第2話 内装はこだわり満載! ふかふかベッドと魔法の断熱材
目覚めは、全身を軋ませる鈍い痛みと共にやってきた。
硬い。背中も、腰も、肩も。
私は呻き声を上げながら、床に敷いた薄い毛布の上で寝返りを打った。瞼を開けると、視界いっぱいに広がるのはクリーム色の漆喰天井。昨夜、魔力切れで気絶するように眠る直前、必死に仕上げた「我が家」の屋根裏だ。
夢じゃなかった。
安堵で胸が温かくなるのと同時に、腰骨あたりからピキリと鋭い抗議が上がる。
「……痛たた」
体を起こし、バキバキと音を立てる関節をさする。
床暖房のように蓄熱した土台のおかげで凍えずに済んだけれど、やはり岩盤の上に直寝は限界がある。人間には、クッション性が必要だ。
私はよろりと立ち上がり、窓を開け放った。
冷たく乾いた風が吹き込み、頬を打つ。
見渡す限りの赤茶けた荒野。朝日に照らされて黄金色に輝いているが、生き物の気配は驚くほどない。
昨夜は疲れすぎて考えもしなかったけれど、ふと疑問が湧く。
ここは魔獣の領域に近い「不毛の荒野」のはずだ。なのに、昨晩は狼の遠吠えひとつ聞こえなかった。
あまりに静かすぎる。
「運が良かっただけ? それとも……」
私は警戒心から、設計図筒を抱えて外に出た。
家の周りを一周してみる。強固な基礎は無事。外壁に爪痕ひとつない。
そのまま、少し離れた岩場まで歩を進めた時だった。足元の砂利に埋もれるようにして、何かが覗いているのを見つけた。
苔むした、古い石材の一部だ。
しゃがみ込んで指先で土を払う。
風化した表面に、古代語の文字が微かに残っていた。
建築史の授業で習った書体だ。指でなぞりながら、頭の中で翻訳する。
『――癒やし……精霊……眠る地……』
『……害意あるもの……入るべからず……』
「結界の石碑?」
心臓が早鐘を打つ。
周囲を見渡すと、似たような石の欠片が、この丘を囲むように点在しているのが分かった。
かつてここに、何らかの神殿か療養所があったのかもしれない。長い年月で建物は風化して土に還ったけれど、場所に染み付いた「魔獣除け」の聖性は、まだ微かに生きているんだ。
私は石碑にそっと手を合わせた。
ここなら、安心して住める。毎晩バリケードを作って怯える必要はない。
緊張の糸が緩むと同時に、強烈な制作意欲が湧き上がってきた。
安全が確保されたなら、次は快適性(QOL)の向上だ。
家に戻った私は、さっそく空っぽの寝室に立った。
今日のミッションは「極上の安眠空間」を作ること。
まずは壁だ。殺風景な漆喰の白もいいけれど、リラックスするには少し冷たい。
私は手のひらを壁に当て、イメージを流し込む。
土の中に含まれる微量な金属イオンと顔料成分を抽出。
「色素分離、定着。パターン、ロココ調の花柄」
魔力が壁を伝い、じわりと色が浮かび上がる。
淡いピンクと若草色の小花柄。ただの模様じゃない。顔料には、空気中の湿気を吸ってマイナスイオンを放出するトルマリン系の鉱石粉末を混ぜ込んだ。
これなら、部屋にいるだけで森林浴と同じ効果があるはずだ。
……まあ、気休め程度の効果かもしれないけれど、「病は気から」とも言うし。
壁が可愛らしく色づいたのを確認して、私は本題に取り掛かった。
ベッドだ。
フレームは簡単だ。床と同じ高強度の圧縮土で、猫足のついた優雅な枠を作る。
問題はマットレスと布団だ。
土魔法使いに、ふわふわの綿や羽毛は作れない。あれは生物の領域だから。
けれど、建築素材の知識があれば抜け道はある。
私は庭に出て、白っぽい砂岩質の土を集めた。
これを魔力で加熱、融解し、微細な穴から高圧で噴出させる。
イメージするのは、綿菓子を作る機械。あるいは、断熱材のグラスウール。
「繊維化!」
シュウウゥ……という音と共に、土塊が白く細い糸の束へと変わっていく。
一本一本はガラス質だが、髪の毛より細くすることで、シルクのような柔軟性を持たせる。これを幾重にも絡ませて空気の層を作れば、羽毛布団にも負けない保温性と弾力性が生まれるはずだ。
魔力の消費が激しい。こめかみがズキズキと痛む。
けれど、昨夜の背中の痛みを思えば、こんな苦労はへでもない。
出来上がった真っ白な「鉱物綿」を、薄く伸ばした革(トランクの内張りを少し剥がして錬成し直した)で作った袋に詰め込む。
ぎゅうぎゅうと押し込み、形を整え、最後に表面を滑らかにならす。
完成したのは、厚さ三十センチの極厚マットレスと、雲のように軽い掛け布団。
「……できた」
額の汗を拭うのももどかしく、私は完成したベッドにダイブした。
ぽふっ。
体が沈み込む。
硬さは微塵もない。無数の極細繊維が空気を抱き込み、優しく、けれどしっかりと体重を支えてくれる。
まるで雲の上に浮いているようだ。
壁から放出される(はずの)マイナスイオンと相まって、深呼吸すると肺の中が洗われる気がする。
「最高……」
天井を見上げながら、思わず声が漏れた。
実家の屋敷にあった高級ベッドより、ずっと寝心地がいい。
だってこれは、私の体に合わせて、私が一番心地よいと思う硬さと温度で作った、オーダーメイドなのだから。
私は布団に顔を埋め、足をバタつかせた。
嬉しい。楽しい。
魔法で家を作るなんて変人だと、ずっと馬鹿にされてきた。
でも、この技術があれば、荒野の真ん中でも王侯貴族以上の暮らしができる。
私は間違っていなかった。
ひとしきりベッドの上で転げ回った後、ふと動きを止めた。
部屋が、静かだ。
窓の外では太陽が傾き始め、オレンジ色の光が花柄の壁紙を染めている。
完璧な温度、完璧な湿度、完璧な寝心地。
けれど、聞こえるのは自分の呼吸音だけ。
「……広すぎるかな」
キングサイズのベッドの真ん中で、ぽつりと呟く。
誰も、「すごいね」とは言ってくれない。
「よくやった」と褒めてくれる人もいない。
父や姉の罵倒がない代わりに、称賛の声もない。
それが自由というものだ。分かっている。
私は体を起こし、窓辺に歩み寄った。
荒野の地平線に、巨大な太陽が沈んでいく。空が紫から群青へとグラデーションを描く様は、息を呑むほど美しい。
ガラスに映る自分の顔は、少し寂しそうに見えた。
「もったいないなぁ」
ガラスに指を当てる。
こんなに素敵な景色と、こんなに気持ちいいベッド。
私一人で独占するのは、なんだかすごく贅沢で、少しだけ虚しい。
誰かがいたら。
例えば、旅人でもいい。
「いい家だね」と笑って、このスープを一緒に飲んでくれる人がいたら、もっとこの家は完成に近づく気がするのに。
ぐうぅ、とお腹が鳴った。
感傷に浸る前に、現実的な空腹が主張を始める。
今日の夕飯も干し肉のスープだ。
でも、明日はキッチンの設備を整えて、もっとまともな料理を作ろう。
いつか誰かが来た時のために、腕を磨いておくのも悪くない。
私は窓の鍵を閉め、もう一度あの雲のようなベッドへ潜り込んだ。
柔らかい繊維が、寂しさごとするりと包み込んでくれる。
今日はきっと、いい夢が見られるはずだ。




