弐
「で、結局逃げてきた、と」
「逃げるでしょ、普通」
銀に染めた髪に、銀眼のカラーコンタクトのイケメン――湊音は、俺の行動に笑った。
書斎机でコーヒーを飲む姿が無駄に絵になっているその男に、俺は嫉妬でむっとした。俺はこんなに格好良くコーヒー飲めないんだが。
俺は結局、放課後まで佐藤と坂田の誘いを拒み続け、それから速攻ここ、廣田探偵事務所に逃げてきていた。
坂田は常連だが、佐藤は珍しく赤点を取ったらしく、補修行きだ。同じ部活なので、そうでもなかったら逃げられなかった。本当にラッキーだ。
「でも、正解だな。その心霊スポット、本当に出るからな。お前が行くと、下手すりゃ死体が出来上がる」
「そうなんですか……」
湊音の茶化すような言葉に、俺は何も言い返せなかった。
佐藤が言った心霊スポットとは、高校から電車で五駅の場所にある、最近工事が中断した、工事現場だ。どうやら、次々と作業員が怪我をするらしい。
それがあまりにも続き、ついには死者も出てしまったため、工事が中断してしまったのだ。
「確か、あそこは元々遊園地があった場所ですよね?」
「ああ。地鎮祭もやったらしいんだがな、あの様子だと効果なかったようだな」
そう言って、湊音はスマホを操作した。
「悪霊払いは神社の管轄じゃないからな。そういうのは寺か拝み屋が専門だ」
「じゃあ神社の管轄は何ですか?」
「そりゃ、神に対してが一番だな。寺は死者に対して、拝み屋は呪いに対してが専門だ。他にも、神社は汚れを祓うことが主たることになるし、寺は悪霊や呪いに対して対応する。拝み屋は、呪いをかける方が多いな。解呪もたまにしている奴もいるが――お、あったあった」
湊音は俺に、スマホの画面を見せたが、そこには遊園地で起きた死亡事故の記事があった。
しかも物騒なことに、その記事の見出しには、「また死亡事故」とか、「呪われた」とかそういうセンセーショナルな文字が躍っていた。
「うわ……。同じ月で三件目か。営業一時停止。当然だな」
当時、お茶の間を騒がせていたニュースだ。結局、営業再開した後も、死亡事故が起き、その後オーナーが自殺したのもあって、閉園した。
それはもう五年前の話になる。
「当時、俺もここに駆り出されたんだけど、結局原因分かんなかったんだよな」
「え……」
「いくら超優秀な俺でも、近づきたくないね。――工事が中断した時に、行って見てきたんだが、怪異がいたな。それも五体くらい」
五体の怪異。それは、あの遊園地で起きた死亡事故の死者と同じ数だ。
「なるほど……、それは――」
「おかしいと思わないか?」
痛ましい事件だ。俺は、それに心を痛めていたが、湊音の冷静な声に、一気に現実に引き戻された。
「え?」
「怪異の数が足りない」
「ちょ、こ、怖いこと言わないでくださいよ……」
怪異の数が足りないって……。まるで、怪異が外に出ているみたいじゃないか……。
もしかしたら、今日見かけたいくつかの怪異が、それかもしれない。俺は、顔色を青くさせた。
湊音は、そんな俺を笑いつつ、コーヒーを飲む。
「そうか?調べてみたら、遊園地で死んだのは六人だ。オーナーも入れてな。それに、工事現場でも二件死亡事故が起きている」
「た、確かに……」
それは数が足りない。でも、こういうこともありうる。
「じょ、成仏した可能性も……」
「それはないな。少なくとも、八人はいる」
「……」
救いを見出そうとしたが、湊音にバッサリ否定された。
俺は、完全に黙ってしまった。
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事務所でくつろいでいると、戸を叩く音が響いた。
「!!??」
俺の肩が勢いよく上下する。そんな俺に、湊音は笑っていた。
先程の話を聞いていたのが尾を引いていた。
――もしかして怪異!?
昨日、怪異が事務所の戸を叩いたことがあった。それを湊音は、パシリの仕事だ、と言い、友永に開けさせた。
すると目の前には顔が潰れた男怪異がおり、間近で直視した友永は、無事気絶した。
その後、事務所に入ってきた男怪異に、俺たちが阿鼻叫喚になっている中、湊音はあえてゆっくり男怪異を退治した。
事務所の奥へ、湊音は男怪異を誘い込み、そしてわざわざいつも携帯しているお札ではなく、執務机の引き出しを漁った。
そして見つけたお札を悠々と持ち、男怪異を挑発した。
ようやく湊音は男怪異を祓ってくれたが、その時の湊音への恨みは、まだ消えない。
あの男怪異、体の形がおかしかった。関節が反対に曲がっていたり、口が異常に大きかったり……。
湊音が言うには、俺が拾って来た怪異らしいが。見覚えが一切ない。こんなことが、ずっと続くのか、と思い、げんなりした。
そんなことを思い出したのだ。俺はそっと湊音の顔をうかがったが、飛び切りいい笑顔を浮かべる。湊音と過ごした時間は短いため、その笑みの意味はわからない。だが、この状況を楽しんでいることだけは分かる。
なんだか、昨日のことを思い出していらいらしてきたな。
ドンドンドン!
「ヒッ……」
勢いが強くなったノックに、俺はすっかり腰が引けたが、仕方ない。俺は、意を決して戸を開けることにした。
開けると同時に目を閉じる。昨日の友永の件を、俺は忘れていない。
いきなり怪異とご対面なんか、俺はごめんだ。




