第3話 「削除対象は、どちらの“私”ですか?」
月光の下。
倒れている“私”が、ゆっくりと目を開けた。
同じ顔。
同じ声。
「……ああ、やっと会えた」
地面に伏した彼女――“元のヒロイン”が、私を見上げて微笑む。
【エラー:主人公が重複しています】
【削除対象を選択してください】
【A:元のヒロイン】
【B:改変者(篠宮いと)】
赤い選択肢が、脈打っている。
レオンハルトが背後で呟いた。
「物語は常に“主人公”を一人しか許さない」
私は画面を睨む。
(違う。二人存在できないのは“構造上の都合”だ)
地面の彼女が、くすりと笑った。
「あなた、邪魔なのよ」
声は柔らかい。
でも、目が冷たい。
「だってあなたがいると、誰も死なないじゃない」
ぞくり、と背筋が凍る。
「死ぬのは物語を美しくするために必要なの。
苦しみは恋を加速させる。
裏切りは絆を強くする。
監禁は執着を証明する」
彼女の言葉のたびに、空中にテキストが浮かぶ。
【悲劇補正+1】
【恋愛加速補正+2】
(……この子が、“仕様”そのもの?)
「私はヒロイン。
私は読者に愛される。
だって私は、泣くから。壊れるから。守られるから」
私は静かに言う。
「あなたは、壊れるために作られたの?」
彼女の表情が、ほんの一瞬だけ揺れた。
だがすぐに笑う。
「それが幸せなのよ。
選ばれて、囚われて、愛されて――最後に死ぬの」
レオンハルトが低く言った。
「……やめろ」
私は振り返る。
「あなた、知ってるのね」
彼の瞳の奥に、別の文字列が流れている。
【特性:観測者】
【権限:デバッグログ閲覧】
(デバッグ?)
「俺はこの世界の“進行確認役”だ」
彼は淡々と告げる。
「物語が予定通り悲劇へ進むか、監視する」
「……編集部か何か?」
「近いな」
元のヒロインが立ち上がる。
彼女のドレスの血は、いつの間にか消えていた。
「観測者様、削除を。
この改変者は、物語を腐らせます」
【警告:存在感 42 → 38】
数字が減る。
(可視化された)
私は息を吐く。
「存在感がゼロになると?」
レオンが答える。
「“地の文”から消える」
――それはつまり。
「誰の記憶にも残らない」
元のヒロインが微笑む。
「そう。あなたは読者の目からも消える。
ページに存在しなくなるの」
それは死よりも残酷だ。
私は赤い選択肢を見る。
AかBか。
(違う。三択じゃない)
私は地面に膝をつく。
指で、赤い枠の下に線を引く。
ずきり、と脳が軋む。
血が滴る。
それでも書く。
【C:主人公を二人にする】
一瞬、世界が無音になった。
【エラー】
【想定外の記述を検知】
【プロット再計算中】
空がひび割れた。
庭園の背景がノイズを走らせる。
元のヒロインが、初めて動揺した。
「そんな展開、売れないわ!」
「売れます」
私は立ち上がる。
「対立ヒロイン構造。
“正統派悲劇型”と“改変型メタヒロイン”。
読者は選べる。推せる。議論できる。
市場が広がる」
レオンが、吹き出した。
「……君は、本当に編集者だな」
【好感度+5(共犯深化)】
元のヒロインが叫ぶ。
「私は主役よ!」
「いいえ」
私は言う。
「あなたは“物語に選ばれたヒロイン”。
私は“物語を選ぶヒロイン”。
立場が違うだけ」
空に新しいログが浮かぶ。
【暫定処理:ダブルヒロイン体制】
【物語分岐率:不安定】
【世界安定度:63%】
崩壊は止まった。
だが完全ではない。
元のヒロインが、私を睨む。
「……後悔するわよ」
「校正に後悔は付き物です」
彼女の身体が、粒子のように散る。
完全消滅ではない。
【退避処理:サブ主人公枠へ移動】
(サブ主人公……?)
レオンが近づく。
「君はとんでもない改稿をした」
「売れますか?」
「賛否は出るだろうな」
彼は黒い手袋越しに、私の手を取る。
「だが、議論は売上になる」
私は笑う。
その瞬間、空に最後のログが出た。
【新章解放】
【敵対存在:物語管理者】
月が赤く染まる。
世界の上空に、巨大な目が開いた。
【監視強化】
レオンが呟く。
「……上が動いた」
私は血の滲む指を握りしめる。
「上等です」
恋愛フラグは折る。
悲劇補正は削る。
でも――
物語そのものが敵なら。
「今度は、編集会議を始めましょう」
空の目が、ゆっくりと瞬きをした。




