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恋愛フラグは要らないので、私は“物語の外”へ逃げます――乙女ゲーム世界の編集者(女)がする致命的な校正  作者: 楠木 悠衣


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4/4

第4話 「編集会議は、世界の外で」

空に開いた“目”が、ゆっくりと瞬きをする。


【監視強化】

【干渉レベル上昇】

【改変者:危険度A】


「A評価……光栄ですね」


 私は皮肉を呟く。


 レオンハルトが私の腕を引いた。


「軽口を叩くな。上位権限が直接観測を始めた」


「物語管理者、でしたっけ」


「正式名称は――」


 彼の言葉が、途中で途切れる。


 空から、声が降りた。


『正式名称の開示は許可されていません』


 機械のように無機質。

 感情が一切ない。


 私の視界に、新たなログが表示される。


【存在感:38】

【干渉可能回数:残り7】

【警告:強制イベント発生】


 地面が揺れた。


 庭園の景色が、ページをめくるように反転する。


 背景が剥がれ、裏側の“白”が露出する。


(……原稿用紙の裏面)


 そこに、巨大な赤字が走る。


【修正対象:篠宮いと】

【理由:物語逸脱】


「なるほど」


 私は息を吸う。


「ついに、校正が入りましたか」


 レオンが低く言う。


「逃げろ。ここは“削除処理領域”だ」


 白い空間の中央に、巨大な赤いペンが出現する。


 万年筆。

 いや、槍だ。


【管理者ツール:レッドライン】


(赤字で消す気ね)


 ペン先が、私に向けられる。


 ぞくり、と背筋が凍る。


『改変者。あなたは物語の整合性を損なっています』


「整合性?」


『悲劇は必要です。破滅は必然です。

 読者はそれを望みます』


 元のヒロインの声が、どこか遠くで響いた気がした。


(読者を盾にするタイプか)


「だったら」


 私は叫ぶ。


「読者に選ばせましょうよ!」


 レオンが目を見開く。


「何を――」


 私は自分の存在感ログを掴む。


 数字の“38”を、指で引き延ばす。


 痛みが走る。

 視界が滲む。


 それでも書く。


【新機能:読者投票権 解放】


 世界が静止した。


『……想定外の機能追加を検知』


「あなたたちが“読者が望む”と言うなら、

 読者に直接判断してもらいましょう」


 空に、無数の光点が灯る。


 星のように。


 それは“観測者”たち。


(読者の視線)


 レオンが息を呑む。


「君……世界の外と接続したのか?」


「編集者ですから。アンケートは基本です」


 レッドラインが、私へ突き刺さる。


 胸を貫かれる衝撃。


 血が舞う。


【存在感:38 → 21】


 膝が崩れる。


 消える。


 身体が透けていく。


 レオンが叫ぶ。


「やめろ! 管理者、これはルール違反だ!」


『観測者に発言権はありません』


 彼の手袋が、破れる。


 その下の手の甲に、紋章が刻まれている。


【権限:副管理者(制限中)】


(……副?)


「レオン、あなた――」


「黙れ。今は生き延びろ」


 彼が私を抱き寄せる。


 赤いペンが再び振り下ろされる。


 私は、最後の力で空に書く。


【投票開始:

A:悲劇継続

B:改変継続】


 星の光が揺れる。


 ざわめきのような振動。


 数字が浮かぶ。


【B:63%】


 空にひびが入る。


 レッドラインが止まる。


『……再計算』


 赤い目が細くなる。


『改変継続を暫定承認』


 空が閉じる。


 白い世界が崩れ、庭園が戻る。


 私は地面に倒れ込む。


【存在感:21】

【読者接続:不安定】


 レオンが私を支える。


「馬鹿だな。存在感を半分も削った」


「……売れるなら、安いものです」


 彼が、初めて本気で笑った。


「本当に、とんでもない編集者だ」


 私はかすれた声で言う。


「副管理者さん?」


 彼の笑みが止まる。


「聞こえていたか」


「ええ」


 私は見上げる。


「あなたは、どっち側ですか」


 沈黙。


 月が揺れる。


「……まだ、決めていない」


 その答えは、いちばん危うい。


 ログが最後に表示される。


【新章:管理者編 開始】

【敵対存在:物語管理者】

【裏切り率:レオン 47%】


(47%……絶妙ね)


 私は目を閉じる。


 存在感は21。


 あと何回、改変できるか分からない。


 でも。


 恋愛フラグは、まだ一本も立てていない。


「次は」


 私は呟く。


「管理者の設定資料、見せてもらいましょうか」


 遠くで、誰かが笑っていた。

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