5 二人のごはん
夕飯の時間となり、居間には豪華な食事が並んだ。
「今日は腕によりをかけましたよう! 今日はお祝いですからね!」
平皿によそわれたご飯はつやつやで、その隣の陶器のお椀には、飴色のスープが湯気を上げている。よく煮込まれた玉葱にかかる和蘭芹の緑が鮮やかだ。
それよりも目を引く大皿。艶やかなソースは醤油や味醂を合わせたものか、甘い香りが漂ってくる。
「これは、ビフテキ?」
「式では和食でしたでしょうし、夕飯は洋食にしてみました。奥様、苦手な物はございませんか?」
「実家では洋食が出てくることはなかったので……。でも、おいしそう」
「お口に合いませんでしたら、すぐ別の物をご用意できますので」
そう言って雪於さんは、脇に控える。
わたしは至恩様の向かいに座った。二人で手を合わせ、いただきますをする。
フォークとナイフの扱いは、あまり慣れていないけど……。
厚みのあるお肉だけど、スッとナイフが入っていく。一口噛むと、じゅわっと肉汁が広がって、甘辛いタレの風味が口いっぱいに香る。
「おいしい……!」
思わず声が出てしまって、慌てて口を押さえた。お行儀が悪かったかしら?
そう思ったけれど、至恩様は嬉しそうに笑っていた。
「これは私の好物なんです。お口に合ったようで、良かったです」
「そうなんですね。至恩様は、甘めの味つけがお好きなんですか?」
「割りとそうかもしれません。卵焼きは甘い方が好きだし、餡子などの和菓子も好みます」
異国出身ではあるけど、和食もお好きのよう。
食のことって、話が弾む。わたしたちは好きな食べ物の話をしながら、食べ進めた。
*
夕食を終えた至恩様は、湯殿へと向かった。上がってきて、続いてわたしも入ったのだけれど……。
他所様のお風呂といった塩梅で、落ち着かない。まだ初日だからというのもあるけど、今日は初夜でもあるわけで……。
若干のぼせながらお風呂を上がると、居間で至恩様が待っていた。
「寝具のことをお話ししていませんでしたね。千枝子さんの部屋に蒼柳が用意してくれるので、それを使ってください」
「わたしの部屋……?」
夕飯前に家の案内をされたときに、たしかにわたしの部屋にも通された。個室があるのかと驚いたものだったけれど、寝具もわたしの部屋に……?
「結婚したとはいえ、これは契約。それに千枝子さんはまだ学生ですしね。寝るのは別々でいいでしょう」
「あ、え……?」
部屋の前まで辿りつき、至恩様は戸を開けてくれる。
「明日から学校でしょう? 今日は疲れたでしょうし、早くお休みください」
わたしは至恩様に促されて、部屋に足を踏み入れていた。
あれ?
「ではおやすみさない」
そうしてぱたんと戸が閉められた。
あれれ?
「…………いや期待していたわけではないけれど!」
わたしの覚悟は!?
……いや、はしたないからやめよう……。
契約結婚だと、最初に言っていた。一目惚れ云々言われて勝手に盛り上がっていたのは、わたしだけだ。至恩様はきっと、新婚生活を円滑に進めるために言ってくださっただけ。
だけど肩を落とすくらいは許されたい。
どうせ『器量なし』だ。分相応に生きなきゃ。
*
翌朝。早くから台所に顔を出したわたしに、雪於さんは驚いていたけれど、温かく迎えてくれた。
至恩様は朝が弱いみたい。欠伸をしながら居間にやってきて、わたしたちの姿を認めてようやくはっといつもの笑顔になった。
「おはようございます、千枝子さん。随分お早いですね」
「至恩様、おはようございます。ちょっと準備がありまして」
そうですか、と返事をして、至恩様は居間の座布団に座る。
雪於さんの配膳を手伝って、わたしもその向かいに座った。
「そういえば、雪於さんたちはお食事は?」
昨夜は先に済ませていたのかなと思ったけれど、雪於さんも蒼柳さんも、わたしが起きてきたときにはもうすでに仕事を始めていた。実家でも、女中たちは早くに食事を済ませて仕事にかかっていたけれど、この家ではどうしているのかしら。
「雪於も蒼柳も、人と同じような食事を必要とはしません。二人とも、綺麗な水があればそれでいいと言いますね」
「食べられないわけじゃあないんですけどねえ。旦那様が時折くださる甘味、あれはあたしもお気に入りです」
お茶を淹れながら、雪於さんはにこやかに言う。
妖について、わたしは知らないことばかりだ。これまで知らずに遠ざけていたのだから、何の解決にもなっていなかったのだろう。
雪於さんたちのように良い妖なら、仲良くなってみたい。至恩様の目を奪った妖は、捕まえないといけないけど……。
「ですから、奥様も気兼ねなくお食事を召し上がってくださいね」
あ……気にしていたことに、気づかれていたよう。朝早くから炊事の手伝いをしようとすれば、そうもなるだろう。
だけど雪於さんは、あれに協力してくれたから……。
頷くわたしに、雪於さんは笑い返してくれた。
*
食事を終えて、出かける準備を整える。
「千枝子さんも、もう出ますか? 途中まで送ります」
玄関先でそう言ってくる至恩様に、わたしは包みを渡した。
「お弁当です。雪於さんのお手伝いをしただけで、わたしが作ったのは卵焼きだけですが……」
昨夜、甘めの卵焼きが好きだと仰っていた。嫁いだからには何か役に立ちたいと思ったけれど、わたしのできることは限られている。
至恩様のために何かできることはないかと聞くわたしに、雪於さんは大騒ぎしながらお弁当作りを手伝わせてくれた。
お口に合うものを作れたか、正直自信がない。いや、太鼓判を押してくれた雪於さんを信じよう。
うっかり考え込んでしまっていたけれど、至恩様の反応がないことにようやく気がついた。
至恩様は、手の中のお弁当を凝視して、固まっている。
「あの、至恩様……?」
「……ありがとうございます! 大事に食べます!」
その勢いに、わたしは目を瞬かせてしまった。満開の笑みを向けられて、心臓が跳ねる。
至恩様を喜ばせたかったのに、わたしの方が嬉しくさせられてしまった……。
「今日の仕事は、いつもより頑張れそうです。さぁ、行きましょうか」
お弁当を鞄に入れて、戸を開ける。
いってらっしゃいませと声をかける雪於さんは、満足そうに笑っていた。
誰かと歩く通学路は、初めてかもしれない。触れていないのに、右側が熱を持ってしまったかのよう。
周りの人に、わたしたちは夫婦に見えているのかしら?
一晩経ったのに、何だか通学路の方が緊張してならなかった。




