第11話 荒野がいつの間にかリゾート地扱いされています
巨大な質量を動かすための準備は、地味で過酷な土木作業から始まる。
「――穿孔・パイル!」
私の号令と共に、庭の地面に直径二十センチほどの穴が穿たれる。
汗を手の甲で拭い、図面にチェックを入れた。
現在、私たち(主に私)は『移動要塞シルバニア計画』の第一段階、基礎切り離しのためのボーリング調査を行っている最中だ。
家の周囲を深く掘り下げ、地下の岩盤ごと浮遊させるための結界杭を打ち込む。
作業開始から三日。庭はさながら工事現場だ。
「メルディ、水だ。少し休め」
背後から差し出された水筒を受け取る。
アレクさんは手ぬぐいを首にかけ、つるはしを持っていた。公爵様につるはし。貴族院の重鎮が見たら卒倒しそうな光景だが、本人は「リハビリに丁度いい」と笑っている。
「ありがとうございます。……それにしても、岩盤が硬いですね」
「ああ。だが、この硬さなら移動中の振動にも耐えられるだろう」
私が水を飲み干した、その時だった。
南の地平線の彼方から、砂煙が上がっているのが見えた。
「……魔獣?」
「いや」
アレクさんの目が、瞬時に鋭い指揮官の色を帯びる。
「馬だ。それも軍馬の蹄の音だ。……数は十騎前後」
軍馬。
まさか、実家の父がまた何か企んで、私兵を送り込んできたのか? それとも公爵家の捜索隊?
どちらにせよ、今のアレクさんを見られるわけにはいかない。彼は公式には「療養中(行方不明)」なのだから。
「アレクさんは家の中へ! カーテンを閉めて!」
「しかし、君を一人にするわけには」
「大丈夫です。私はただの工事現場の監督ですから!」
私は彼を背中で押し出し、玄関へと追いやった。
深呼吸をして振り返る。
砂煙の中から現れたのは、ボロボロの鎧を纏った一団だった。
王国の紋章が入ったマントは破れ、馬も痩せこけ、騎乗している男たちは鞍の上で今にも崩れ落ちそうだ。
――敵意、ゼロ。
というか、生命力残量、ほぼゼロ。
「た、頼む……」
先頭の男――隊長らしき騎士が、馬から転げ落ちるようにして私の前に膝をついた。
「水……水をくれ……。我々は、北の魔獣討伐の帰りで……もう、三日も飲まず食わずで……」
「ひぇっ」
目の下に刻まれた濃い隈。カサカサの唇。
あの時の行き倒れアレクさん(第一形態)と同じだ。
こんなのが十人も。
「そ、そこ! そこの井戸の水、飲んでいいですから!」
私が指差すと、騎士たちは「水だぁ……」と呻きながら、ゾンビのように井戸へ殺到した。
ガブガブと水を飲み、生き返ったように息を吐く男たち。
とりあえず命の危険は去ったようだ。
けれど、問題はこれからだ。
「かたじけない、嬢ちゃん」
隊長がふらつきながら立ち上がり、家のほうを見た。
「厚かましいのは承知だが、少し休ませてもらえないか? 見ての通り、部下も馬も限界でな。軒先でも、馬小屋でも構わん」
「えっと……」
私は家を見上げた。
中にはアレクさんが隠れている。絶対に入れられない。
かといって、この炎天下の荒野で「軒先で寝ろ」というのは、死刑宣告に近い。
私の職人としての良心が、彼らの疲労困憊した背中を見て痛んだ。
――ポリシーその一。『住む人が心地よいか』。
たとえ一時の客でも、私の敷地内で熱中症患者を出すのはプライドが許さない。
「……少々、お待ちいただけますか?」
「?」
「十分……いいえ、五分で作りますから」
私は袖を捲り上げた。
場所は、母屋から少し離れた西側の空き地。
図面はない。けれど、簡易宿泊所の構造なら頭に入っている。
「イメージ……バンガロー・タイプ。定員十二名。通気性重視!」
両手を地面に叩きつける。
残りの魔力を振り絞る。
「展開!」
ズズズズズ……!
地響きと共に、騎士たちが「うわあああっ!?」と悲鳴を上げて後ずさる。
地面からニョキニョキと柱が生え、壁が競り上がり、屋根が覆いかぶさる。
素材は断熱性の高い多孔質レンガ。屋根は遮熱のための白い漆喰塗り。
窓は大きく取り、風が抜けるように配置。
内部には、床から生やした土台に、予備の藁と毛布(アレクさんが使っていた試作品)を敷いた簡易ベッドを十二床。
ドンッ、と最後に玄関ドアが生成されて、完成だ。
所要時間、三分。
「……はぁ、はぁ。どうぞ、お使いください」
肩で息をしながら案内すると、騎士たちは口をパクパクさせて固まっていた。
隊長が、震える指で小屋を指差す。
「こ、これは……幻術か? いや、罠か? こんな荒野に、一瞬で兵舎が……」
「ただの土魔法です。中は涼しいですよ」
私は強引に隊長の背中を押し、中へ入れた。
ヒヤリとした空気が彼らを迎える。
魔法で湿度調整された室内は、外の灼熱地獄とは別世界だ。
「す、涼しい……」
「なんだこのベッド、藁なのに体が沈み込むぞ……」
「隊長、ここは天国でありますか……?」
屈強な男たちが、次々と武装を解除し、ベッドへ吸い込まれていく。
数分もしないうちに、小屋の中は大合唱に包まれた。
泥のように眠る彼らの顔からは、先ほどの悲壮感が消え、安らかな子供のような表情に変わっていた。
……よかった。
母屋と同じ「安眠術式」を壁に組み込んだのが、ちゃんと機能しているみたいだ。
「……また、やったな」
背後から呆れたような、でも笑っているような声がした。
振り返ると、いつの間にかアレクさんが立っていた。
「見つかりますよ」
「彼らはもう起きないさ。少なくとも朝までは」
アレクさんは小屋の中を覗き込み、満足げに頷いた。
「これだけの人数を、一瞬で無力化するとは。……君の魔法は、最強の防衛兵器かもしれないな」
「人聞きの悪い。ただの宿屋です」
私は膨れっ面で答えたが、心の中では少し誇らしかった。
私の魔法は、敵を倒すことはできないけれど、戦い疲れた人を癒やすことはできる。
それなら、悪くない。
翌朝。
目覚めた騎士たちは、感動のあまり涙を流して私に握手を求めてきた。
「嬢ちゃん! いや女神様! 長年の腰痛が消えた!」
「こんなに熟睡できたのは、子供の頃以来だ!」
「金なら払う! 頼む、もう一泊させてくれ!」
彼らが置いていった「宿泊費(金貨)」は、引っ越し費用の足しにするには十分すぎる額だった。
そして、これが悲劇(?)の始まりだった。
数日後。
「荒野に、死者も蘇る『癒やしの聖地』があるらしい」
「謎の美少女建築士が、一瞬で極上の宿を提供するらしい」
そんな噂が、討伐隊や冒険者の間で爆発的に広まったのだ。
私の庭には、次々と疲れ切った人々が「休憩させてくれ」と訪れるようになり、そのたびに私はコテージを増築する羽目になった。
増えていく離れ。賑やかになる庭。
静かな隠れ家生活はどこへやら。
でも。
「……まあ、いっか」
夕暮れ時、賑わうコテージ群を眺めながら、私はホットミルクを啜った。
隣には、誰にも正体がバレないように変装(眼鏡とバンダナ)をしたアレクさんがいる。
ここはもう、私だけの秘密基地じゃない。
でも、みんなが笑顔で眠れる場所になったなら、それはそれで「理想の家」の一つの形なのかもしれない。
私が作った場所が、誰かの明日を作る活力になるなら。
「繁盛しているな、女将」
「茶化さないでください、雑用係さん」
二人で顔を見合わせて笑う。
引っ越しの日まで、もう少しだけ。この予期せぬ「リゾート経営」を楽しんでみるのも、悪くない気がした。




