表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
旦那様は妖語り  作者: 安芸咲良


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/14

11 小春姉の来訪

「それでは行ってまいります」


 翌朝、わたしの学校はお休みだけど、仕事の至恩様を見送った。

 さてと、お義母様のお稽古の時間までに、蒼柳さんたちの家事を手伝いにいかなきゃだけど……。




 昨日、蒼柳さんに曖昧に返事をしたわたしは、一人考えた。

 至恩様のせいで、わたしに妖が見えるようになったとは、どういうことなんだろう。


 小さいころから、妖が見えていた。

 至恩様と初めて会ったのは先日の神社でだし、となると龍ヶ峰家のお方と何かあったということかしら。


 ……だめだ、全然記憶がない。

 高貴なお方と面識があったのなら忘れないだろうし、仮にわたしが忘れていたとしても、父様や母様が覚えていると思う。結婚の流れになったとき、二人とも何も言っていなかった。


 至恩様に直接聞いてみればいいのかもしれないけれど……。


「気軽に聞けることじゃ、ないよね」


 夕食の席では、いつもどおりに見えた。いつもどおりの笑顔で、鯖に箸を進めていた。

 あの笑顔を見たら、聞かれたことには答えてくれそうにも思える。


 だけど、わたしに妖が見える理由も黙っていた人だ。浮かんでしまった不信感が、どうしても消えてくれない。

 守ると言ってくれたことを、信じたいのに……。


「ごめんください」


 そんなとき、玄関から声がした。

 雪於さんたちでは、普通の人間の相手はできない。わたしは玄関へと急いだ。


「えっ、小春姉?」


 玄関先では、日傘を畳んだ小春姉が立っていた。いつもの穏やかな笑みを浮かべて、わたしのことを見ている。


「どうしたの? 何かあった?」


「ちょっと顔を見たくなってね。上がってもいいかしら?」


「えぇ」


 わたしは小春姉を客間へと通した。

 小春姉に妖は見えないから、雪於さんがお茶を持っていくわけにはいかない。わたしは台所で雪於さんの用意してもらったお茶を受け取り、客間へと戻る。


「あら、お茶を淹れるの、随分早くなったのね」


「えっ? そ、そうかしら?」


 実家にいたころ、妖の邪魔が入るせいで、わたしはお茶や料理の準備の手間が、壊滅的に悪かった。

 今は普通にできるのだけれど、今日は雪於さんに用意してもらったから、すぐに出せたという事情もある。

 妖のことは、小春姉にばれないようにしなきゃ。


 小春姉は、静かにお茶を飲んでいる。今日は突然どうしたんだろう……?


「便りがないのは良い知らせ、とは言うけれど。あまりにも静かだから、心配していたのよ? 貴女のことだから、龍ヶ峰様に愛想を尽かされて、路頭に迷っているんじゃないかって」


 淡々と話す小春姉に、違和感を覚えた。心配してくれているようだけれど、言葉尻にどこか棘があるような気がする。


「小春姉、何かあった?」


 わたしの問いかけに、小春姉は微笑みを崩さない。よく知った表情であるはずなのに、なぜだか背筋がひやりとした。


「何もないの。なくなったの。貴女が結婚なんてしたから」


 温度のない言葉。小春姉らしくない言い方に、わたしは答えることができない。

 そんなわたしを見て、小春姉は自嘲気味に笑う。


「若松様との縁談が進んでいたことは、貴女も知っているでしょう? 貴女の結婚が早々と進められたから、保留にされていたのだけれど。この度、正式に破談となったの。『龍ヶ峰と結婚できるのであれば、妹の方が才覚あったのではないか』って」


 今度こそ言葉を失った。

 若松様は、上級士族の若松家のご長男で、昨年から小春姉との縁談が進められていた。桧垣の機織会社を継ぐための婿入りだ。


 少し考えれば、わたしより小春姉の方が優れているとすぐわかるはずなのに。

 小春姉は会社の経営にも携わっていて、社員の皆さんからの信頼も厚い。「小春がいるから会社も安泰だ」は父の口癖だ。


「本当に……貴女がいるから、私は損ばっかり」


「小春、姉……?」


「貴女がどんくさいせいで、いつも尻ぬぐいをさせられて。私がどれだけ貴女に迷惑かけてこられたと思っているの?」


 頭を殴られたかのようだった。小春姉に、そんな風に思われていたなんて、想像もしていなかった。

 たしかに、いつも小春姉に助けられてきた。わたしの失敗は妖のせいとはいえ、普通の人からしてみれば、わたしだけの失敗だ。


 いつもいつも、小春姉に頼ってきた自覚はある。

 それがこんなに負担になっていたなんて……。

 妖に迷惑をかけられていると、自分ばかりが不幸でいる気でいて、周りを見ていなかった。


「会社のことだってそう。ずっと尽力してきたのに、急に現れた華族様が援助してくださるから、『お前は家に縛られなくてもいいんだぞ』って……。私はもう用済みってこと?」


 わたしの結婚の際、至恩様は家業の支援をすると仰っていた。

 実際にしていただけたようなのだけれど、父様は小春姉にそんなことを言ったのかしら。

 誰よりも家のために尽くしてきたのは、小春姉なのに……。


 小春姉の気持ちを想像すると、胸が締め付けられる。


「私だって、幸せな結婚をしたかった。努力してきたのは私の方なのに、なんで貴女ばかりが幸せになっているの? 家のために頑張ってきたのは私なのに!」


 そう叫んだ瞬間、小春姉の背後から黒い影が飛び出した。風圧に思わず目を瞑ってしまう。

 背中が壁にぶつかった衝撃で、一瞬息が止まった。

 急いで目を開けると――。


「烏……?」


 天井近くに、黒々とした烏が羽ばたいていた。

 普通の烏ではない。羽を広げたその姿は、普通の烏の倍以上の大きさで、翼を羽ばたかせる度に、風圧で圧し潰されそうになる。


「これは……妖だ」


 初めて至恩様に会ったときに見た妖に似ている。だけどあの時は、こんなに強い風を起こしはしていなかった。


「そうだ、小春姉は……」


 ようやく周囲に意識を向けられるようになって、はっとした。

 小春姉の目が、金色に光っているのだ。あの烏の目と同じ色に。

 あの烏は、小春姉の背後から現れた。そのことと何か関係があるのだろうか。


「奥様! ご無事ですか!?」


 襖の向こうから、雪於さんの声がする。襖が揺れるけれど、開かないみたいだ。

 これもこの妖の力なのだろうか。

 どうしよう……。どうしたらいい?


「奥様! 小生らはこの家から出られない! 母屋に当主か時雨殿がいればいいが……。どうにか呼んでくるから、それまで持ち堪えてくれ!」


 そう言って蒼柳さんが走っていく足音がする。

 誰か来てくれるまで、どうにか持ち堪えなくちゃ。


 小春姉は、生気のない目で立ち尽くしている。妖が小春姉に何かしているのだろうか。

 さっき言われたことが、棘となって抜けない。

 小春姉は、ずっとわたしのことを疎ましく思っていたのだ。


「貴女さえいなければ……」


 虚ろな目が、わたしを捉える。

 手足を拘束されているわけではないのに、動くことができない。


「貴女なんていなければ良かったのに!」


 小春姉の叫びと共に、烏がわたしに向かって急降下してくる。

 鋭い鉤爪が、目前に迫っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ