「王都からの“庇護案”と、テンペイのひとこと」
テンペイ教が“教義のない自由な信仰”として広まり始めた今、
ついに王都の目が本格的に向けられます。
派遣されたのは、国家の信仰管理局に所属する交渉官。
彼が持ってきたのは「保護」という名の“制度による管理”の提案でした。
テンペイの答えは、いつも通りゆるくて不思議。
でも、その中には、やっぱりどこか“核心”がある――
そんなお話をお届けします。
「私は、王都よりまいりました。
“信仰管理局・特別交渉官”ヴェルス・クラヴィアと申します」
その日、テンペイ村に現れたのは、艶やかな黒の礼服を着た青年だった。
背筋が真っ直ぐで、眼鏡越しの視線がどこか冷たい。
村人たちが緊張するなか、彼はスライム像を見上げながらつぶやいた。
「これが……非制度信仰の象徴か。噂よりも、ずいぶん“自由”だ」
* * *
「テンペイ様にお話があります」
交渉の場に呼ばれたテンペイは、木陰でスライムと一緒におやつを食べていた。
「あ、どもー。スライムにも話していい?」
「……構いません」
ヴェルスは咳払いして、本題に入る。
「テンペイ教は、急速に信者を拡大させており、現在国としても注視対象です。
その上でご提案です。テンペイ教を“公認宗教”として保護し、国家の信仰管理下に置くことを――」
テンペイは、さも不思議そうに首をかしげた。
「えーっと……それって、傘みたいなもん?」
「……傘?」
「うん、ほら。雨が降ったときに広がるやつ。
でも、スライムって濡れた傘にくっつくの、苦手なんだよねぇ」
「…………」
一瞬、場が静まる。
だがそのあと、なぜかまわりの村人たちがふっと笑い出す。
「……なんで笑ってるんです?」
「いや、なんかテンペイ様らしくて」
「傘って言い回し、うまいのか、よくわかんないけど面白いです」
ヴェルスは一瞬たじろぐが、すぐに表情を整える。
「……言葉は不要です。重要なのは、“あなたの影響力”です。
あなたの発する一言が、信者の行動に直結している。
だからこそ、制度による保護が必要なのです」
テンペイは少し考えてから、ぽつりと返した。
「……ぼくは、誰も動かしたくないんだよね」
「……なんですって?」
「うん。みんな、自分で動けた方が気持ちいいでしょ?
ぼくは、そういうの、好きなんだよね」
スライムが、ぷるんと跳ねた。
ヴェルスはしばらく沈黙したあと、小さく息を吐いた。
「……なるほど。その在り方もまた、一つの“思想”か」
そう言って、彼は踵を返す。
「本件については一旦保留とし、上層部に報告します。
……いずれ再訪しますが、そのときも“傘”は持ってきませんよ」
「わーい、スライム喜ぶなぁ」
テンペイが笑うと、スライムがまたぴょんと跳ねた。
* * *
ヴェルスが去ったあと、村人のひとりがぼそっと言った。
「……テンペイ様、今のすごいこと言いました?」
テンペイはおやつをもう一口食べながら返した。
「え? うーん、なんとなく?」
その日のテンペイ教はまた、何事もなかったように、自由に過ぎていった。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
テンペイはいつも通り、特別なことは何もしていません。
でも彼の“動かしたくない”という言葉が、静かに深く響きました。
権力は善意を装って近づいてくる。
でも、テンペイは「自由に在りたい」という想いで、それを受け流します。
次回は、テンペイ教が“政治の道具”にされかける小さな事件が起こります。
彼のゆるさは、それすらも受け止めてしまうのでしょうか。
これからも、どうぞスライムと一緒に見守っていただけると嬉しいです。