「テンペイ様、笑顔の理由ってなあに?〜ちいさな約束、ひとつだけ〜」
テンペイ様の笑顔は、今日も変わらず“ふわっ”としていて――
でもその裏に、ほんの少しだけ、
誰にも見せない“強さ”が隠されているのかもしれません。
ミリアとの、ちいさなやりとりの中に、
その秘密が少しずつ顔を出します。
今日もスライムと一緒に、やさしい気持ちをお届けします。
「笑顔ってさ〜、まわりにうつるんだよ〜」
テンペイは、スライムの上でごろりと寝転びながら、ぽつりと言った。
「誰かが笑ってるのを見たら、
“自分も笑いたくなる”ってこと、ない〜?」
スライムが“ぷるんっ”と共鳴する。
「うんうん。
それってたぶん……脳みそが“まねっこ”してるんだって〜」
「ミラ〜……えっと……ミラーニョロン?
みたいな名前のが、うごくとか〜」
「ね〜、スライム。
人の笑顔って、ほっとするねぇ〜」
スライムは、葉っぱの影でごきげんに跳ねる。
そのとき――
森の奥から、足音が近づいてきた。
姿を現したのは、昨日出会った僧侶の少女――ミリアだった。
「テンペイさん……いらっしゃったんですね」
テンペイは、ふわっと笑って手を振る。
「やぁ〜、こんにちは〜。
また来てくれて、うれしいよ〜」
ミリアは、戸惑いがちに微笑む。
「やっぱり、テンペイさん……ただの人じゃないですよね」
テンペイは笑って肩をすくめた。
「よく言われるけど、ぼく自身がよくわかってないんだよ〜」
ミリアは少し真剣な顔で、口を開いた。
「IDも、登録されてなかったし……」
テンペイは、首をかしげた。
「ID? ……それってなぁに〜?」
「えっ……知らないんですか?」
「うん。聞いたことないかも〜」
ミリアは、ますます混乱した顔になった。
「IDって、普通は“存在の証”みたいなものなんです。
この世界にちゃんと認識されている人には、必ずあるはずなのに……」
「へ〜、ぼくって、ないのかぁ〜」
「……それが、すごく不思議なんです。
“空白ID”って、記録にも存在しないって意味なんですよ……」
テンペイは、笑いながらスライムの頭をやさしくなでた。
「ぼく、そういう難しいの苦手で〜」
ミリアは、言葉を失って呆然とした。
そんな様子を気にすることなく、テンペイは続けた。
「でもね、IDがなくても大丈夫かも〜
“ありがとう”って言われる、それだけでうれしいかな〜」
ミリアは、ふとつぶやいた。
「テンペイさんは、いつも……笑ってるんですね」
テンペイは、ふんわりと微笑んで答える。
「えっとね〜、ぼくの笑顔が、
誰かの心に“ふわっ”て届いたら……
それだけで、うれしいなぁ〜って思うんだ〜」
その言葉に呼応するように、
スライムが“ぷるんっ”と、楽しそうに跳ねた。
ミリアの言葉に、テンペイはふわっと空を見上げる。
「うん。
なんとなく……笑ってたほうが、ぼくの心も軽いんだ〜」
「それにね、笑ってると、
なんだかまわりも安心してくれる気がするんだよ〜」
「戦ったり、怒ったりするより、
ぼくはやっぱり――笑ってるほうが好きなんだよね〜」
テンペイは、足元のスライムを見つめながら続けた。
「もし、自分が“戦う”って気持ちを持ったら、
きっと相手も、“戦わなきゃ”って思っちゃうかもしれないでしょ〜」
スライムが“ぷるんっ”と、うれしそうに跳ねた。
「だからね〜、ぼくの笑顔が、
誰かの心に“ふわっ”て届いたら……
それだけで、うれしいなぁ〜って思うんだ〜」
しばらく沈黙が流れたあと、
ミリアはそっと、ことばをこぼした。
「……テンペイさんって、不思議な人です」
その声は、どこかあたたかくて――
森の風のように、やさしく広がっていった。
テンペイは、スライムをなでながら、のんびりとつぶやく。
「笑顔って、伝染するんだって〜
脳が“共鳴”する? みたいな仕組みでね〜」
ミリアは少し目を伏せてから、まっすぐに言った。
「テンペイさん……次に来るとき、もしよかったら、
その“笑顔”を、うちの勇者にも見せてください」
テンペイは、ちょっと首をかしげた。
「う〜ん……ちょっと怖そうだけど〜
まあ、会ったら話してみるよ〜」
ミリアは、ふわっと微笑み、そっと頭を下げた。
「約束です」
テンペイは、その言葉ににこっと笑って答えた。
「じゃあ、ひとつだけね〜」
森の風が、木々をやさしく揺らしていく。
今日も空は、やさしい色で広がっていた。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
32話は――
「テンペイ様、笑顔の理由ってなあに?〜ちいさな約束、ひとつだけ〜」をテーマにお届けしました。
テンペイ様の“ふわっ”とした笑顔。
それはただのんびりしているように見えて、
実は誰よりも深く、相手の心を感じ取っているのかもしれません。
戦わなくても、怒らなくても、
「ありがとう」があれば、それでいい。
そんなテンペイ様の価値観が、
ミリアの胸にも、少しずつ届いていく。
そして“空白ID”という謎に、
物語はそっと踏み込んでいきます。
次回、いよいよ――
テンペイ様が“疑いの目”にさらされます。
でも大丈夫。
テンペイ様はきっと、今日も“笑顔”で向き合ってくれるはずです。
「今回もありがとう〜。
ブクマも評価も、ぷるんっ、と大よろこび〜!」
次回は――
『テンペイ様、疑いの目にさらされる?〜IDがないって、やっぱりへん?〜』
少しずつ迫る、世界の“常識”とのズレ。
それに気づく者たちが、動きはじめます。
だけどテンペイ様は――
“自分らしさ”だけは、絶対に手放さない。
次回も、どうぞお楽しみに!




