表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
旦那様は妖語り  作者: 安芸咲良


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/14

3 結婚の申し出

 翌日、目を覚ましたわたしは、枕元に置いていたあの根付を手に取った。

 象牙のつるりとした表面に、精巧な竜胆の模様が彫られていて、日の光を受けて淡く輝いている。


 魔除けと言っていた。神社から帰る道すがら、妖を何度か見かけたけれど、近づいてくることはなかった。この根付の効果だったのかしら……。


 さすがは護妖師の一族だ。悪い妖から人々を守るのが、護妖師だと。あの刀で斬るだけでなく、こういったお守りも作っているのかしら。

 こんなに高そうな物をいただくわけにはいかないと思ったけれど、妖のいたずらから守ってくれるのは、正直助かる。


「返そうにも、相手は華族様だし……」


 気軽にお会いできる家柄ではない。もしまた偶然お会いすることができたら、お返ししよう。

 そのときまで、ちゃんと持っておけばいいよね。

 そう思っていたのだけれど。


 事が起きたのは、学校へ行く準備を終えようかというときだった。


「ごめんください」


 玄関からそんな声がして、母様が出迎えに行った。

 朝から来客なんて珍しい。なんて暢気に考えながら、準備を続けていた。


「龍ヶ峰様!?」


 母様の素っ頓狂な声が聞こえてきて、嫌な予感がする。父様も小春姉も、なんだなんだという顔をして、三人で玄関に向かった。

 そこにいたのは、案の定、至恩様で。


「千枝子さん! おはようございます」


「……おはようございます。あの、どうしてここに……?」


「それはもちろん、婚約のご挨拶に参ったからです」


 胸を張って答える至恩様に、「婚約!?」と父様と小春姉の声が重なったのは当然だろう。

 わたしは思わず頭を抱えた。やっぱり、昨日のわたしは間違えていたようだ。


「桧垣のご主人、私は龍ヶ峰至恩と申します。千枝子さんとの結婚をお許しいただきたく、ご挨拶に参りました」


「龍ヶ峰家のご子息が、なぜうちの子を……?」


 呆気に取られている母様に代わって答えたのは、父様だった。

 至恩様は、軽く頷いて答える。


「昨日、困っていたところを、千枝子さんに助けていただいたのです。その聡明さに、私は惹かれました。聞けばまだ結婚のご予定はないとのこと。ならばとこうして急ぎ馳せ参じたというわけです。あ、これ釣書です」


 胸に手を当て、感極まったように話す至恩様。

 嘘は言っていない。本当のことを全て言ったわけではないだけで。


 困惑するわたしに向かって、至恩様は意味深に笑って見せた。『護妖師』のことは、黙っておいた方が良さそうだ。


「とはいえ、朝からというのは不躾も承知。今日は話だけということで。千枝子さん、今から学校ですか?」


「え? あ、えぇ」


「では送っていきましょう」


 至恩様が一歩よけると、門前に馬車が停まっているのが見える。さすが華族……。

 だけど女学校に馬車で行ったら、相当目立っちゃうんじゃないかしら。


「あの、歩いて行けますので……」


「遠慮なさらず。さあさあ」


 至恩様って、結構強引? 肩を押されているわけじゃないのに、有無を言わせない圧を感じる。


「せっかくだし、お言葉に甘えたら?」


「そうだな。龍ヶ峰様、娘をよろしくお願いします」


 母様も父様も、そんなことを言ってくる。

 至恩様って、異国の血が入ってそうな整った顔立ちで、どこか人を信頼させる空気感がある。二人とも、すっかり至恩様を気に入ったようだ。龍ヶ峰家なんて、逃しちゃならないほどのお家柄だものね。

 外堀を埋められていくって、こういうことを言うのかしら……。


「では参りましょう」


 気づいたときにはわたしは鞄を手にし、馬車の前に立っていた。いつの間に……!?

 ここまできて、断るわけにはいかない。わたしは馬車に乗るしかなかった。


   *


 二人乗りの馬車は、小刻みに揺れながら進んでいく。


「強引にお誘いして、すみませんでした」


 向かいに座る至恩様が、ふいに口を開く。

 しょんぼりとしている様が、まるで叱られた犬のようだ。


「昨日、ご両親に話を通さないのは不躾だと思って、朝一でお伺いしてしまいました。別の人に先を越されたらと思うと、居ても立っても居られなくて……」


「不器量な桧垣の末娘って言われているんですよ? 先を越されるなんて、あり得ません」


「そんなことはありません! 千枝子さんは綺麗です!」


 身を乗り出してくる至恩様に、わたしは目をぱちくりさせてしまった。

 そんなこと、初めて言われた……。お世辞だとしても、ちょっと嬉しい。

 でもまあ、平々凡々な顔立ちなのは、ちゃんと自分でもわかっている。


 至恩様は、はっとしたように座り直した。


「ともかくっ、順序は大事だったなという話です。千枝子さんと、落ち着いて話したかったですし……」


 なるほど、それで送っていくと言ったわけか。

 ちらりと見えた釣書には、二十歳だと書いてあった。わたしより四つ年上だけど、照れている様が、なんだか可愛く見えてくる。


「昨日は突然すぎました。千枝子さんに警戒されても仕方がない……。父にも叱られました」


「お父上……。あの、至恩様のお母上は、異国の方なのですか?」


 高い身長に色素の薄い髪、どこか日本人離れしたお顔立ちに、最初は異国のお方かと思ったほどだ。

 昨日、一瞬だけ瞳が青く見えたから、そう思ったのだけれど……。今は光に当たっても焦げ茶に見えるから、きっと見間違いだったのだろう。


「母が英国人なのです。私が八つのときに亡くなって、それから父のいる日本で暮らすようになりました。だから龍ヶ峰と言っても、私に家督権はないのですよ」


「あ、それは……。すみません、話しにくいことを……」


「いいえ! 跡継ぎではないことは、ちゃんとお話ししようと思っていましたから」


 それもあるけれど、わたしが言いたかったのは、お母上のことだ。でも至恩様には伝わっていたのか、優しい笑みで見てくるから、それ以上、言葉は紡げなかった。


 龍ヶ峰の奥様は、華族の出だったはずだ。その息子さんが、まだ学生だというお方だろう。

 きっと華族のしがらみで、異国人の血が入っている至恩様には、家督権を与えられなかったんじゃないかしら……。


「なので龍ヶ峰の特権を与えられるかというと、それほどでもなく……。ですが必要ならば、ご家業の支援はすると、父に取りつけました。それも加味して、この結婚を考えていただければと」


 至恩様は、自分に不利になるようなことまで話してくれる。

 というよりも、この結婚は、至恩様に有利なことは少ないんじゃないのかしら。


「あの、どうしてわたしなんかと結婚を……? 『目』のことを入れたとしても、わたしにいいことばかりな気がするのですが」


 そう言った瞬間、至恩様の頬が赤く染まった。口元に片手を当て、視線を逸らす。

 これは……。


「笑わないで聞いてくださいよ? ……一目惚れだったんです」


「へっ?」


「大の大人が一目惚れなどと言うのはお恥ずかしいのですが……。千枝子さんに助けていただいて、見ず知らずの他人をなんの損得もなしに助けようとする、その優しさに惹かれました。しかも貴女は妖を毛嫌いしている。それなのに助けてくれただなんて、好きにならないわけないじゃないですか」


 はにかみながら説明してくれる至恩様だけど……。


 大分恥ずかしいことを言っている自覚はあるのかしら!? もうこれ以上は心臓が耐え切れないのだけれど!

 途中から至恩様の方を見ていられなくて、目を泳がせてしまう。


「千枝子さん?」


「あの、えっと……あっ、もうここで大丈夫です!」


 通りをひとつ行けば、学校だ。ここで降ろしてもらおう!

 至恩様は「そうですか?」と言って、御者に指示する。助かった……。


 戸を開けて先に降りた至恩様が、手を差し伸べてくれる。


「大分強引だったのは自覚しています。否と言われれば、それも受け入れます。ですが、前向きに考えていただけると嬉しいです。何があっても、私は千枝子さんを守るつもりですから」


 無事に降りられたけれど、至恩様は手を離さない。

 そのまま顔を近づけてきて――。

 手の甲に口付けをした。


「~~~~!?!?!?」


「それではお気をつけて! 勉学、頑張ってください」


 目を白黒させているわたしを置いて、再び馬車に乗った至恩様は行ってしまう。

 へなへなと腰を抜かしてしまったわたしが遅刻しかけたのは、仕方のないことだっただろう。


 とはいえ、心は決まった。

 妖とは関わり合いたくないとか、行き遅れるんじゃないだろうかとか、ただ悩んでいるだけでは何も変わらないのだ。

 目を閉じて、うずくまっているだけは、もうやめだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ