伍
中に入ったあと、スーツ姿の中年の男が俺たちの姿を認めて、歩きよってきた。
匠眞は、その中年男に話しかける。
「長谷川さん、鑑識はもう入ってます?」
「ああ。――遺体はそのままだ。第一発見者は、署で話を聞いている」
「分かりました。ありがとうございます」
匠眞は、中年男――長谷川に礼を言って、去ろうとしたが、長谷川は匠眞を呼び止めた。
「ところで一ノ瀬。その子供は誰だ?」
「彼は須藤直哉君。廣田の助手らしいです」
「助手、ねえ……」
遠慮のない視線が、俺を上から下まで滑る。俺は、それが不快だった。
どうやら、彼はそういうものを信じていないのだろう。
少し、沈黙がこの場を支配した。
かと思うと、突然風が吹いた。本当に、突然。
俺には心地いい風だったが、長谷川にとっては、気持ち悪い風だったのだろう。
大袈裟に身震いさせて、「め、迷惑をかけるなよ!」と言い捨て去ってしまった。
俺はぽかーん、としていたが、湊音と匠眞は身を震わせて笑っていた。
「ふ、ふふ……見たか?匠眞」
「ははっ……こ、これは確かに湊音が気に入る訳だ」
「一体何の話をしているんです?」
まるで、俺が風を起こしたような言い草だが、俺は普通の人間だ。そんな力はない。
「さあ、現場を見るか」
湊音の言葉に、匠眞はハッとして、現場を案内する。少し歩くと、鉄の匂いがした。どうやら、死んでいるのは屋外のようだ。
俺は、祈るような気持ちで、遺体を見る。
そこにいたのは――。
「佐藤……じゃ、ない?」
仮設足場が落下したのか、死んだ男子高校生の上に、足場が落ちていた。遺体はリュックを背負いながら倒れていたが、それは佐藤や坂田が持っていたリュックではなかった。
俺は、情けないが、座り込んでしまった。ずっと、佐藤と坂田がここに忍び込んだ結果、死んでしまった、と思ってしまったからだ。
亡くなった彼らには申し訳ないが、友人が死ななくてよかった、と思った。
「あ、制服同じだね、知り合い?」
湊音が楽しそうに聞くのが、意味わからない。俺は、そんな湊音に言い返す気力もなく、ただ首を振って、「分からない」と答えることしかできなかった。
「男子高校生か。うつ伏せで顔が見づらいな」
「学生証で身元が割れたんだが、名前は渡部元太と代々木太一。歳は17。――知ってるか、直哉?」
「……知らないですね」
俺は素直に言った。他クラスの奴か。
「どうやら、仮設足場が落下したことによって、頭部に鉄筋が直撃したことによる、頭頂部の陥没骨折に、脳挫滅。一人は即死、もう一人も長くはもたなかったようだな。掌や肩に、鈍いものでぶつかった跡があるが……恐らく、とっさに頭を庇ったからだろう」
「それだけで、警察がこの俺を呼び出す訳がないだろ?」
俺は、匠眞の状況説明に、ついうっかりその状況を思い描いてしまい、顔を思い切りしかめた。
そんな俺をお構いなしに、自信満々な口調で、匠眞に更に詳しい状況説明を求める湊音。
「ああ、仮設足場って、ボルトで固定されているだろ?」
「当然だな。もしかして、あれが外れていたのか?」
「そうだ。それに、この男子高校生以外、ここには誰も侵入していなかった」
湊音は慣れた様子で推測を語った。もしかしたら、他の現場でも同じことがあったのかもしれない。
「それなら、俺が呼ばれるのも当然だな」
湊音は、自分が呼ばれた理由に、かなり納得していた。
そして、俺が不思議そうな顔をしているのに気づいたらしい湊音は、俺に分かりやすく、今の状況がどれだけあり得ないか、説明してくれた。
仮設足場は、固定ボルトというもので固定されているらしい。
それは、厳重に管理されており、基本緩むことはない。
だが、管理が十分でない場合は、今回のように緩むことはある。
この事件も、それに類するものだと思われたが、どうやら工事を中止した後も、キチンと点検を行っていたらしい。
その点検も、昨日行ったばかりだそうだ。その時に、少し緩んでいたボルトを締め、侵入者もいなかったらしい。
「この程度人間でもできるが、そうすれば確実に気づかれるしな」
「そう簡単にボルトは外れないし、外そうとしたら音が出る。けれど怪異なら、音もなくボルトを外すことは可能かもしれない」
匠眞の補足で、ようやく合点がいった。
確かに普通、上で変な音が鳴ってたら気になって上を見るだろう。
そこで、不審な人物がいたら、逃げる。しかしそうではない、ということは、怪異の仕業の可能性がある。
その後俺たちは、周囲を調査することにした。
初めての死亡事故が起きている現場。
俺は、独特な暗い空気に緊張しつつも、何かを探そうとする。
しかし、何も見つからない。そもそも、何を見つけるのか、分からない分、当然かもしれない。
「うーん、怪異が見つからない」
「怪異が?なんでまた」
湊音の言葉に、匠眞の顔が曇る。前も、そんなことがあって、かなり厄介な思いをしたのだろうか?
「たぶん、中にいるんじゃないか?助手、入るぞ」
「分かりました」
俺は、湊音の声に返事をし、建物の中に入ろうとする湊音に続く。
中は、殺風景だった。心霊スポットとして有名になったのが、案外最近だからだろうか。コンクリートで囲まれた空間には、落書きが一切見受けられなかった。
「中、結構綺麗ですね」
「そうだな。さて、怪異はどこだ?」
湊音は、あたりをキョロキョロする。俺もそれに倣って、周りを見るが、一切そんな感じのものが見えない。
「四階に行きませんか?」
俺は、ここに到着したばかりの時のことを思い出し、四階へ行くことを提案した。
「そうだな、各階を確認しつつ、四階へ行こう。――四という字は、死を連想させるし、もしかしたら怪異は、そこに集まっているのかもな」
「悪いな、俺、怪異は見えないから」
匠眞は、そう言って、首の後ろをかいていた。
「別に今更だろ。ほら、この階いないから次行くぞ、次」
湊音は、そう言って、階段へと足を運んだ。俺たちはそれに続き、二階へ上る。
それから、三階も調査するが、結局怪異を見つけることができず、四階へと足を踏み入れた。
「ここも、特に違和感はないな」
「そうですね……。禍々しい空気は、何も感じません。――な、なんですか!」
俺は、注意深く四階の気配に集中したが、何の収穫もなかった。湊音の方を振り向きながら、そのことを告げると、湊音が俺を凝視していることに気が付いた。
「いや、何でも。――ここか、怪異がいたという窓は」
「はい。でも、いませんね」
あれから、それなりに時間が経ってしまっていた。いないのは、当然かもしれない。
「――いや?そうでもない。ほらここ、感じないか?」
「確かに感じます。なんだか、この世のものではない感じが……」
直感的に感じる。禍々しい気配でもないため、見逃してしまっていたが。
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