玖
「とうちゃーく!」
木戸は相変わらず楽しそうだな。ずっと子供の怪異にビビっているのに。あえて足音立ててやろうか。
木戸の後ろには、謎のコンクリートで覆われた空間があり、そこから禍々しい気配がしていた。そろそろ何かある。俺は、自然を気を引き締めた。
ニッコリ笑顔で、こちらを振り返り、手を振っている木戸。
しかしその次の瞬間、その顔は恐怖に染まった。俺が疑問に思った一瞬後、湊音は俺の首根っこを掴み、自分の体の方へと引き寄せる。
突然の出来事に、思考が停止した俺の耳に、ガチンッ!という音が聞こえた。視界に、餓鬼が現れた。餓鬼は白髪を振り乱し、黄ばんだ歯を食いしばりながら、こちらを――湊音を恨めしそうに睨む。
どうやらあの音は、餓鬼が俺に噛みつこうとして、歯と歯が勢いよくぶつかった音らしい。
あれに噛まれていたらどうなっていたか……。湊音に内心感謝した。
「あの時確かに消えた筈なのに、なんで!?」
そして、もういないと安心しきっていたこともあり、俺は餓鬼が現れたことに、ひどく狼狽した。
「おのれ……。食わせろ……食わせろおおぉぉ!!」
餓鬼はそう叫び、こちらへと向かってくる。俺は、恐怖で顔をひきつらせた。
湊音は白いお守りを取り出し、それを餓鬼に押し付けた。
「グアアアアァァァァ!!!」
餓鬼は、苦しみ悶えながら、消えていった。
「や、やったか……?」
「いや、一時的なお祓いだけだ。だが、確定したな。普通の餓鬼より霊力が強い。あれがここにいた筈の怪異を食った」
「マ、マジか……」
友永が情けない声を出したが、湊音は真剣な表情のまま、言葉を続けた。
「餓鬼は、食欲に囚われていて、腹を満たすことしか頭にない。つまり、生者を罠にはめて殺し、そして怪異になったところを食らうという事をしない」
「え?」
松山の顔色が悪くなる。木戸と友永はお互いに顔を見合わせる。
さすがの三馬鹿でも気付いたようだ。
つまり、湊音はわざわざどこかから餓鬼を拾った後、それに餌をやっている奴がいる。そう言いたいのだ。
あまりのおぞましさに、俺を含め、三馬鹿は言葉を失う。
「なあ、須藤は神様なんだろ……?なんであの餓鬼ってやつに、狙われてるんですか!?」
友永が、湊音に詰め寄った。
「助手は、元々かなり力の強い怪異だった。それを祀って、神にしただけ。純粋な神とは、成り立ちが違う分、餓鬼にも狙われる。実際この中で、唯一怪異の側面を持つ助手だけが、餓鬼に狙われているしな」
「……」
「とは言っても、助手は神だ。例え餓鬼が助手を噛んだとして、助手にはダメージはない」
湊音は、俺の髪をつまむ。視界には、透明に近い銀の髪が見える。それは、俺が人ではないことの証左だ。
「先に行こう。早くしないと、被害者がここに来る時間になる」
「待って、制限時間があったの!?」
「当然だろ。ほら、行くぞ」
湊音は、さっさと階段が終わった先にある、空間へと足を踏み入れた。
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そこは、何もない空間だった。俺は、何かが待ち構えているとばかり思っていたため、拍子抜けしてしまった。
「何もないな……」
「いや、そんなことはない」
湊音は、そう言って、この空間の奥に目を向けていた。
俺と三馬鹿も、湊音に倣い、この奥の空間に目を凝らしてみる。
――いない……。いや、いる!?
そこにいたのは、着物を着た、おかっぱ頭の幼い少女。人形のような可愛らしい顔は、こちらを見て微笑んでいた。
「足音や笑い声。全てあの子の仕業だったのか……」
「くすくす、くすくす」
「「「ギャアアアアァァァァァ!!!出たあああぁぁぁぁぁ!!!」」」
「うるさっ」
「「「痛!!」」」
俺は思わず三馬鹿を殴ってしまった。いや、耳元で騒ぐからつい。
「くすくす、くすくす」
頭を押さえる三馬鹿がおもしろいのか、少女はまた笑った。
「湊音、あの子は一体……?」
「あの子は、座敷童だ。どうやら、ここに住み憑いたようだな」
「ここ、家じゃないんですけど……」
座敷童は、家に住み憑く怪異な筈だ。しかしここはビルだ。しかもまだ建設途中のビルだ。
「一緒に遊びましょ……?」
「「「ギャアアアアァァァァァ!!喋ったあああぁぁぁ!!」」」
「だからうるさい!」
「「「痛!!」」」
耳元で騒ぐな!!
三馬鹿は、ついに頭を押さえて座り込んでしまった。ちょっと力が強くなりすぎてしまったようだ。悪い悪い。
「くすくす、くすくす」
座敷童はまた笑った。それは、とても無邪気な笑いだった。
「あの、餓鬼をここに連れてきたのは……」
「恐らく、この子だろうな。あの二人を殺したのもこの子だろう」
「え……。家に幸福をもたらしてくれるとか、そんな怪異じゃないんですか!?」
友永が、驚いたように言う。
「そんな怪異だが、あの二人はここの住人じゃないだろ。座敷童は寂しがりやな怪異だ。彼らを殺して、怪異として一緒にここに住みたかったのだろう」
「でもそれって、餓鬼に食われるから……」
「意味ないな」
俺が言い淀んだ続きを、湊音はバッサリ言いきった。
なんだか、間違った方へ努力している上、更にそれを片っ端から無に帰される……。なんだか座敷童が憐れに思えた。
「食わせろ……食わせろ!!」
「まずい!餓鬼だ!」
背後に、餓鬼が現れる。俺と湊音は、左右に飛び、餓鬼の噛みつきを避ける。餓鬼は、しっかり俺に向き直り、そして再び襲い掛かってきた。
「お前はこれでも食らっとけ」
「ぎゃ"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"!!」
湊音は餓鬼の背後から、お札を張った。その途端、餓鬼は苦しそうなうめき声をあげ、動きが止まる。
そして次に、俺に大声を張り上げた。
「助手!今のお前なら、祝詞を一節でも唱えれば、餓鬼くらい祓える筈だ!汚れを洗い流すイメージで、やってみろ!」
「わ、分かりました!」
俺は、湊音の言う通り、汚れを洗い流すイメージ――食器用洗剤のCMを脳内に思い描きながら、祝詞を唱えてみる。
「祓い給え、浄め給え」
「グアアアアァァァァ……嫌だ嫌だ嫌だああぁぁぁ……」
俺は、しっかりと餓鬼を見据えながら、噛みしめるように祝詞の一部を唱えた。
すると、餓鬼はもがき苦しみながら、今度は座敷童の方へと向かう。
「なっ!」
「食わせろおおぉぉぉ!!」
とても醜い形相で、餓鬼は座敷童に迫り来る。どうやら、餓鬼は座敷童を食おうとしているらしい。
「あ、おい!」
俺と三馬鹿は、餓鬼を止めようとするも、もう間に合わない!
餓鬼の長い白髪が、座敷童にかかる。餓鬼は、座敷童を食おうと、大きく口を開ける。
座敷童が餓鬼に食われる――!
「……めっ」
座敷童は、悪い子を叱るような口調で、餓鬼をはじき返す。餓鬼はあれだけしつこかったが、最期は声もなく消えた。
先程までの出来事が、嘘のようだった。ただ、そこには沈黙だけが、支配していた。
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