


「うん」


「んじゃ、最後に財布を出したのはいつだ?」


「ラムネを買ったあの時だね……そのときまではちゃんとあったよ」


「うっし、それじゃあラムネを飲んだあと何をしてた?」


「えっと、菜々美ちゃんのお母さんを探してしばらく歩き回ってたから……」


 てことは、落としたとすればその間だな。

 歩き回ったってことは結構広い範囲を捜すことになるな……


「どう歩いたのか覚えてっか?」


「まあ、大体は……」


「んじゃ、一緒に歩きながら捜してみるか」


「う、うん」


 それから俺達は一緒に歩きながら財布を捜すことにした。

 注意深く地面を眺めながら歩くが、それらしきものは見つからねえ。

 それは由紀さんも同じようで、必死に探し続けている。

 しかし、いくら歩き回っても財布が見つかることはなかった。

 落し物として届けられていることを期待して運営本部に行ってみるも、空振り。

 それを知ると、由紀さんはがっくりと肩を落とした。


「そ、そんなぁ~……どこ行っちゃったのよぉ~」


「あ~……そういや聞くけど、どんな財布なんだ?」


「小さな緑色のがま口だよ。小さい頃にお爺ちゃんからもらった、大切なものだったのに……」


 由紀さんは青い眼に涙をため、泣きそうになりながらそう呟いた。

 よほど大切なものなんだろうな……


「とにかく、もう一度捜そうぜ。小さいんならどっかで見落としたかもしれねえしな」


「うん……」


 明らかに気落ちしてる由紀さんにそう言って、もう一度大通りに捜しに出る。

 今度は蹴飛ばされて転がったりしていねえかも確認し、横にある排水溝も確認する。

 通りを歩く人間はさっきと比べると極端なほどに少なくなり、さっきに比べると格段に捜しやすくなっている。

 それでも見つかる気配がねえ……と思っていると、電話がかかってきた。

 画面を見ると、福間の野郎からの電話だった。


「あいよ」


『やあ、海老津。もうすぐ花火が始まるけど、いい場所取れたかい?』


 ああ、成程な。

 これから花火が始まっから、みんな川沿いの土手の方に移動したっつー訳か。


「あー、まあそれなりかね? そこそこ人がいねえところが取れたぜ」


『ふむ……その様子だと、何かあったみたいだね。どうしたんだい?』


 ちっ、流石は福間だな……何か感づきやがったな。


「いや、何でもねえよ」


『それは嘘だね。君も遠賀川もそうだけど、最初にあ~、とか言ってるときは何か隠しているときか、言いづらいことがあるときだ。ついでに言えば、声が少し疲れてるね。となると、疲れるような何かをしてたんだろう?』


 適当に濁そうとしたが、それは福間にあっさりと看破されちまった。

 ああくそ、何でこいつはこう無駄に鋭いんだ。

 こうなるとしつこいんだよな……こいつ隠し事が嫌いだし。


「はぁ……ちょっとした捜し物だ。由紀さんが財布を落としてな……」


『……成程ね、それで今まで捜し回っていたわけだ。ふむ、僕達も手伝おうか?』


「やめときな。俺が思うに、由紀さんは今手伝いを増やすとメッチャ気にするぜ。手伝うんなら、花火を見てからにしな」


 由紀さんのことだ、今こっちを手伝わせて花火を見逃しました、何て事になったら絶対気にする。

 俺の主観だが、あれだけ人に尽くそうとする奴は大概自分のために人が動くのを良しとしねえ。

 たぶん申し訳なくて、会わせる顔がねえとか思っちまうだろうな。


『そうかい。人付き合いが上手い君がそう言うんならそうさせてもらうよ。それじゃあ、花火が終わったら集合場所でね。見つかることを祈ってるよ』


「おう。そっちも花火を楽しめよ」


 俺がそう言って電話を切ると、突然大きな破裂音が聞こえてきた。

 花火大会が始まったな。


「あ……花火……」


 由紀さんもその音にふと顔を上げる。

 でもって、俺に申し訳なさそうな表情を向けてきた。


「あ、あの……私のことはいいから、花火を見に行って?」


 ……やっぱ言うと思ったよ。

 ここまで来ると、もうため息も出ねえな。


「おい……俺を困っている女の子を前にして花火を優先する薄情者にする気か?」


「え、う、ううん、そんなつもりじゃ……」


 少し力をこめて返事をすると、由紀さんは少し慌てた様子でそれを否定した。

 分かっちゃいたが、俺はそれを聞いて大きくため息をついた。


「はぁぁぁ……だったら大人しく手伝わせろよな。気持ちはありがたいけどよ、時と場合は考えてくれな?」


「うん……ごめんね」


「うっし、んじゃ続きと行こうぜ」


「うん」


 俺達は花火がどんどん空に打ちあがる中、再び財布を捜し始める。

 それにしても、由紀さんはあんなに気を遣いまくって疲れねえのかね?

 むしろ遣いすぎて逆効果になっている部分もあるし……何つーか、危ういな。

 ……何だか、この人はこのままじゃ拙い気がするが……俺が言ったところでなぁ……

 まあ、今はとにかく財布を捜そう。

 そうすりゃ、きっと由紀さんも元通りになるはずだ。



 * * *



 最後の花火が派手に打ちあがる音がした。

 俺達は今だに見つからない財布を捜し続けていた。


「……終わっちゃった……」


 由紀さんがかなりしょげた様子でそう呟いた。

 花火が終わったっつーことは一旦集合場所に行かねえとだな。


「まあ、まずは一旦集合場所に行こうぜ」


「うん……」


 がっくりと肩を落として俺の横を歩く由紀さん。

 深く気落ちした様子で、その足取りは重い。

 よっぽど動き回って捜したのか服装がかなり乱れているが、それを直す余裕すらないようだ。


「そんなに落ち込むなよ。今度は他の奴らも手伝わせてやっから、きっと見つかる……」


 そこまで言いかけて、俺はとあることに気がついた。

 ……そもそも、由紀さんは本当に財布を落としたのか?

 え、何でそんなこと思ったかって?

 答えは簡単、由紀さんの浴衣の懐に妙なたるみ……それも何か入ってそうな感じの奴を見つけたからだ。

 途中で言葉を止めた俺に、由紀さんが不思議そうな表情を浮かべた。


「……どうしたの?」


「あ~……由紀さんや、ちっとばかり懐に手を突っ込んでくれねえか?」


「え?」


 由紀さんはそう言うと、自分の懐に手を突っ込んだ。

 すると、中から古ぼけた小さながま口が現れた。


「……あれ?」


 乾いた笑みを浮かべてがま口を凝視する由紀さん。

 ……あ~……何となく分かった。

 ラムネを手に持ってたから、財布を巾着にしまえなかったんだな。

 んで、困った由紀さんはそれを懐に入れることを思いついてそうしたと。

 そんでもって、財布がいつものところに無いもんだから無くしたと思い込んだ訳だ。

 今まで気づけなかったのは、由紀さんの胸がでかいせいでその影に隠れてたからか。


「…………なんじゃそりゃあああああああ!!」


 俺は思わずそう叫びながら力が抜けてへたり込んだ。

 いくら何でも間抜けすぎんだろうが……て言うか、何で気づけねえんだよ!!

 あの茶を飲んでも全然落ち着けてなかったじゃねえかよ……


「あうう~~……ごめんなさい……」


 顔を真っ赤にし、小さくなって謝る由紀さん。

 ……うん、いくら初対面とはいえ、これは流石に不貞腐れてもいいよね?


「ああ、はい、べつにきにしてねーよ?」


「あう……」


 投げやりに返事をすると、由紀さんは涙眼になってしまった。

 やば、ちょっとやりすぎた。


「……はぁ、本当に気にしてねえよ。むしろ捜し物が見つかってホッとしてんだから、そんなに気に病むんじゃねえの」


「でも、花火が……」


「花火なんざ別にここじゃなくても見られんだろうが。電車一本ですぐに次の花火が見られるぜ? 見たくなりゃそっちの花火を見に行くさ」


「ううっ……」


 俺の言葉を聞いて俯く由紀さん。

 まあ、この人の場合気にすんなっつっても無理だろうな。

 こういう時は何か適当にお駄賃ねだって……


「……幸介君!!」


「はいっ!! 何でしょうか!?」


 突然大声を出した由紀さんに思わず驚く。

 見ると、由紀さんは何やら覚悟した表情でこちらを見ている。

 そして、由紀さんは大きく息を吸い込んだ。


「今度一緒に花火を見に行きましょう!!」


「はい!!」


 ……あんだって?

 思わず返事しちまったが、今花火に誘われたよな?


「……はい?」


「だから、今度一緒に花火見に行ってください!!」


 そう言いながら深々と頭を下げる由紀さん。

 え、何? 気持ちは分かるけど、そんな頼み込むようなことなの?


「あのぉ~……何もそこまで気にしなくても」


「気にするよ!! 私のほうがお姉さんなのに、こんなに迷惑かけて……こんなの悔しいもん」


 眼に涙を溜めて軽く俯き、肩を震わせながら本気で悔しそうにそう言う由紀さん。

 ……あ、こりゃダメだ。これ断ったらこの人泣くわ。


「OK、分かった。一緒に行くから落ち着いてくれ。な?」


「……うん。ありがとう」


 由紀さんは俺の言葉にホッと胸を撫で下ろした。

 どうも俺に断られるのがよっぽど怖かったと見える。

 安心して他の事に頭が回るようになったのか、由紀さんは何かを思いついたような表情で話しかけてきた。


「そうだ、連絡のために番号とアドレス交換しよう?」


「あ、ああ、良いぜ。けどまあ、まずは集合場所へ行こうぜ」


「あ、そうだね。それじゃあ行こう」


 俺と由紀さんは揃って集合場所へと向かっていく。

 ……はぁ……女の子に対して面倒だと思うのは初めてだな……綺麗だし、悪い人じゃねえのは分かるけどよ……

 それに、やっぱりこの人なんか危うい。ふとした拍子に壊れてしまいそうな感じがする。

 ……どうしたもんかな。




 まあ、さしあたっては次の予定を考えながら集合場所に向かいますか。




 はい、幸介と由紀でした。

 案の定、由紀のドジに幸介が振り回されることに。

 ……それから、由紀さんの性格が何だか重たい方向に傾いてきた気がする。


 あと、ラムネってたまに飲みたくなるよね。

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