承
私がその本を見つけたのは、大学に入学して半年ほど経った頃だった。
大学の図書館。授業に必要な書籍を見つけて、貸出機に持っていこうと階を下りていた。
『……』
ふと、今まで行った事のない、地下書庫への階段が目に入った。
ちょっとした冒険心がおこり、訪れた地下書庫は、意外にもかび臭いこともなく――それどころか、自動の移動棚があり、ハイテクで――しかし、人の気配はなく、寂しい場所であった。
移動棚のスイッチを物珍しさに、恐る恐る押すと、無機質な警告音を出しつつ、閉じられた棚が開く。
特にこれといって、借りたい本があるわけではなかったが、初めて来る場所に興味深々と、棚の本の背表紙に目をめぐらせた。
『ん……?』
図書館の分類番号のついていない、本があった。タイトルを見ると、どうやら小説のようである。研究書がずらりとならんだ中に、それだけが異質なもののように挟まれていた。
趣味として物書きをしている身としては、気になった。最近自身のアイデアもマンネリ化してきていて、書くのがつまらなくなってきていたところだった。そんな自身の心に、何かひらめきでも与えてくれるものであれば。
ぺらぺらと頁をめくる。荒い文章である。とても編集者が入ったような代物ではない。
それなりに文章は書いているが、プロではない者が書いた物語だろう。
本の作りからしても、印刷会社に自分で頼んで作ったものに違いない。
つまり、出版されたものではなく、誰かが個人的につくった本である。
分類番号もついていない所を見ると、誰かが、図書館側に無断で、ここへ置いた?
しかし、私はそんなことを考えるよりも、静かに物語に引き込まれていった。
頁をめくる手が止まらない。
今まで、紆余曲折がありながらも、幸福に終わる物語ばかりを書いてきた身。型にはまった、お行儀のよい物語ばかりを書いてきたと思う。
この物語は、未熟ながらも、破天荒に荒々しい文体。狂気すら感じさせる奇抜な展開。
壮絶な破滅と、不完全な再生の、虚無を感じさせる美しい結末。まるで、これが、この世の真理だとでも言いたげな、傲慢さを感じさせる物語。
世界は、非情に、美しく、日々動いていくのだという事。
日々動いて、そこにいる人々は生かされて、生きていくしかないのだという事。
頭を殴られた思いだった。目が覚まされる思いだった。
物語の終わりの頁をさらにめくる。あとがきがあった。
自身の書く物語は誰にも認められることはなかった。
最後に書いたこの物語もそうであった。
せめてもの思いで、自身が追った夢の跡を、ここに置いておく。
そうして、自身は筆を折ると。
『……』
この物語を、この閉じられた書架で終わらせて良いのだろうか。
いや、そんなことはない。そんなことは間違っている。
私は決意に満ちた顔で、その本を鞄にしまう。
私がこの人の意志を継ぐ。
そんな思いを心に灯し、私は決意をする。




