4 新婚生活の始まり
大安吉日。
龍ヶ峰家の氏神という神社で、神前式が執り行われた。
しきりに隣に座る至恩様からの視線を感じて、むずがゆい気持ちになる。始まる前から、白無垢姿を綺麗だ綺麗だ言われまくったのだ。
馬子にも衣裳だろうけど、入念にお化粧をしてもらったから、少しはマシになったんじゃないかと思いたい……。
ちらりと隣を盗み見てみる。
色素の薄い髪は丁寧に撫でつけられて、いつもは黒の眼帯も、慶事に合わせてか白絹になっている。
なにより……黒の紋付袴がよく似合っている。
この美丈夫がわたしの夫になるのかと思うと、鼓動が速くなってくる。
そうしているうちに、至恩様の目がこちらを向いた。愛しそうに和らぐその右目に、一気に顔が熱くなる。つい思いっきり顔を背けてしまった。
……至恩様、嫌な気持ちにならなかったかしら?
この頬の熱をどうにかしないと、このあとの三三九度で酔いが回ってしまいそう。
これから、わたしと至恩様は夫婦となる。
縁談を受けると決めてから、生活はがらりと変わるかと思われた。
だけど至恩様は、学校は卒業まで通わせてくれるという。家こそ至恩様のお宅で暮らすことになるけど、どうやら本宅ではなく離れになるらしい。
このことも、至恩様に異人の血が入っていることに関しているのかしら……。
不安は少しある。
だけど至恩様は、「何があっても守る」と言ってくれたから。わたしもちゃんとできることをしようと思う。
至恩様の右目を奪った妖を見つけて、彼に返す。
わたしは妖を見えなくなるようにしてもらう。
これはそのための契約結婚なのだ。
至恩様は、一目惚れなどと言っていたけれど……。
あれって本心なのかしら?
どうも異国人の乗りのようなものに感じてならないのだ。
その証拠に、祝いに来る人々と握手したり、軽く抱き合ったりと、とにかくふれあいが多い。
龍ヶ峰家の人々は、何でもない顔をしているから、至恩様の行動としては、普段どおりなのだろう。わたしの親族たちは、はじめは驚いていた。
こんな不器量なわたしに一目惚れなど、ありえないんじゃないかしら。
どちらにしても、互いの契約がある。それを守る限り、この結婚はうまくいくのだろう。
芽生え始めているこの気持ちも、今ならまだ育てられずにいられるから……。
*
無事に式を終えて、今日からわたしの家は、龍ヶ峰家の離れとなる。
至恩様と二人、馬車に乗って向かったのだけれど。
「ここ、ですか?」
裏門からの方が、離れの玄関が近いということで、至恩様に手を取られ門を潜った。
裏といえども十分に手入れの行き届いた庭が広がっていて、龍ヶ峰家の裕福さを物語っている。
飛び石に繋がる玄関はうちより大きく見えて、これで離れなんだろうかと、本当にここなのか思わず至恩様に尋ねてしまった次第だ。
「えぇ。台所も風呂もこちらにありますから、義母に気を遣わなくてもいいですよ。あっちはあっちでやってますから」
やっぱり複雑な間柄なんだろうか。式の間は、いまいちわからなかったけれど。
話しているうちに、玄関の戸が開いた。
「お帰りなさいませ、旦那様、奥様」
出迎えてくれたのは、銀白色の短い髪の女性だった。
わたしより二、三年上だろうか。透き通るような肌に、浅葱の流水模様が入った生成の着物。彼女のまわりだけ、空気が涼やかに見える。
まるで人じゃないような……。
「千枝子さん。こちら、うちの家事をお願いしている雪於、雪女の妖です」
「え!?」
人じゃないと思ったけど、妖だったなんて!
今まで見てきた妖とは違う。見た目こそ突飛なものだけど、異国の方と言われてしまえば信じてしまいそうだ。
「奥様、お初にお目にかかります。この家の炊事を任されております、雪於と申します。以後お見知りおきを」
丁寧に腰を折られ、慌ててわたしもおじぎをする。
「初めまして! 今日からお世話になります」
「まあまあ奥様! 一介の手伝いに、そう丁寧にしなくてよいのですよ? それより旦那様との馴れ初めを教えてくださいまし。旦那様ってば、教えてくださらないですもの」
「えっと……」
落ち着いた大人の女性のような雰囲気が一変、女学校の同級生たち似た華やいだ空気を出され、戸惑ってしまう。
かばうようにすっと腕を伸ばしてきたのは、至恩様だった。
「雪於、貴女はまた己の興味全開にして……。千枝子さんが困っているでしょう? 歳を考えてください、歳を」
「歳のことを言うのは無しですよう。女はいくつになっても色恋沙汰に興味津々なものなんです」
雪於さんって、おいくつなんだろう? わたしとそう変わらないように見えるけど……。
何も言えずにいたら、至恩様が口を耳に寄せてきた。
「これで二〇〇歳を超えているんです。妖は見た目に誤魔化されませんよう」
「旦那様! 聞こえてますよ! レディの歳を勝手に言うような子に育てた覚えはありませんよ!」
そして雪於さんが、至恩様の育ての親? もうわけがわからなくなってきた……。
「雪於。顔合わせから飛ばしすぎだ」
落ち着いた低い声がして玄関の奥に目を向けると、濡羽色の髪の男の人が現れた。
真っ直ぐな長い髪は、うしろの低い位置でひとつに結われ、一重の切れ長な瞳も相まって、凛とした雰囲気だ。
「無事お戻りで、旦那様。奥様、小生は蒼柳と申す。柳の木の妖だ」
「あ、えっと、千枝子です」
淡々と頭を下げる蒼柳さんにつられて、わたしも頭を下げた。
くすくす笑う至恩様の声が聞こえる。
「庭の奥に柳の木があって、その化身が蒼柳です。蒼柳には掃除や洗濯をしてもらっています」
「そうなんですね」
「あたしはその傍にある池に浮かぶ氷が本体ですよう。あすこは夏でもあたしが溶けないくらい冷たいから、落ちないよう気をつけてくださいね。野菜を冷やすならお任せあれ」
ぐいっと蒼柳さんを押しのけるようにしてのたまう雪於さんに、蒼柳さんの眉根が寄る。蒼柳さんは、雪於さんの頭を鷲掴みし、押し返した。
「いたっ! 何すんですかこの青二才がー!」
「小生を青いと言うなら、もう少し大人の威厳を見せてみろ」
やいやい言い合いを続ける二人に、わたしはぽかんとしてしまう。
なんていうか……。こんな妖を初めて見たので、面食らってしまった。妖とまともに話すなんて、これまでなかったから。
「千枝子さん、大丈夫ですか?」
心配そうな表情の至恩様の顔が、視界に入ってくる。
いけない、目の前の光景に圧倒されちゃっていた。
「えぇ。こんな妖もいるんですね」
「根はいい奴らです。何か困ったことがあったら、彼らを頼ってください」
至恩様の言っていた『いい妖』ということだろう。至恩様の言っていたこと、と考えて、あれ? と引っかかった。
「至恩様、このお二人は見えるのですか?」
たしか、妖は見えないと言っていたはずだ。雪於さんたちとのやり取りを見ていると、とてもそうとは思えないのだけれど……。
首を傾げるわたしに、至恩様は「あぁ」と相槌を打った。
「この二人は、私が目を奪われる前から契約しているんです。だからか目を失っても、見えなくなるということはありませんでした」
「不幸中の幸いですよねぇ。旦那様にあたしたちが見えなくなったら、お世話が大変になるところでした」
「力を失っても仕えてくれるなんて、主人冥利に尽きます」
微笑みながら言う二人に、深く何度も頷く蒼柳さん。
なんだか、理想の主従っていう感じだ。
「さぁ、いつまでも玄関先で喋っているのもなんですし、入りましょう。家の中を案内します」
至恩様が、家の中へと促してくれる。
ここでわたしの新しい生活が始まるんだ――。
*
雪於さんと蒼柳さんは自分たちの仕事へと戻っていき、家の案内は至恩様がしてくれた。
玄関を上がって次の間は、客間として使われているらしい。
居間、仏間と続き、台所や湯殿などの水場は一角にまとめられている。至恩様の身長に合わせてあるのか、天井の高い部屋ばかりだ。
その中でも、目を引いたのは――。
「こちらは私の書斎です」
庭に面した明るいその部屋は、一面に書棚が並んでいた。
いろいろな大きさの本が納められていて、整然と置かれた様に、至恩様の性格を感じさせる。
角には背の高い椅子と机があり、畳の部屋のそれはとても目立つ。
ここで至恩様は書き物をしているのかしら。
「こんなに本が……。やはり図書館館長なだけありますね」
「それだけではないのですが……。本はお好きですか? 気になるものがあれば、読んでいいですよ」
「いいのですか!?」
どんな本があるのかしら。物語が好きだけど、至恩様はそう読まない気がする。
だけどいろんな本を読んでみたいから、物語ばかりでもなくても構わない。
考えていたら、くすくす笑う声が聞こえてきた。
「至恩様?」
「いえ、千枝子さんは本がお好きなんですね」
「はいっ! わたし、一人で過ごすことが多かったから、本だけが友達で……。本ならば父様も好きに買ってくれたんです」
妖が見えることで、小さいころから他の子たちに遠巻きにされていた。本はわたしを除け者にしたりしない。
それに学ぶことも多くて、おかげで女学校の成績は良い方なのだ。
ふと、至恩様がこちらを見ていることに気がついた。優しいその色に、困惑すると共に、目が離せなくなる。
「私がこの部屋を使っているときでなければ、自由に出入りして構いません。あぁでも、机の上には触れないでください。本棚であれば、どうぞお好きに」
「いいのですか……?」
「はい。本が好きな方は、大歓迎です」
至恩様も本がお好きだから、帝都図書館の館長をしているのかしら。
護妖師の仕事ではなく、図書館の仕事が気に入っていると言っていた。まさに天職なのだろう。
「ありがとうございます!」
心遣いに嬉しくなるわたしに、至恩様は笑い返してくれた。




