陸
「ここまでいない、というのも不思議な話だ。別に、自己主張はしない訳でもなさそうなのにな」
湊音が不思議そうに言う。俺は、あまりこういうところの勝手は分からないが、よくあることではないのだろう。
それに、まだ仮設足場の落下の謎も解けていない。
湊音が言うには、固定ボルトが外れていたという事は、故意に外された可能性が高い。だが、人がいなかったという事は、怪異の仕業の可能性が高くなる。
もちろん、ここは死亡事故が起きた工事現場だ。ただの事故の可能性も残るが、その事故だって、怪異の仕業の可能性がある。
「さて、そろそろやるか」
「お、やるのか?」
「お前は連れていけないぞ。――やるか、助手」
「さっきから、本当に何の話をしているんですか?」
なんでこう、この人たちは人を置いてけぼりで会話するのだろうか。
もっと、誰にでもわかるように会話してほしい。
そう思ったが、それは声にならなかった。なぜなら、湊音に抗議する前に、湊音はこちらを振り返ったからだ。
「今日はいいのか?狩衣姿」
「いいのいいの。あれはかなりの大物を祓うときに着るから。いくら動きやすいと言ってもさ、洋服には劣るしな」
どうやら、高校の時のあれは、かなりの大物だったらしい。それにしては、全く苦戦していなかったように見えたが。
湊音は、目を閉じ、真剣な表情をした。そして、俺の頭に手を置いた。
突然なことにびっくりして、俺が固まっている間に、湊音はどこから取り出したのか、鞘から抜いたフルーツナイフで掌を斬った。
ぎょっとして俺は湊音をまじまじと眺める。
湊音は、そんな俺を気にも留めず、とある言葉を唱え始めた。
「遠つ神に坐す。
廻禍祓大神の御前に白す。
今し此処に満ちし禍の縁、時の流れに穢れ籠りぬ。
その因を解き、環を正し、定めをもとへと返し給へ。
天の礎、地の緒を繋ぎ、巡りの鎖を鎮め給ふ。
古の初めより流れし刻を、清き源へと還し給へ。
祓へ給ひ清め給ふこと。
廻禍祓大神の御名を以て、願ぎ奉る。
時は凪ぎ、禍は鎮まり、すべては元の理へと帰りなん」
「は……?」
いきなり祝詞を唱え始めた湊音に、俺は呆気にとられた。
さらに俺が驚いたのは、前は全く意味が解らなかった祝詞が、今ではすべて理解できる。
だが、不思議と怖くはなかった。なんだか、それが当然のような、そんな気さえしてくる。
そして、俺は気が付いた。なんだか、力がみなぎってくる。
周囲が、銀色に光り輝く。旋風が俺たちの周りに巻き起こる。
「な、なんで……?」
脚が熱くなっていることに気づいた。その場所は、お守りが入ったポッケだった。中を探ると、お守り――それも中の水晶の欠片が熱くなっていた。
お守りを持って、俺は茫然としていた。
「助手、行こうか、過去に」
湊音は、ずっと固まったまま動かない俺に、手を差し出した。
俺は思わずその手を取ってしまった。
「行ってらっしゃい」
匠眞は、いつの間にか俺たちの離れた位置にいた。
笑顔で、手を振っている。俺は、意味がわからない展開が続いていたため、思わず手を振ってしまった。
その時、何か声が聞こえた気がした。
どんどん光が強くなる。俺は、あまりの眩しさに、目をつぶった。
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「……?」
光が収まった気がして、恐る恐る目を開けてみた。
「ここは……?」
俺は、周囲を観察する。さっきまでいた、あの工事現場。何も変わらない。
だが、確実に違うと思ったのは、そこに匠眞がいなかったこと。そして、日が出ていて明るいことだった。
俺はそれにハッとして、慌てて外を見た。
外には、誰もいなかった。あれだけあったパトカーが一つもない。野次馬だって、誰も見当たらない。
しかし、さっきと同じところにあるあのフェンスは、こちら側とあちら側を相変わらず隔てていた。
「過去だ。――うまく行ったな」
湊音は、満足そうに笑い、腕を組んで何度も頷いていた。
「過去……?」
タイムスリップしたのだろうか。いや、そんな訳ない。タイムマシンだって開発されていないのに、過去に行ける訳がない。
「一体どういうことです!?」
訳知り顔な湊音に、俺は詰め寄った。もう、訳が分からなかった。
「説明するから。――三馬鹿も呼んでくれるか?説明するなら、一気に説明した方がいいだろ」
「ああ、分かった……」
俺は、敬語も忘れ湊音に言われたとおり、三馬鹿を呼ぼうとスマホを取り出す。しかし、圏外になっていて使えない。
「圏外って……!ここ、住宅街のど真ん中だぞ!?」
俺は、再起動してみたり、機内モードをオンオフしてみたが、一向に変わらない。
「ここ、結界の中だから。外界と内界は隔たれているから、電波も通じない」
「じゃあ、どうやって呼べと!」
俺は湊音に食って掛かるが、相変わらず湊音は余裕そうだ。少しはその余裕を分けてもらいたい。
「ほら、三馬鹿来い、とか念じたら来るんじゃないか?」
「そんないい加減な……」
湊音のいい加減な返答に、俺は脱力したが、やってみる他ない。
「ええと?三馬鹿来いー?こんなんで来る訳――」
俺は、とりあえず念じてみた。
しかし、こんないい加減で来るのか?と考える間もなく、隣でドサドサドサッという、何か重いものが落ちた音がした。
「は……?」
思わずそちらを見てみると、そこにはまさかの三馬鹿がいた。
「痛った……!ん?あれ?ここどこ?!」
「本当だ!私は誰!?」
「お前は松山だろ」
「お前誰!?」
木戸に続く松山の言葉に、思わず突っ込んでしまう。そして、失礼な木戸には拳骨をお見舞いしてやった。
というか、本当に来たな……。
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