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泥遊びと笑われた土魔法は、不眠の公爵様を癒やす最強の聖域でした  作者: 九葉(くずは)


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12/12

最終話 最高のマイホームは、大切な人と共に

 賑やかだったコテージの宿泊客たちも去り、荒野に再び乾いた風が吹き抜ける朝が来た。


 家の周囲には、直径五十メートルに及ぶ深い溝が刻まれている。

 これが、私たちが数日かけて準備した「切り取り線」だ。

 庭の柵も、家庭菜園も、お気に入りの露天風呂も、すべてこの円の内側に収まっている。


「……本当に行くのかい、嬢ちゃん?」


 見送りに残ってくれた数人の冒険者が、不安そうに声をかけてきた。

 その中の一人が、呆れたように空を見上げる。


「家を飛ばすなんて聞いたことねえぞ。中で昼寝でもしてるほうがマシなんじゃねえか?」

「ふふ、大丈夫ですよ。計算は完璧ですから」


 私は努めて明るく答え、革の手袋を締め直した。

 手汗が滲んでいる。

 怖い。もちろん怖い。

 失敗すれば、私の愛する家は瓦礫の山になり、中にいるアレクさんも無事では済まない。


 でも。

 私は振り返り、二階の窓を見上げた。

 そこには、カーテン越しにこちらの様子を窺う人影がある。

 彼を王都へ連れて行かなければ、彼は呪いで死ぬ。

 そして私は、彼を失いたくない。

 理由はそれだけで十分だ。


「よし……行きます!」


 私は家の正面、基礎の中心点に立った。

 地面に両手をつく。

 深く、深く、意識を潜らせる。

 地下十メートル。岩盤層の底。そこに仕込んだ「浮遊術式」の回路に接続する。


「アレクさん、お願いします!」


 叫ぶと同時に、家の中からドォォォォ……という重低音が響いてきた。

 アレクさんが、公爵としての膨大な魔力を解放したのだ。

 パイプを通じて送られてくる、奔流のようなエネルギー。

 熱い。焼けるようだ。

 普通の魔法使いなら消し飛んでしまうような出力を、私は必死に制御コントロールする。


 受け流せ。循環させろ。

 これは破壊の力じゃない。私の家を持ち上げるための、優しい風だ。


「――浮上リフト・オフ!」


 ズズズッ……!

 大地が唸った。

 見守る冒険者たちが「うわああッ!?」と悲鳴を上げて逃げ惑う。


 メキメキと音を立てて、円形の地面が――家ごと、庭ごと――ゆっくりと宙に浮いた。

 土煙が舞う。

 重力という鎖を引きちぎり、私の城が空へ昇っていく。


「う、嘘だろ……」

「山が……飛んでる……」


 下から聞こえる呆然とした声を置き去りにして、私たちは高度を上げていった。

 上空百メートル。

 風が強くなる。けれど、私が張った防風結界のおかげで、庭の植木鉢ひとつ倒れていない。


「……成功、した」


 私はへなへなと芝生に座り込んだ。

 膝が笑っている。

 でも、視界の端に見える景色は、今まで見たこともない絶景だった。

 赤茶けた荒野が、眼下に広がっている。

 遠くには、小さくなったコテージ群と、豆粒のような人々。


 カチャリ。

 玄関ドアが開く音がした。

 

「メルディ!」


 アレクさんが飛び出してきた。

 彼は顔面蒼白で、私に駆け寄ると、勢いよく抱きしめてきた。


「無事か!? 揺れなかったか!?」

「あ、アレクさん、苦しいです……」

「すまない、魔力を送りすぎて君が壊れるんじゃないかと……」


 彼の腕の中で、私は小さく笑った。

 壊れる? まさか。

 アレクさんの魔力は凄まじかったけれど、不思議と馴染んだ。まるで、最初からこうなることが決まっていたパズルのピースみたいに。

 私が器を作り、彼が命を吹き込む。

 やっぱり、私たちは良いコンビなのかもしれない。


「見てください、アレクさん。絶景ですよ」


 私が指差すと、彼はようやく体を離し、柵の向こうを見下ろした。

 

「……信じられないな」


 彼は風に髪をなびかせながら、深く息を吐いた。


「本当に、家ごと飛び上がるとは。……君の魔法は、もはや国宝級だ」

「動力源はアレクさんですよ。私はハンドルを握ってただけです」

「そのハンドル捌きができる人間が、この国に他にいると思うか?」


 彼は可笑しそうに笑って、私の頭をポンと撫でた。

 その手は温かく、もう震えてはいなかった。


 こうして、私たちの空の旅が始まった。

 移動速度は馬車より少し速いくらい。王都までは数日の旅になるだろう。


 その夜。

 夕食の後、私は一通の手紙をアレクさんに見せた。

 出発直前に、実家から使い魔便で届いたものだ。


「……『定期点検依頼書』?」

「はい。父からです」


 手紙には、父の筆跡でこう書かれていた。

 『屋根の調子はすこぶる良い。だが、念のため半年に一度は点検を頼む。……報酬は弾む。断るな』


 文面の端々から、プライドと素直になれない感謝が滲み出ている。

 そして最後に、小さく『体に気をつけろ』と添えられていた。


「ちゃっかりしているな、男爵も」

「ええ。でも、これからはタダ働きじゃありません。正規料金、きっちり請求しますから」


 私が胸を張ると、アレクさんは声を上げて笑った。


「頼もしいパートナーだ。……私の公爵邸のリフォーム代も、覚悟しておいたほうがいいかな?」

「もちろんです。お友達価格にはしませんよ?」


 冗談を言い合いながら、私たちはテラスに出た。

 空飛ぶ家の上には、満点の星空が広がっている。

 地上にいた時よりも、星が近い。

 

 アレクさんが、そっと私の肩を引き寄せた。

 私は自然に、彼の肩に頭を預ける。

 心地よい静寂。

 エンジンのように唸っていた魔力の共鳴も、今は穏やかな波のように家全体を包んでいる。


「……メルディ」

「はい」

「ありがとう。君のおかげで、私は生きられる」


 その言葉は、呪いの治療のことだけではない気がした。

 私も、目を閉じて呟く。


「私こそ。……私の作った場所を、こんなに愛してくれて、ありがとうございます」


 地味だと言われた土魔法。

 でも、この手で捏ねた土が、煉瓦となり、壁となり、大切な人を守る城になった。

 そして今、その城は空を飛んでいる。


 眠気がやってきた。

 アレクさんの体温と、家の温もりに包まれて、意識が溶けていく。

 明日の朝には、王都の尖塔が見えるだろうか。

 そこでどんな生活が待っているのかは分からない。

 でも、この家と、この人がいれば、きっと大丈夫。


「おやすみなさい、アレクさん」

「ああ……おやすみ、私のメルディ」


 星空の下、空飛ぶマイホームはゆっくりと進んでいく。

 二人の寝息が重なるその場所は、間違いなく、世界で一番幸せなリゾート地だった。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!


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