「お前を愛することはない」と言われた私と、言った夫の弟
「お前を愛することはない」
――これが、政略結婚の相手に言われた言葉である。私はその言葉を冷めた気持ちで聞いていた。
私の名前は、キーリス。
とある侯爵家の娘である。今回、私は辺境伯の家へと嫁いだ。
完全なる政略結婚。特に期待も何もしていなかった。けれど想像以上に夫であるラステリー様はこの結婚を歓迎していなかったらしい。
私だって望んだわけじゃない。あくまで両親が決めて、私の意思など関係のなく取り決められたものでしかなかった。
それなのに……自分だけが不当な結婚を強いられたと思っているらしい。
「ラステリー様、その言い方は――」
「リステリー、黙れ。半分だけ血が繋がっているとはいえ、俺に意見する権利などお前にはない」
……事前に家庭環境は把握している。
リステリー様というのは、ラステリー様の腹違いの弟である。“兄上”などという呼び方ではなく、他人行儀な言い方をしているところを見るに仲は噂通り悪いのだろう。
それにしても他の方達は私がラステリー様に愛されなくて当然と言った態度だったのに、この人は庇ってくれるのだなと興味を抱いた。
自分だって立場が悪いのに、私がいきなり冷たい言葉をかけられたことを気にしてくれているらしい。
きっと、真っすぐな人なんだろうな。
自分が辛い目に遭うかもしれないのに、人を庇えること。そんな人もいるのだなと眩しい気持ちになった。
「そんなにその女狐を気に掛けるなど、もう誑かされたか?」
私のことをどんな風に聞いているのだろうか、甚だ謎である。……そう言う噂、一部ではされているのは知っているけれど。そのことを信じ切っているのは当主としてどうなんだろうかという気持ちになる。
社交界の場では、ちょっとした出来事で悪く言われてしまったりすることはそれなりにある。
私の見目は、美しい方らしい。
社交界に初めて参加した際も沢山の子息に話しかけられた。その時の対応を少し間違えてしまった。お父様にもとても怒られたっけ。
私の両親は子供に関心のないタイプだけれども、私が一番嫌われている。というのも私が赤い瞳を持っているから。
……私の家では赤い瞳は忌み嫌われる対象だった。過去に赤目の女性といざこざがあって、それが記録として残っており、不吉だと言われているらしい。ただの迷信だけれども、両親はそれで私を嫌っていた。
私がどうなろうとどうでもいいからこそ、こんなところに嫁がせている。
「……そのような事実はございません」
「ふんっ、まぁいい。そんなに気になるなら、その女狐のことはお前に任せよう。卑しい血筋のお前にでもよくしてくれるかもしれないぞ」
リステリー様の言葉に対し、そんなことを言い放つラステリー様。
リステリー様のお母様は平民らしいとは知っている。平民の血を引く相手に対して、見下しているのだろうか? どちらにしてもこのような言い回しをする人が私の夫かぁ……と少し遠い目になった。
でも向こうも仲良くする気がないのならばそれはそれでいいか。
「では、よろしくお願いしますわ、リステリー様」
私がそう言って笑うと、リステリー様は頷いてくださった。そして、「ラステリー様が申し訳ない」と謝ってくれた。
やっぱり、この人は興味深い。
*
私はずっと流されるがまま生きてきた。
家族や周りからどういわれても気にならなかった。その中に私のことを思いやってくれる人など数えられるだけしかいなかったし、私も人と関わることの必要性を感じなかった。
……言い方が悪いかもしれないけれど、全てどうでもいいと思っていた。
やろうと思えばきっとどうにでも出来ただろう。けれどもその行動をするだけの理由がなかった。
この婚姻も、特に反対する大きな理由もなかったから結局受け入れた。どうせ誰かに嫁がされて、何も変わらないとそう思っていたから。
……だけど、初めてリステリー様という人間に興味が沸いた。
「奥様、こちらが奥様付きの侍女になりますので、何か粗相があったら言ってください」
リステリー様はそう言って侍女を連れてくる。ただその侍女は私だけではなくて、リステリー様のことも下に見ている様子だった。
幾ら庶子だったとしても、領主の血筋にそんな態度をするのも信じられない。
リステリー様は大変な状況の中、生きているんだなと思った。それでも……瞳が死んでいない。
やっぱり面白い。
ラステリー様という話の通じない夫を持ったことはうんざりするけれど、リステリー様と会えたのはとても嬉しいことだった。
侍女達は最低限のお世話はしてくれる気らしい。ただ当然のことながら、初夜は行われなかった。
情報収集をした限り、ラステリー様には下位貴族出身の恋人がいるようだ。その恋人に夢中なので、私と親しくする気もないらしい。
……本当に恋人の方が大事だったらもっとやりようがありそうなのにね。
私と夫婦関係を築けなかったとしてももう少し良好な関係を築いた方がいいのに。私は政略結婚相手には興味がない。此処に来たのも自分の意思ではない。
でも夫の愛を追い求める性格だったらその恋人に良からぬことをしたり、排除しようとしたりしただろう。
そのあたりのことも考えられないというのならば短慮すぎる。
せめて恋人のことを思うのならば、もう少しどうにかしたらいいのに。
そう思ってならない。
侍女達の一部は、私が夫に愛されないからと蔑ろにしようとしてきていたので、彼女達にはちゃんと対処をする。流石に辺境伯夫人にそんな真似をして許されるはずがない。
そういった行動をしてきた侍女達というのは、ラステリー様の恋人と親しくしていたようだ。恋人が嘆いていると乗り込まれたけれど、「辺境伯夫人にそのような態度をする方が問題でしょう?」といって、言いくるめた。
ラステリー様は第一印象通りに短慮的なので、上手く言いくるめたり、納得させたりすることは出来た。
それに本人は愚かだけでも貴族としての常識などは知っているので、ちゃんと言いくるめたら納得したというのもあるだろう。
白い結婚生活は案外悪いものではなかった。
私も特に好意のないラステリー様と肌を重ねたりしなくてすむことにはほっとしたし、何よりリステリー様と過ごすことが楽しかった。
リステリー様と共にお茶をしたり、滞っている辺境伯家の政務を行ったり……。
私は自分で言うのもなんだけれども、優秀な方だ。領地経営のやり方なども、学んできたのもあって辺境伯夫人として政務をこなすことは問題ない。
リステリー様はこの領地で生まれ育ち、領民達に愛着があるようだった。だから私が領地を良くするとそれはもう嬉しそうに笑っていた。
私は夫のためというより、リステリー様のために行動をしていた。
ラステリー様はその間、相変わらず恋人と仲睦まじい様子を見せていた。
別にそのことは正直どうでもよかった。
ただ私が領地のために動いているのを見て、ラステリー様も思う所があったのか私に対して優しくなっていた。
それは一時的な興味によるものだろうということは分かった。
……ラステリー様は良い意味でも悪い意味でも、出会った頃から変わっていない。今、私に優しくなっているのはただ関心を抱いているからに他ならないのだ。
興味がない相手には、それこそ悪感情を抱いている者に関しては初対面の頃と同じ対応をすることだろうと予想が出来た。
だからこそ私は旦那様に心を許すことはなかった。だって飽きられればそこでまた同じような対応をされるだけだもの。
ラステリー様の本質的な面は何も変わってというのはリステリー様への態度を改めることなんてしなかった。ラステリー様はそういう人間である。
「奥様が最近、ラステリー様と親しくしていてほっとしています」
ある日、リステリー様からそんなことを言われた。
彼としては、私がこのままラステリー様と親しくなればいいとそう思っているのだろう。私はそのことが嫌だと思った。
私にとってはラステリー様よりもリステリー様の方が大事だった。
「いえ、ありえないわ。私はラステリー様にそういった感情はないもの。このまま白い結婚を続けて、神殿に離縁を申し出るつもりだわ」
「え、どうしてですか?」
心から不思議だとでもいう風にリステリー様はそう言った。その様子におかしくなって笑った。
「どうしてって、初対面からこれまでの態度を考えると好意なんて抱くはずがないでしょう? ラステリー様は、今は私によくしているけれどそれはあくまで私に興味を持ったからってだけだもの。だから私はその日が来たら、離縁するわ」
――そう、三年間白い結婚ならば離縁が出来る。婚姻関係が成立していなかったとして。
「そう、なのですね……」
そう言うリステリー様は何かを考えるような表情だった。
私がこの領地から去ることを悲しんでくれているのかもしれない。
「ねぇ、リステリー様。一緒に行きません?」
「え」
「私、リステリー様のことを大切に思っていますの。だから、一緒に行きましょう?」
こうした申し出は一種の賭けではあった。だって……リステリー様は、この領地にとらわれている。そう言う教育をされてきたからか、此処から出ようとはしない。そしてラステリー様を優先しなければならないというそんな思考に陥っている。
それは分かっている。
ただ私は、そんなリステリー様に特別な感情を抱いている。恋しているのかもしれない。
それがそう言う感情じゃなかったとしても一緒に居たいという気持ちには変わりがない。
私はあまり誰かに執着したりこれまでしない方だった。だけれどもリステリー様には傍に居て欲しいと……そう、思ってしまったのだ。
「それかあなたが望むならラステリー様に退いてもらって、この領地を一緒におさめるでもいいけれど……」
「それは駄目です!!」
「そうよね。リステリー様は領地を大切にしておりますものね。だから、一緒に行きましょうと提案しているの。リステリー様は此処に縛られる必要はありませんわ。そしてもし領地が大変だった場合は、外からでも助けられますわ。ずっと領地に居る必要はありません」
リステリー様を外に連れ出したいなんて、私のただの我儘だ。だけれども、リステリー様がこのまま自分の意思を抑圧されて、ラステリー様の命令に服従しなければならないという状況は嫌だった。
私の言葉にリステリー様は黙り込んだ。
そして「考えさせてください」とただそう言った。
私はリステリー様が頷いてくれたらいいなと思った。
……ラステリー様にも、離縁をしたいというのは、結婚して三年が迫る頃に告げた。勝手に出て行って、私一人だけで神殿に証明を出すことも可能だけれども、一応きちんと説明をしていた方が良いと思ったから。
ただそうしたら大変だった。
「なぜそんなことを言うんだ!!」
「俺はお前と離縁したくない」
――ラステリー様はそう言って不機嫌になった。そう、やっぱりラステリー様は出会った頃から全く変わっていないなと思った。
私に興味を抱いたから優しくして、それでいて過去にどんな言動をしようと自分の気持ちは受け入れられるべきだとそう思っている。自分が望んでいるのに断るなんておかしいっていうそう言う思考なのだと思う。
だから嫌がらせをして、私の心を折って、私をこの場に留まらせようなどとするのだ。
本当に馬鹿らしい。そう言う人間だからこそ、好意の何も抱かないのだということが分からないのだろうか?
正直離縁をする気しかなく、その決定を変える気もなかった。
「離縁しても帰る場所などないだろう!!」
そのように言われてもだから何なのだとしか言いようがない。
私が家族から赤い瞳だという理由だけで疎まれていることはラステリー様だって把握しているはずだ。
それにも関わらず何を言い出すのだろうか? と甚だ疑問だった。
私は政略結婚という家の利益になることをもう行った。そして結婚適性年齢は過ぎている。このままただ平民になるだけだ。
だからそのようなことを何も心は動かされない。
寧ろ家族から忌避された赤い瞳の事を口にし、そんな瞳の存在を愛するのは自分だけだなんて馬鹿みたいなことを言いだしたラステリー様に呆れを感じているだけだ。
しまいには、出て行こうとする最中に夜這いに来られた。警戒はしていたし、未遂に終わった。
「ラステリー様!! あなたは何をしているのですか!!」
一番怒っていたのはリステリー様だった。
リステリー様は庶子の息子としてラステリー様を敬うべきという教育を受けていた。だからこそ余計にショックだったのだと思う。
怒っているリステリー様に対して、ラステリー様は飄々とした様子だった。何が悪いか分からないのだと。身体を重ねてしまえばこちらのものだとでもいうような態度に本当に自分勝手な人間だと思った。
――ただその一件があったからこそ、リステリー様は私と一緒に行くことを決めてくれた。
リステリー様が家を出ることを告げるとまたラステリー様は怒り狂っていたが、使用人達や領民達はどちらかというと私やリステリー様を擁護していた。
私はこれまでこの領地のために一生懸命動いていたし、リステリー様が領地のために頑張っていたことを皆が知っている。
もちろん、領地に留まって欲しいという感情を抱く人はそれなりの数居るのは分かる。
ただリステリー様は、ラステリー様を蹴落とそうとまでは思っていないのだ。ラステリー様も何だかんだ以前よりも領主としては仕事をこなすようになっていたし、領主としては問題ない。
「ほ、本当に行くのか?」
出ていくその日、ラステリー様は情けない顔をしていた。自分がこういった表情を浮かべれば私が思いとどまると思っているのだろう。
「ええ。さようなら。ラステリー様はこれからも領主として励んでください」
「……ラステリー様、もし今後奥方を迎える際は考えて対応をした方がよろしいかと」
私とリステリー様の言葉に、ラステリー様は反発するかなと思っていた。だけど案外素直に頷いていた。
……私に夜這いをかけようとしたことで、周りにいるほとんどの人間から意見をされたのが堪えているのかもしれない。
私はこれからリステリー様と共に平民として生きていく。
「リステリー様、一緒に暮らすなら夫婦にした方がいいと思うのでそうしません?」
なんて、理由をつけて夫婦として周りに接していくことにした。向こうからすればただそうした方がいいと判断したからでしかないだろうけれど、私はこのまま夫婦になっても構わないと思っている。
平民だと夫婦になるのに届け出なども要らないもの。
――そうして、「お前を愛することはない」と言われた私は、言った夫の弟と生きていくことになった。
勢いのままに書いた短編なので、矛盾点あるかもです。
「愛することない」と言われて、そのまま離縁する話もありだよなと思っています。




