肆
湊音は、布袋を開けて中を俺に見せる。それは、何か透明の欠片だった。
「これ、見覚えあるだろ?」
「そ、それ、なんでここに……?」
それは、俺が通う高校にあった、“入っちゃいけない場所”。そこの教室の中にあった水晶。それの欠片だ。
「お守り。やっぱわかるんだな、これ」
笑いながらその欠片を眺める湊音。元々呪いに使われていた、物騒なものを、お守りにするなんて、湊音の正気が知れなかった。
そして、どこかでこんな気配を、感じたことがあった。一体どこで感じたっけ……?
「お守り……?」
「そうそう。ほら、お前が助手になったばっかの時、自分が殺した職場の先輩に、取り憑かれてたOLいただろ?これ、その時のお守り。中覗いてみろ」
そう言って、湊音は持っていた布袋とは別の、俺に奇妙なほど白いあのお守りを渡した。しかし、前とは違って、どこか神聖な気配が漂っていた。
俺はそれを恐る恐る受け取り、それを開ける。中には、同じように、水晶の欠片があった。
「持っとけ、それ」
「これを持った結果、あのOLは死にましたが」
「別にこのお守りの所為じゃないだろ。ただの自殺だ、自殺。人を自殺に追い込んだことを苦にした自殺」
確かに、証拠はない。このお守りの所為だという証拠は。
でも、持っていた人が、死んだことがある。俺はそれが怖かった。
それに湊音、あの時意味深なこと言ってたしな。呪物とか言われても、普通に納得する。
だが、湊音はお守りを受け取ってくれないので、俺は仕方なく、お守りをズボンのポッケの中に入れた。
「ああ、あれか。先月の投身自殺。湊音のところに来ていたのか」
「といっても、祓いたくなかったから祓わなかった。仮に夢に化けて出たとしても、結局決断したのは本人でしょ」
そう言う湊音の横顔は、冷たかった。俺は、薄情だと思い、顔をしかめる。
「薄情だと思うか?」
「ええ、まあ……」
俺は、普段より鋭い口調で語る湊音に、本心を見抜かれた、と思った。それで、少し気まずくなった。
俺はなんだかんだ、湊音は優しい人物だと思っていたのだ。
「全部を盲目的に祓ってたら、いくら超優秀な俺でも、身が持たないからな」
湊音は、ただ前を見てそれだけ呟いた。
その後、誰も言葉を口にしなかった。
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車内の空気が重いまま、俺たちは工事現場に到着した。鉄の仮設足場が組まれており、ビルが建ちかけていた。
普段は、閑静な住宅街の一角なのだろう。しかし、何台か止まっているパトカーの赤色灯が辺りを赤く照らし、野次馬がざわざわと集まって騒がしくなっていた。
工事現場は、別に日が当たらない訳でもないのに、じめじめとした空気が漂っていた。
何かがいる。それが、肌で感じられるほどの、陰鬱な空気に沈んでいた。
KEEP OUTの黄色いテープで、衝撃的な現場を見ようとする野次馬たちがせき止められている。それがまた、一種の結界のようで、どこか現実感がなかった。
制服を着た警察官が通せんぼする隙間から、工事現場に立っている、あのフェンスが覗いていた。
一瞬俺は、血の強いにおいを感じ、誘われるまま上を見上げてしまった。
建設途中のビルは、四階まで建物らしい形があるが、それ以上は骨組みだけだ。
「!?あ、あれ!」
窓に、人型の怪異がいた。四階の窓から、俺たちを見下ろしている。
俺は、それに驚いて湊音の腕を引っ張った。
「落ち着け。あれはただの怪異だ」
落ち着かせ方が違う、と思った。
しかし湊音に言われ、ゆっくり冷静に見てみると、そいつは怒り狂っている訳でも、恨めしそうな表情を浮かべている訳でもなかった。なぜなら、その怪異には、顔がなかったからだ。
血まみれの怪異。だが、若い男だっただろうことは、なんとなく予想がついた。
ただ、そこにいる。
けれど思った以上に怖くなかったのは、高校に現れた怪異の方が、よっぽど恐ろしかったからだと思う。
「相手が怪異なら、何とかなるだろ。ほら、怖がってないでさっさと行くぞ」
「あ、ちょ、待ってくださいよ!」
俺は、急いで湊音の後をついて行った。
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「一ノ瀬さん、お疲れ様です」
「お疲れ様です。――現場はこちらですか?」
「はい。――ところでその方々は……」
「民間の協力者です。俺の許可で入っています」
俺は、制服姿の警官に緊張しながら会釈した。
湊音は軽く会釈しただけで、かなり慣れていたようだった。
今まで、依頼でも警察と会ったことがなかった。だから、物凄く緊張する。それに、刑事ドラマのように、あの規制線の奥に行けることに、ちょっとわくわくしていたりもした。
制服姿の警官が、風に揺れていた黄色のテープを持ち上げて、俺たちを入れてくれた。
野次馬たちは、そんな俺たちを見て、何を思ったのか、更にざわめきだした。
俺が高校の制服を着ているから、それに驚いたのだろう。
それに湊音。どう考えても警察じゃない。一般人にしか見えない俺たちが、事故現場に入っていくのを見て、衝撃を感じたのだろう。
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