「テンペイ様、争いごとはきらいだよ〜」
王都に広がる噂。
「魔物被害が減った」と人々は囁き、テンペイ様はますます人気者に。
けれど――
子どもたちから届いた小さな声は、
魔物の“涙”と“痛み”を伝えていました。
そして遠く離れた祠は、確かに脈動を始めています。
ゆるやかに流れる日常の中で、
確実に動き出す不穏な気配。
どうぞ、ゆっくりお楽しみください。
夜空を裂くように――
遠く離れた“古い祠”が、再び脈動した。
石壁の奥から浮かび上がる光の紋章。
その震えは、王都の塔の水晶球を赤く染め、
老魔術師レメルの瞳に鮮烈な光を映した。
「……あの祠が告げる明日。
ならば――この者こそ……」
老人の呟きは、夜風にかき消された。
しかし、その確信だけは消えず、王都の空気に静かに滲んでいく。
一方その頃。
王都の裏通りを歩いていたテンペイの耳に、
子どもたちの悲鳴のような声が飛び込んできた。
「テンペイ様! 牙角獣人の子どもたちが……
いなくなっちゃったの!」
「大人たちは……殺されてたんだ……!
牙も角も、魔力石まで……全部取られて……」
涙でぐしゃぐしゃの顔をした子どもたちが、
テンペイの袖を必死に掴んで訴える。
テンペイは、ふわりとした笑顔を消した。
夜風にさらされたその瞳には、
怒りの光が淡く揺れていた。
スライムが“ぷるんっ”と震える。
その小さな震えは、主の感情を映すように鋭く伝わってくる。
「……それはね〜……すっごく、美味しくない話だよ」
レオネルが横で息をのむ。
(……やはり、この男は――怒っている)
王都を包むざわめきの裏で、
静かな影が確実に広がり始めていた。
裏通り――。
夜の闇に包まれた細道の奥で、
木箱を積み上げた商人たちが声を潜めていた。
「牙角獣人の子どもも捕まえろ。
あいつらの角と牙は高値がつく」
「大人は処分した。
子どものほうが魔力石は純度が高いからな」
男たちは笑いながら、
袋に詰めた角や牙をざらざらと振って見せ合った。
硬質な音が、夜の冷気に不気味に響く。
その背後から――
「……それ、よくないでしょ〜」
ふわりとした声が落ちた。
商人たちは振り返る。
そこには、スライムを肩に乗せたテンペイが立っていた。
「誰だ?」
「チッ……ガキかと思ったら、王都の噂の……」
男たちの視線が鋭くなる。
だがテンペイは一歩も動かず、ただ笑顔を浮かべていた。
「牙角獣人さんはね〜……
森で仲良く暮らしてただけなんだよ〜。
それを傷つけるなんて……美味しくない話だね〜」
スライムが“ぷるんっ”と揺れ、
木箱の前に飛び乗った。
箱の中では、小さな獣人の子どもが怯えて震えていた。
「っ……! まだ生きてやがったのか」
「早く処分しろ!」
男が手を伸ばした瞬間――
テンペイの瞳から、笑顔が消えた。
「……やめてあげて」
その声音は柔らかい。
だが、裏通りの空気が凍りつくような重みを帯びていた。
レオネルが後ろから駆けつけ、
その光景に息をのむ。
(……これは……怒っている……!)
次の瞬間。
スライムが小さく光を放ち、
子どもを優しく包み込むように覆った。
傷ついた体が淡く光り、
小さな獣人は安堵の吐息を漏らす。
商人たちが後ずさる。
「な、なんだ……? 治ってる……?」
「馬鹿な、回復術士でもないのに……!」
テンペイはそっと膝をつき、子どもの頭をなでた。
「もう大丈夫だよ〜。
泣かなくていいからね〜」
レオネルは固唾をのんだ。
(……この力……やはり常人ではない。
だが、なぜ“争い”ではなく“癒し”に使う……?)
テンペイはふわりと立ち上がり、
商人たちを真っ直ぐに見つめた。
「争いごとを作るのは、魔物さんじゃない。
……人族の方じゃないか〜?」
その言葉が裏通りに落ちた瞬間、
遠く離れた“古い祠”が、再び小さく脈動した。
夜空の星々が、まるで答えるように瞬いていた。
テンペイはふわっと笑い、子どもを抱き寄せるようにして言った。
「もう大丈夫〜。
争わなくても、生きていけるんだよ〜」
その声に安堵したように、スライムが“ぷるんっ”と揺れた。
だが――夜の空気には、確かに別の“ざわめき”が混じっていた。
森の奥。
牙角獣人たちの集落では、
帰らぬ子どもたちを探し続けた親たちが、
怒りと悲しみを胸に、戦支度を始めていた。
「人間どもが子を奪った……」
「仲間を殺し、角と牙を売り物にした……」
「ならば、奪われたものを取り返すまでだ!」
燃え上がるたいまつの火が、夜空を照らす。
低い咆哮が重なり合い、地響きのように響いた。
――牙角獣人たちの報復が始まろうとしていた。
その予兆を、祠はまた脈動で応えていた。
今回も読んでくださり、ありがとうございました。
テンペイ様は今日も“ふわっと”していましたが、
魔物たちを傷つける人間の行いに、
確かな“怒り”をのぞかせました。
そして、祠が脈動を始める夜――。
それは、彼が背負う存在の証かもしれません。
次回、テンペイとスライム、そしてレオネルは、
「争いはいけない」という信念を胸に、
迫り来る怒りの波へと立ち向かう。
どうぞ、次回もお楽しみに。




