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廣田探偵事務所の事件簿~寂しがりやな福童子~  作者: 七海飛鳥
寂しがりやな福童子

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9/12

「とうちゃーく!」

 木戸は相変わらず楽しそうだな。ずっと子供の怪異にビビっているのに。あえて足音立ててやろうか。



 木戸の後ろには、謎のコンクリートで覆われた空間があり、そこから禍々しい気配がしていた。そろそろ何かある。俺は、自然を気を引き締めた。



 ニッコリ笑顔で、こちらを振り返り、手を振っている木戸。

 しかしその次の瞬間、その顔は恐怖に染まった。俺が疑問に思った一瞬後、湊音は俺の首根っこを掴み、自分の体の方へと引き寄せる。


 突然の出来事に、思考が停止した俺の耳に、ガチンッ!という音が聞こえた。視界に、餓鬼が現れた。餓鬼は白髪を振り乱し、黄ばんだ歯を食いしばりながら、こちらを――湊音を恨めしそうに睨む。

 どうやらあの音は、餓鬼が俺に噛みつこうとして、歯と歯が勢いよくぶつかった音らしい。


 あれに噛まれていたらどうなっていたか……。湊音に内心感謝した。



「あの時確かに消えた筈なのに、なんで!?」

 そして、もういないと安心しきっていたこともあり、俺は餓鬼が現れたことに、ひどく狼狽した。


「おのれ……。食わせろ……食わせろおおぉぉ!!」

 餓鬼はそう叫び、こちらへと向かってくる。俺は、恐怖で顔をひきつらせた。

 湊音は白いお守りを取り出し、それを餓鬼に押し付けた。


「グアアアアァァァァ!!!」

 餓鬼は、苦しみ(もだ)えながら、消えていった。


「や、やったか……?」

「いや、一時的なお祓いだけだ。だが、確定したな。普通の餓鬼より霊力が強い。あれがここにいた筈の怪異を食った」

「マ、マジか……」

 友永が情けない声を出したが、湊音は真剣な表情のまま、言葉を続けた。


「餓鬼は、食欲に囚われていて、腹を満たすことしか頭にない。つまり、生者を罠にはめて殺し、そして怪異になったところを食らうという事をしない」

「え?」

 松山の顔色が悪くなる。木戸と友永はお互いに顔を見合わせる。

 さすがの三馬鹿でも気付いたようだ。


 つまり、湊音はわざわざどこかから餓鬼を拾った後、それに餌をやっている奴がいる。そう言いたいのだ。

 あまりのおぞましさに、俺を含め、三馬鹿は言葉を失う。


「なあ、須藤は神様なんだろ……?なんであの餓鬼ってやつに、狙われてるんですか!?」

 友永が、湊音に詰め寄った。


「助手は、元々かなり力の強い怪異だった。それを祀って、神にしただけ。純粋な神とは、成り立ちが違う分、餓鬼にも狙われる。実際この中で、唯一怪異の側面を持つ助手だけが、餓鬼に狙われているしな」

「……」

「とは言っても、助手は神だ。例え餓鬼が助手を噛んだとして、助手にはダメージはない」

 湊音は、俺の髪をつまむ。視界には、透明に近い銀の髪が見える。それは、俺が人ではないことの証左だ。


「先に行こう。早くしないと、被害者がここに来る時間になる」

「待って、制限時間があったの!?」

「当然だろ。ほら、行くぞ」

 湊音は、さっさと階段が終わった先にある、空間へと足を踏み入れた。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 そこは、何もない空間だった。俺は、何かが待ち構えているとばかり思っていたため、拍子抜けしてしまった。


「何もないな……」

「いや、そんなことはない」

 湊音は、そう言って、この空間の奥に目を向けていた。

 俺と三馬鹿も、湊音に倣い、この奥の空間に目を凝らしてみる。



――いない……。いや、いる!?



 そこにいたのは、着物を着た、おかっぱ頭の幼い少女。人形のような可愛らしい顔は、こちらを見て微笑んでいた。


「足音や笑い声。全てあの子の仕業だったのか……」

「くすくす、くすくす」

「「「ギャアアアアァァァァァ!!!出たあああぁぁぁぁぁ!!!」」」

「うるさっ」

「「「痛!!」」」

 俺は思わず三馬鹿を殴ってしまった。いや、耳元で騒ぐからつい。


「くすくす、くすくす」

 頭を押さえる三馬鹿がおもしろいのか、少女はまた笑った。


「湊音、あの子は一体……?」

「あの子は、座敷童だ。どうやら、ここに住み憑いたようだな」

「ここ、家じゃないんですけど……」

 座敷童は、家に住み憑く怪異な筈だ。しかしここはビルだ。しかもまだ建設途中のビルだ。


「一緒に遊びましょ……?」

「「「ギャアアアアァァァァァ!!喋ったあああぁぁぁ!!」」」

「だからうるさい!」

「「「痛!!」」」

 耳元で騒ぐな!!

 三馬鹿は、ついに頭を押さえて座り込んでしまった。ちょっと力が強くなりすぎてしまったようだ。悪い悪い。


「くすくす、くすくす」

 座敷童はまた笑った。それは、とても無邪気な笑いだった。


「あの、餓鬼をここに連れてきたのは……」

「恐らく、この子だろうな。あの二人を殺したのもこの子だろう」

「え……。家に幸福をもたらしてくれるとか、そんな怪異じゃないんですか!?」

 友永が、驚いたように言う。


「そんな怪異だが、あの二人はここの住人じゃないだろ。座敷童は寂しがりやな怪異だ。彼らを殺して、怪異として一緒にここに住みたかったのだろう」

「でもそれって、餓鬼に食われるから……」

「意味ないな」

 俺が言い淀んだ続きを、湊音はバッサリ言いきった。


 なんだか、間違った方へ努力している上、更にそれを片っ端から無に帰される……。なんだか座敷童が憐れに思えた。


「食わせろ……食わせろ!!」

「まずい!餓鬼だ!」

 背後に、餓鬼が現れる。俺と湊音は、左右に飛び、餓鬼の噛みつきを避ける。餓鬼は、しっかり俺に向き直り、そして再び襲い掛かってきた。


「お前はこれでも食らっとけ」

「ぎゃ"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"!!」

 湊音は餓鬼の背後から、お札を張った。その途端、餓鬼は苦しそうなうめき声をあげ、動きが止まる。

 そして次に、俺に大声を張り上げた。


「助手!今のお前なら、祝詞を一節でも唱えれば、餓鬼くらい祓える筈だ!汚れを洗い流すイメージで、やってみろ!」

「わ、分かりました!」

 俺は、湊音の言う通り、汚れを洗い流すイメージ――食器用洗剤のCMを脳内に思い描きながら、祝詞を唱えてみる。


「祓い給え、浄め給え」

「グアアアアァァァァ……嫌だ嫌だ嫌だああぁぁぁ……」

 俺は、しっかりと餓鬼を見据えながら、噛みしめるように祝詞の一部を唱えた。


 すると、餓鬼はもがき苦しみながら、今度は座敷童の方へと向かう。


「なっ!」

「食わせろおおぉぉぉ!!」

 とても醜い形相で、餓鬼は座敷童に迫り来る。どうやら、餓鬼は座敷童を食おうとしているらしい。


「あ、おい!」

 俺と三馬鹿は、餓鬼を止めようとするも、もう間に合わない!


 餓鬼の長い白髪が、座敷童にかかる。餓鬼は、座敷童を食おうと、大きく口を開ける。

 座敷童が餓鬼に食われる――!


「……めっ」

 座敷童は、悪い子を叱るような口調で、餓鬼をはじき返す。餓鬼はあれだけしつこかったが、最期は声もなく消えた。


 先程までの出来事が、嘘のようだった。ただ、そこには沈黙だけが、支配していた。

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